俺の天使は盲目でひきこもり

ことりとりとん

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5.見えないからこそ

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 アンジェが風邪をひかないように早めに部屋へ戻る。

 いつもの椅子に、いつものように座らせて自分は隣に椅子を引きずってくる。
 慌てて持ってくれる侍女さん。


 いつもながらに美味しいお茶を飲みながら、お土産を渡す。

「前に来た時から1ヶ月以上来れなかったのは、領地に帰ってたからなんだ。うちの領地は、海と山の間のほそーい土地しかないから実りはあんまり多くないけど、その分山や海からの恵みがたくさんある」

 いつか、アンジェも一緒に行こうな、と言うとコクコクと頷いてくれる。
 海風も、山の香りも、俺の育った土地のものだから、アンジェにも感じて欲しい。いつか。




「職人が全部手で彫ったんだよ」

 そう言って、木の箱を渡す。
 両手で充分持てるくらいの大きさで、真ん中に大きなマーガレットが彫ってあるもの。

 かなりこだわって探したんだ。温かみのある木製で、彫刻が触ってわかるくらいはっきりと凹凸がついてる、複雑すぎないデザインのもの。
 見えなくてもアンジェが楽しめるような。


「触ってわかるか?ほら、ここが」

 彼女の手を取り、人差し指を立てさせてそのままそっと彫刻のうえをなぞらせる。

「はなびらと、これが真ん中。丸から、10枚のはなびらが出てるんだ。こんなかたちの」

 はなびらの形をなぞらせてから中央の丸をなぞらせる。

「まる。はなびら。丸って、こんなかたちのこと」

 確実に覚えるためにか、はっきりと、噛み締めるように復唱する。


 びっくりした。
 まさか、丸を知らないなんてことがあるか?

 はなびらの形を知らないかもしれないとは思った。花の形を知らないことも。
 でも、丸を知らないとは思わなかったんだ。


「丸を知らなかった?」

 恐る恐る聞いてみる。

「しってるよ?どんなものか、知らないだけ」


 んん?
 どういうこと?

「言葉は、しってる。きいたから」

「どこで聞いたんだい?」

「ろうかで、話してる」

「えっ!?聞こえてるのか?」

 ドアも閉まってるし、そもそも部屋の中から廊下での話し声は聞こえないだろう。


「今も、ろうかのむこうがわで、メアリの、姪のはなし」

 俺には何も聞こえないんだが……
 ためしに廊下へ出てみると、アンジェが指した方でふたりの侍女が立ち話をしていた。


 俺が話しかけようとする前に、侍女が動いた。

「メアリ、今何の話してたの?」
「えっ?最近生まれた姪っ子がめちゃくちゃ可愛いって話」
「ありがと」

 突然聞かれた相手はきょとんとしているが、軽い目礼で誤魔化した。

「ありがとう」
 侍女に礼を言ってから、アンジェの隣に座りなおす。



「すごいね、本当にすごいよ。こんなに遠くから聞こえてるなんて」

 きょとん顔で首をかしげるアンジェ。

「少なくとも俺には廊下の話し声は聞こえないし、普通は聞こえないと思う。そもそも廊下に侍女がいるかどうかさえわからないのに、話の内容なんてわかるはずがないし」

 まだきょとん顔のアンジェの髪をそっと撫でる。

「たぶん、目の代わりなんだろうな。俺たちが目で感じてることをアンジェは耳で感じてる。」


 実際、他の人に出来ないことが出来るってことはかなり有利だ。
 目が不自由でも、それを耳でカバーできるのなら。
 そして、普通の人間が聞こえないくらいの距離で、話の内容まで聞こえるのなら。

 俺の父はあまり政治に熱心ではないけど普通の貴族としての考え方はする。
 つまり、アンジェの有用性をしっかり理解してもらえたら、俺の家に早めに来てもらえるかもしれない。

 そんな薄汚い計算を腹のなかで繰り広げている俺だが、そんなことを知らないアンジェは、純粋に自分を褒めてもらえて嬉しいらしい。

「エルト兄上様は、インシュードンにいく。てがらをもらうんだって」

 得意気に報告してくれるアンジェが超かわいい。

「インシュードンっていうのは、騎士になるための学校のことだよ。エルトは2番目の兄だったよね?」

 頷くアンジェ。よく覚えてるな……会ったのはずいぶん前のことだろうに。

「長男じゃない男は、文官っていう手続きとか書類の仕事をするか、騎士になって手柄を立てるかするんだ。
 家にいたら兄のいうままに働かないといけないからな。それが嫌なんだろう。」

「きし?」

「騎士っていうのは……」

 今の会話のなかで出てきた単語ひとつひとつを解説する。興味津々で聞いてるのが子どもみたいで可愛くて、どんなことでも答えてあげたくなる。


 今までアンジェは、じっと座ってこの屋敷の人々の会話を聞き続けていた。廊下での会話はほとんど聞こえるし、ドアが閉まり切っていなかったら部屋の中の話も聞こえることがあるらしい。

 その話を繋ぎ合わせて意味を考えて、それを言葉として自分のものにした。
 少し間違えてる時もあるみたいだけど。

 その課程は、もはや学習ではない。
 暗号の解読みたいなものだ。
 散らばったパーツを繋ぎ合わせて意味を持たせる。
 しかも、褒め言葉として使うときと皮肉として使う時はきっちり使いわけられている。

 俺の感情を抜きにしてもこんなところで一生を終えるにはもったいない人材だ。


 延々と、〇〇って何?と聞き続けるアンジェ。
 これまで他の人の話を聞いて推測していたことの答え合わせに夢中になってる。




「しらないことばっかり。いやだと思うけど、ちょっとずつでいいから、教えて。わからないのはきらいだから」

「嫌なわけない。アンジェが知らないことが多いのはあたりまえなんだ。教えてもらわなかったんだから。
 今から覚えていけばいいんだよ。」

 それからも、アンジェからの質問攻めに答え続けた。
 近いうちに、きちんとした教育を受けさせないとな、と思いながら。
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