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第2章 恐怖のラビリンス
11.どっちの気持ちも抱えたままで
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「『クロユリ』だ!」
クロユリ。それは、鐘の形に似た黒色の花だ。見た目はキレイなんだけど、一つ問題がある。それは、とてもくさいことだ。そのため、スカンクユリという英名を持つ。バグスピの姿を見た瞬間に、正体を察した理由がこれだ。
「クロユリ……。ソウダ、あたくしハ、クロユリノフラスピ、『ユリ』!」
どうやら、当たっていたようだ。『ユリ』が正気に戻ったからなのか、人形の群れの動きが止まった。
「よし! みんな! ベラの近くに集まるんや!」
シロー先輩がそう叫ぶ。直後、空間に亀裂が入った。これは、ダンデの時と同じだ。今から、ラビリンスが崩れるのだろう。
「さあ、行きましょう!」
近くに居た二宮がオレに手を差し出してきた。オレは頷き、その手を取ろうとしたところで気づく。二宮が、紫色の手袋をつけたままだということに。
「おい。今、お前の手に触ったら溶けるんじゃないか? オレ?」
「あっ。これはうっかり」
「ううむ。前も似たようなやり取りをしていたのを見た気がするぞい」
変身を解いて元の姿に戻ったシバがそう言った。
……そういえば、前もラビリンスを脱出する時に似たようなやり取りをした気がするな。よし、二宮が手を差し出してきた時は気を付けよう!
「ん。変身、解いたよ」
いつの間にか、タリスも元の姿に戻っていた。
「よし! これで手をつないでも大丈夫ですね!」
そう言って、二宮はオレの手を強く握ってきた。二宮の手は柔らかくて、オレは思わずドキリとしてしまう。
そういえば、女の子と手をつないだことなんてあまりないなあ。……なんて、考えてる場合じゃない! とにかく、走ろう!
「うっ……」
そうだった。今のオレは、鳴力を使いすぎて力が入らない状態だ。走るのはきつい。
「仕方ないのう。ほれ! ワシも力を貸すから力を振り絞らんかい!」
シバが、後ろからオレを押してくれた。二宮も、前からオレを引っ張ってくれている。だから、なんとか前に進むことができた。
――ああ、オレ、かっこ悪いな。一人じゃ、何もできない。こんなんじゃ、かっこいい男になるなんて夢のまた夢だ。
§
「助け出した時、この子は言ってました。変なお墓に迷い込む前に、仮面をつけた女の子に声をかけられたと」
ラビリンスから脱出したオレたちは、駅の裏にある小さな休憩所に移動した。そこにあるベンチに座った後、二宮とシロー先輩は言った。ラビリンスに囚われていた女子は、行方不明になったばかりの一年生だったと。そして、彼女はラビリンスの中で、ラビリンスに迷い込む前に仮面をつけた女子に会ったと二宮に話したらしい。
「わたし、どうして駅に……?」
助け出した女子から詳しい話を聞きたいが、ラビリンスを脱出したことで中に居た時の記憶を失っているためそれは叶わない。助け出した女子は、ぼんやりした様子で夕焼け空を眺めている。
ひとまず、彼女のことは置いておいて、オレたちは話を続けることにした。
「仮面をつけた女の子。この子が、最近の事件に関わってる可能性が高そうやな。ひょっとしたら、『負共鳴者』かもしれへん」
「ふきょうめいしゃ?」
共鳴者は、フラスピと心を通わせて鳴力を得た者たちのことだ。でも、ふきょうめいしゃって何だろう。共鳴者と関係がありそうな言葉だけど。
「負共鳴者は、バグスピと心を通わせてしまった者のことや。共鳴者と同じように、鳴力を使うこともできるで」
