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下巻
エピローグ 1
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サカは俺にとってどんな存在だったのだろう。
再会した当初は昔からの友達、いや、物分かりのいい弟みたいな存在か。
俺はあの嵐の日以来、ゆうこちゃんのことが忘れられなくなっていた。
そのことを見抜いたサカはなぜか笑っていた。
弟みたいなサカは、今では鋭い観察眼のあるマネージャーのようでもあった。
まるで自分のことのように嬉しそうでもあった。
なぜ嬉しそうなのか? とサカに質問すると意外な答えを返してきた。
映画鑑賞をした帰りがけの夜の日。
「いやぁ、実は俺、近いうちにアメリカに行くんですよ、だからゆうこちゃんに寂しい思いをさせたくないから、フクさん……ゆうこちゃんをお願いします」
そんなことを言った。
俺はどうしていいかわからず、とりあえず答えは保留にしておいた。
それよりも、なぜサカがアメリカに行かないければならないか気になった。
その日は夜更けになるまで俺とサカは語り合った。
サカの家は、どうやら問題を抱えているらしかった。
それは両親が別居しておそらく離婚するであろうこと、祖母の要介護のレベルがあがり家や老健では介護できないため終の住処である特養に入れる手続きを踏んでいること、そして父親がアメリカで事業を拡大展開するため移住計画があることなど、サカの周りでは色々なことが巻き起こっていたのだ。そしてアメリカに行ったら、いつ日本に帰ってくるかは未定らしかった。
俺のような平凡な家庭に育った人間には到底抱えられないような問題に思えたが、単純に考えれば、家族がバラバラになる、そういう言葉で整理できた。いや、整理どころか紛失して消えてなくなりそうな問題だった。
たしかに、この豪邸に高校生のサカ一人だけで住むということは、異様な光景だったし、未成年者には保護者がついていないダメだと法令で定められているように察した。もっぱら俺は法については背くタイプだが、こういった家族のことに関してはちゃんと守るべきだと思えた。
そしてサカがアメリカに行くと言うのなら、俺にできることは、果たして何だろうかと考えた。
その答えは簡単だった。
サカと良い思い出を作ること、それに限るだろうと結論を出した。
サカは話をまとめようとすると、しきりに俺がいなくなったらゆうこちゃんを頼むと言って聞かないが、当人のゆうこちゃんがそんなことは承知しないだろうと返答しておいた。
たしかにゆうこちゃんは俺が今まで出会ったなかで一番の女だった。抱かなくてもわかった。いや、迂闊に抱けなかった。それはサカの彼女だったということもある、だが、それ以上にゆうこちゃんを彼女として抱きたい気持ちの方が優っていたのだ。
ああ、俺がこんな気持ちになるなんて夢にも思わなかった。
それまでの俺は最低で最悪な女たらしだったからだ。だがそれは、チョロイ女を落としているにすぎなかった。所詮は女だって男と同じ人間、裏ではエッチなことをしたいのだと俺は知っていた。女にはエッチになるスイッチがあったので、そのスイッチを押せば簡単に女の股が面白いように開いた。だが、ゆうこちゃんだけは別だった。大切にしたいと思った。だから俺はあの嵐の日は逃げ出すように会社へ戻った。
台風一過した青空がやけに透き通って見えたことを覚えている。
そして結局、語り合った日はサカがアメリカに行ってしまう事実だけを受け止めて、俺は帰宅した。
それから何日か経ったある日、サカはまた4人で遊ぶセッティングを用意した。
俺、サカ、ゆうこちゃん、なつきちゃんの4人だ。
カラオケやボーリングなどをして遊んだ。
