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39.悪評と前向き

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「今朝の……チッ。
晨光チャンガン
「はぁ……後で梅花宮へ立ち寄っておきましょう。
その文は受け取ったのですか?」

 丞相の義妹が関わる可能性にお気づきになったようですね。
殿方2人はげんなりなさいました。

 自身に火の粉が降りかかるとさすがの丞相もそうなるのですね。
好い気味です。

「いいえ。
あの宮の嬪に身の程を知れと言伝を命じて捨て置いて廃墟を出ましたから。
しかしもし何かしら謀るのならば文を渡したと言い張る可能性もございますね。
破落戸と下女でしたし、あれ以降会っておりませんから」

 どうやら貴妃と嬪の後宮での関係は私の思った通りの認識で良さそうです。

「もしくは……ふふふ、妖にザリュザリュ襲われた話でも出回ったのかもしれませんよ?」
「ザリュザリュって何だ?!
今度は何を仕出かした?!」

 それならそれでやりやすくなったので機嫌良く教えて差し上げましたが、やはりこの法律上の夫は新妻かつ幼妻である私を事実無根のやらかし犯に仕立て上げたいようです。

「何も?
勝手に倒れて泣き叫んだ末に失神する破落戸と、泣き叫びながらも素直に謝った末に腰が抜ける下女の一部始終をただ傍観していただけです。
ああ、姿の見えない何者かから助けろと面白い難癖をつけてらっしゃいました。
どちらにしてもちゃんとここから出て行けたようで何よりです」

 あの2人は春花宮の嬪付き。
恐らく梅花宮の貴妃にして丞相の義妹が皇貴妃に釘を刺されたが故に、ならばと最初は嬪を使ったのでしょう。

 暗に皇貴妃を貶める行為であり、軽んじてもおりますが、分が悪くなれば春花宮の嬪を切れば良いだけ。

 どちらにしても2つの宮のまことの関係はさておき、表向きは協力体制なのが推察できます。

 ただし下々の者達はどうでしょうね?

 そこの梅花宮の貴妃付きは明らかに嬪付きなる者を下にみており、嬪付きには劣等感が窺えます。

 まるで皇貴妃付きの女官達を良く思っていない様子だった陛下付きの女官や官吏達との関係のようではありませんか?

 大方、春花宮の嬪が思うような成果を得られなかったが故に、今度は後ろ盾が義兄である丞相だからというのを建前に様子窺いを直接部下に命じたのでしょう。
私からの挨拶ができないと断りを入れても、相手からの挨拶について言及しなかっとすれば揚げ足取りをしながら言い逃れは可能ですから。

 皇貴妃がそれを狙った物言いをしたのかまではわかりません。

 しかし本日わざわざ陛下が私の所へ日に3度もいらっしゃいましたからね。
丞相が私を味方につけろと皇貴妃共々諭したのではないでしょうか。

「……小娘、そなた入宮してほんの1日でどれだけ自らに悪評がついたか自覚しておるか」
「悪評?」

 はて?
何かした覚えはありませんが?

「田舎貴妃や数打ち貴妃は入宮前からでしたが、本日より守銭奴、粗野、傲慢、悪妃等々なかなかのものでしたよ」

 首を捻れば、丞相が何故か嬉しそうに教えてくれました。

「まあ、そのように褒められると照れてしまいますね」
「どこが褒められておるのだ!」

 頬に手を当てて照れを表現してみれば、夫には理解不能なようです。
折角ですから教えて差し上げましょう。

「金銭感覚が良い、少々の事は気にしない広い心根の持ち主、妃たる威厳を備えている、切れ者、ですよ?」
「どれだけ前向きに捉えておる!?」

 信じられない物を見るような顔を向けるのは失礼ですが、中身は私の方がお姉さんですからね。

「事実ですよ?
ではそのような悪妃らしく、更に追加して差し上げましょうか?」
「ほう、例えば?」

 広い心で出血大サービスというやつを提案すれは、夫の幼馴染の方が愉快そうに乗ってきましたね。

「ふむ、失礼」
「え、おい!
何をする?!」

 陛下の襟元を弛め、首を幾らか見えるようにしてから横に流していた前髪を下ろして目元を隠して差し上げます。

 そうそう、特に触れてはおりませんが陛下はお忍びですから当然藤色の髪は焦げ茶色の鬘で隠しておりますよ。

「そのままでいらして下さいね」

 陛下にそう言ってから、未だ騒がしい土俵に向かい取っ組み合いで両手が塞がる両者の背後に立ち、懐から金の延べ棒を取り出して魔力で包み、軽く振りかぶります。
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