「あと、負共鳴者は負の感情をまき散らして次から次にバグスピとラビリンスを生み出すことができます。しかも、生み出したラビリンスには自由に出入りすることもできちゃうんですよね。負共鳴者は」
「やっかいだな……」
負の感情。つまり、怒りとか悲しみとかのあまり良くない感情をまき散らしてバグスピとラビリンスを生み出すことができる。それが、負共鳴者か。
「何にせよ、この事件を解決するには仮面の女の子を見つけ出す必要がありそうやなあ。けど、手がかりがないしなあ……」
「……シロー先輩。オレ、ちょっと気になることがあるんですけど」
手がかりになるかは分からない。けど、気になることがオレにはあった。
「なんや? 言ってみい」
「えっと、この前ラビリンスの中から助け出したやつと、今日シロー先輩たちが助け出したやつ。どっちも、オレと同じ遠空小学校の卒業生で、今月、花守中学校に入学したばかりのやつらです」
「何やて?」
「同じクラスになったことはないから名前は知りませんけど、顔は見覚えがあるので間違いないと思います」
オレ、この間助け出した男子、今日助け出した女子。三人とも、遠空小学校の卒業生だ。そして、三人とも、花守中学校に入学したばかりでもある。
「つまり、遠空小学校の卒業生かつ花守中学校の新入生が狙われてる可能性があるかもしれへんってことか」
「でも、私の姉さんは新入生じゃないし遠空小学校の卒業生でもありませんよ?」
「んー。じゃあ、やっぱりただの偶然やろか。それとも、ひふみんだけ例外だったのか……。あー、ダメや。分からへん」
二宮の姉さんだけが例外、か。そうだとしたら、何で二宮の姉さんは行方不明になったんだろう。
……やっぱり、遠空小学校の卒業生ばかりがラビリンスに迷い込んだのはただの偶然と考えた方が良いんだろうか。
「……偶然か、そうでないかは分からへん。でも、遠空小学校の卒業生の周辺を注意深く観察しといた方が良さそうやな。幸い、数は少ないはずやしな」
「ですね。遠空小学校を卒業した生徒は大抵近くにある遠空中学校に通うはずですもんね。わざわざ花守中学校に通うのはカズキさんみたいな変わり者くらいです」
「変わり者で悪かったな」
けど、二宮の言う通りだ。遠空小学校に通っていた生徒は、ほとんどが近くにある遠空中学校に通う。だから、注意を向けるべき対象は少ないはずだ。
「よし。今後の方針は決まったし、とりあえずワイはこの子を連れて学校に行くわ。また校長に話をつけんといかんからな」
「今日はここで解散、ですね」
「……そうだな」
ラビリンスから助けだした女子生徒を連れて、シロー先輩は花守中学校に戻っていった。
オレたちも、家に戻らないと。
「どうしたんですか? カズキさん」
「えっ?」
「元気がないですよ」
オレの口から、思わず深いため息がこぼれる。
オレはさっきのラビリンスで、人形におびえ、鳴力を考えなしに使った。それでふらふらになって、二宮に助けられた。
「……自分自身がかっこ悪すぎて、イヤになった。かっこいい男になりたいのに、怖いものは苦手だし、可愛いものが好きって気持ちも捨てられないし……」
「おっ。やっと可愛いものが好きだと認めたのう」
そう言って、シバがオレの膝に乗ってきた。シバの顔は、どこか嬉しそうだ。
「……そうだよ。オレは、可愛いものが好きだ。だから花も好きだ。けど、それじゃいけない。オレは、かっこいい男にならなくちゃいけないんだ。だから、オレはかっこいいものだけを好きでないと……」
「カズキさん」
急に、二宮がオレの名を呼んだ。そして、オレの目を真っ直ぐに見ながら、
「カズキさんが思うかっこよさって、何ですか?」
そう、聞いてきた。
「何ってそれは……。困ってる人を、助けたりとか……」
そうだ。オレは、レスキュー隊員だった父さんみたいになりたい。父さんみたいなかっこいい男になって、大切な人を守りたいんだ。
