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15.夜間飛行者
Pertica(とまり木)の邂逅
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彼女の名はヒイラギ。セラ・メタリックのボディが光る華奢な女性型サイボーグ。
背中に大きなジェットパックを背負い、右手に長い金属のロッドを持っている。
彼女は夜間に高い空を飛び、荷物や情報を運ぶ「夜間飛行者」。
記憶のある限りもう100年は飛んでいるだろうか。
今夜の仕事は、小さな手のひらサイズの金属製の四角いコンテナに詰め込まれたあるデータパッケージと、何かの「種(タネ)」を、とまり木(Pertica)27番まで届けること。彼女への指示はそれだけ。
荷物の意味も価値も何も知らされてはいないし、そこに興味を持つことは許されていない。そもそもそれは彼女にとってなんの意味もない。
気にしなければいけないのはとにかく天候と約束の時間だけ。
どんな荒天でも時間通りに安全確実にそれを運ぶのが夜間飛行者の仕事だ。
ヒイラギの担当するエリアには、自分のねぐらのあるとまり木53番を中心にしてほぼ等距離に東西南北で4つのとまり木がある。
今夜の仕事は、そのうちの西のとまり木、27番まで飛び、向こうの夜間飛行者にそれを渡すこと。彼/彼女がまたそれを別なところに運ぶ。
そしてヒイラギは明け方にはねぐらに帰り、明日の夕方、また指示があれば飛ぶ。
大抵の夜間飛行者はそうやって報酬を得て生きている。報酬をくれる組織のこともよくわかってはいない。ただ”本部”、とそう呼んでいる。
そうやって”本部”が配送ネットワークを構築している。彼女たちはそのネットワークの執行者だ。
ヒイラギは荷物にも依頼主にも、全く興味はないのだが、「飛ぶ」こと、特に夜間に飛ぶことには大きな喜びを感じている。
このひたすらに高い、広い、空間を、そして夜の清冽な空気の中を星を眺めながら自由に飛んでいられること。
それ自体が彼女の喜びであり生きがいでもあった。
そういう意味ではこの仕事は天職であると言える。
だから100年以上も飛んでいるのだろう…
冷たい空気を切り裂いて進む彼女。
ジェットパックのスラスターと、パックから左右に伸ばした主翼が彼女に確かな推進力と揚力を与えている。
腕と足に装着している小さな翼板(スタビライザー)が自動で小刻みに震え、空中での彼女の姿勢に動的安定性を与える。
右手のロッドも巧みにバランサーとして使い、最も効率的な姿勢を保つ。
今日は快晴。まばらな低い雲。大きな月。向こうには月に負けない明るい星。玲瓏とした空気。全てが格別にクリアな夜だ。
(前回カエデにあったのはいつだったかな)
ヒイラギはふわりと少し渦を巻く暖かい空気の塊にぶつかる。スタビライザーが震える。ロッドを軽くかたむけ姿勢を保つ。
ヒイラギは彼女と初めて会ったときの事を思い出していた。
それは半年前。まだ季節は夏。
ヒイラギからの荷物が、カエデの初仕事だったのだ。
カエデはとまり木27番を出発点として飛ぶ。
最近夜間飛行者として任命され、西の27番についた、この仕事では新人だった。
ジェットパックではなく半球型のロケットボウル、むしろ”空飛ぶバスタブ”とでもいったほうがいいような乗り物で飛ぶ。
あまり速度はでないが、体を休ませながら飛べるし、少し大きめの荷物も安定して運べる。
初めて会ったときから、カエデは少し変わっていた。同様にヒイラギも、同業の他者に比べて変わっているのは自覚している。
通常の夜間飛行者の受け渡し時は、届ける方も受け取る方も、お互いに指定時刻にほぼ同時に到着するように計算して飛行する。
それが最も効率的だからだ。ただ、ヒイラギはちょっと違う。
彼女は止まり木から眺める景色が好きで、いつも早めに到着してはぼうっと景色を眺めるのが常だった。
そこからはいろいろなものが見える。星、雲、月、地上。
遠くを飛行する同業者のスラスターの輝点と航跡、渡る機械鳥の群れ。
そして時には徘徊する浮遊軍艦…そんなものを眺めながら配達先の夜間飛行者が来るのを待つ。
純粋に高空の空気の澄んだ夜に見るそれらは非常に美しい。
それにそうやって「この世界の他の住民」を眺めることで彼女は自分がこの世界の一員だと実感できるのだ。
そんないわばちょっと変わり者のヒイラギより、さらに先に到着してとまり木で待っていたのがカエデだった。
とまり木27番の標識灯の下に、彼女の大きな”バスタブ”が係留されて月明かりに光っていたあのときの光景がヒイラギの脳内にありありと浮かぶ…
(誰かが先にいる?)
