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138.タコパと逃亡

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「ふふふ、楽しいねえ····タコパ····ねえ」

 あれ?
何だかふわふわしてるよ?
僕は体を起こしていられなくなって義兄様の首にしなだれかかる。

 思い出したように呼吸がしにくくて苦しくなってきて、むせてしまう。
肺に何か詰まって気管の奥の方がゴロゴロ言ってる。

「アリー、冷やそうな」

 バルトス義兄様の手が冷たくて気持ちいい。
思わず両手で捕まえて顔をすりすりしてしまう。

 あ、忘れるところだった。

「レイヤード、兄様、マジックバッグ、タコ、入れ、ゴホッゴホッ」
「いいよ。
喋らなくていいから、楽にするんだよ。
後で僕の手にもすりすりしてね」

 頭をよしよしして背中もトントンしてくれるから、頭の手も両手で捕まえてすりすりしておく。
でもこっちの手はあんまり冷たくないから思わずペイッと投げて首筋に移動してた冷たい方の手を取ってすりすりし直す。

「····兄上に負けるなんて」

 レイヤード義兄様の悔しそうな声が聞こえた気がしたけど、反応する前に気配が遠ざかっていく。
どうしたんだろ?

「邪魔するなら殺すから」
「いや、何のとばっちりだよ。
殺気駄々漏れだろ。
邪魔はしねえけど、本当にそれ持って帰んのかよ」
「僕の可愛い妹がこんなに欲しがってるからね。
あげないよ」
「いや、いらねえよ。
つうかそれ入るとか、どんな容量してんだ、そのマジックバッグはよ」
「後1匹くらいなら入る。
普通でしょ」
「嬢ちゃんといい、グレインビルの基準がおかしいだろ」

 レイヤード義兄様のドスの利いたお声も素敵だね。
タコも片づいたみたいだし、少し呼吸も落ち着いたからもういいか。

「ニーア、そろそろ。
バルトス義兄様、あっちの軍馬をベルヌに貸してあげて?」
「何をするんだ?」
「んふふ。
これからわかるよ」
「····その顔は何か企んだ後じゃない?
しかももう後戻りさせる気がない時の顔だよね」

 一仕事終えたレイヤード義兄様が諦めたような顔で再び僕の頭をよしよししてくれる。

 ごめんね。
僕は僕の家族の安全を脅かした人は許さないと決めてるんだ。

 ニーアがディープ君から降りてベルヌに小瓶を差し出す。

「何だ?」
「気付け薬です。
とてつもなく不本意ですが、牢で眠るあの猫耳女に使って下さい」
「はあ?
何で····」
「彼女にかかった眠り薬は劇薬です。
あのまま放置すれば起きる前に衰弱死しますよ」
「おい、どう····」
「お嬢様に気に入られて良かったですね。
本来なら見捨てています。
全く腹立たしいですが。
それから急がれた方がよろしいですよ?
これからここはあなた方が不用意に集めた下位の魔獣達でスタンピードが起こります。
あなた方が望んだ通りに」
「おい、待て····」
「ただし向かう先があなた方の望む方向に行くかはわかりませんが?」
「お前····」
「お嬢様の好意で差し出される手は今この時のみ。
私としては手などとらずに自滅していただきたいものですが、それでよろしいのですか?
疑問を投げかける暇すら今のあなた方にはないと思うのですが?
あなた方が手を出したのは、グレインビル家のご令嬢なのですよ?」

 ベルヌの言葉をとことん遮って淡々と話したニーアから小瓶を引ったくるようにして受け取る。

「····嬢ちゃん、は必ず返すぞ?」

 そう言って海岸の軍馬へと駆け寄り、飛び乗った。
顔にかかった薬が王子のじゃなくて僕のだったって、ちゃんと気づいたかな。

「君達がの大事なバルトス義兄様を巻き込んだ事は何をおいても許さない」

 ピクリと僕を抱える腕が動いたのを体で感じる。
僕はベルヌの方を向いたまま、掴んでいた義兄様の手をぎゅっとする。

 もう少しだけ黙って見ててね。

「それにスタンピードを起こして狩猟祭に参加してた貴族を狙ってたよね。
あそこには父様とレイヤード兄様がいたんだ」

 月明かりとは言っても満月だ。
レイヤード義兄様のお顔が憮然としたのは見えた。
でもちゃんと静観してくれるみたい。

「たまたまそこに居ただけだろうと、未遂に終わろうとグレインビル家の人間に手を出した者を黙って見過ごすほど僕は甘くない。
君達の後ろにいるのが本当は誰なのか、僕が思ってる者なのかはまだはっきりしないけど、いずれはそいつごと潰すよ?
仮に君達が後ろの誰かに騙されて行動しただけの愚か者だったとしても、君達がそちら側にいる間は僕に例外はない」
「どういう····」
「それでも僕は君が気に入った」

 ニーアと同じようにベルヌの言葉を遮る。
義兄様達はこういう時、必ず静観してくれている。
何かしら言いたげな顔はするけど。

「君と君の恩人は本質が少し似ていたし、あの馬鹿女は正直大嫌いだけど、彼の孫なのは確かみたいだからね。
毛布も有り難かったし、僕のお気に入りを殺さないでくれた。
だから君達が助かる分岐点であるこの一時の間だけは手を差し出してあげる。
だけどその手を掴まないならまとめて死んでも僕の良心は痛まない」
「腐ってもグレインビルって事かよ」
「僕の本質はグレインビルよりずっと残虐だ。
だけどグレインビルの家族がいるからで踏みとどまっているだけ。
今回は君達がそれを脅かした。
だから許さない。
それでも君達の理由の1つとなったに報いる少なからずの縁もある。
全て含めた結果、この瞬間に手を差し出す事にした。
君が知りたい真実のヒントと共にね」
「見透かされてるってわけか。
嬢ちゃんは一体何者なんだろうな」

 ベルヌは尋ねるでもなくそう言うと軍馬の手綱を引いて僕達がさっきまでいた洞窟の方を向かせる。

「礼は言わねえぞ」
「タコパに招待した時でいいよ」
「それはまじで勘弁してくれ」

 本当に嫌そうに言わなくても良いじゃないか。
タコパ楽しいよ?

 僕は手を振って見送ってから、バルトス義兄様の胸に突っ伏した。
呼吸が大きく乱れて眩暈も耳鳴りも酷い。
さすがにもう体力も気力も残ってない。

 だけど僕は既に事を終えてる。

 ゆっくりと瞼が下がっていって、そこからの記憶はなかった。
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