「じゃあ、すでにカズキさんはかっこいいじゃないですか」
「えっ?」
「うん。カズキくん、ラビリンスに囚われた人間、助けてる。だから、かっこいい」
タリスが二宮の後ろに隠れながら、そう言った。
「オレがかっこいいだって? 冗談だろ。さっきだって、二宮とタリスに助けられたし」
「それの何が悪いんじゃ?」
シバがオレを見上げてきた。そして、こう言葉を続けた。
「昨日も言ったが、カズキが度々公園のシバザクラの手入れをしてくれたから、ワシはこうして立派なフラスピになれたんじゃぞ。つまり、ワシはカズキに助けられたということじゃ。そんなワシを、お主はかっこ悪いと思うか?」
「……いや。かっこいいだろシバは。刀に変身できるし、炎も出せるし」
「けど、カズキが居ないと力を発揮できんぞ? つまり、カズキとワシ。揃ってかっこいいってことじゃろ?」
「揃って、かっこいい……?」
そんな考え方、したことなかったな。
「みんなで力を合わせて、みんなでかっこよくなるってのもありだと思いますよ。ちなみに、私は可愛さとかっこよさを持ったアイドルになる予定なので応援してくださいね」
二宮の言葉を聞いて、オレは思わず笑ってしまった。
「ぷっ。可愛さとかっこよさを持ったアイドルって……。欲張りすぎじゃないか?」
「ふふっ。そうですよ。私は欲張りアイドルです。私に釣られて、カズキさんも欲張りさんになっちゃえばいいと思いますよ?」
「そうじゃな。かっこよくなりたいって気持ちも、可愛いものが好きって気持ちも、どっちも抱えたままでいいんじゃないかのー。どちらかを捨てる必要なんてないじゃろ?」
……オレは、二年前に父さんが居なくなった時、かっこいい人間になりたいと思った。もう大切な人を失いたくなかったし、残された母さんを守らなければいけないと思ったんだ。
でも、かっこいい人間になるためには、可愛いものが好きじゃいけないと思った。可愛いものが好きなままだと、かっこいい人間になれないと思っていたんだ。だから、大好きだった花やぬいぐるみを遠ざけた。そして、可愛いものなんか好きじゃないと自分自身に言い聞かせて生きてきた。けど、ダメだった。可愛いものが好きって気持ちは全然消えなかったんだ。遠ざけ続けていれば、いつか消えると信じていたのに。
――かっこいい人間になりたいという気持ちと、可愛いものが好きという気持ち。今も結局、オレの中には、どっちの気持ちもあるんだ。
「……どっちの気持ちも、抱えたままでいいのかな」
オレがそう呟くと、シバも、二宮も、タリスも、微笑んだ。
「決めるのはカズキさんですよ」
決めるのはオレ、か。うん、そうだよな。
「……オレ、やっぱり可愛いものが好きだ。でも、かっこいい人間にもなりたい」
やっぱりオレは、どちらかを捨てる選択をしたくない。
「だから、どっちの気持ちも抱えたまま頑張ってみたいと思う。可愛いものが好きなまま、かっこいい人間になりたい」
そう口にすると、ふわりと心が軽くなった気がした。
ああ。何だ。こんなに簡単なことだったんだ。どっちかを捨てず、どっちも抱える。そう決めただけで、心が楽になった。
「ならばワシは、カズキがその夢を叶えるために力を貸そう! カズキの夢は、ワシの夢じゃ!」
「……ありがとな、シバ。こんなオレだけど、これからもよろしく頼む」
「うむ! よろしくじゃ!」
オレとシバは、右手でしっかりと握手をした。今、この瞬間、オレたちは本当のパートナーになった。そんな気が、したんだ。
「二宮も、色々とありがとな。お前も、姉さんが見つからなくて大変なのに……」
「大丈夫ですよ! 私の姉さんは、強いですからね! きっと、どこかのラビリンスでのんびりと私たちを待ってると思いますよ」
「うん。心配しなくても、大丈夫」