その時の戸惑い。もしかして静かに空を眺めるという私の貴重な時間が持てないかもしれないという恐れ。
その時、ヒイラギは困惑しながらとまり木27番にアプローチしていった。
近づいていくと、とまり木の腰掛けにはたしかに先客がいるのが見て取れた。
ヒイラギよりは少し丸みのあるボディをもつ女性型サイボーグ。ヘルメットを被らずぼさっとした髪の毛を風になびかせながら、月を背にして彼方を眺めながら座っているシルエット。
(見たことない飛行者。まさか空賊?!)
(あのときは本当にびっくりしたわね)
バイザー越しに月を見ながら思わずつぶやくヒイラギ。設定した高度、速度とコースを厳密に維持したまま、思いはあの時の2人の邂逅に向けられる…
夜間飛行者の仕事にも危険がないわけではない。野生の飛行半獣との接触や、空賊との接近警報などのアラートが本部から出されることもある。しかし今日はそんな連絡は来ていないし、そもそも、こちらが近づいているのにのんびり空を眺めている、しかもたった一人の空賊なんていないか…
(でも油断は禁物…)
警戒心を解くことはせず、武器代わりにもなる右手のロッドを握り直す。上体を起こし、速度を落としながらゆっくりと近づく。
10mぐらい近づいたところで、ホバリングし、飛行者用の暗号通信で呼びかける。
いつものルーチンの最初のプロセスだ。
『こちらはPertica53番。所属信用コードを送る。応答されたし』
安全上の留意からこの段階で名前を名乗ったりはしない。名前は所属信用コードを本部に紹介すればすぐに分かる仕組みだ。
コードが届いて27番の先客がようやくこちらに気がついたようで、月を背にしたシルエットが体ごとビクッと飛び上がる。
(あら、びっくりさせちゃった?まあ、これなら空賊ではないわね…)
ちょっと安心。
シルエットはしばらくまごまごしていたかと思うと、同じく暗号通信でちょっと間の抜けた返信を返してきた。
『ええっと、こちら27番。所属を確認した。こちらの所属信用コードを送る。ええっと、ええっと、あ、受け取り「可能」である。荷物は確かか?』
またヒイラギに気流の壁が当たり過去から引き戻されるヒイラギ。ほわっと上体が浮き上がりそうになるのをロッドとスタビライザーで抑え込む。
(あの時のカエデの返信ったら…(笑))
今思い出しても思わず頬が緩む。
微妙にそれたコースをロッドを振って戻す。
無愛想で事務的な応答しか聞いたことのないこの高い空の職場で、あのドギマギさ満点の反応はある意味新鮮だった…
送られてきた所属信用コードを確認。
(たしかに登録飛行者だ。名前はカエデ? ふーん、聞いたことない名前だわね)
再び暗号通信を送る。
『所属信用コード確認。荷物は確保している。受け渡しに入る。荷物信用コードを送れ』
今度もなかなか返信がこない。左手を頭の横に添え何かを探すような仕草。
荷物信用コードの照合が完了しないと荷物は渡してはいけない決まりになっているし、物理的にもボディに固定されたロックが解けない。
そのコードは本部からの”指示書”の中に暗号化されて埋め込まれている。
暗号化を解除するには授受する両者の所属信用コードと、受け取る側の番人しか知らない受け渡し場所の「とまり木信用コード」を本部に送信しなければならない。そうすることで送られてくるパスワードでその暗号を解除することができる。通常は1秒もかからずに完了するルーチン、なのだが…
返信が来ない。頭を抱えている27番…
(こりゃ新人さんかね…)
「27番カエデさん、どうされました?」
見かねたヒイラギが声をかける。暗号通信ではなく音声で。暗号通信は本部にもログが渡り、こういう場合は相手の名誉にも関わるため、音声を使うのが飛行者の習わしだ。
「あ、ヒイラギ、さん、ですよね。すみません、手順通りやっているつもりなのですが、私のとまり木のコードに異常がある、なんてエラーが本部から返ってくるんですよ。なんでなんで…どうしましょ…」
カエデも音声で返してきた。相当慌てた声だ。
(はあ…こりゃ新人さんの初タスクだね)
「とまり木コードは私は見ることができないので直接はお助けできませんが、慌てたときによくあるのが、とまり木コード自体をあなたの個体認証を通さずに送っていませんか?」
