LIFE-5万年の残光 それでも生きるということ

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3.サイバー外科医:サキの診療所

サイバー外科医:サキの診療所 w/AI

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診療所の自動ドアが開くと、同時に室内の光量が一段落ちたような錯覚を覚えた。
入ってきたのは、ドア枠に頭をぶつけそうなほどの巨漢だ。防衛部隊の制服の上からでもわかる重厚な装甲と、歴戦の傷跡。そして、不釣り合いなほど無骨で旧式の機械の左腕がぶら下がっている。

隊長と呼ばれるその男は、サキが指し示した椅子(こういう重装甲患者も多いため大いに強化されている)に、軋み音を立てながら腰を下ろした。

「……頼む。」

男が発したのはそれだけだったが、サキにはそれで十分だった。先ほどの椅子が患者と通信。
内部ステータスを自動的に取得。サキはホログラムモニターに表示されたAIの初期診断結果を指先で弾きながら、いつものように淡々とした口調で診察を始めた。
「ええっと、ああ、そうね、あなたの左腕のことね」
左腕を中心にアクチュエータ応答、処理フレームの“飛び”、などの不調のログが弾き出されてきている。サキは男の左腕を取り、金属の継ぎ目を慣れた手つきで触診する。
「初期診断とあなたの問診によると……本来のあなたの腕は半年前に北方で半獣との戦闘で破損……。修理中で本隊のラボに送られていると……代わりに戦場で間に合わせに部隊のメディックがくっつけた部隊持ちの予備パーツの調子が悪い……と」
「ああ。ラグが出る」
男が短く肯定する。サキはふむ、と頷き、さらに詳しい結果が期待できる診断機を接続した。モニターに波形が走る。
「で、特に気になるのが右手との可動域、肩のアクチュエータの反応速度の違いから来る高速機動時のブレ……と。まあ、戦場での応急処置ではよくある話ね」
サキはモニターの数値を指でなぞりながら、少し呆れたようにため息をついた。
「本来このぐらいの左右の質量差、能力差なら制御側のオートキャリブレーションで吸収してくれるはずなんだけど……あなたの場合、本体側のチップからの調整要求が細かすぎて腕側の古いシステムがそれに対応できてないみたいね」
そこでサキは言葉を切り、少し身を乗り出して男の顔、正確にはその奥にある『中枢』を覗き込むように目を細めた。そして、診断機から弾き出された結果も一瞥。
「うーん、っていうかあなたのチップがとんでもない性能なのよ。このクロックに合うパーツなんてそうそうないわよ。どこでこんなチップ拾ってきたの……」
隊長の目がわずかに動いたが、口は閉ざされたままだ。軍事機密か、あるいはもっと深い闇か。

