きっと彼女はこの星にいる

花野りら

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第四章 この星に彼女がいることを知る

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 俺の彼女が見つかった。
 今日はとても変な日で、トラックに轢かれそうな猫を助けたら気絶した。そして、気づいたら五日間の空白期間が生まれていたが、そのことを考える余裕はなかった。突然、美少女のあかねちゃんが現れたからだ。結果、あかねちゃんのスマホに寄せられた匿名の情報により、見事、彼女を発見できたわけだが。ことの展開が摩訶不思議で、とても頭で上手く処理することができない。
 
 さらに、衝撃的な事実だが、俺の彼女は記憶を失っていた。
 監禁されていたことをまったく覚えていなかったのだ。
 しかも、真里を監禁した犯人の男は首を吊って亡くなっていた。その動機や首に縄をかけるプロセスは不明だが、重要参考人となる一階にいた体力のない老婆による犯行は不可能と見ていい。よって、男は自殺したと推測されるが、まさか、真里が犯人の死に関わっている、なんてことはないだろうか? そこだけは、なんとも言えないところだ。
 
 検死の結果、男が殺害されたという疑いが浮上した場合、佐野家に捜査のメスが入れられる。すると、真里の所持品が見つかる可能性がある。それは非常にマズイことになる。つまり、真里に警察の目が向けられのは明白だ。五十嵐刑事は自殺と判断するかもしれないが、監察医の目は誤魔化せない。
 
 あの死体に、真里の痕跡が残っていなければいいが、これは賭けだ。今ごろ、五十嵐刑事は佐野家の死体を処理していることだろう。この事件について、新聞やニュースなどの報道で取り上げられることがあるかもしれない。また頃合いを見て、五十嵐刑事に連絡してみよう。真相を知ることに、なんの迷いはない。
 
 車を事務所裏の駐車場に入れる。
 車内では、相変わらず真里は動画を見ていた。すると、あかねちゃんが声をかける。

「ねぇ、そろそろスマホ返してくれないかな?」
「え~、もうちょっと見せてよぉ」
「じゃあ、こうしない? うちに来てもっと大きなテレビでアニメを見なよ」
「大きなテレビ?」
「ああ、こ~なに大きいテレビがうちにあるんだっ」
「ほぉぉぉぉ!」

 そう言ったあかねちゃんは手を大きく広げる。真里は興味を持ったようで、スマホをあかねちゃんに返す。やれやれ、真里は記憶喪失なのに呑気なものだ。ふぅ、とため息を吐きつつ、後頭部を掻いて懇願する。
 
「じゃあ、あかねちゃん、真里をよろしく」

 あかねちゃんは間髪入れずに、俺の腹に肘鉄を突いてくる。手刀でなぎ払って防御もできたが、敢えてしなかった。なぜなら、別に痛くも痒くもないからな。なんとなく、それは君はそれをわかっているようで、まったく容赦なく攻撃してくる。この感触、この間合い、嫌いじゃない。だが、男口調のこの罵声。なんとかならないかな。
 
「貴様の彼女だろうがぁ! 責任を持て、責任を」
「ん? じゃあ、ちょっと女物の服を買ってくるからさ、それまで真里を頼むよ」
「そんなもん一緒に買い物に行けばいいだろう?」
「ヤダよ、楊貴妃とセーラー服を着たコスプレイヤーと一緒に買い物するなんて」
「なんだと! 私のセーラー服が可愛くないとでも言うのか?」
「いや……可愛いかと問われたら、可愛いが……」

 真里が俺の言葉が聞き捨てならなかったようで、口を尖らせて抗議する。
 
「和泉くんっ! 私だって好きでこんな格好してるわけじゃないんだからねっ」

 それはごもっともだ。
 犯人の男の趣味なのだろうが、よりによって楊貴妃とか目立ち過ぎるだろう。だが、監禁されているのだから外に出ることもあるまい。どんな服を着てようが犯人の男以外は見ることはない。
 それにしても、こんな美人を監禁するなんて……マジで許せん。っていうか犯人の男はもう死んでいたから復讐することもできない。チッ、死体にワンパンでも入れておくべきだったかもしれないな。くそう、俺の真里にあんなことや、こんなことをしたんだろうなあ。どうせ、うわぁ……悲しみが深い。
 
