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第二章 ヴァンパイアの呪い
14 キララ『温泉に入るか……』
しおりを挟む「ここの温泉は、魔力が回復するらしいですわ」
キャンディは、そう言って、ぬぎぬぎ、と制服のボタンを外していく。
短いスカートが、はらりと落ちる。あと、ピンクのブラとパンティも。
はあ、ため息しかでない。
「あのね、私は呪われてるから温泉に入っても意味ないの」
「じゃあ、魔法とは関係ない効能を楽しんでみてはいかがかしら?」
何? と思いつつも、制服を脱ぎ、温泉へと向かう。
『魔力回復!』『滋養強壮!』『精力増強!』
温泉の入り口に、このような効能を掲げる看板があった。
──なんのこっちゃ?
私には、まるで理解できなかった。
でもまあ、温泉は嫌いじゃない。さっぱりするし、気持ちがいい。
とりあえず、身体の大事な部分は、タオルで隠して移動する。
キャンディは、おっぱいが大きすぎて、隠しきれてない。
本人は、見られたってまったく平気みたい。す、すげー。
「ふぅ、極楽、極楽ぅ~ですわ~」
湯船に浸かるキャンディは、今は姫ってことを忘れているだろう。
もっとも、いつも姫という自覚があるのか、疑問なんだけどね。
彼女は、王都ペンライトのお姫様。
こんな大胆なことして、いいのだろうか。
「キララさん、裸の付き合いになったところで、ひとつ質問が」
「なに?」
「魔法が使えないって、どのような気持ち?」
「心に穴が空いてさ、もう、なんていうか……死んだ……って感じ」
おーほほほっ! と、キャンディは高らかに笑う。
まわりで入浴しているお姉さんたちが、嫌な顔をした。
すいません、と思いつつ、私は湯船に浸かって顔を隠す。
浮かぶフルーツが、笑ってるように見えた。ぶくぶく……。
「キララさん、その気持ちは、魔法が使えない人に失礼ですわ」
「ふぇ? ぶくぶく……」
「世の中には、魔法が使えなくても健気に生きている人もいるのですわ」
「そうだけど……ぶくぶく……」
「ああん、もう! くよくよしてるキララさんは、らしくありませんわ」
「……ぶくぶく」
「とりあえず、武器屋にいって剣を買ってさしあげますわ」
「……え?」
「剣術は得意でしたわよね?」
「まぁ……」
「じゃあ、キララさんは戦士ってことでいきましょう!」
「はぁ」
おーほほほっ! と、また笑ったキャンディは、勢いよく湯船からあがった。
ざぶん、と波立ち、フルーツたちが沈んでいく。
危うく私は溺れかけた。
「わぁぁぁ! ぶくぶくぶく……」
♨︎
「いい湯でしたわ~」
「うん、お肌すべすべ~」
「夏だけど、この村は涼しいですわ」
「山奥だからね、わぁ、風が気持ちいぃ」
「ふぅん、温泉もいいし、ここに別荘でも建てようかしら~」
「……は、発想がすげー」
制服に着替えた私とキャンディは、商店街を歩いていた。
もっとも、キャンディのスカートは短くて、同じ制服には見えないけど。
スラッとした長い足、ふわりと揺れる金髪。
姫様という風格が、あふれ出ている。
それに比べて、私はどうだ?
ピンク色の髪をした、ちんちくりんの子ども、かな?
