5 / 62
5.見えないからこそ
しおりを挟むアンジェが風邪をひかないように早めに部屋へ戻る。
いつもの椅子に、いつものように座らせて自分は隣に椅子を引きずってくる。
慌てて持ってくれる侍女さん。
いつもながらに美味しいお茶を飲みながら、お土産を渡す。
「前に来た時から1ヶ月以上来れなかったのは、領地に帰ってたからなんだ。うちの領地は、海と山の間のほそーい土地しかないから実りはあんまり多くないけど、その分山や海からの恵みがたくさんある」
いつか、アンジェも一緒に行こうな、と言うとコクコクと頷いてくれる。
海風も、山の香りも、俺の育った土地のものだから、アンジェにも感じて欲しい。いつか。
「職人が全部手で彫ったんだよ」
そう言って、木の箱を渡す。
両手で充分持てるくらいの大きさで、真ん中に大きなマーガレットが彫ってあるもの。
かなりこだわって探したんだ。温かみのある木製で、彫刻が触ってわかるくらいはっきりと凹凸がついてる、複雑すぎないデザインのもの。
見えなくてもアンジェが楽しめるような。
「触ってわかるか?ほら、ここが」
彼女の手を取り、人差し指を立てさせてそのままそっと彫刻のうえをなぞらせる。
「はなびらと、これが真ん中。丸から、10枚のはなびらが出てるんだ。こんなかたちの」
はなびらの形をなぞらせてから中央の丸をなぞらせる。
「まる。はなびら。丸って、こんなかたちのこと」
確実に覚えるためにか、はっきりと、噛み締めるように復唱する。
びっくりした。
まさか、丸を知らないなんてことがあるか?
はなびらの形を知らないかもしれないとは思った。花の形を知らないことも。
でも、丸を知らないとは思わなかったんだ。
「丸を知らなかった?」
恐る恐る聞いてみる。
「しってるよ?どんなものか、知らないだけ」
んん?
どういうこと?
「言葉は、しってる。きいたから」
「どこで聞いたんだい?」
「ろうかで、話してる」
「えっ!?聞こえてるのか?」
ドアも閉まってるし、そもそも部屋の中から廊下での話し声は聞こえないだろう。
「今も、ろうかのむこうがわで、メアリの、姪のはなし」
俺には何も聞こえないんだが……
ためしに廊下へ出てみると、アンジェが指した方でふたりの侍女が立ち話をしていた。
俺が話しかけようとする前に、侍女が動いた。
「メアリ、今何の話してたの?」
「えっ?最近生まれた姪っ子がめちゃくちゃ可愛いって話」
「ありがと」
突然聞かれた相手はきょとんとしているが、軽い目礼で誤魔化した。
「ありがとう」
侍女に礼を言ってから、アンジェの隣に座りなおす。
「すごいね、本当にすごいよ。こんなに遠くから聞こえてるなんて」
きょとん顔で首をかしげるアンジェ。
「少なくとも俺には廊下の話し声は聞こえないし、普通は聞こえないと思う。そもそも廊下に侍女がいるかどうかさえわからないのに、話の内容なんてわかるはずがないし」
まだきょとん顔のアンジェの髪をそっと撫でる。
「たぶん、目の代わりなんだろうな。俺たちが目で感じてることをアンジェは耳で感じてる。」
実際、他の人に出来ないことが出来るってことはかなり有利だ。
目が不自由でも、それを耳でカバーできるのなら。
そして、普通の人間が聞こえないくらいの距離で、話の内容まで聞こえるのなら。
俺の父はあまり政治に熱心ではないけど普通の貴族としての考え方はする。
つまり、アンジェの有用性をしっかり理解してもらえたら、俺の家に早めに来てもらえるかもしれない。
そんな薄汚い計算を腹のなかで繰り広げている俺だが、そんなことを知らないアンジェは、純粋に自分を褒めてもらえて嬉しいらしい。
「エルト兄上様は、インシュードンにいく。てがらをもらうんだって」
得意気に報告してくれるアンジェが超かわいい。
「インシュードンっていうのは、騎士になるための学校のことだよ。エルトは2番目の兄だったよね?」
頷くアンジェ。よく覚えてるな……会ったのはずいぶん前のことだろうに。
「長男じゃない男は、文官っていう手続きとか書類の仕事をするか、騎士になって手柄を立てるかするんだ。
家にいたら兄のいうままに働かないといけないからな。それが嫌なんだろう。」
「きし?」
「騎士っていうのは……」
今の会話のなかで出てきた単語ひとつひとつを解説する。興味津々で聞いてるのが子どもみたいで可愛くて、どんなことでも答えてあげたくなる。
今までアンジェは、じっと座ってこの屋敷の人々の会話を聞き続けていた。廊下での会話はほとんど聞こえるし、ドアが閉まり切っていなかったら部屋の中の話も聞こえることがあるらしい。
その話を繋ぎ合わせて意味を考えて、それを言葉として自分のものにした。
