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第2章 埃まみれの記憶
黒ずんだ静寂
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古本のページをめくる音が、今日も静かに空気を撫でていた。
働き始めてから、もうすぐ一か月。慣れてきたつもりでも、私はまだ一つひとつの動きに気を配っていた。
「秋華ちゃん、その箱、文庫コーナーお願いね~」
「はーい!」
店長の声に笑顔で返事をして、文庫を抱えて歩き出す。こうして声をかけられるのも、最近になってようやくだ。
初めは緊張しっぱなしだったけど、今は常連のお客さんと軽く挨拶できるくらいには馴染んできた。
この空気が、少しだけ好きになりかけていた。
本に囲まれて、静かに仕事をして、誰かの邪魔にならないように、それでいて必要とされて——そんな場所。
夕方の店内は、放課後の学生や仕事帰りのサラリーマンでそこそこ賑わっていた。
私は空き箱を抱えてバックヤードに戻る途中、ふと、何気ない余裕を感じていた。
——その瞬間だった。
「ゴンッ」という重く鈍い音。
空気が、一気に変わった。
まるで地面が鳴ったみたいな振動と、棚が崩れる音が、店の奥から響いた。
「え……?」
手にしていた箱を落としそうになる。思わず売り場の方へ走ると、中央の漫画コーナーで棚が大きく傾いていた。
何人かのスタッフが慌ててその棚を押さえ、ベテランの人が声を張り上げていた。
「誰か、棚、支えて!」
「お客さん、こっちに——! 危ないから!」
私はその場で立ち尽くした。
何が起きたのか、頭が追いつかない。
でも、ほんの数秒後、心がはっきりと告げた。
——私に、今できることをやらなきゃ。
くるりと踵を返して、スタッフルームへ駆け込んだ。
隅に置かれていたテーブルを動かし、空いたスペースを作る。
崩れた棚のそばから落ちた文庫本や雑誌を、何冊も拾っては運んだ。
カバーの外れた文庫本、折れた背表紙、埃をかぶった画集。
ひとつずつ、優しく、できるだけ傷をつけないように。私はただ、本を避難させ続けた。
手に残る本の重みだけが、確かに私を落ち着かせてくれた。
誰かの声も、棚が揺れる音も、もう遠くに感じられた。
やがてスタッフルームの扉が開き、店長が息を切らして入ってきた。
「秋華ちゃん、大丈夫?」
私は黙ってうなずいた。
「本、壊れないうちに……どこかに置いといたほうがいいかなって」
店長はほんの少し驚いた顔をして、それからふっと笑った。
「ありがとう。助かったよ」
その一言が、静かに私の胸に染みた。
私がここにいる意味が、少しだけわかった気がした。
働き始めてから、もうすぐ一か月。慣れてきたつもりでも、私はまだ一つひとつの動きに気を配っていた。
「秋華ちゃん、その箱、文庫コーナーお願いね~」
「はーい!」
店長の声に笑顔で返事をして、文庫を抱えて歩き出す。こうして声をかけられるのも、最近になってようやくだ。
初めは緊張しっぱなしだったけど、今は常連のお客さんと軽く挨拶できるくらいには馴染んできた。
この空気が、少しだけ好きになりかけていた。
本に囲まれて、静かに仕事をして、誰かの邪魔にならないように、それでいて必要とされて——そんな場所。
夕方の店内は、放課後の学生や仕事帰りのサラリーマンでそこそこ賑わっていた。
私は空き箱を抱えてバックヤードに戻る途中、ふと、何気ない余裕を感じていた。
——その瞬間だった。
「ゴンッ」という重く鈍い音。
空気が、一気に変わった。
まるで地面が鳴ったみたいな振動と、棚が崩れる音が、店の奥から響いた。
「え……?」
手にしていた箱を落としそうになる。思わず売り場の方へ走ると、中央の漫画コーナーで棚が大きく傾いていた。
何人かのスタッフが慌ててその棚を押さえ、ベテランの人が声を張り上げていた。
「誰か、棚、支えて!」
「お客さん、こっちに——! 危ないから!」
私はその場で立ち尽くした。
何が起きたのか、頭が追いつかない。
でも、ほんの数秒後、心がはっきりと告げた。
——私に、今できることをやらなきゃ。
くるりと踵を返して、スタッフルームへ駆け込んだ。
隅に置かれていたテーブルを動かし、空いたスペースを作る。
崩れた棚のそばから落ちた文庫本や雑誌を、何冊も拾っては運んだ。
カバーの外れた文庫本、折れた背表紙、埃をかぶった画集。
ひとつずつ、優しく、できるだけ傷をつけないように。私はただ、本を避難させ続けた。
手に残る本の重みだけが、確かに私を落ち着かせてくれた。
誰かの声も、棚が揺れる音も、もう遠くに感じられた。
やがてスタッフルームの扉が開き、店長が息を切らして入ってきた。
「秋華ちゃん、大丈夫?」
私は黙ってうなずいた。
「本、壊れないうちに……どこかに置いといたほうがいいかなって」
店長はほんの少し驚いた顔をして、それからふっと笑った。
「ありがとう。助かったよ」
その一言が、静かに私の胸に染みた。
私がここにいる意味が、少しだけわかった気がした。
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