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第2章 埃まみれの記憶
2話 棚の奥に眠る声
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午前の陽がやわらかく差し込む古本屋で、私はレジのカウンターに並べた文庫本を丁寧に拭いていた。
前回よりも少しだけ、緊張は和らいでいる気がする。
でも、まだ動きはぎこちなくて、指先に力が入りすぎてしまう。
誠さんが時折「大丈夫そう?」と声をかけてくれるだけで、ほっとした。
「秋華ちゃん、ちょっと手が空いたら、奥の棚見てもらえる?」
店長の声に、私は軽くうなずく。
レジ裏のさらに奥——人の出入りがほとんどない、埃っぽいエリア。
「どの辺ですか?」
「壁際の下の段、崩れかけててさ。中身チェックして整理だけしといてくれたら」
「はい、やってみます」
棚の奥は、空気の匂いも、光の届き方も、店内とは少し違っていた。
しゃがみこんで本を引き出すと、思わずくしゃみが出た。
埃をかぶった文庫と、段ボールに無造作に詰め込まれた本たち。
(……これ、ずっと手つかずだったんだ)
タイトルをひとつずつ確認していると、不意に誰かの視線を感じた。
「……新人?」
低く、乾いた声だった。
私は顔を上げる。通路の向こう、光の影に溶けるように、ひとりの青年が立っていた。
黒縁の眼鏡、無地のパーカー。視線は静かで、どこか淡白。
まるで、ずっとそこにいたかのような存在感だった。
「……はい、あの、今日で二回目です」
「そう」
それだけ言って、彼は私の隣の棚にしゃがみ込み、黙って背表紙に指を走らせた。
静かだ。
店内とはまた違う、会話の間が生む沈黙。
なぜか、その沈黙が長く感じられた。
「……あの、先輩ですか?」
勇気を出して声をかけると、その指先が一瞬だけ止まった。
「……堀」
「え?」
「名前。堀」
それだけ。
彼はまた黙って、本を見つめ続けている。
どう返せばいいかわからず、私はそっと本を箱に戻した。
会話が終わったのか、始まってすらいなかったのか、よく分からない。
ただ、そこにあったのは言葉よりも濃い気配だった。
(……なんだろう、この人)
悪い印象ではない。だけど、胸の奥に少しだけざらつきが残った。
その夜。
古本屋からの帰り道、私は小さく息を吐いた。
「……別に、悪い人じゃないよね」
口にしても、それが確信になることはなかった。
前回よりも少しだけ、緊張は和らいでいる気がする。
でも、まだ動きはぎこちなくて、指先に力が入りすぎてしまう。
誠さんが時折「大丈夫そう?」と声をかけてくれるだけで、ほっとした。
「秋華ちゃん、ちょっと手が空いたら、奥の棚見てもらえる?」
店長の声に、私は軽くうなずく。
レジ裏のさらに奥——人の出入りがほとんどない、埃っぽいエリア。
「どの辺ですか?」
「壁際の下の段、崩れかけててさ。中身チェックして整理だけしといてくれたら」
「はい、やってみます」
棚の奥は、空気の匂いも、光の届き方も、店内とは少し違っていた。
しゃがみこんで本を引き出すと、思わずくしゃみが出た。
埃をかぶった文庫と、段ボールに無造作に詰め込まれた本たち。
(……これ、ずっと手つかずだったんだ)
タイトルをひとつずつ確認していると、不意に誰かの視線を感じた。
「……新人?」
低く、乾いた声だった。
私は顔を上げる。通路の向こう、光の影に溶けるように、ひとりの青年が立っていた。
黒縁の眼鏡、無地のパーカー。視線は静かで、どこか淡白。
まるで、ずっとそこにいたかのような存在感だった。
「……はい、あの、今日で二回目です」
「そう」
それだけ言って、彼は私の隣の棚にしゃがみ込み、黙って背表紙に指を走らせた。
静かだ。
店内とはまた違う、会話の間が生む沈黙。
なぜか、その沈黙が長く感じられた。
「……あの、先輩ですか?」
勇気を出して声をかけると、その指先が一瞬だけ止まった。
「……堀」
「え?」
「名前。堀」
それだけ。
彼はまた黙って、本を見つめ続けている。
どう返せばいいかわからず、私はそっと本を箱に戻した。
会話が終わったのか、始まってすらいなかったのか、よく分からない。
ただ、そこにあったのは言葉よりも濃い気配だった。
(……なんだろう、この人)
悪い印象ではない。だけど、胸の奥に少しだけざらつきが残った。
その夜。
古本屋からの帰り道、私は小さく息を吐いた。
「……別に、悪い人じゃないよね」
口にしても、それが確信になることはなかった。
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