少し間違えてる時もあるみたいだけど。
その課程は、もはや学習ではない。
暗号の解読みたいなものだ。
散らばったパーツを繋ぎ合わせて意味を持たせる。
しかも、褒め言葉として使うときと皮肉として使う時はきっちり使いわけられている。
俺の感情を抜きにしてもこんなところで一生を終えるにはもったいない人材だ。
延々と、〇〇って何?と聞き続けるアンジェ。
これまで他の人の話を聞いて推測していたことの答え合わせに夢中になってる。
「しらないことばっかり。いやだと思うけど、ちょっとずつでいいから、教えて。わからないのはきらいだから」
「嫌なわけない。アンジェが知らないことが多いのはあたりまえなんだ。教えてもらわなかったんだから。
今から覚えていけばいいんだよ。」
それからも、アンジェからの質問攻めに答え続けた。
近いうちに、きちんとした教育を受けさせないとな、と思いながら。
5
あなたにおすすめの小説
不器用な大富豪社長は、闇オクで買った花嫁を寵愛する
獅月@体調不良
恋愛
「 御前を幸せにする為に、俺は買ったんだ 」
〜 闇オク花嫁 〜
毒親である母親の為だけに生きてきた彼女は、
借金を得た母の言葉を聞き、
闇オークションへ売られる事になった。
どんな形にしろ借金は返済出来るし、
母の今後の生活面も確保出来る。
そう、彼女自身が生きていなくとも…。
生きる希望を無くし、
闇オークションに出品された彼女は
100億で落札された。
人食を好む大富豪か、
それとも肉体を求めてか…。
どちらにしろ、借金返済に、
安堵した彼女だが…。
いざ、落札した大富豪に引き渡されると、
その容姿端麗の美しい男は、
タワマンの最上階から5階部分、全てが自宅であり、
毎日30万のお小遣いですら渡し、
一流シェフによる三食デザート付きの食事、
なにより、彼のいない時間は好きにしていいという自由時間を言い渡した。
何一つ手を出して来ない男に疑問と不満を抱く日々……だが……?
表紙 ニジジャーニーから作成
エブリスタ同時公開
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
思い出のチョコレートエッグ
ライヒェル
恋愛
失恋傷心旅行に出た花音は、思い出の地、オランダでの出会いをきっかけに、ワーキングホリデー制度を利用し、ドイツの首都、ベルリンに1年限定で住むことを決意する。
慣れない海外生活に戸惑い、異国ならではの苦労もするが、やがて、日々の生活がリズムに乗り始めたころ、とてつもなく魅力的な男性と出会う。
秘密の多い彼との恋愛、彼を取り巻く複雑な人間関係、初めて経験するセレブの世界。
主人公、花音の人生パズルが、紆余曲折を経て、ついに最後のピースがぴったりはまり完成するまでを追う、胸キュン&溺愛系ラブストーリーです。
* ドイツ在住の作者がお届けする、ヨーロッパを舞台にした、喜怒哀楽満載のラブストーリー。
* 外国での生活や、外国人との恋愛の様子をリアルに感じて、主人公の日々を間近に見ているような気分になれる内容となっています。
* 実在する場所と人物を一部モデルにした、リアリティ感の溢れる長編小説です。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
高嶺の花の高嶺さんに好かれまして。
桜庭かなめ
恋愛
高校1年生の低田悠真のクラスには『高嶺の花』と呼ばれるほどの人気がある高嶺結衣という女子生徒がいる。容姿端麗、頭脳明晰、品行方正な高嶺さんは男女問わずに告白されているが全て振っていた。彼女には好きな人がいるらしい。
ゴールデンウィーク明け。放課後にハンカチを落としたことに気付いた悠真は教室に戻ると、自分のハンカチの匂いを嗅いで悶える高嶺さんを見つける。その場で、悠真は高嶺さんに好きだと告白されるが、付き合いたいと思うほど好きではないという理由で振る。
しかし、高嶺さんも諦めない。悠真に恋人も好きな人もいないと知り、
「絶対、私に惚れさせてみせるからね!」
と高らかに宣言したのだ。この告白をきっかけに、悠真は高嶺さんと友達になり、高校生活が変化し始めていく。
大好きなおかずを作ってきてくれたり、バイト先に来てくれたり、放課後デートをしたり、朝起きたら笑顔で見つめられていたり。高嶺の花の高嶺さんとの甘くてドキドキな青春学園ラブコメディ!
※2学期編4が完結しました!(2025.8.4)
※お気に入り登録や感想、いいねなどお待ちしております。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる