高嶺の花屋さんは悪役令嬢になっても逆ハーレムの溺愛をうけてます

花野りら

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第一部 春

43 ファーストキスは乙女ゲームの世界で

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「きゃああ、ソレイユ!」

 わたしは思わず叫んだ。
 とっさに目の前を飛んでいた妖精フェイを捕まえる。
 手のなかで、もごもごと暴れたけど気にしない。むぎゅ。

「なにをするっ!」
「人が来たの、とりあえず動かないで」

 わたしは小声で命令すると、フェイの身体はぴたっと停止した。
 
「ん? どうしたの、叫ぶなんてマリらしくない。おや? その人形はなんだい?」ソレイユは首を傾ける。
「ふぇ?」わたしはとぼけて見せた。

 それだよ、と言ってソレイユがわたしの手を指さした。相変わらず笑っているが、かなり怪しんでいる。

「こ、これは……」

 わたしは、おずおずと手のひらを広げた。もちろん、そこには妖精フェイがいるのだけど、ソレイユから見たら、羽の生えた小さな人形なのだろう。

 なんだか手に持っていると落ち着かないので、胸ポケットにフェイをねじ込んだ。ぐえ、と小さく抵抗する声が聞こえた。ごめんね、フェイ、ちょっとここで我慢してて。
 
「ああ、これ? フィレ教授からのお土産、外国の人形よ」
「ふーん、教授って、まだ花壇の土壌研究してるの?」
「ええ、カップルが永遠に結ばれる原因は、この花壇の土壌や磁場にあると踏んでいるようね。やはり、教授は科学者だから、論文としてまとめたいみたい」
「なるほど……で、マリはどう思う?」
「なにが?」
「なぜカップルは永遠に結ばれると思う?」

 ソレイユの問いに、わたしは顎に拳を当てて黙考。風に揺れる花が、夕日の明かりを浴びて笑う。そんな光景を見つめながら答えた。
 
「これは仮説だけど、この花壇にある土、花々、香り、そしてそれらを人間に知覚させる光りや風と言った目には見えない物質との相関関係が、カップルの頭脳に何らかの影響を与えているとわたしは考察している。しかし、科学的な根拠を示すには、それらを数字として視覚化できるかが鍵となるけど、そんな技術はない。まあ、簡単にまとめると、この花壇が素晴らしいからってことね」
「そ、そうだね……」

 指先で頬をかくソレイユの仕草は、なんだか煮え切らないクリームシチューのようだ。わたしは正直言って、なよなよした男は苦手なので、単刀直入に訊いた。
 
「何かようソレイユ? 水まきならもう終わったわよ。遊びに来たんなら帰ってちょうだい」
「いや、マリに話があるんだ」
「なに?」

 わたしは髪をかきあげて訊いた。

 そんなわたしの仕草に、ドキッとしているソレイユを見ていると不吉な予感しか抱かない。こんなのシナリオにはないから、彼の気持ちがわからなくて、心に余裕がなくなる。やっぱり非論理的な展開って、わたしには苦手。

「たわいもない話だ」彼は低い声で言ったあと、花壇を向いてつづけた。

「私はこの伝説の花壇には不思議な力があると思う」

 不思議? とわたしが訊き返す。

「それは愛の力だ」
「愛? 考えたこともなかった……」
「そうなのかい、マリ? 君には好きな人はいないのかい?」
「いないわね、まあ、かっこいいなと思う男の人はいるけど」
「そうか……じゃあ、明日のニコル先生の授業では、誰を好きだと言うつもりだい?」

 そうね、と訝しむわたしは立ち話もなんだし、ベンチに座ろうと手のひらで示した。ソレイユは静かにうなずくと、ベンチに腰を下ろした。わたしもそれに倣う。
 
 ソレイユの隣に座るといい香りがした。

 男の子、いや、男性の匂いだった。満更でもなく、わたしの心は踊り、深々と空気を吸い込む。ほんの少しだけお尻をソレイユに近づけてみた。
 
 うわぁ、ドキドキする。
 
 心臓が激しく鼓動している。穏やかじゃない。なんだか身体が熱い。男と肉薄することって、とても勇気がいることがわかった。でも、それは嫌な気分じゃなくて、逆に気持ちがいいこともわかった。

 危険だけど、快感。

 なぜ、十六歳にもなるのに、今まで男を避けていたのだろう。なんとも不思議な心の揺れ、激しい感情のざわめき。ああん、気持ちいい。なんだか今までの人生、損してたかも、わたし。
 
「うぁぁ! うるさ~い」

 かすかな悲鳴が聞こえた。

 下を向くと胸ポケットでフェイが指を耳に詰めて塞いでいる。早鐘のように鳴るわたしの心臓の音が、ドクンドクンと伝わって騒音になっていたのだろう。ようは、胸に耳を当てているのと同じ状態。ごめんね、フェイ。
 
「ふぅ……はぁ」

 わたしは深呼吸して空気を胸いっぱいに入れて、なんとか落ち着きを取り戻した。そんなわたしの様子を不思議そうに見つめるソレイユは、優しく微笑むと口を開いた。
 
「で、明日の授業は誰にするの? ロックかい?」
「まさか……それはないわ」
「じゃあ、誰? さっきかっこいい男の人がいると言ってたけど、誰?」
「ちょっと、なんで、そんなことソレイユに言わなきゃなんないの?」
「気になるからさ。教えてくれないかい?」
「ダメよ……」
「なぜだい?」

 わたしはモブだからよ!
 