じろじろと、冒険者や村人の目線が、こちらに集まる。
──いっしょに歩きたくない、公開処刑されてる気分……とほほ。
まあ、気を取り直して、旅を続けよう。
さてここで、この村──スワロウテイルについて考えてみる。
その収入源は、鉱山の宝石と観光業。
冒険者たちは、鉱山に宝石を掘りにいく。
その疲れを癒しに、温泉に入る。
で、また鉱山に宝石を掘りにいく。
温泉に入る、といった好循環が生まれている。
そしてさらに、宝石を換金した金でお土産を買っていくわけだが……。
「お嬢ちゃん! ちょっと見ていって!」
「名物のフルーツあるよ!」
「いらっしゃいませー!」
「さあ、いらっしゃいませー!」
客引きの声が、大きい。
「うるさい、ですわ……」
「それな」
するとそのとき。
トントン、と肩を叩かれた。
振り返ると、勇者パーティにいる、マコとリクの笑顔があった。
「あれ? 二人とも髪が濡れてるっすね?」とリク。
「温泉に入ったの? フルーツ、浮いてた?」とマコ。
はい、と私が答えると、二人から、いいなぁと返ってきた。
マコとリクは、買い物していたのだろう。
カバンいっぱいに、土産物が入っている。
特に気になったのは、いびつな形をした果物。
そういえば温泉にも浮いていたな……。
──げ、不味そう……。
キャンディは、あたりを見回してから、マコのほうを見た。
「武器屋はどこかにありませんこと?」
「武器? 剣が欲しいのキャンディ?」
「はい、戦士のマコさんなら知ってるかと思いまして」
「ああ、武器屋に行ったけど、銅の剣しかなかった、あんなのすぐ折れて、使い物にならないよ」
「そうですか……残念ですわ」
「たぶん、この村にくる目的って鉱山だから、魔物が来ても倒さないで逃げるんじゃない」
そうっすね、とリクが横から口をはさむ。
「鉱山のあたりにはオークが出るらしいっすけど、あいつら足が遅いから逃げちゃえばいいっす」
「そうそう、でも宝石の発掘に気を取られて、後ろからバグって噛まれて死んだ冒険者もいるらしいよ」
「それは、ウケるっす」
「オークの牙って鋭いからね」
「高く売れるらしいっすよ」
「でも、宝石のほうが高いからね」
「まあ、ここにくる冒険者は、宝石目当ての雑魚ってことっす」
「だから武器屋もショボいのね」
よくわかりましたわ、とキャンディは言った。
マコとリクは、首をかたむける。この二人、とても仲が良い。
「鉱山にでもいくんすか?」
「マジ? クエストが終わるまでのんびりしてたらいいのに」
「いえ、勇者様に言われたのですわ。宝石を掘ってくるように、と」
ふぅん、と言ったマコが、手を振った。
「じゃあ、私たちは勇者と合流してくるね」
「暗くなる前には、村に返ってくるんすよ、二人はまだ、お仕事体験っすから」
おけーですわ、と言って、キャンディは親指を立てた。
二人のまねをしたのだろう。
うふふ、と笑うマコとリク。
「キララは魔法が使えないから、無理しちゃダメっすよ」
「オークがいたら逃げてね、わかった~?」
うん、と言って、私はうなずいた。
完全に弱者扱いされている。いや、子ども扱いかも。
いってきます、とキャンディは言って、二人に手を振った。
「……とりあえず、剣はいりませんわね」
「うん」
「ロックハンマーだけ買いましょう。わたくしが奢ります」
「……ありがとう、キャンディ」
私とキャンディは、適当に見つけた道具屋に入った。
目当てのロックハンマーを二つ買って、店を出る。
持ってみると、意外と軽い。
これで宝石を発掘するわけだけど、ちゃんと掘れるのだろうか。
ちょっと、やってみたい。
ルビーにサファイヤ、クリスタル。きらきら、してるだろうなぁ。
どんな宝石が惚れるやら、楽しみ。
「鉱山まで飛んで行きましょう」
キャンディの提案に、うん、と私は答えた。
もう慣れてきちゃった。魔法補助されることに。
私はキャンディと手を繋ぎ、身をまかせる。
今の私の命は、キャンディ次第と言っても過言ではない。
空高く舞い上がり、もしここで落とされでもしたら……。
──私は死ぬだろう。
それでも、私はキャンディを信用するしかない。
私は、空を飛びながら、キャンディのことを見つめる。
思い出すのは、出会ったころ。魔法学校、大学一年のときだ。
キャンディは、私のことを敵視していた。いわゆる、ライバル。
自分より強い女子がいるなんて、思っていなかったのだろう。
私だって、キャンディは姫なのに、こんなに強いなんて驚いた。
強くなくたって、いいはずなのに。
将来が約束された、恵まれた身分のはずなのに。
──謎、謎、謎……本当に謎な姫様……。
青い空のなか、私は本音をぶつけた。
「ねぇ、キャンディ」
「ん?」
「なんで、私に優しいの?」
「おーほほほ、それは友達だからですわ」
「……」
「……?」
──なんだ、キャンディも私のことを友達だと思ってくれていたのか。
「よかった、私もキャンディのこと友達だと思っていた」
「まあ、ライバルでもありますから、そのこともお忘れなく」
「うん」
「いつか、また勝負しましょう。キララさんにかかっている呪いが祓え、魔法が完全に使えるようになったら」
うん、と私は、元気良く答えた。
もう遠慮はいらない。キャンディに甘えちゃえっ!
気づくと私は、彼女の大きな胸に抱きついていた。
──ふぅわぁ、気持ちぃぃ……。
「あらあら、キララさんって可愛いとこありますわね」
「……ダメ?」
いいですわ、と答えたキャンディは、飛行速度を下げた。
そろそろ、鉱山に着いたのだろう。
ゆるりと風が弱くなり、私たちは落下していく。
スタッと着地すると、キャンディは金髪をかきあげる。
補助魔法は、なかなか魔力を消費するのだろう。
──ごめんね……でも、ありがとう、キャンディ。
応援ありがとうございます!
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