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5.野花と異物
しおりを挟む「先生、前にお花が見たい、って言っていたから、摘んで来ました!」
先生が好きな花がどんな色か分からなかったから、白いのと赤いのと黄色いのを取ってきた。
喜んでくれるかな?
「あら、きれいね! そうね、お外はもう春ですもの。綺麗なお花、嬉しいわ。
キース、ありがとう」
ほわほわの笑顔を見せてくれる先生はやっぱりかわいい。
澄ました綺麗な聖女様の微笑みも良いと思うけれど、やっぱり先生にはこの笑顔が似合うと思う。
「うーん、でも花瓶がないのよねぇ。誰かに言って、頼まなきゃ」
「この教会の中のものは、全部先生のものですよね?」
この前習ったんだ。
この教会は聖女様のもので、小物とかもぜーんぶ聖女様のためにあるんだって。
「そうなのだけれど、私はこの部屋から出られないから」
困ったような先生の前に、影から取り出した花瓶を置く。
「あら、キース。こんなことも出来るようになったのね。凄いじゃないの!
じゃあ早速飾りましょうね」
中に水も入れた状態で持ってきたので、そこに先生が優しく花を活けてくれる。
うん、そのまま絵にして飾っておきたいくらいに綺麗な景色だな。
「ふふふ。久しぶりに見られたわ。とってもきれいね。ありがとう」
ほわほわと笑う先生の視線は花瓶に揺れる野花に釘付けで。
珍しくも何ともない、その辺に生えている花でこんなに喜んでくれるのが、嬉しくもあり、苦しくもあった。
「オッホン。聖女様、失礼つかまつる。
はて、そちらの花は、いかがなさいましたかな?」
また、あの老人だ。
大司教と言う偉い人らしいが、この部屋の中では先生が1番偉いんだから、それをちゃんと勉強して欲しい。
というか、来ないで欲しいとすら思っている。
「ええ、キースが摘んできてくれたの。きれいでしょう?」
「そうでございますか。
聖女様が花をご所望であれば、このような粗末な野花ではなく、王都のより良い花束をお贈り致しましょう。
この『癒しの間』に異物は必要ごさいませぬ。
そちらの花は、私が頂いていきまする」
一歩踏み出そうとした老人の影を、咄嗟に縫い止めた。
先生にこれ以上近づくのが我慢ならなくて。
「はっ!?」
何をされたか分からない老人はその場で固まることしか出来ない。
「……キース。離して」
先生は聖女の微笑みのまま、伏し目がちに何かを諦めた瞳で俺に短くそう言った。
「はい」
先生に言われた以上、逆らうつもりは無いから影を離した。
すると、老人は顔を真っ赤にして先生に食ってかかる。
「聖女様、こちらの少年を癒しの補佐に使っているのは承知の上ですが、これほどまでに教育のなっていない者を尊き聖女様の御前に控えさせるのは許し難きことと存じます。
一度こちらで教育をし直しますゆえ、預からせて頂きます」
「なぜ、あなたが決めるの?」
その時の先生は、誰よりも迫力があった。
たった70年しか生きていない老人が、300年を重ねた先生に勝てるわけが無い、そう実感するほどの、圧力。
「し、しかし、聖女様!」
「キースは、わたくしを守ってくれる大切な護衛騎士よ。
近づく者全てから守ってくれるわ。今みたいにね。
そんなキースを排除したいだなんて、どういうつもりかしら」
「ぐっ……では、お話は以上とさせていただきます!」
先生の前に活けられていた、俺が摘んできた花をむんずと掴んで花瓶から引き抜き、それを強く握りしめたまま部屋から出て行った。
「ふぅ、聞き分けのない子ねぇ」
何が起こっても微笑んでいる先生が、珍しく憂鬱そうにため息をつく。
それだけで、あの老人を先生の周りから排除したくなる。
「先生、すみません」
俺がアイツの影を掴んだせいで先生が余計な話をする羽目になったから、素直に謝る。
「いいえ、キースは私を守ってくれたのだもの。謝ることはないわ。
むしろ私がお礼を言う側よ。キース、ありがとう」
そう言ってくれる先生の顔つきはまだ全然笑っていなくて。
そんな顔をさせてしまう全てを許せない。
「でも、すみません。お花、次のものを摘んできます」
さっきの花を取り返そうとしたけれど、既に老人の手でぐしゃぐしゃにされてゴミ箱に捨てられた後だった。
一応回収はしたけれど、それを影の目から見つけた俺も嫌な気持ちになったくらいだから、先生が見たらきっと傷ついてしまう。
だから、せめて、次の花を。
「いいのよ。また妙なことを言われるだけだわ。
大丈夫。あの子も、もう結構な歳だから、そんなに長く働く訳じゃないでしょうし。
またそのうち、次の子になるわよ」
……先生が、アイツじゃ無くなればいいと思ってる?
「あの人がいなくなれば、次の人になりますか?」
恐る恐る、そう聞いてみる。
先生が、ほんのわずかでも、それを願うのなら……。
「まだ少し先の話かもしれないけれど、ね。
人間の寿命なんてそんなに長くはないし、しばらくの辛抱よ」
ふぅ、とまた一つため息をつく先生の憂い顔を見ていると、すぐに俺の覚悟は決まった。
……アレは、先生のそばに必要ない。
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