上 下
6 / 62

6.秘密の小箱

しおりを挟む
 
 いや、違うんだよ。
 おみやげの本題は丸でも花でもないんだ。



 アンジェは質問攻めにとりあえず満足した様子で、意識を膝の上の小箱に戻してくれた。

「おみやげ、ありがとう。だいじにする」

「いや、まだメインじゃないんだ。これ、ただの箱じゃないから」

 アンジェが頭の上にはてなマークいっぱい飛ばしてる顔で箱を弄りまわす。
 ぱかりと蓋を開けると、澄んだ音色が流れだした。



 パタン



「なんで閉めた?」

 とっさの反射で蓋を閉めなおしたアンジェはめちゃくちゃびっくりした顔をしていた。

 またおそるおそる蓋を開くとメロディが流れだす。
 今度は慌てて閉めはしなかったけど、その代わり音の発信源を弄りはじめた。

「あっ、ダメだよ、アンジェ。細工ものだから、あんまり触ると壊れる」

 そしたら、バッと音が聞こえるんじゃないかってほどの勢いで手を離した。

 当然膝の上の小箱はバランスを崩して落ちかけたから、慌ててキャッチした。

「ご、ごめんなさいっ……」

 箱を探して宙をさまようふたつの手のひら。
 その手を取ってしっかりと握らせる。今度は落とさないように。

「オルゴールっていって、開けたら音楽が鳴るようになってるんだ」

 蓋や側面の細工を触りながら、音楽に耳を傾ける。
 うっとりと身体を揺らしていたが、突然はっ、と何かに気づいたように顔を上げた。

「あの、ロッシュ、どこ……?」

 膝の上にぬいぐるみを乗せてやると、ぼふっと抱きついて愛おしそうになでる。
 左手でぬいぐるみを抱き、右手でオルゴールを持ったまま幸せそうに微笑んでいる。

 その幸せな光景を眺めて、繁忙期の疲れが全部抜けていったような気がした。




 ゼンマイが切れたようで、オルゴールが止まった。
 途端に悲しそうな顔をするアンジェ。

「このネジをこっち向きに回したらまた鳴るから」

 なるべくゼンマイの軽いものを選んだつもりだが、アンジェの筋力で回せるだろうか?

 やっぱりアンジェにはちょっと固かったみたいだけど、頑張って回している。
 ギリギリなんとか回せるくらい。

 ちょっとかわいそうだし、手を貸してあげたいところだけど、アンジェが自分で頑張って回すことで筋力がつくだろう。
 少しづつでも自分で動いて身体を使うことでできることを増やして欲しい。

 子どもを見守る母親のような気分でアンジェの頑張りを見つめていた。


 **


「このオルゴールの曲には、歌詞もあるんだ」

 オルゴールは短い曲しか作れないからか、かなりメジャーな童謡『自由の鳥』だ。

「俺が1回歌うから、その後で合わせて一緒に歌ってみよう?」

『自由の鳥は大空へ 海を越えてどこへゆく』

 たったワンフレーズだから、すぐに覚えられるだろう。

「次は一緒に歌ってみようか。せーのっ」

「じゆうの、とりは、おおぞらへ うみを、こえて、どこへ、ゆく」

「そうそう!あってるよ。上手。アンジェは、歌ったことある?」

「ない。たぶん、はじめて」

「初めてでこんなに上手ならすごいよ。アンジェは耳がいいから、歌も上手いのかな」

 褒められて得意気なアンジェ。
 ちょっとドヤ顔なのが可愛い。

「……もう一回!」

 たったワンフレーズの、誰でも知ってる童謡を、ゼンマイが切れるまで繰り返し繰り返し歌い続けた。


 ふたりで笑いあいながら。
しおりを挟む

処理中です...