肉体を重ね合わせていた俺たちは、とても仲良くなっていた。
箸が転がっただけでも爆笑する状態だった。
また、俺は手を出さなかった。なつきちゃんは不満そうに腰をくねらしていたが、それよりも俺は楽しさを重視するように心がけた。ゆうこちゃんは楽しんでいる顔をしているものの、たまにうつむいて悲しい表情する時もあった。おそらく、もうサカからアメリカに行くことを告げられていたのだろう。だったら、なつきちゃんにも知っておいてもらいたいと思い、俺はサカがアメリカに行くことを改めてみんなの前で公表した。
なつきちゃんは驚きながら、ゆうこちゃんに抱きついた。悲しみがあふれているゆうこちゃんに共感しているなつきちゃん。女の友情はいいなぁと思った。
それからというもの、俺たちは色々な場所で遊んだ。
遊園地、水族館、映画館、フェスにだっていった。
そのどれもが本当に楽しい出来事で、おおはしゃぎする俺たちはまるで絵に描いたような青春時代を過ごしているように思えた。
俺にとっては遅れた青春時代の到来でもあった。工業高校を卒業して以来、土木や建築関係の仕事に汗を流す毎日。娯楽と言ったら酒を飲むか女を抱くかのどちらかで、まともに友達を作って健全な遊びなんてしたことがなかった。
俺たち4人は客観的に言ったらダブルデートしているように見えたが、俺はあれ以来なつきちゃんには指一本触れていない。それどころか一切他の女に手を出していなかった。すべてはサカとゆうこちゃんに楽しい思い出を作ってやりたかったからだ。エッチなことよりも何よりも、もっと俺たちに大切なことがあると信じていた。俺はやっと気づくことができたのだ。友情といったら少し大袈裟で古臭いけど、はみ出し者の俺にとっては唯一の爽やかな風が吹くような青春時代の友達と呼べるものが欲しかったのだ。もっとも、悪ふざけする男仲間はいくらでもいたが、サカたちとの出逢いはそれとはまた違ったものだった。
一ヶ月経ったある日、サカがアメリカに旅たつ日が決まった。
その頃になると、なつきちゃんには彼氏ができていた。
女という生き物は非常に賢いので、俺みたいなどうしようもない男にはさっさと見切りをつけたらしい。それと、なんとなく、俺がゆうこちゃんのことを密かに好きな気持ちがバレていたのかもしれなかった。
サカにだってバレたのだ、女の感は鋭いから侮れない。
俺はアメリカに旅たつサカを見送るために車を出した。
後部座席に座るゆうこちゃんはどこか遠くの空を見つめていた。
サカの父親はもうすでにアメリカで住居を構えていて、サカを受け入れる体制はすでに整っているらしかった。よって、サカの手荷物は少なかった。表情からも、ちょいとそこまで楽しんでくる旅行気分かのような印象を受けた。しかし、またいつでも会えるかと言ったらそうではない。きっと、おそらく、このままサカは日本には帰ってこないだろう。そんな予感が車内に充満していた。
「じゃあ、フクさん、ゆうこちゃんをよろしく」
空港の出発ロビー。
サカは最後までそんな無責任なことを言って飛行機に乗って旅立っていった。
ゆうこちゃんは飛行機が落ちてしまうくらい泣き叫んでいた。
強い風が吹く飛行場は、まるであの日の嵐を連想させた。
台風が来て電車が止まり、途方に暮れていたサカたちを乗せて走った嵐の道。
俺のモラトリアムはあの日をもって終わったのだ。
俺が真の大人になれたのは、サカのおかげだと思った。
帰り道は助手席に座ったゆうこちゃん。
頬をつたう涙が美しいとさえ感じた。
何か言ってやりたかったが、何も頭に浮かんでこなかった。
俺は黙って車を運転する。
今から俺がやろうとしていることは、人間的にどうなのだろうか?
最低だろうか?
最悪だろか?
めちゃくちゃバカなことだろうか?
