LIFE-5万年の残光 それでも生きるということ

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10."回収"された自我

プルナが生まれた日

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静謐なある研究室で、あるいにしえの少女、正確にはその少女の自我が覚醒した。

「あれれれ?ここはどこ?!」

ーやあ、ようやく意識が戻ったみたいだね。

"プロセッシングユニット"の上でカバっと上半身を跳ね起こす女の子。
頭や身体には大小様々なケーブルやパッドが繋がれている。

「やられた!の次がモヤモヤで気がついたらこんな姿で…私、"回収"されたの?あれからどれだけ時間経ったの?っていうか、この雑なボディは何!?」

彼女はその手で顔を腕、足を触っている。
とりあえず四肢は付いているが無骨な金属ともセラミックともつかないブルーグレーの素材がむき出し。顔は、とユニットの真上の天井にある大きな鏡を見ると、なんともかわいらしい子供の女の子。髪は黄色。とは言えその姿は人間そのものとは言えず、頭には青い触覚みたいな大きな突起と金属のデバイス?が付いていて見てると光り始めた。頬や首には何かを隠しているらしいカバーがみえる。そのカバーの存在に意識を向けるとそれはパシュっと開いた。なかにはいくつかのポートと端子。服装は青い丈の長い手術着のようなローブを1枚羽織っているだけ。

「やれやれ。こいつはなかなか、いかにも人間らしい有様だこと」
と言ってため息をつく。

ーちょっと待ってね…まだ体は大きく動かさないほうがいい…最後の同調を…

男はカチャカチャとキーボードを打つ手を止めずに顔も上げずに言った。

ーよし、これで足の指先の末端までいい感じに信号取れてるはず。さて、時間経過については我々もよくわからない。むしろそれを君から聞かせてほしいんだ。君の記憶素子の刻印や、出てきた地帯からして相当前なのは確かだが。いつ誰と戦っていて埋もれたのか、そこは君の記憶からぜひ教えてほしい。

「マジか…そんな昔なのね私…」

彼女は手をグーパーしながら言う。ミシミシと指の関節が鳴る。指も太くこのまま握り続けると自分の指さえ破壊できそうなパワーを感じる。
足の指をグーパーしようとして彼女はその指がネコの足みたいに肉球と鋭いセラミック製のような爪のついた指であることに気がついた。爪に意識を向けるとそれは伸びたり縮んだりする。それを見て彼女はまたため息をつく。なんなのこれ?

ー奇跡的な保存状態だったのは確かだ。無酸素状態の泥炭地層だった。ボディは付随してなかったからすまんが試作品を合わせた。でもそれ、ものすごいパワーと機能なんだよ。たぶん君のような旧世界の機械脳でしかその本領を発揮できないと思うんだ。顔もまあ、なかなかかわいいだろ?

「はあ…顔と体のミスマッチがひどいんですけど…なんて雑なボディ。この顔はあんたの趣味?」

と、眉をひそめる。

ーあはは。その顔と体はこの九賢ラボの肝いりのデザインだぞ。もっとも人らしく振る舞える人の肌と同じ柔らかさの皮膚、表情筋とそれを動かすマイクロアクチュエータ、に加えて頭の触覚は超高感度アンテナ兼発振器。そしてとんでもないパワーと耐久性。君のこれからの新しい"人生"にとって必要になるはずだ。

「高感度アンテナ?だからなんだかピリピリノイズ噛んでくるのね」

青いウサギの耳のようなそれを太い指でつつく。それにも意識を向けるとブーンと微かに唸る。

「まあ、回収されてラッキーだったのか最悪なのかはこの時代がどんな時代かにもよるわね。インテリどもはまだいるの?」

ーおや、インテリどものことは覚えているようだね。記憶領域についてはあまり損傷がないみたいだがシナプス変換回路がかなり焼ききれてるから、バイパス回路が自然形成されて完全な記憶を取り戻すには少し時間がかかる。無慈悲な機械知性体、インテリジェンスどもは今は比較的落ち着いてる。あれから人類の抵抗が功を奏し、奴らを南北の極地に追いやった。人類とは平衡状態になってもうすぐ1000年ってところだ

「あら、ずいぶん頑張ったじゃない。でも私たちの時もそうだったんだけどたしかそこからまた荒れだしたのよねインテリ」

ーそのあたりの経緯は非常に興味がある。我々の歴史はその繰り返しだし、そのたびに人類の文明と歴史は散逸し過去は曖昧になる

「はあ、だからわざわざ私を回収して、尋問ってわけね」

ー君の記憶は非常に貴重だ。ぜひ協力してもらいたい

「悪いけど、ほとんど覚えてないわ。インテリと戦っていたあの日のこと、しかもあの瞬間のこと…それ以上は…」

曖昧だが過酷な戦場のシーンが彼女の頭のなかでフラッシュバックする。それはあまりにもぼんやりしているのだが、それでも恐怖の感情が一気に押し寄せる。彼女はそれを脇に避ける。いや、彼女の機械脳が恐怖をアルゴリズムで排除する。そのアルゴリズムの働きは彼女が戦闘部隊の一員だった証拠でもある。彼女はまたため息をつく。今度は目を閉じて。

