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10.世界を愛する聖女
しおりを挟む討伐の後は、本来なら後片付けなどの戦後処理が山積みになるはずなのだが、魔物の死体は結界によって浄化されたし、戦死者は数える程しかいない。
エレシアのおかげでこちらへのダメージはほとんどない状態で、夕方には王都へ凱旋することができた。
王都の住民へも厄災級の魔物が出現したことは伝えられていて、緊急時には避難できるよう準備を整えさせていた。
それがほぼ被害もなく討伐されたとあれば、街全体、いや国全体がお祭り騒ぎになっているのも納得できるというもの。
その中で、堂々とメインロードをパレードする俺の腕の中にエレシアは居た。
彼女のために馬車を用意すると提案したのだが、エレシアはこれが良いと言ったから。
「ラーシャさま、本当にありがとうございました。わたくしを助けに来てくれて」
「いや、助けられたのは俺の方だろう。エレシアが居なければ、厄災級とぶつかる前に戦線崩壊していたかもしれない」
王族の義務として周りの人々に手を振りながらも、視線はエレシアに釘付けだ。
「わたくしがお役に立てて良かったですわ。けれど、それもわたくしの結界が強かったら起こらなかったことでしょう?
……わたくしのせいですわ」
「それは違う。エレシアの力不足じゃなくて、エレシアが満足に力を使える環境を作れなかった俺たちの責任だ」
彼女の憂い顔をどうにかしたくて必死に言葉を重ねる。
「エレシアが努力してくれたことが分かっているから、兵たちは俺ではなく君を称えたんだ。
俺たちにとっては、間違いなくエレシアが女神だよ」
「聖女よりランクアップしてるじゃないですか。わたくしは神ではありませんよ?」
「あれだけの癒しの力を使えるのは間違いなく女神さまだよ。だから王都の住民たちもこれだけ熱狂しているのだし。
もし余裕があるなら、手を振ってあげないか? みんな聖女さまを見たがっているから」
「そうでしょうか?」
少し疑いながらも沿道へ向けて小さく手を振ってみると、その先にいた住民たちは自分にだけ手を振ってくれたと喜んでいた。
「ほら、みんなエレシアのことを見てくれているだろ?」
「そうですわね」
「それも、君が頑張って護ったからだ。彼らの笑顔は、エレシアのおかげだよ」
「そうなのでしょうか。でも、そうだったらとても嬉しいですわね!
わたくし、教会の中へ入ってから、こうして街の人々が生きていることを忘れておりましたわ。
彼らのために、わたくしはいつも祈っているのですね。
この街を護れて、本当に良かったですわ!」
彼女の笑顔は本当に晴れ晴れとしたもので、青空のように輝いていた。
もう、彼女を『氷』などという人はどこにも居ないだろう。
「あ、あっ!!」
沿道で歓声を上げる人々の中に誰かを見つけたようで、俺の腕の中から身を乗り出すようにぶんぶんと手を振るエレシア。
「どうしたんだ?」
釣られて俺もそちらへ手を振ると、彼女はとても嬉しそう。
「わたくしの家族ですわ! 父さんと母さんと弟です!」
「元気そうで良かったな。彼らを守ったのも君だよ」
「みんな嬉しそうでしたわ!」
弾けるような笑顔を見ていると、近いうちに会える機会を作らなければとも思う。
今の彼女は聖女としての頑張りの成果を目に見えて実感している。
その喜びを受けて、国境の結界はさらに一段と強いものになったということだ。
□□□□□
その日の夜。
夕暮れの中での凱旋パレードと、その後の戦勝報告会とパーティーのイベントが終わり、すっかり夜も更けて解散したあと。
「ラーシャさま、改めて、本当にありがとうございました。
わたくし、頑張らないとと思っていたのに、全然世界を愛せていませんでした。
ラーシャさまのおかげで、わたくしは世界を愛する心を思い出すことが出来たのです」
「礼を言うのは俺の方だ。
いくらエレシアの結界があっても、あの厄災級の鬼は止められなかった。
エレシアが戦場まで出てきて直接癒しの力を使ってくれたことで、どれだけ士気が上がったか。負傷者が出ずにすぐに復帰出来るのがどれだけ有難かったか」
「そう言って貰えると、とっても嬉しいですわ。
それに、あの人喰い鬼に立ち向かうラーシャ様はとても格好良かったです!
まるで物語の勇者のようでした」
このかわいい女の子にうっとりと見つめられるのはとても幸せで、頑張った甲斐があると思う。
もちろん王都の平和も国の安全も大切だけれど、自分が大切にしている女の子が無事に笑ってくれていることを一番幸せに感じる。
「ラーシャさまは、わたくしが愛する世界の中でもたった一人の特別な方なのです。
わたくしは世界を愛する聖女で、それは変わっていないのですが、世界の中でも特に愛する方が出来た、ということはとっても嬉しいことなのですよ」
「エレシア、ありがとう。本当に嬉しい。
ただ、ひとつだけ頼みがある。もしも俺が居なくなっても、世界に絶望しないでほしい」
「世界に絶望、って?」
そのあたりのことは教会で教えられていないようで首を傾げるエレシア。
「先々代の聖女が力を失ったのは、愛する相手を失って世界に絶望したからだと言われている。
俺は、エレシアにそうなって欲しくない」
「それは、心配しなくても大丈夫ですわ」
窓辺へと歩み寄り、ぱっと窓を開ける。
満点の星空と、その下に広がる王都の祭りの灯を眺め、彼女は言った。
「この世界には、素晴らしい人と素晴らしいものがたくさんありますから。
それに、世界を愛するのはわたくしだけではありません。ここに住む全員です。
それをラーシャさまが教えてくださいましたから、わたくしは何があっても、世界を愛する聖女で居られるのです」
人々の喜びが灯す王都のあかりが、彼女のアクアマリンの瞳に映って幻想的な輝きを帯びる。
「わたくしは、世界を愛する聖女ですから!」
その言葉を語るエレシアは、以前と同じ台詞なのに全く違う人間のよう。
生きる希望に満ち溢れ、凛と強い聖女さま。
このひとが俺の婚約者なのだと思うといても立ってもいられず、勢いのままに抱きしめた。
「ありがとう、エレシア。これからも、よろしく」
「ええ、もちろんですわ!」
俺のこの想いを伝えるには言葉では全く足りなかった。けれど、この腕から身体から、温もりとして彼女に伝わってくれたと思う。
「ずっとずっと、この世界を護っていきましょう。二人で、いっしょに」
「必ず、絶対にエレシアと共に在る。君の美しい結界に誓って」
その証として、そっと彼女の唇に口づける。
それはとても柔らかで暖かく、彼女の心がそのまま表れているかのようだった。
以前は薄かった結界も、今では王城のバルコニーから見えるほどに強まっている。
星空の光をきらきらと反射的して煌めくアクアマリンの結界に誓って、俺たちは一生、二人で支え合って生きてゆく。
エレシアと、この世界を愛して。
【完】
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