二宮とタリスがそこまで言うなら、きっと二宮の姉さんは大丈夫だろうな。焦らず、確実に助け出そう。
クロユリ。それは、鐘の形に似た黒色の花だ。見た目はキレイなんだけど、一つ問題がある。それは、とてもくさいことだ。そのため、スカンクユリという英名を持つ。バグスピの姿を見た瞬間に、正体を察した理由がこれだ。
「クロユリ……。ソウダ、あたくしハ、クロユリノフラスピ、『ユリ』!」
どうやら、当たっていたようだ。『ユリ』が正気に戻ったからなのか、人形の群れの動きが止まった。
「よし! みんな! ベラの近くに集まるんや!」
シロー先輩がそう叫ぶ。直後、空間に亀裂が入った。これは、ダンデの時と同じだ。今から、ラビリンスが崩れるのだろう。
「さあ、行きましょう!」
近くに居た二宮がオレに手を差し出してきた。オレは頷き、その手を取ろうとしたところで気づく。二宮が、紫色の手袋をつけたままだということに。
「おい。今、お前の手に触ったら溶けるんじゃないか? オレ?」
「あっ。これはうっかり」
「ううむ。前も似たようなやり取りをしていたのを見た気がするぞい」
変身を解いて元の姿に戻ったシバがそう言った。
……そういえば、前もラビリンスを脱出する時に似たようなやり取りをした気がするな。よし、二宮が手を差し出してきた時は気を付けよう!
「ん。変身、解いたよ」
いつの間にか、タリスも元の姿に戻っていた。
「よし! これで手をつないでも大丈夫ですね!」
そう言って、二宮はオレの手を強く握ってきた。二宮の手は柔らかくて、オレは思わずドキリとしてしまう。
そういえば、女の子と手をつないだことなんてあまりないなあ。……なんて、考えてる場合じゃない! とにかく、走ろう!
「うっ……」
そうだった。今のオレは、鳴力を使いすぎて力が入らない状態だ。走るのはきつい。
「仕方ないのう。ほれ! ワシも力を貸すから力を振り絞らんかい!」
シバが、後ろからオレを押してくれた。二宮も、前からオレを引っ張ってくれている。だから、なんとか前に進むことができた。
――ああ、オレ、かっこ悪いな。一人じゃ、何もできない。こんなんじゃ、かっこいい男になるなんて夢のまた夢だ。
§
「助け出した時、この子は言ってました。変なお墓に迷い込む前に、仮面をつけた女の子に声をかけられたと」
ラビリンスから脱出したオレたちは、駅の裏にある小さな休憩所に移動した。そこにあるベンチに座った後、二宮とシロー先輩は言った。ラビリンスに囚われていた女子は、行方不明になったばかりの一年生だったと。そして、彼女はラビリンスの中で、ラビリンスに迷い込む前に仮面をつけた女子に会ったと二宮に話したらしい。
「わたし、どうして駅に……?」
助け出した女子から詳しい話を聞きたいが、ラビリンスを脱出したことで中に居た時の記憶を失っているためそれは叶わない。助け出した女子は、ぼんやりした様子で夕焼け空を眺めている。
ひとまず、彼女のことは置いておいて、オレたちは話を続けることにした。
「仮面をつけた女の子。この子が、最近の事件に関わってる可能性が高そうやな。ひょっとしたら、『負共鳴者』かもしれへん」
「ふきょうめいしゃ?」
共鳴者は、フラスピと心を通わせて鳴力を得た者たちのことだ。でも、ふきょうめいしゃって何だろう。共鳴者と関係がありそうな言葉だけど。
「負共鳴者は、バグスピと心を通わせてしまった者のことや。共鳴者と同じように、鳴力を使うこともできるで」
「あと、負共鳴者は負の感情をまき散らして次から次にバグスピとラビリンスを生み出すことができます。しかも、生み出したラビリンスには自由に出入りすることもできちゃうんですよね。負共鳴者は」
「やっかいだな……」