 そう言ってやりたい衝動をなんとか抑えたわたしは、じっと見つめてくるソレイユに半分だけ背を向けた。もちろん、ぷいっと目線も逸らす。わたしはいま困ってるの、察してよね、ソレイユ。
 
「答えられないってことか……わかった」
「……」
「それなら、私は先手を打たせてもらおう」
「えっ?」

 ドキッとした。

 ソレイユの顔がわたしの目の前に肉薄してきた。

「んんっ……」

 感覚としては、柔らかい唇、そんな言葉がしっくりきた。やがて、わたしはキスしているのだと実感する。夢のようなキス、だけど夢ではないリアル。乙女ゲームの世界でわたしは……わたしは……。

 キスをしてしまった!

 しかも、ソレイユと! きゃあああ!
 
 時刻は夕暮れ。

 だんだん暗くなりつつある世界で、わたしたちのシルエットは、まるで影絵のように重なっていた。わたしのファーストキスを奪ったソレイユは、ほんの少しだけ唇を離すと、フルートを吹くみたいにささやいた。

「私はマリのことが好きだ」
 
 潤んだ瞳を大きく開いたわたしは、
 
「……バカっ」
 
 と叫び、泣きながら駆けだした。

 どこに行くともわからない。

 とにかくここから、いや、この世界から逃走していた。中央広場の噴水を抜けて、フルール国王の石像を完全に無視して、学園の校門から出ていた。

 何も考えることができない。

 身体が勝手に動き出していく。

 気づくとわたしは、王都の街まで来ていた。だけど……。
 
 街はなかった。いや、街だった物質が、スッと音もなく崩れて損壊していく。
 
「なに、これ?」

 建造物の正体はホログラムだった。

 つまり、光だけの集合体。

 わたしの周りでうごめくのは、実態のない下半身だけの人間たちの往来、顔だけがない帽子を被った紳士、騎手のいない馬車が走っている。

 狂った超常現象があふれる大通り。
 
 戦慄が走り、泣きそうになったわたしは、さらに街を出るため、南の大門をくぐる。
 
 見えたのは、晴れわたる荒野。
 
 蒼穹の下に咲く木々や草花は、風に揺れながら現れては消えてを繰り返す。幻のような世界が、わたしの心を無我の境地に誘う。
 
 さらに遠くを眺めると。
 
 ただ、真っ白な地平線のない空間だけが、無情に広がっていた。
 
「どういうこと……これ? 街や人や、自然がめちゃくちゃじゃない……」

 わたしは胸ポケットをのぞいてフェイに問いかけた。
 
「な、言っただろ、ここは僕が創造した乙女ゲーム。つまり、仮想現実だ。トラブルが発生した場合は……」
「なに?」

 フェイは、ぴょんっと飛び跳ねると、真っ白な虚空を舞った。そして、高速で羽ばたきながら静止すると、わたしの目を、じっと見つめて断言した。
 
「バグる」

 戦慄が走ったわたしは、おそるおそる訊き返す。
 
「トラブルの原因は?」
「えっとね、ソレイユが真理絵にキスをしたよね」
「ええ……」
「つまり、攻略対象者が熱暴走を起こしたから、論理的なバグが発生していたと思う。おそらく……」

 言葉を切ったフェイは、ぶんっと羽ばたいて飛んだ。そして、わたしの耳もとにささやく。風のように。

「ソレイユはマリエンヌに恋しているみたいだね」

 はっとしたわたしは顔を赤く染めた。

「ちょっと待ってよ……わたしと攻略対象者たちが恋に落ちると乙女ゲームがバグってEDを迎えられないじゃない」
「まあ、そうだね」
「どうするのよ……前世に戻れないじゃない。わたしずっと眠り姫とか嫌だよ」

 いやいや、と首を横に降ったわたしは、目を閉じて深くため息をついた。すると、フェイは、あるともわからない淀んだ空気を振り払うように、ブーンと大きく飛んで旋回してから、わたしの胸の谷間に乗ると、高らかに声をあげた。

「安心して、真理絵! デバックしてプログラムを正常に戻してやればいい」
「どうやってデバックするの?」
「簡単な方法は……」

 フェイはわたしの胸を手のひらで、ぽむん、ぽむん、と叩いてから断言した。
 
「マリエンヌ・フローレンス、君が攻略対象者から拒絶されればいい」

 なるほど、と思った。
 
 それならばいっそ、嫌われてしまえばいい。
 
「わたし、悪役令嬢になろうかな……」
 
 そんなわたしの思いを汲み取るように、フェイはまたわたしの胸ポケットのなかに潜りこんでくる。まるで、ベッドのなかで温まって安らぐみたいな、そんな優しい微笑みを浮かべながら。
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