自問自答するが、体が言うことを聞かなかった。
理屈じゃない、動物的な本能みたいなものが、俺のハンドルをさばいていった。
向かった先はラブホテルだった。
ゆうこちゃんは黙ってついてくる。
俺にすべてを任せ身を委ねていた。
俺は泣いているゆうこちゃんをぎゅっと抱きしめた。
離さない、いつまでもずっと大切にしよう……。
と強く願いながら、俺はゆうこちゃんを抱いた。
泣いている女を抱くのは、童貞を卒業をした日以来だった。
再会した当初は昔からの友達、いや、物分かりのいい弟みたいな存在か。
俺はあの嵐の日以来、ゆうこちゃんのことが忘れられなくなっていた。
そのことを見抜いたサカはなぜか笑っていた。
弟みたいなサカは、今では鋭い観察眼のあるマネージャーのようでもあった。
まるで自分のことのように嬉しそうでもあった。
なぜ嬉しそうなのか? とサカに質問すると意外な答えを返してきた。
映画鑑賞をした帰りがけの夜の日。
「いやぁ、実は俺、近いうちにアメリカに行くんですよ、だからゆうこちゃんに寂しい思いをさせたくないから、フクさん……ゆうこちゃんをお願いします」
そんなことを言った。
俺はどうしていいかわからず、とりあえず答えは保留にしておいた。
それよりも、なぜサカがアメリカに行かないければならないか気になった。
その日は夜更けになるまで俺とサカは語り合った。
サカの家は、どうやら問題を抱えているらしかった。
それは両親が別居しておそらく離婚するであろうこと、祖母の要介護のレベルがあがり家や老健では介護できないため終の住処である特養に入れる手続きを踏んでいること、そして父親がアメリカで事業を拡大展開するため移住計画があることなど、サカの周りでは色々なことが巻き起こっていたのだ。そしてアメリカに行ったら、いつ日本に帰ってくるかは未定らしかった。
俺のような平凡な家庭に育った人間には到底抱えられないような問題に思えたが、単純に考えれば、家族がバラバラになる、そういう言葉で整理できた。いや、整理どころか紛失して消えてなくなりそうな問題だった。
たしかに、この豪邸に高校生のサカ一人だけで住むということは、異様な光景だったし、未成年者には保護者がついていないダメだと法令で定められているように察した。もっぱら俺は法については背くタイプだが、こういった家族のことに関してはちゃんと守るべきだと思えた。
そしてサカがアメリカに行くと言うのなら、俺にできることは、果たして何だろうかと考えた。
その答えは簡単だった。
サカと良い思い出を作ること、それに限るだろうと結論を出した。
サカは話をまとめようとすると、しきりに俺がいなくなったらゆうこちゃんを頼むと言って聞かないが、当人のゆうこちゃんがそんなことは承知しないだろうと返答しておいた。
たしかにゆうこちゃんは俺が今まで出会ったなかで一番の女だった。抱かなくてもわかった。いや、迂闊に抱けなかった。それはサカの彼女だったということもある、だが、それ以上にゆうこちゃんを彼女として抱きたい気持ちの方が優っていたのだ。
ああ、俺がこんな気持ちになるなんて夢にも思わなかった。
それまでの俺は最低で最悪な女たらしだったからだ。だがそれは、チョロイ女を落としているにすぎなかった。所詮は女だって男と同じ人間、裏ではエッチなことをしたいのだと俺は知っていた。女にはエッチになるスイッチがあったので、そのスイッチを押せば簡単に女の股が面白いように開いた。だが、ゆうこちゃんだけは別だった。大切にしたいと思った。だから俺はあの嵐の日は逃げ出すように会社へ戻った。
台風一過した青空がやけに透き通って見えたことを覚えている。
そして結局、語り合った日はサカがアメリカに行ってしまう事実だけを受け止めて、俺は帰宅した。
それから何日か経ったある日、サカはまた4人で遊ぶセッティングを用意した。
俺、サカ、ゆうこちゃん、なつきちゃんの4人だ。
カラオケやボーリングなどをして遊んだ。
肉体を重ね合わせていた俺たちは、とても仲良くなっていた。
箸が転がっただけでも爆笑する状態だった。