負の感情。つまり、怒りとか悲しみとかのあまり良くない感情をまき散らしてバグスピとラビリンスを生み出すことができる。それが、負共鳴者か。
「何にせよ、この事件を解決するには仮面の女の子を見つけ出す必要がありそうやなあ。けど、手がかりがないしなあ……」
「……シロー先輩。オレ、ちょっと気になることがあるんですけど」
手がかりになるかは分からない。けど、気になることがオレにはあった。
「なんや? 言ってみい」
「えっと、この前ラビリンスの中から助け出したやつと、今日シロー先輩たちが助け出したやつ。どっちも、オレと同じ遠空小学校の卒業生で、今月、花守中学校に入学したばかりのやつらです」
「何やて?」
「同じクラスになったことはないから名前は知りませんけど、顔は見覚えがあるので間違いないと思います」
オレ、この間助け出した男子、今日助け出した女子。三人とも、遠空小学校の卒業生だ。そして、三人とも、花守中学校に入学したばかりでもある。
「つまり、遠空小学校の卒業生かつ花守中学校の新入生が狙われてる可能性があるかもしれへんってことか」
「でも、私の姉さんは新入生じゃないし遠空小学校の卒業生でもありませんよ?」
「んー。じゃあ、やっぱりただの偶然やろか。それとも、ひふみんだけ例外だったのか……。あー、ダメや。分からへん」
二宮の姉さんだけが例外、か。そうだとしたら、何で二宮の姉さんは行方不明になったんだろう。
……やっぱり、遠空小学校の卒業生ばかりがラビリンスに迷い込んだのはただの偶然と考えた方が良いんだろうか。
「……偶然か、そうでないかは分からへん。でも、遠空小学校の卒業生の周辺を注意深く観察しといた方が良さそうやな。幸い、数は少ないはずやしな」
「ですね。遠空小学校を卒業した生徒は大抵近くにある遠空中学校に通うはずですもんね。わざわざ花守中学校に通うのはカズキさんみたいな変わり者くらいです」
「変わり者で悪かったな」
けど、二宮の言う通りだ。遠空小学校に通っていた生徒は、ほとんどが近くにある遠空中学校に通う。だから、注意を向けるべき対象は少ないはずだ。
「よし。今後の方針は決まったし、とりあえずワイはこの子を連れて学校に行くわ。また校長に話をつけんといかんからな」
「今日はここで解散、ですね」
「……そうだな」
ラビリンスから助けだした女子生徒を連れて、シロー先輩は花守中学校に戻っていった。
オレたちも、家に戻らないと。
「どうしたんですか? カズキさん」
「えっ?」
「元気がないですよ」
オレの口から、思わず深いため息がこぼれる。
オレはさっきのラビリンスで、人形におびえ、鳴力を考えなしに使った。それでふらふらになって、二宮に助けられた。
「……自分自身がかっこ悪すぎて、イヤになった。かっこいい男になりたいのに、怖いものは苦手だし、可愛いものが好きって気持ちも捨てられないし……」
「おっ。やっと可愛いものが好きだと認めたのう」
そう言って、シバがオレの膝に乗ってきた。シバの顔は、どこか嬉しそうだ。
「……そうだよ。オレは、可愛いものが好きだ。だから花も好きだ。けど、それじゃいけない。オレは、かっこいい男にならなくちゃいけないんだ。だから、オレはかっこいいものだけを好きでないと……」
「カズキさん」
急に、二宮がオレの名を呼んだ。そして、オレの目を真っ直ぐに見ながら、
「カズキさんが思うかっこよさって、何ですか?」
そう、聞いてきた。
「何ってそれは……。困ってる人を、助けたりとか……」
そうだ。オレは、レスキュー隊員だった父さんみたいになりたい。父さんみたいなかっこいい男になって、大切な人を守りたいんだ。
「じゃあ、すでにカズキさんはかっこいいじゃないですか」
「えっ?」
「うん。カズキくん、ラビリンスに囚われた人間、助けてる。だから、かっこいい」
タリスが二宮の後ろに隠れながら、そう言った。