とまり木コード自体も漏洩した場合に備え、番人本人の個体認証コードでしか暗号解除できない仕様になっている。個体暗号化されたまま送ってしまうと当然、本部では受付けてくれない。
「あ!!!それ!!!」
(やれやれ笑)
カエデは両手で頭をかかえて本部との通信をリトライする。
数秒後、カエデから暗号通信。
『荷物信用コード送信。照合されたし』
荷物信用コードをこちらのコードと照合。一致。
ヒイラギが持っているコンテナと彼女自身の体の一部の特殊ブラケットを繋いでいるリーシュコードのロックが外れる。
これでようやく荷物を物理的に渡すことができる。あとは、このリーシュコードをカエデの体のブラケットに繋ぎ変え、荷物を渡し、私が2人の信用所属オード、自分のとまり木コード、個体認証コードを使って「受け渡し完了」通信を本部に送れば、私の仕事は終わる。
カエデの方も同様に「受け取り完了」通信をすればいい。
お互いに手慣れた者どうしなら、この手順は数秒で終わるが、あの日は数分を要した。
(あんなに時間のかかった認証は初めてだったわね)
だいぶ目的地に近づいてきたことを確認。少しずつ高度を下げる機動に入る。とまり木27番は浮遊タイプではなく、高山の山頂から人工的に伸ばしたマストの上にある”足の生えたとまり木”だ。高山と言えどもここからはかなり低空にあたる。高度を下げるにつて、少しずつ気圧が上がって空気が重くなり、気温も上がっていくのを感じる。ここから下は生体にしろ機械にしろその半分半分にしろ、鳥との接触にも要注意だ。周囲に気を配りつつヒイラギは再び回想する…
受け渡しのプロトコルが完了したので、ヒイラギはとまり木にさらに近寄った。赤い標識灯のそばまで来てようやくカエデの全身とその乗り物であるバスタブのようなものがよく見えるようになってきた。
カエデと反対側の腰掛けに座る。長いロッドがカエデに当たらないように。
「ヒイラギさん、ありがとう。助かりました!私、初めてで…なんだかすみません」
背中越しにカエデが話す。どこかホッとしたような声色だったのを覚えている。
「いえ、初めてならしかたないですよ」
”それでもこんなに慌てる人は初めてみましたが”、という心の声は飲み込んで…
カエデが続けた。
「それにしても、ずいぶん早い到着…ですよね?
わたし時間間違ってませんよね!?」
「大丈夫です。まだ早いのは確かです。私たちが早すぎるのです」
「皆さんそうなのですか?早めに来るものですか?」
「…いえ…普通は皆さん時間通りにこられます…」
「そうなんですね」
ヒイラギは自分が変わっていることを自覚しているので、早く来る理由は語らず曖昧な返事で返した。
そして沈黙。
ヒイラギにとって約束の時間より早いこの時間は、相手を待ちながら一人で景色を眺める貴重な時間だ。
しかしあのときは背中側に相手がいて落ち着かなかった。
そもそも普段からほとんど人ともしゃべることのない生活だから、カエデのように向こうから気安く喋りかけられるのもなんだか落ち着かない。
永遠に思われるようなちょっと気まずい沈黙が流れた。ひょうひょうと冷たい風が周囲を渦巻く…
と、そんな回想をしていたヒイラギだが、視界の先に見えてきた輝点を見逃さない。ヘルメットのバイザーの内側に映るディスプレイのレーダーにも、それあはっきりと認識符号付きで捉えられた。今夜の目的地、とまり木27番だ。
バイザーの望遠機能で拡大。
標識灯が赤く光っているのが見える。その下には…
まるっこいシルエットのボデー、そしてあの”バスタブ”が月明かりに照らされている。
あれは、きっとカエデだ。
不随意に胸が高まるのを感じた。
ヒイラギはスラスターの推力をちょっぴり上げて加速する。風がその冷たい切れ味を増す。
下降中のこの場面での加速は、エネルギー消費効率という意味では愚行だが。
(帰りは追い風だからいいのよ)
ヒイラギはロッドを強く握り直して加速に備え、胸の格納ボックスにしまってある今夜の荷物を感じながら、とまり木27番に向かってまっすぐパワーダイブしていった。
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