浄化屋アルバイト~潰れるバイト先で起きること~

彩黒玉姫

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第2章 埃まみれの記憶

第1話 出会いの日

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「うん、特に問題ないと思うよ。じゃあ、来週の土曜から入れる?」

本棚の隙間から差し込む午後の日差しと、店長の緩やかな声。
面接というにはあまりにもくだけたそのやり取りに、私はは一瞬、拍子抜けした。

「……はい、大丈夫です」

「よかった。人手が足りてなくてね、助かるよ」

カウンター越しの店長は、やわらかい目元をさらにゆるめて微笑んだ。
ニット帽に、くたびれたネルシャツ。見た目はまさに“古本屋の人”そのものだったが、不思議と近づきがたい雰囲気はなかった。

——優しそう。

そう思った瞬間、自分でも驚くくらい、私の肩の力が抜けたのがわかった。
気づかないうちに、張っていたのだろう。あのファミレスを辞めてから、ずっと。

面接の前、家を出る時、心のどこかで覚悟していた。
また、あの店みたいだったらどうしよう。
言い方のキツい人がいたら?
妙な上下関係があったら?
うまくやれなかったら……?

ここがダメだったら、次こそ本当に自信がなくなる。
そんなことまで考えていた。

でも。

「本、好き?」

「読むのは、わりと……でもジャンルはバラバラです」

「バラバラでいいよ。ここもそういう店だから」

その言葉に、ほんの少し救われた気がした。
この店の空気は、なんだか懐かしくて落ち着く。

店内は少し暗くて、ところどころ埃っぽい匂いもするけど、それが不快ではなく、むしろ静かに呼吸を整えてくれるような空間だった。

「制服とか特にないから、動きやすい服で来てくれれば大丈夫。あと……埃アレルギーは?」

「え、あ、ないです。多分……」

「よかった。たまに本棚の奥から時限爆弾みたいな埃が出るからね」

くすっと笑って、秋華は初めてちゃんと笑った気がした。
この店なら、少しずつ、自分を取り戻せるかもしれない——そう思えた。

 

* * *

 

カラン、と鈴の音が鳴った。

古びたドアをくぐると、店内には柔らかなコーヒーの匂いと、ほんの少しだけ紙の湿気のような空気が漂っていた。
あの面接から一週間。今日が、私の初出勤の日だった。

「おはようございます……」

声が少しだけ上ずっていた。
でも、店内の静けさがその緊張をすぐに包んでくれた。

「お、秋華ちゃんだね。いらっしゃい」

奥から顔を出したのは店長だった。
今日は眼鏡をかけていて、少しだけ“仕事モード”に見えた。

「じゃあ、まずは店内のざっくりした説明からね。こっち来て」

カウンターの内側から本棚の配置、値札の読み方、レジの扱い方まで。
説明はゆっくりで、わかりやすかった。

「まあ、わかんないことは聞いて。慣れるまで無理しなくていいから」

それはファミレスでは一度も聞かなかった言葉だった。
その言葉だけで、少し肩が軽くなった。

 

午前の開店準備を終えたころ、一人の青年が裏口から入ってきた。

「おはようございまーす。あ、新人さん?」

「うん。秋華ちゃん、今日から。ほら、あいさつして」

「初めまして、堂本秋華です」

「僕は誠(まこと)っていいます。二年くらいやってるんで、なんでも聞いてくださいね~」

明るい笑顔と、自然な口調。
誠は私より少し年上に見えたが、圧をまったく感じさせなかった。

それから午前中いっぱい、一緒に本の仕分けをしたり、値付けを手伝ったり。
ふとした拍子に「この作家、知ってる?」なんて話しかけてくれて、気づけば私は少しずつ笑っていた。

この店の空気は、前とはまるで違う。
ちゃんと人のペースを見て、距離を取ってくれる。

夕方には、「思ったより疲れなかったかも」と心の中で思っていた。

もしかして、ここなら——。

そう思えた、最初の一日だった。
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