俺の天使は盲目でひきこもり

ことりとりとん

文字の大きさ
4 / 62

4.おひさまのひかり

しおりを挟む
 

 久しぶりにアンジェに会える!

 ようやく秋の繁忙期が終わり、まともに休みを取れるようになった。
 俺は父や兄の領地経営を手伝っているから、収穫期になると各村の収穫を統括して管理しなければならない。
 そのために今住んでいる王都から、一旦領地に帰っていたためにアンジェに会いに来ることもできなかった。

 およそ一月半。
 いつもの年なら忙しすぎて飛ぶように過ぎていく時間が、今年はなかなか進まなかった。
 我ながら、アンジェのことを考えすぎだと思う。さすがに仕事には支障は出ていないけれど……

 スキップでもしそうなくらいに浮かれた俺は、ある品を持ってアンジェの家へ向かう。



「こんにちは、アンジェ」

 いつものように執事にアンジェの私室へと通される。
 そして、アンジェは前と同じように、くまのぬいぐるみ(ロッシュだったか?)を抱いて座っていた。

 俺が声を掛けるとすぐに、ぬいぐるみをこちらに向かって突き出した。
 ん?
 意図がわからないんだが……

 何となく、受け取ってしまう。
 前に手を放させた時にはあんなに嫌がっていたのに、たやすく手を放した。

「……どうした?」

 アンジェが一体何をしたいのかが分からず、固まってしまう。
 なにせ、今までアンジェの側から何らかのアクションがあったことなんてほとんどなかったから。


「頑張った」



 そう呟いて、ひじ掛けに手を突き、立ち上がろうとする。
 慌ててぬいぐるみを置き、アンジェに手を添える。
 俺はほとんど力を入れず、転んだ時のために構えていただけだったのに、彼女はひとりで立ってみせた。

 膝も腕も、全身に力が入ってプルプルしてるけど、確実に、自分で立つことができるようになったのだ。


「すごい、すごいよ、アンジェ」

 本当に驚いた。
 自分で立てるのはまだまだ先のことだと思っていたから。

 硬いままの表情筋でできる全力のドヤ顔。
 普通なら気づかないくらいの差でしかないけれど、間違いなく最高のドヤ顔だ。

 すげぇ可愛い……

 俺は気軽にこれから頑張ろうって言っただけなのに、彼女はそれに応えるべく、こんなに頑張ってくれたんだ!


 だけど、足も腕も限界みたいで、すごくプルプルしてるから、慌てて抱きしめた。彼女を支えるみたいに。

 ずっと抱きしめていたいけど、正直彼女の足は限界が近い。ちょっと残念だけれど、手を添えて椅子に座りなおさせる。

「アンジェ、立てるようになったんだね」

 なるべく顔の高さを合わせるように膝立ちになり、アンジェの髪を梳くように撫でる。
 彼女は本当に頑張ったんだろう。
 たった一月半で、立てるようになったんだから。


「すごく頑張ったアンジェに、何かご褒美をあげたいんだけど、何がいい?」

 俺の方で準備してきてる物はあるが、これはあくまでも会いに来れなかった間のお土産だ。
 ご褒美というからには、彼女が欲しがるものをあげたらいいだろう。

「俺にできることだったらなんでもいいよ?」

「だっこ」

 ??
 だっこ?なんで?

「だっこがいいのか?」

 頷くアンジェ。
 別に抱き上げるくらい、ご褒美じゃなくてもいくらでもしてあげるのに。
 でも、彼女にとってはだっこがご褒美なんだろう。

 小さなころは両親や兄弟と一緒に生活していたみたいだから、その名残りだろうか?

 考えるのは後にして。
 彼女がだっこして欲しいと言うのなら、俺の腕の限界まで抱き上げていよう。


「揺れるぞ」

 アンジェに声を掛けてから、なるべくそっと抱き上げると、アンジェも俺の首に腕をまわして抱きついてくれた。

 自分の首に回された腕に、ひどく動揺してしまう。
 落ち着け、落ち着くんだ、俺。
 たぶん、アンジェに深い意図はない。
 不安定だから自分でも支えとこうかな、程度の意味だ。
 緊張するな、子供じゃないんだから!

 好きな子をお姫さまだっこして頭爆発しそうになってる俺に気づいていないのか、アンジェは俺の首すじに顔を埋めて匂いを嗅ぎはじめた。


 物音ひとつしない静かな部屋に、アンジェが匂いを嗅ぐスンスンという音だけが響く。

「セトス様の、匂い」


 俺の腕の中でふわりと微笑むアンジェは、並大抵の爆発力ではなかった。
 完全に機能停止に陥ってしまった俺の脳みそは、しばらくして腕の痛みを感じるまで動かなかった。



 気を取り直して。

「庭にでも出るか?」

 このまま部屋の中で突っ立っていても仕方がないから、軽い気持ちで提案したんだが。

「庭!?」

 アンジェにできる最大限のキラッキラの笑顔をしてくれた。

 自分家の庭にそんなにテンション上がるのか、この子は。

 薄暗い部屋で日がな一日座っていると、庭ですら憧れになってしまうんだろうか。
 もしくは、庭に出ることに憧れるくらい、何も出来ないからか。


 壁と同化している侍女に目で合図すると、黙って扉を開けてくれた。
 アンジェの身体をどこかにぶつけないように慎重に動く。

 大きなブランケットを持って先を歩く侍女について庭に出る。
 おそらく普段は伯爵夫人がお茶会などをしているのだろう、綺麗に整えられた庭園だ。

 たぶん春とかだったらもっと綺麗なんだろうけど、残念ながら今は秋も終わりが間近。
 ほとんど冬と言ってもいいくらいだが、まだ太陽のあたる所は暖かいくらいの気温だ。


 しかし、太陽の光を浴びた瞬間、アンジェは光から顔を背けるように俺にしがみついた。

「どうした?」

 突然のことで、心配になる。

「……びっくりした。たくさんの、ひかりは、久しぶり」

「大丈夫だよ。太陽の光は、慣れたら気持ちいいから」

 アンジェにはそう声を掛けたが、むしろ俺の方がびっくりした。
 目が見えないと聞いていたが、光が分かるということは多少は見えているのか?

「アンジェは、光が見えてるのかい?」

 彼女に見える世界が知りたくて、聞いてみる。

「普通は、何もない。たくさんの光の時だけ、感じるの」

「目が痛いとかはない?」

 彼女は太陽に向かって顔をあげて、呟いた。

「痛くない。びっくりしたけど、光は好き。からだがあったかくなるから」

 太陽の光を、目ではなく身体全体で感じているんだろう。
 目では見えなくても、光の暖かさみたいなぽかぽかする感じを受け止めて、心地良さげにうっとりするアンジェ。

 彼女の肌は人形かと思うほど白く、もはや青白く見えるほどだけど、その原因のひとつは、太陽にあたっていないことなんだろう。

 でも、アンジェは外に出ることが好きみたいだから少しづつでも連れていってあげれるようにしよう。


 庭の片隅に置かれた白いベンチにアンジェを座らせて、自分も隣に座る。

「風邪をひいたら困るからね」

 侍女が持ってきてくれた大きなブランケットでアンジェをすっぽり包む。
 その上から彼女のからだに腕をまわして抱き寄せると、甘えるように擦り寄ってきた。


 しばらくそうしていたが、アンジェが何かしようとしてる。
 何をしたいのかはよく分からないが。

 先ほどまではブランケットの前を合わせるように握っていた手を離して俺の肩を持ち、逆の手でも触る。
 両手で俺の肩を持って、得心したようにゆっくり頷くアンジェ。

 ?????

 何がしたいのか、わからなさすぎる。

 とりあえず動いているうちに滑りおちたブランケットをアンジェの肩に戻してやると、プルプルと首を振る。

「ちがうの。セトス様も」

 ブランケットの真ん中あたりを持って、俺の肩に持ってくる。残念ながら掛けられてはいないが、やりたいことはようやくわかった。

 少しだけブランケットを自分の側に引き寄せて、自分とアンジェの両方に掛かるようにする。

 彼女は俺の肩を触ってブランケットが掛かっているのを確認すると、ふうわりと笑った。

「あったかいね」

 そうだね、と言ってずり落ちそうなブランケットをなおしてあげる。

 アンジェの笑顔に包まれた、暖かい時間だった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

【本編完結】獣人国での異種族婚

しろねこ。
恋愛
獣人とひと言で言っても多種多様だ。 力の強いもの弱いもの、体の大きいもの小さいもの、違いがあり過ぎて皆が仲良く暮らすというのは難しい。 その中でも変わらず皆が持っているのは感情だ。喜怒哀楽、憎悪や猜疑心、無関心やら悪戯心……そして愛情。 人を好きになるのは幸せで、苦しい。 色々な愛情表現をお楽しみください。 ハピエン厨なので、こちらもそのような話となる予定。 ご都合主義、自己満、それと両片思いが大好きです(n*´ω`*n) 同名キャラにて色々なお話を書いておりますが、作品により立場、性格、関係性に多少の違いがあります。 他サイトさんでも投稿中!

恋は、母をやめてから始まる――正体を隠したまま、仮の婚約者になりました

あい
恋愛
両親を失ったあの日、 赤子の弟を抱いて家を出た少女がいた。 それが、アリア。 世間からは「若い母」と呼ばれながらも、 彼女は否定しなかった。 十六年間、弟を守るためだけに生きてきたから。 恋も未来も、すべて後回し。 けれど弟は成長し、ついに巣立つ。 「今度は、自分の人生を生きて」 その一言が、 止まっていた時間を動かした。 役目を終えた夜。 アリアは初めて、自分のために扉を開く。 向かった先は、婚姻仲介所。 愛を求めたわけではない。 ただ、このまま立ち止まりたくなかった。 ――けれどその名前は、 結婚を急かされていた若き当主のもとへと届く。 これは、 十六年“母”だった女性が、 もう一度“ひとりの女”として歩き出す物語。

【完結】王宮内は安定したらしいので、第二王子と国内の視察に行ってきます!(呼ばれたみたいなので、異世界でも生きてみます。の続編です)

まりぃべる
恋愛
異世界に呼ばれた佐川マリア。マリア・サガワとしてこの世界で生きて行く事に決め、第二王子殿下のルークウェスト=ヴァン=ケルンベルトと一緒に、この国をより良くしていきます!って、実際は2人で旅行がしたかっただけ? 呼ばれたみたいなので、異世界でも生きてみます。の続編です。 長くなりましたので、前作の続きでは無く新しくしました。前作でしおりを挟んでくれた方ありがとうございました。 読んでなくても分かるようにしております。けれど、分かりにくかったらすみません。 前作も読んで下さると嬉しいです。 まだまだ未熟なので、稚拙ではありますが、読んでいただけると嬉しいです。 ☆前作で読者様よりご指摘が有りましたのでこちらにも記載しておきます。 主人公の年齢は設定としてありますが、読者様が主人公になれたらな(もしくは好きな年齢に当てはめて読めたら)という思いを込めて敢えて年齢を記載していません。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

やけに居心地がいいと思ったら、私のための愛の巣でした。~いつの間にか約束された精霊婚~

小桜
恋愛
ルディエル・アレンフォードは森に住む麗しの精霊守。 そんな彼が、いよいよ伴侶を迎えようと準備を始めているらしい。 幼馴染という関係に甘んじていたネネリア・ソルシェは、密かにショックを受けていた。 そろそろ彼との関係も終わらせなければならないけれど、ルディエルも精霊達もネネリアだけに優しくて――? 「大丈夫。ずっと居たいと思えるような場所にしてみせるから」 鈍感なネネリアと、一途で奥手なルディエル。 精霊に導かれた恋は、本人だけが気づかない。

処理中です...