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12.連れて帰って?
しおりを挟む車椅子を押して母屋の主執務室へ向かう。
ついこの間会ったばかりだし、その際にアンジェを連れて帰る了承ももらっている。
でもアンジェ自身がきちんとけじめをつけたいと言うとは思っていなかったし、どういう展開になるのか全くわからないので緊張する。
まあ、俺よりアンジェのほうが10倍くらい緊張してるけどね。
扉の前に車椅子を停めてノックしようとしたら、
「ついた?」
アンジェにそう聞かれた。
「ついたよ。扉の前まで来たけど、俺がいるから大丈夫だからね」
「とびら、どこ?ノックするんでしょ?」
さすがに廊下の音を聞き続けて過ごしていただけあって、ノックは知ってたらしい。
「手が届かないんじゃない?」
アンジェの手をとって扉に触れさせる。
「大丈夫」
身体を精一杯伸ばしてギリギリ扉に触れるくらいだけどなんとかノックできた。
この会話は中にきこえてるかもしれないけど。
コンコン
小さいがちゃんと音が出た。
「入れ」
短い返答に応えてそっと扉を開き、車椅子を中へ入れる。
ディスカトリー伯は表情をピクリとも動かさず、猛禽類のような鋭い視線で俺たちを見つめていた。
「とうさま、おはなしを、しにきました」
「お前と話すのは久しぶりだが、何を言いに来た?つまらない用件ではないだろうな?」
……普通、娘と話すのにこんなに圧力をかけるか?
「つまらなくは、ないと、思います。すぐに、おわるから、すこしだけ、きいて」
応接セットの片側に座るディスカトリー伯は、アンジェが必死に話す間に手振りだけで俺に椅子を勧めた。
「アンジェ、俺が椅子に座るから動かすよ」
ちゃんと声を掛けてから動かす。
見えない人が場にいるんだから、身ぶりだけで示すのはよくないと伝わるように。
イリーナが椅子をひとつどけてくれてそこへ車椅子を止め、隣の椅子に俺が座る。
「こんな出来損ないの何がいいのかは知らんが、連れて行きたいなら好きにしなさい」
そんな言い方しなくても……
思わず反論しようとした時に。
「ありがとう、ございます、とうさま。
わたしが、言いたいのは、もう、この家に、戻ってこないよ、ってことです。
わたしは、とうさまが言うみたいな、できそこないじゃ、ない。自分で、できることがあるんです」
アンジェは話すことに慣れていないせいでたどたどしく、途切れながら話す。
それでも伝わるくらいにはっきりとした口調で断言した。
これまで一切表情を動かさなかったディスカトリー伯が、わずかに驚いて目を見開いた。
たぶんアンジェには表情の変化は伝わらなかっただろうけど、もしかしたらディスカトリー伯は娘の成長に気づかなかっただけなのかもしれない。
だからアンジェはわざわざ宣言しに来たんだろう。
いずれ成長して何かができるようになったとしてもその能力をディスカトリー家のために使うことはないと。
「とうさまには、かんしゃ、してます。
だって、セトスさまに、会わせてくれたから。
でもね、それだけ。だからもう、帰ってこない、から。それだけ、言いにきた」
ゆっくりと、ディスカトリー伯が瞳を閉じる。
そして、なんとも居心地の悪い沈黙がおりた。
次に目を見開いた時、確かな怒りの色がディスカトリー伯の瞳にあった。
「いいだろう。アンジェは、もうディスカトリーの人間ではない。
好きにしろ。こちらはもう何もしない」
はっきりとした宣言に、アンジェは俺の方を向いて満足気に微笑んだ。
「うん。セトスさま、ありがとう、ございます。
おねがい、わたしを、つれて帰って?」
「もちろんだよ」
軽く会釈して部屋を出る。
そのままアンジェの部屋へは戻らず、外に出ていった。
もう戻らない、という彼女の意志を尊重して。
結局俺は本当に横に座っていただけで何もしなかった。
というより、できなかったと言う方が正しいかな。
アンジェの本質は、俺が最初に会った時ほど弱いものではなかったということだ。
俺が思っていたよりもずっと強いひとだった。
苦難に負けずに日々学習し続け、ようやく手に入れた自由と権利を守るためにたたかうことのできる人。
父親の前ではっきりと宣言したアンジェの姿はとても尊く、美しいと思えた。
さて、ようやくアンジェを自分のところに連れて来れたわけだけど。
本当に大変なのはこれからだ。
とりあえず、馬車に乗せるだけでも苦労した。
俺の家から歩ける距離とはいえ、ほとんど外に出ないアンジェをいきなり長時間動かすのは身体がつらいだろうと思い、家の馬車を呼んだんだが。
人間を抱き上げたまま馬車に乗るのは慣れないのもあってなかなか大変な作業だった。
「ふぅ。なんとか乗れたな」
「ごめん、なさい」
「いやいや、いいんだ。本当ならちゃんと乗り方を説明したほうがいいんだけど、時間がなかったから」
馬車にふたりでとなり同士で座り、そっとアンジェを抱き寄せると、俺に身体を預けてくれた。
「アンジェにとっては大変だと思うけど、これからなるべく自分のことが自分でできるように練習しよう。
立って歩くこともそうだし、ごはんを食べたり着替えを選んだりできるようになろうな」
一般庶民のように家事や仕事ができるようにはならなくていい。
でも普通の貴族令嬢がすることをできるようになったほうがアンジェの暮らしは楽しいものになると思うから。
「うん。頑張る。
頑張るから、となりにいてね?」
「もちろんだよ。アンジェに隣にいて欲しいから、俺のところに来てもらったんだから」
これから彼女の世界はどんどん広がっていくのだろう。
アンジェが自分の力だけで生きていくのは難しいけれど、俺が彼女の目になってあげればもっともっと楽しく生きていけるから。
ふたりで手を取りあい、支えあって幸せな未来に向かって行けたらいい。
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