新月を追って

響 あうる

文字の大きさ
24 / 38
第2章

【24話】降る雨に

しおりを挟む
 敦志の家はそこからは少し遠く、急いで走って帰ったものの帰る頃には下着までびしょ濡れになっていた。
 玄関のドアを開けて中に入るとせめて濡れないようにと胸に抱えてきたリュックを玄関框に置き、その横に腰掛け濡れてグチョグチョになった靴を脱ぎ、張り付いた靴下を脱いでいるとリビングのドアが開いて弟の敦弘が顔を出した


「おかえりーって、ずぶ濡れじゃん傘持ってかなかったの?」
「うん…」

 抗議の声をあげながら唇を尖らせる敦弘。敦志はまるで悪戯が見つかったかのようにばつの悪い顔をし


「ごめん、今着替えるから」

 そう言いながら自室のある2階への階段に一歩足を乗せたところで敦弘に手をつかまれた。


「それより先に風呂入ったら?」
「でも…着替えとか持ってこなきゃいけないだろ?」
「……わかったよ、風呂沸かしとくからすぐ来いよ、すぐ!」
「わぁかったって」

 敦弘が手を離したので敦志はちょっと頬を膨らませながらそう言い背を向け、二階への階段を上がっていった。 
 濡れた服を全部脱いで洗濯物の籠に入れ下着にジャージを履いて長袖のTシャツに首を通し、腕を片方通したところでバイブにしていたスマホが振動する音が静かな部屋に響く。
 電話かと思い、変な格好のままスマホを手に取ると、さっき登録したばかりの直哉の名前が…
 敦志はぱっと顔を明るくしもう片方の腕も通しちゃんとTシャツを着ると髪から滴る雫などお構いなしに通知をタップする

『家着いた?濡れなかった?』

 短い、それだけのLINEだったのだが先輩が心配してくれるなんて、そういう優しさをここしばらく忘れていたから尚更嬉しくて返事を考えながら敦志はベッドに寝転び白いスマホ画面を見つめていた。

 思いついた文を打ち込もうと冷たくなった指をようやく動かし始めると階段を上る足音が聞こえてきた。そして間髪を入れずにドアを開け放つ音も
 敦志がまるで逃れるように今、していたことを隠すようにスマホを抱えてドアに背を向けると


「兄貴!」

 明らかに怒っている弟の声に敦志はビクリと身体を震わせるがわかったって、と生返事をして背を向けたまま動こうとしない


「わかってないだろぉ」

 敦弘はそう言いガシッと肩を掴むと加減を知らない力で敦志の身体を自分の方へ向けた。
 抵抗せずにゴロンと転がって仰向けになった敦志を見下ろしながら敦弘は


「風邪引くだろっ…ほら」

と敦志の手を掴み起こしてやろうとするが当の敦志はあまり危機感を感じてない顔で


「LINEしたら入るから」
「え、LINE?…さっきは着替えたら入るって言った」

 敦志の言葉に一瞬戸惑ったが、敦志のスマホを握る手を掴んでちょっと頬を膨らませながら敦弘はグイッと敦志の上半身を起き上がらせた。さらに立ち上がらせようとするものの


「ちょっと送ったら、すぐ行くからさ?」

 いつになくお願いするような目で見上げてくる兄に敦弘は更に戸惑った 。迷うように瞳が左右に揺れるが、直ぐにきゅっと唇を一文字に結び


「まぁたそーゆーこと言って…ダメだからな!早く風呂入れって…LINEは俺がしといてやるよ」
「なっ?!…返せよっ」

 敦弘は意地の悪い笑顔を浮かべながら兄からスマホを奪い取った。突然手から掠め取られたスマホを物欲しげにみつめながら立ち上がった敦志に敦弘はにっこりして


「返して欲しかったら風呂入るんだなーっ」

と言いながら部屋を飛び出して階段を大きな音をたてながら降りて行った。
 もぉ、と呆れたような声を出しながら一旦目を閉じて気持ちをリセットすると敦志は弟の言うとおり真面目に風呂に入ることにした。


 タオルで濡れた髪を拭きながら湯上りで血行のよくなった顔でリビングに行くと、敦弘はフローリングの床に胡坐をかいて座り、大きなテレビの前でコントローラーを握っていた。ゲームをしているのだろう指先を激しく動かしながら時々なにやら喚いている。


「返せよ敦弘」
「え!?なに?」
「スマホ」
「あー、そこある」
「って、床に置くなよ」

と敦弘は自分の足元にあるスマホを指差し、それきりゲームに夢中で敦志を見もしない。
 小さく溜め息を吐きながら敦志は敦弘の隣に行きスマホを拾い上げた。直哉の名前と通知が届いていた。何気なくスワイプして開いてみると敦志はバッとスマホを伏せ、床に置いた。


