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下巻

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見慣れたプラットホームに電車が到着した。
乗り込むと、乗車率は低く余裕で座れた。
私たちは違和感を感じる。
いつもの通勤通学ラッシュの人混みに慣れていたからだ。
やはり、台風の影響で強風から暴風警報に移り変わったのだろうか。

と、その時「おはよ」と声をかけられる。
美しいフルートのような響き。
先輩が微笑みながら隣の車両から歩いてきた。
手にはスマホを持っている。

「今日、もしかしたら自宅待機かもね」

先輩はそう言って私の隣に座ると、スマホの画面を見せた。
私は驚いて反応する。

「え!?  やっぱりそうですか?」
「ああ、もう暴風警報になってるからね」

なつきが臆面もなく先輩のスマホをのぞき込んで言った。

「あ!  ほんとに暴風だ!  やばっ、ここ真っ赤じゃん」

本当になつきの声はでかい。
近くにいる乗客が、スマホで天気情報をチェックするまでもなく暴風警報が発令していることを周知してくれた。
なつきはまるで歩くラジオのようだ。

「ねぇ、これ休校じゃない?  せんぱい?」
「なつきちゃん、こういう時は休校とは言わないんだよ、自宅待機というんだ」
「へ~、せんぱいって詳しいですね」

先輩はふふっと鼻で笑って話を続けた。

「通学中に自宅待機になるなんて、俺たちはアンラッキーさ」
「それな~、もっと早く暴風警報になれって感じ」
「あはは、なつきちゃん素直だね」

先輩はなつきのわかりやすい物言いにウケる。
私は少しだけなつきの自由奔放さに嫉妬ジェラシーした。
すると、先輩は周囲を見回して、他にも学校の生徒はいないか確認する。
私も先輩に習って電車内を観察する。
ちらほら生徒は見かけたが、やはりいつもより人数は少ない。
やはり、暴風警報が出ると予想して自宅待機していた生徒が多かったようだ。
もっぱら私たち3人は好奇心旺盛な生徒。
言わば、私たちはこの台風によって吹き荒れる嵐にテンションがあがる若者の代表みたいな存在だ。

先輩はスマホをいじくって学校のサイトをチェックする。
そのスマホの画面をのぞき込む私となつき。
先輩の美しい指先に見とれながらも、学校のお知らせを確認する。
そこには『自宅待機』となっていた。
つまり、学校にはいかなくてもいい、ということだ。
さらに、以下の点を守って過ごしましょうと注意喚起している。

『危険な場所にはいかない』
『家の後片付けを手伝う』
「在宅学習をする』

しかしながら、私たちはもう学校に向かっている。
このルールを守とうとする自信も覚悟も霧散していた。

私たちはとりあえずT駅で降りて電車を折り返そうと試みた。
しかし、電車は遅延していた。
先輩が車掌さんに運転状況を訪ねたところ、

「いやぁ、どこかの電線が切れてしまってね、今その対応に追われているんだ、復旧には2、3時間かかるだろうな」

とのことであった。

私たちはT駅で足止めを食らった。
こんなときは親に迎えに来てもらうのが基本だ。
とりあえず私は家に電話する。
受話器を取ったのは妹だった。両親は働きに行っているらしい。
妹は近所の中学から無事に帰宅できて一安心。
私は妹に「電車が止まってるから、お姉ちゃんは友達と一緒にカフェにでも避難してるわ」と告げておいた。
すると、なつきの目がきらきらと輝いた。

「ねえ、マジでどっかいこうよ!  私も家にはゆうこと避難してるって言うからさ」
「……」

私は唇をアヒル口にして、うーんと悩んだあげく、

「そうね、どうせ電車も動かないしね」

となつきの意見に賛成した。
なつきとはやっぱり一脈相通いちみゃくあいつうずるところがある。
だが、一言多いのがなつきである。

「せんぱーい!  先輩も一緒にどうですか?」
「え!?」

先輩はスマホの画面を見ながらなつきのでかい声に驚いた。

「あ~、俺は友達が車で迎えに来てくれるって連絡があったから……その……」

私はピコンっと閃いて先輩に尋ねる。

「あの、その友達ってもしかしてフクさんですか?」
「うん、そうだよ」
「あ、やっぱり……」
「だから、ごめん」
「……あ、うん」

私は一緒に車に乗りたかったけど、先輩にお願いする勇気が出てこなかった。
自分の引っ込み思案な性格を呪った。
だが、私の気持ちを代弁するかのように、なつきが興味津々な顔を先輩に近づける。

「え!  え!  先輩って大人の友達がいるんですか?」
「ま、まあね……」
「ヤバ!  ちょーすごい、やっぱ先輩は素敵です~」
「あはは、そうかな」
「せんぱ~い、私たちも乗せてってくださいよ~」
「……え」

なつき……ナイスプレー!  最高かよ~!
私はこの時ばかりはなつきの好奇心むき出しのノリの良さが最高だと思った。
よし、私も便乗しちゃおっと。

「せんぱい、お願いします♡」





私は渾身のスマイルで先輩に甘えてみた。
先輩はまんざらでもなく惚けた顔をしてスマホに耳を当てた。

「あ、もしもし、フクさん?  はい、そうです、暴風で電車が止まりまして……はい……T駅です……あ、マジっすか!  ありがとうございます!  あと、俺の彼女とその友達もいいですか?  はい……いえ、女二人です……はい、わかりました……じゃあ、駅前のロータリーにいますね……はい、それでは」

スマホを切った先輩は微笑んでいた。
サラサラと流れる髪を手ぐしでかき分けると私たちに告げる。

「みんな乗せてくれるってさ」
「やったー」

私となつきは抱き合って喜んだ。
思い通りの展開になり、花が咲いたように笑壷に入った。
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