「オレがかっこいいだって? 冗談だろ。さっきだって、二宮とタリスに助けられたし」
「それの何が悪いんじゃ?」
シバがオレを見上げてきた。そして、こう言葉を続けた。
「昨日も言ったが、カズキが度々公園のシバザクラの手入れをしてくれたから、ワシはこうして立派なフラスピになれたんじゃぞ。つまり、ワシはカズキに助けられたということじゃ。そんなワシを、お主はかっこ悪いと思うか?」
「……いや。かっこいいだろシバは。刀に変身できるし、炎も出せるし」
「けど、カズキが居ないと力を発揮できんぞ? つまり、カズキとワシ。揃ってかっこいいってことじゃろ?」
「揃って、かっこいい……?」
そんな考え方、したことなかったな。
「みんなで力を合わせて、みんなでかっこよくなるってのもありだと思いますよ。ちなみに、私は可愛さとかっこよさを持ったアイドルになる予定なので応援してくださいね」
二宮の言葉を聞いて、オレは思わず笑ってしまった。
「ぷっ。可愛さとかっこよさを持ったアイドルって……。欲張りすぎじゃないか?」
「ふふっ。そうですよ。私は欲張りアイドルです。私に釣られて、カズキさんも欲張りさんになっちゃえばいいと思いますよ?」
「そうじゃな。かっこよくなりたいって気持ちも、可愛いものが好きって気持ちも、どっちも抱えたままでいいんじゃないかのー。どちらかを捨てる必要なんてないじゃろ?」
……オレは、二年前に父さんが居なくなった時、かっこいい人間になりたいと思った。もう大切な人を失いたくなかったし、残された母さんを守らなければいけないと思ったんだ。
でも、かっこいい人間になるためには、可愛いものが好きじゃいけないと思った。可愛いものが好きなままだと、かっこいい人間になれないと思っていたんだ。だから、大好きだった花やぬいぐるみを遠ざけた。そして、可愛いものなんか好きじゃないと自分自身に言い聞かせて生きてきた。けど、ダメだった。可愛いものが好きって気持ちは全然消えなかったんだ。遠ざけ続けていれば、いつか消えると信じていたのに。
――かっこいい人間になりたいという気持ちと、可愛いものが好きという気持ち。今も結局、オレの中には、どっちの気持ちもあるんだ。
「……どっちの気持ちも、抱えたままでいいのかな」
オレがそう呟くと、シバも、二宮も、タリスも、微笑んだ。
「決めるのはカズキさんですよ」
決めるのはオレ、か。うん、そうだよな。
「……オレ、やっぱり可愛いものが好きだ。でも、かっこいい人間にもなりたい」
やっぱりオレは、どちらかを捨てる選択をしたくない。
「だから、どっちの気持ちも抱えたまま頑張ってみたいと思う。可愛いものが好きなまま、かっこいい人間になりたい」
そう口にすると、ふわりと心が軽くなった気がした。
ああ。何だ。こんなに簡単なことだったんだ。どっちかを捨てず、どっちも抱える。そう決めただけで、心が楽になった。
「ならばワシは、カズキがその夢を叶えるために力を貸そう! カズキの夢は、ワシの夢じゃ!」
「……ありがとな、シバ。こんなオレだけど、これからもよろしく頼む」
「うむ! よろしくじゃ!」
オレとシバは、右手でしっかりと握手をした。今、この瞬間、オレたちは本当のパートナーになった。そんな気が、したんだ。
「二宮も、色々とありがとな。お前も、姉さんが見つからなくて大変なのに……」
「大丈夫ですよ! 私の姉さんは、強いですからね! きっと、どこかのラビリンスでのんびりと私たちを待ってると思いますよ」
「うん。心配しなくても、大丈夫」
二宮とタリスがそこまで言うなら、きっと二宮の姉さんは大丈夫だろうな。焦らず、確実に助け出そう。
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