「敦弘、LINEした?!」
「したよー?俺がしといてやるって言ったじゃん」 
「なにしてんだよっ」

 恥かしさのせいか、頬が熱くなり敦志は頭が真っ白になった。自分の足元をぼんやり見ながらどうしようと考えるがすぐに思い出したかのようにスマホをまた拾い上げて見る


『そっか、十分温まれよ!風邪引かないようにな』

 歯を出してニッコリ笑ったスタンプ付きのメッセージに直哉が怒ってはいないだろうと思い、敦志はホッと胸をなでおろした。
 だが、敦弘はどんなメッセージを送ったのだろうと上の方にあるメッセージを指で下げてみると


『濡れた~でも今から風呂はいるよ♡』

 語尾のハートマークのせいかもしれないが何故だか死ぬほど恥かしくて、うわーっと心の中で言いながら悶えて近くにあったローテーブルにうつ伏せる敦志 


「なにしてんの?」
「お前のせいだよ、もーっ」
「なにが?」
「…敦弘が変なメッセージ送るからっ」
「えー?変だった?」
「だってハートマークだよ?」
「変?ハートマークって」
「変だよだって…直哉さん男だしっ」
「男だって別にい~じゃん何ムキなってんの?」
「ムキなんかじゃ……っ…」

 真っ白になった頭で何も考えずに捲くし立てていたのだが弟に指摘されると更に意識してしまって敦志は真っ赤になってしまった。
 気づくと敦弘はまたテレビ画面に夢中で敦志のことなど忘れてしまったかのような横顔だった。そっと立ち上がると敦志は足早にリビングを後にした。






 冷え切った自室に戻るとベッドに潜り込み


『さっきはすいませんっなんか…弟が送っちゃったみたいで』

と直哉に謝りを入れた。すぐ既読になって返事が返ってきた。
 直哉は気づいていなかったらしく、驚いたことと謝る必要はないと返事をしてきた 。


『でもハートマークとか変なの送っちゃって…ほんとすいません!』

 ハートマークというのは人によっては結構やっかいな捉え方をされてしまうので男の敦志にそんなもの送られて直哉が気分を害していないか、ただそれだけが敦志は不安だった。


『だからいいってちょっと吃驚したけど…気にしてないから中西も気にするな?』
『分かりました…気にしません直哉さん…またLINEしていいですか?』
『いいよ気にしないでじゃんじゃんしていい』
『ありがとうございます!今日はありがとうございました…おやすみなさい』

 メッセージを送り終わり満足げに息を吐きながら少し頭を上げ窓の方を見ると未だ雨は降り続いているようだった。
 静かな部屋に雨が落ちる音だけをBGMに敦志はなんだか嬉しい気分のままスマホを握り締めた。





―――このまま雨が、この時間が続けばいいのに 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

ビッチです!誤解しないでください!

モカ
BL
男好きのビッチと噂される主人公 西宮晃 「ほら、あいつだろ?あの例のやつ」 「あれな、頼めば誰とでも寝るってやつだろ?あんな平凡なやつによく勃つよな笑」 「大丈夫か?あんな噂気にするな」 「晃ほど清純な男はいないというのに」 「お前に嫉妬してあんな下らない噂を流すなんてな」 噂じゃなくて事実ですけど!!!?? 俺がくそビッチという噂(真実)に怒るイケメン達、なぜか噂を流して俺を貶めてると勘違いされてる転校生…… 魔性の男で申し訳ない笑 めちゃくちゃスロー更新になりますが、完結させたいと思っているので、気長にお待ちいただけると嬉しいです!

普通の男の子がヤンデレや変態に愛されるだけの短編集、はじめました。

山田ハメ太郎
BL
タイトル通りです。 お話ごとに章分けしており、ひとつの章が大体1万文字以下のショート詰め合わせです。 サクッと読めますので、お好きなお話からどうぞ。

僕と教授の秘密の遊び (終)

325号室の住人
BL
10年前、魔法学園の卒業式でやらかした元第二王子は、父親の魔法で二度と女遊びができない身体にされてしまった。 学生達が校内にいる時間帯には加齢魔法で老人姿の教授に、終業時間から翌朝の始業時間までは本来の容姿で居られるけれど陰茎は短く子種は出せない。 そんな教授の元に通うのは、教授がそんな魔法を掛けられる原因となった《過去のやらかし》である… 婚約破棄→王位継承権剥奪→新しい婚約発表と破局→王立学園(共学)に勤めて生徒の保護者である未亡人と致したのがバレて子種の出せない体にされる→美人局に引っかかって破産→加齢魔法で生徒を相手にしている時間帯のみ老人になり、貴族向けの魔法学院(全寮制男子校)に教授として勤める←今ここ を、全て見てきたと豪語する男爵子息。 卒業後も彼は自分が仕える伯爵家子息に付き添っては教授の元を訪れていた。 そんな彼と教授とのとある午後の話。

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

過保護な義兄ふたりのお嫁さん

ユーリ
BL
念願だった三人での暮らしをスタートさせた板垣三兄弟。双子の義兄×義弟の歳の差ラブの日常は甘いのです。

処理中です...