また、俺は手を出さなかった。なつきちゃんは不満そうに腰をくねらしていたが、それよりも俺は楽しさを重視するように心がけた。ゆうこちゃんは楽しんでいる顔をしているものの、たまにうつむいて悲しい表情する時もあった。おそらく、もうサカからアメリカに行くことを告げられていたのだろう。だったら、なつきちゃんにも知っておいてもらいたいと思い、俺はサカがアメリカに行くことを改めてみんなの前で公表した。
なつきちゃんは驚きながら、ゆうこちゃんに抱きついた。悲しみがあふれているゆうこちゃんに共感しているなつきちゃん。女の友情はいいなぁと思った。
それからというもの、俺たちは色々な場所で遊んだ。
遊園地、水族館、映画館、フェスにだっていった。
そのどれもが本当に楽しい出来事で、おおはしゃぎする俺たちはまるで絵に描いたような青春時代を過ごしているように思えた。
俺にとっては遅れた青春時代の到来でもあった。工業高校を卒業して以来、土木や建築関係の仕事に汗を流す毎日。娯楽と言ったら酒を飲むか女を抱くかのどちらかで、まともに友達を作って健全な遊びなんてしたことがなかった。
俺たち4人は客観的に言ったらダブルデートしているように見えたが、俺はあれ以来なつきちゃんには指一本触れていない。それどころか一切他の女に手を出していなかった。すべてはサカとゆうこちゃんに楽しい思い出を作ってやりたかったからだ。エッチなことよりも何よりも、もっと俺たちに大切なことがあると信じていた。俺はやっと気づくことができたのだ。友情といったら少し大袈裟で古臭いけど、はみ出し者の俺にとっては唯一の爽やかな風が吹くような青春時代の友達と呼べるものが欲しかったのだ。もっとも、悪ふざけする男仲間はいくらでもいたが、サカたちとの出逢いはそれとはまた違ったものだった。
一ヶ月経ったある日、サカがアメリカに旅たつ日が決まった。
その頃になると、なつきちゃんには彼氏ができていた。
女という生き物は非常に賢いので、俺みたいなどうしようもない男にはさっさと見切りをつけたらしい。それと、なんとなく、俺がゆうこちゃんのことを密かに好きな気持ちがバレていたのかもしれなかった。
サカにだってバレたのだ、女の感は鋭いから侮れない。
俺はアメリカに旅たつサカを見送るために車を出した。
後部座席に座るゆうこちゃんはどこか遠くの空を見つめていた。
サカの父親はもうすでにアメリカで住居を構えていて、サカを受け入れる体制はすでに整っているらしかった。よって、サカの手荷物は少なかった。表情からも、ちょいとそこまで楽しんでくる旅行気分かのような印象を受けた。しかし、またいつでも会えるかと言ったらそうではない。きっと、おそらく、このままサカは日本には帰ってこないだろう。そんな予感が車内に充満していた。
「じゃあ、フクさん、ゆうこちゃんをよろしく」
空港の出発ロビー。
サカは最後までそんな無責任なことを言って飛行機に乗って旅立っていった。
ゆうこちゃんは飛行機が落ちてしまうくらい泣き叫んでいた。
強い風が吹く飛行場は、まるであの日の嵐を連想させた。
台風が来て電車が止まり、途方に暮れていたサカたちを乗せて走った嵐の道。
俺のモラトリアムはあの日をもって終わったのだ。
俺が真の大人になれたのは、サカのおかげだと思った。
帰り道は助手席に座ったゆうこちゃん。
頬をつたう涙が美しいとさえ感じた。
何か言ってやりたかったが、何も頭に浮かんでこなかった。
俺は黙って車を運転する。
今から俺がやろうとしていることは、人間的にどうなのだろうか?
最低だろうか?
最悪だろか?
めちゃくちゃバカなことだろうか?
自問自答するが、体が言うことを聞かなかった。
理屈じゃない、動物的な本能みたいなものが、俺のハンドルをさばいていった。
向かった先はラブホテルだった。
ゆうこちゃんは黙ってついてくる。
俺にすべてを任せ身を委ねていた。
俺は泣いているゆうこちゃんをぎゅっと抱きしめた。
離さない、いつまでもずっと大切にしよう……。
と強く願いながら、俺はゆうこちゃんを抱いた。
泣いている女を抱くのは、童貞を卒業をした日以来だった。
応援ありがとうございます!
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