「ま、余計な詮索はしませんけどね……」
サキは肩をすくめると、棚から小さな掌サイズのデバイスを取り出した。
「体と腕の間にもう一つゲートウェイ挟んで無理やりクロック合わせます。ちょっとかさばるんだけど肩の装甲の外皮の下に潜り込ませることはできそうよ。このゲートウェイ、私、サキクリニック特製なのよ」
「……戦闘に支障は?」
「100%とはもちろん言わないけれど、ほとんど気にならなくなるはずよ。あとは……」
サキは再びモニターに視線を戻し、眉をひそめた。
「腕の流路内に残った前の持ち主の残存潤滑粒子がかなりありそうね。相当古いし、これ、大きめの塊が脱落して体側が循環汚染されちゃうと流路の変なところでスタックして一時的に動きが悪くなる。あなたみたいな戦闘任務につくヒトにはリスク高い」
「前の持ち主の、残留思念(ゴースト)みたいなものか」
「ロマンチックに言えばそうかもね。でも物理的にはただの汚れ。ちゃんとクリーニングしたほうがいいわよ。ゲートウェイ挟む前にクリーニング粒子を圧送してさっぱりさせましょう」
隊長は無言で頷き、太い首筋を預けるように背もたれに深く寄りかかった。まな板の上の鯉ならぬ、手術台の上の巨獣だ。
サキはクリーニングされた新しい手袋を装着し、細いケーブルの束を手に取った。彼女の表情から世間話の色が消え、サイバー外科医(サージ)の顔になる。
「さてと、じゃ始めますか。左肩から下の腕部のコントロールをこっちにバイパスしますね。じっとして」
カチャリ、と接続音が響く。
「ちょっとチクッとしますからね~」
鋭い電子的な接続痛(電子ノイズを痛覚に変換したもの)が走る。だが、隊長は眉一つ動かさなかった。サキは小さく微笑み、手元のコンソールに指を走らせ始めた。
「ふぅ……さて、循環清掃完了まで15分ってとこね」
サキはコンソールから手を離すと、くるりと椅子を回して隊長の方を向いた。 隊長は、その視線を受けると少し居心地悪そうに、首元の赤いスカーフをグイと引っ張り、視線を明後日の方向——天井の配管のシミあたり——へと逃がした。
(……デカい図体して、借りてきた猫みたいね)
サキは内心で苦笑する。噂には聞いていた。「鬼の防衛部隊長」は、白衣と美人に滅法弱いと。もっとも、今のサキはオイル染みのついた白衣で、とても美人だなんて自分では思わないが、それでも彼の「苦手センサー」は反応しているらしい。
「あのさ、隊長さん」
沈黙を埋めるようにサキが話しかけると、隊長の肩がビクッと揺れた。
「ん、ああ。なんだ」
「さっきの話の続き。この『左腕』のことなんだけど」
サキはモニターに表示された解析データを指先で弾いた。
「洗浄粒子が回っててわかったんだけど、これ、ただの『適合不良』じゃないわね。むしろ逆。身体(ボディ)との親和性が異常に高い。まるで、何十年も前からあなたの神経パターンを知り尽くしてるみたいに」
隊長は口を真一文字に結び、義眼ではない方の目でチラリとサキを見た後、またすぐに逸らした。
「……そうか」
「部隊のメディックがくっつけた『部隊持ちの予備パーツ』って言ってたけど……本当は違うでしょ?」
サキは意地悪く追求するつもりはなかったが、技術屋としての好奇心が勝った。この世界で名医とされるにはサイボーグや、生体置換技術には明るくないとだめ。彼女はコーヒーサーバーからカップを二つ取り出し、一つを隊長に差し出した。
「コーヒー、飲む? インスタントだけど。しかも合成の」
「……すまん」
隊長はやはり機械化されている右手で、壊れ物を扱うように小さな紙コップを受け取った。温かい液体を一口すすると、少しだけ緊張が解けたようだった。サキの気取らない態度が、彼にとっての「医者」というプレッシャーを中和し始めていた。
「別に、隠すことじゃないんだが」
隊長がぽつりと呟く。
「……昔の、俺の腕だ」
「へ?」
サキは自分のカップを口に運ぶ手を止めた。
「俺の腕だ。このボディになる前……入隊して生身から、最初のサイボーグ手術を受けた時にもらったやつだ。さらに前線に回るようになり、この右手と同じ型の戦闘用の物と交換するために外して、保管しておいたやつだ。今回の破損で、自分の部屋の隅から引っ張り出した」
「え、ちょっと待って」
サキは慌ててモニターのデータを見返した。
「だって、この腕の規格……サーボモーターの型番は『BX-09初期型』よ? これが製造中止になったのって、確か……」
サキの脳内で歴史データベースが検索される。そして弾き出された数字に、彼女は目を見開いた。
「200年前……?」
隊長はバツが悪そうに、残ったコーヒーを一気に飲み干した。
「もうそんなになるのだな…。入隊してすぐに腕、脚を取り替えた。前線で戦うには身体を捨てるしかない」
「200年……あんた、そんなに前から戦ってるの?」
サキは改めて、目の前の男を見た。 くたびれた作業着のような服装、無精髭、そして時代遅れだが手入れされた装備。ただの「オッサン」だと思っていた男が、この街の歴史そのもののような存在に見えてくる。
「とっくに引退するはずだったんだがな。次から次へと若いのが死ぬもんで、席が空かん」
自嘲気味に笑う隊長の顔には、長い時間を生き抜いてきた者特有の、深い皺と哀愁が刻まれていた。 サキは感嘆のため息をつき、それからニカっと笑った。
「なるほどね。そりゃあ、最新のチップじゃ制御しきれないわけだ。だってこの腕には、あんたの200年分の『癖』と『歴史』が染み付いてるんだもん」
「……直るか?」
不安げに尋ねる隊長に、サキはウィンクで答えた。
「任せなさいって。あんたのその『歴史』ごと、今の身体に馴染ませてあげる。200年現役のアンティークなんて、私の腕が鳴るわ」
その時、コンソールが「ピロリン」と軽快な音を立てた。
「お、洗浄完了。中もピカピカになったはずよ。……さ、仕上げといきましょうか、レジェンド隊長さん?」
「……その呼び方はやめろ。みんな俺のことをオッサンと呼ぶ。あんたもそれでいい」
隊長は照れ隠しのように顔をしかめたが、その表情は入室してきた時よりもずっと柔らかくなっていた。
サキは彼の大柄な肩の装甲の外皮を慣れた手つきで少し持ち上げると、ハンドレーザーガンでプレートに小さな下穴を4カ所あけ、ガンをインパクトドライバ-に持ち替えてタップを切る。
そこに掌に収まるほどの小さなゲートウェイデバイスを取り付けてチタン製の小さなボルトで締結。外皮装甲の裏側と新しいゲートウェイの間に超低摩擦のスライディングパッドを組み付け、外皮装甲を戻す。
手慣れた手つきであっという間に終わらせた。