「どうしたの、和泉くん? 急に泣き出して」

 真里が尋ねてくる。

「あ、泣いてる。貴様も泣くんだなあ」

 呆れた口調であかねちゃんが言う。

「うるせぇ……泣いてなんかない」

 素直になれない俺は、まだまだ悲劇の主人公を捨て切れないようだ。
 一方、真里は記憶を失ったがゆえに、女子高生のままの明るい性格をキープしている。そこに救われていているところもあるが、冷静に考えると、十年間も監禁されていたなんてヤバ過ぎるだろ? 身体に傷とかついてないか心配だ。確認が必要かも、ドキドキして心臓が跳ねる。
 
 なぜなら、真里はスタイル抜群の飛び切り美人に成長していたからだ。もっとも高校生の頃から、その片鱗は見えていた。
 当時の真里はハッキリ言ってモテモテだった。クラスで、いや、学校で一番モテる女子だった。愛嬌、美ボディ、花壇に水やりをするピュア系女の子。だから、高校生の俺は、魅了にかかって告白なんてしてしまったんだ。真里ちゃんは学校のアイドルだったんだ。
 比較をするならば、あかねちゃんがツンデレ美少女で、真里ちゃんはほんわか巨乳美少女って感じ。
 
 だが、それは過去の話しだ。
 現在の真里ちゃんはもう、ちゃんはつけることができない。真里は、さらにグレードアップされていたのである。なんと、頭脳は女子高生のまま、身体だけが二十五歳の美人なお姉さんに成長していた。
 そのスタイルは、可憐な細いくびれなのに、なんとおっぱいが大きいという。女体の黄金比率をボンキュッボンと主張させ、男心を華麗なステップで奪いとる。ヤバイ……めちゃくちゃだ。本能というスイッチを叩きまくる。
 
 そんな俺の考えている煩悩は、案の定あかねちゃんに丸見えで、秒で怒鳴られる。
 
「おい! 和泉ぃ、エチエチした目で真里さんのこと見てるだろ?」
「……見てない」
「いや、見てた」
「別にいいだろ、彼女なんだから」

 一方、真里は恥ずかしそうに下を向くと、照れながら言う。
 
「和泉くんって、こういう胸が見えているのが好きなの?」
「う、嫌いじゃあないけど……目立つから着替えようよ」
「そうね」
「あと、恭子さんには俺から連絡しておくから」
「えっ、いいよ、自分で話したいわ」
「う~ん、真里は一応は行方不明になってたからさ。その御両親も心の準備ってものが」
「は? 行方不明じゃないし、ここにいるし」
「え? あ、そうだね。ごめん」

 すると、あかねちゃんが「きゃはは」と笑う。

 え? そこ笑うところ?
 
「真里さん、マジで気に入った! よし、うちの服を貸してあげよう」
「えっ、いいの? この服すぐ肌けるから動きにくいんだ、すぐ着替えたい」
「たしかに、おっぱいこぼれ落ちそうだなもんなあ」
「ちょ……あかねちゃんもエチエチやん」
「別にいいだろお。女だっておっぱいは見ちゃうもん」
「わかる」
 
 何を意気投合しているのだ、この女子たちは。時にガールズトークは男子の存在をかき消す。
 ちょっとついていけないな、と思いながら車から降りる。この星に光りを当てる太陽の傾きが鋭くなり、そろそろ夕日になりそうな気配が漂う。スマホの画面から時刻を確認すると、十八時半を過ぎた頃だった。日没は確実に早くなり、夕涼み、赤く滲んだ空の下で秋の到来を感じさせる。
 
 まだ、世界は消えずに、ぐるぐると回っている。大丈夫。きっと大丈夫だ。
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