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85.山盛りクッキーとリス

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「これが伯父様からいつも聞かされてた伯母様のできたてクッキー····」

 僕の目はとってもキラキラしているに違いない。
だってテーブルには何種類かのクッキーが山盛りなのだ!
大袈裟ではない。
言葉そのままクッキーが大皿にてんこ盛りだ。

「好きなだけ食べてちょうだいね」

 亜麻色の髪の伯母様が静かに微笑む。
このクッキーの量を見ればお顔に少し疲労感が見られるのも頷ける。
後ろの侍女さんも同じお顔だから、きっと2人で頑張ってくれてたんだろうな。
クッキー作りって地味に体力削るんだよね。

「んふふ、ありがとうございます、伯母様」
「こちらこそ、良い気分転換と守りになりました」

 この量を考えれば昨夜のうちに従兄様からクッキーの要望が届けられててきっと朝からずっとこねてのばして焼いてのエンドレスだっただろうし、ジャムにチョコに緑のお粉なんかを飾りや練り込んで見た目も可愛いのあるから考え事する暇なかったんじゃないのかな。
何年か前に僕の贈った型抜きも使ってくれてるから、クッキー動物園の大皿ブースもある。

 それに要望は義父様にも伝えてあったから、僕の大事な2人のあれこれはきっと伯母様を邪魔せず大半が伯父様に向いたよね。
伯母様鋭い。

 労いの言葉もそこそこに手を伸ばしてパクり。
優しい甘い香りが鼻から抜ける。

「美味しいです!」

 そうして他にも触手を広げていく。
パクパクとテンポ良く口に運ぶ僕に少し離れたくつろぎのソファから羨ましそうな視線が絡みつく。

「物欲しそうな目で私の可愛い娘を見るな」
「くっ、殺気が····でも負けないから!
物欲しそうな目で見ているのは否定しないけど、見てるのはヘルトの可愛いアリーじゃないから!
俺の素敵な奥さんと手作りクッキーだから!」

 僕はそれを聞いて伯父様にもあげるべきか葛藤する。
本音を言えば····あげたくない!

「伯父様も····ほしい、の?」
「うぐっ!」

 自分でもわかるほど悲しそうな雰囲気が漂っているに違いない。
伯父様が同じくソファに座る義父様を見て急に固まる。
子兎みたいに震えて義父様と義兄様の座る方向とは反対方向にのけ反って青いお顔になってる。
隣の従兄様はどうしてか顔を背けてるね。

「伯父様いつも領に来るまでに1人で食べちゃってるから、ここに来るまで····ずっと····楽しみに····」
「あなた····」

 伯母様が僕の背後に立って白魚のような柔らかい手をそっと僕の両肩に置いて伯父様に呼びかける。

「ひっ····」
「1人でって、どういう事かしら?」
「いや、えっと····」
「父上、だからいつかばれると····」
「ガウディ、父を売るな!」
「だっていつも1人占めしてたじゃないですか。
俺だって食べてません!」

 ん?
ばれるって何が?
1人占め?
伯母様の方を向いて子犬みたいな潤んだ目でふるふると首を振ってるけど、どうしたの?

 伯父様からはいつも領に来る時の道中用に用意された伯母様のクッキーを食べたお話を聞かされてた。
きっとギリギリまで食べてたんだろうね。
僕達のお家に入った直後に甘い香りが漂うことも少なくないんだ。
だから今日こそは食べたくてお願いしてたんだよ。

「へぇ、伯父上、リスのように愛らしいほっぺを膨らましてる僕の可愛い妹にそんな大人げない事してたんだ?」
「消すか」
「嫌だやめて、ごめんなさい!
アリーも好きなだけ食べて下さい!」

 伯父様ってば、その角度はあざとく見せたいの?

「····素敵」

 あ、またうっとり呟いちゃった。

「「消すか」」
「怖いはもり方しないで!」

 伯父様ってば、そんなに慌てなくても僕の家族はそういう冗談が好きなだけだよ。
それにいじられキャラは通常運転だし。

 なんて思いつつ、今度は手の平サイズの特大ハート型クッキーの大皿ブースに手をのばしていく。

「ふふ、本当にリスみたいね」
「天使にもリスにもなれる可愛い娘だ。
それよりさっさと本題に入ってくれないか、公爵夫人」
「まずはアリアチェリーナに朝から後ろの侍女と焼いた力作達を食べて貰いたかっただけよ、ヘルト。
愚娘の事は悪いと思っているから必死にアリアチェリーナの要望に応えたのだもの」

 あ、特大しぼり出しハートクッキーが下に隠れてる!
振り返って目が合った僕の頭を伯母様は優しく撫でる。
公爵令嬢と同じ色の目がちょっと得意気だ。
もちろん期待に応えて食べ始める。
うん、美味しい。

「馬車を降りてからのあの子の様子を聞いたわ。
あんなに自分本位にしか物事を考えないあの子が随分消沈してたみたいね。
ヘルト、天使にもリスにもなれるあなたの可愛い娘の言葉は私の愚かだけれど大事にしてる娘に突き刺さったわ」

 よし、次はあの四角いクッキーだ!

 僕は赤いジャムとドライフルーツが練り込まれたクッキーを1口で頬張り始めると後ろにいたはずの公爵家の侍女さんが冷たい薄ピンク色の飲み物を差し出してくれた。

 ····あれ?
この風味····。

「ねぇ、アリアチェリーナ。
あなたのもう1つの要望は受け入れるけれど、フォンデアス公爵夫人としての私からの提案を一考してみてくれないかしら?」

 テーブルを挟んで僕の前に座りながらゆっくり微笑むのは、紛れもない公爵夫人の顔になった伯母様だった。
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