「よし、ハードは設置完了。次は中身を書き換えるわね」
サキが首を少し傾けると、彼女のうなじ辺りの皮膚——いや、人工皮膚のシャッターが微かな駆動音と共にスライドし、小さな接続端子が露わになった。
彼女はそこから細いデータケーブルを引き出すと、新設したゲートウェイのポートへと直接ジャックインした。
「ファームウェアの書き換えとパラメータセッティングをします。少し意識が遠くなるかも……リラックスしてて」
そう言うと、サキはゆっくりと目を閉じた。彼女の意識は物理世界から離れ、電子の海へと深く潜っていく。

隊長は、目の前で目を閉じているサキの顔を、まじまじと見つめてしまった。 普段の、どこか人を食ったような、あるいは冷徹な職人のような目つきが隠れると、彼女の顔立ちは驚くほど穏やかで、あどけなくさえ見えた。
診療所の中は微かな診断機のファンノイズだけ。合成インスタントコーヒーの安っぽい、だが温かい香りが残っている。 (……悪くない時間だ) 医者嫌い、美人嫌いのオッサン隊長らしからぬ、そんな穏やかな感想が頭をよぎった、その時だった。

『緊急連絡!緊急連絡!』
脳内の通信インプラントが、警告音と共にけたたましく鳴り響いた。平穏な時間は一瞬で吹き飛んだ。
『北方セクター4にて半獣の群れと接触!防衛ライン突破された!負傷者多数!応援求む!繰り返す、応援求む!』

隊長の身体が反射的に跳ねた。「オッサン」の顔は消え、歴戦の指揮官の顔に戻る。彼は椅子から立ち上がろうとした。
「待って!」
サキが目を閉じたまま、鋭く叫んだ。彼女の手が隊長の健常な右腕を掴んで制止する。
「まだケーブル抜かないで! あと10秒! 10秒だけでいいから!」
「しかし、部下が……!」
「分かってる! こっちにもノイズで流れてきてる!」
ジャックインしているサキの脳内にも、隊長が受信している悲痛な叫びと、戦場の生々しいデータが流れ込んでいた。事態の切迫さは、彼女も痛いほど理解できた。 
ジリジリとした焦燥感が、永遠のような数秒間を刻む。

「くっ……書き換え完了……あと少し……!」
サキが苦悶の表情で呻く。隊長の筋肉は今すぐ飛び出そうと強張っている。
「3……2……1……さあ終わり!」
カッとサキの目が開いた。職人の目だ。彼女は素早く自分の首と隊長の肩からケーブルを引き抜いた。
首のシャッターがパシュッと音を立てて閉じる。
隊長は既にドアに向かっていた。背中でサキに問う。
「ああ、行ってくる。……怪我人、ここに連れてきていいか?」
「もちろん!」
サキは間髪入れずに答えた。そして、とっさに嘘をついた。
「今日はちょうど暇を持て余してたところよ。何人でも運びなさい!」
隊長がドア枠に手をかけ、振り返る。サキはプロフェッショナルの自信に満ちた目で彼を見据えた。
「さあ行って。その左腕、もうあんたの反応速度に遅れることはないわ。完ぺきに動くはずよ」
隊長は短く頷いた。
「じゃあな。……コーヒー、うまかったよ」
サキは一瞬だけ、年相応の柔らかい笑みを浮かべた。だが、すぐにまた外科医(サージ)の顔に戻る。
「また見せに来て。メンテナンスは絶対必要。なんたって200年前の骨董品なんだから」
隊長の強張った口元が、一瞬だけニヤリと歪んだように見えた。
重い防音ドアが閉まり、巨大な背中が見えなくなる。サキは大きく息を吐き出すと、すぐに通信コンソールに向き直り、緊急受け入れ態勢の準備を始めた。
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