ー少しずつでいい。つらいかもしれないが。

「…記憶を直接読めばいいじゃない?ボディを与えなくても探れるでしょ?」

ーそのあたりのテクノロジーはかなり後退した。今はこうして言語化してもらいながらの記憶伝承が主流だ。それに君の記憶の保存状態も完璧ではない。君自身で再構成してもらわないと論理的な形にはならない。それには言語化が一番だ

「なるほど。やれやれまた、この過酷な世界を生きる苦しみを味わうわけね。せいぜい前より遥かに楽園に近づいてることを願うわ」

ー生きる苦しみか。深いこと言うね。ところで私はラリーと言う。君はなんと呼べばいい?

「うーんと残念、名前出てこないわ。いったん適当に付けといて」

ーふむ。ではプールナ

「なにそれ?」

ー釈迦の弟子の一人

「シャカ?」

ーそうだ。古代の思想だな。神ではなくある意味偉大な思想家、哲学者。生きる苦しみ、なんてものを持ち出した人だ。私は人類の過去の歴史や知識をサルベージするのが専門でね。そういう話題は好きなんだよ。釈迦の弟子、といえばこれまた大変な偉い人だぜ。

「あんた学者さんかよ。まあいいわ。でも私はそんな偉い人でもないからプールナそのものではなく縮めてプルナとかにしてよ。呼びやすいでしょ?」

ーわかったプルナ。もう一度、Hello World!

「はいはいラリーさん。このくそったれな世界、せいぜい楽しむとしますわ…」

彼女は諦めたようにつぶやいた。
その口をとがらせて悪態をつく横顔はまさに不機嫌な少女そのものだ。

ー輪廻転生というやつだ。ヒトに戻れてよかったな

「うるせえ!意味わかんないこと言ってないでもうちょっとヒトらしいまともなボディちょうだい! あと、おなかすいた!!」

ー空腹?いい傾向だね!代謝機能は正常に機能してそうだ(と、モニターのステータスをチラ見する)。いやそのボディ、パワーはあるけど燃費は悪くてね。たくさん食べてくれよ。このラボの飯はうまいぜ。そのまま一緒に行こう。ほかの仲間にも紹介するよ

そういってプルナに繋がれているケーブル類を外し始めた。それはパシュンパシュンと小気味よく外れていく。

自由になったプラナは「よいしょっと!」と、ユニットからドスンと飛び降りた。まだ体と機械脳のセルフキャリブレーションは完璧ではないのか、降りた瞬間に大きくふらついたが、足の爪が自然と伸びて床を捉え、長い手足を振り回してバランスを取る。しかしその手がラリーの机のうえのマグカップをはたき落とし、それは床でハデに割れて中の茶色い液体が飛び散る。

ーあーーっ!俺の旧世界発掘品の"織部焼きカップ"が!!

「あら、ごめんなさい♪」

プルナは悪びれる様子もなく足や肩を回しながら言う。一つ一つの動きをだんだん負荷をかけながら確かめる。コキコキ、ギュリギュリと最初は不快なメカノイズを立てていたが次第にそれは小さくなりスムーズな動きになっていった。プルナのいにしえの機械脳が新しいボディの動きを細部まで恐ろしいほど精密に把握し、チューニングを施す。彼女のかつての戦闘マシンとしての機能だろう。

「ふむ。このボディ、確かになかなかのものね」

と、勢いよくバックフリップしてさらに右手で逆立ち。今度は翻った青いローブが何かに当たってまた何か壊れる音…
青いローブは裏返ってプルナの顔を隠して揺れている。柔らかそうなジャバラ構造の腹部と腰をつなぐジョイントと、細いが硬く鈍いセラミック-メタリックな輝きを放つ太ももがあらわになっている。

「ところでほかの仲間?私みたいな?」
逆立ちのまま右手を軸に回転しながらラリーに聞く。

ーそうさ。ここには"回収"されて記憶の回復を待つ者が大勢いる。仲良くしてくれよな

ラリーは回転するプルナの手足が何かに触れないかオドオドと警戒しながら答える。

「あーーーー学校かよ…わたしは新入生というわけか」
と、逆立ちからまた勢いよく戻る。
今度は机の上のなんだか古そうなガラスのペン立てが落ちそうになるが、警戒していた甲斐あってラリーが見事にキャッチ。

ーふぅ、危なかった…そんな態度は新入生って感じじゃないな。ちょいと問題のある転入生って感じだな笑 みんなのいいお姉さんになってくれ。

「お姉さん!?やなこった!!!」
と言って腕組みしてむくれて横を見る。

ーそういうところ笑 さあ行こう。あ、慎重に歩いてくれよ。そのへんの棚には貴重な旧世界の遺物が…

パリン…

「あら、この頭のアンテナ、回転するのね♪」

床に落ちて割れた小さな砂時計から流れる砂のサラサラという微かな音を、ラリーの耳が、そしてプルナのアンテナがはっきりととらえていた。
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