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50.甘いのとしょっぱいの

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「手つけに馬蹄銀を、食後に杏仁豆腐はいかがです?」
「しょっぱいお菓子も食べたいです」
麻花兒マファールもつけましょう」

 銀塊に甘いのとしょっぱいのが手に入りましたね。

 麻花兒マファールとは小麦粉と塩と膨らし粉を入れて練って油で揚げた庶民にもお馴染みのお菓子です。
上流貴族になる程、砂糖を使ったりまぶしたりします。

「まずはこの後宮を本来の四神相応の地に整えてからです」
「先に馬蹄銀を渡しておきましょう」

 にっこり微笑んでお礼を言って、差し出された銀塊を懐にしまいます。
馬蹄というより餃子の形に似ていると常々思っています。

「はぁ、まったく。
守銭奴娘め」
「娘らしく杏仁豆腐とヨリヨリに釣られただけですが、貰える物はしっかり貰う主義です」

 ヨリヨリというのは別名です。
細長く伸ばしたそれをねじって作るのでネジネジでも通じますが、縁起を担いで余利余利ヨリヨリとも呼びます。

「今のでわかりましたが、陛下は覇気のようにババッと放出するのに慣れすぎて、小さく均一に調整しながら放出するのが下手くそすぎです。
まるで使えませんし、下手にやればせっかく周辺環境を整わせても全て水泡に帰しかねません」
「周辺環境とは?
貴女の言う四神相応の地とはどのような物ですか?
何故環境を整えるのです?」

 呆れた目を私に向ける幼馴染を無視して丞相が問いかけるのは、やはりそこですか。
四神は伝わっていても、それは単なる象徴としての神獣なのでしょう。

「この世界は魔法や魔力という物が存在する故か、土地や環境を整える事により自然と私達の魔力は整います。
そして魔力量が多い者ほどその影響を受けやすい。
元よりこの後宮こそが初代皇帝の種を残すべくして作り上げた1つの宮なのであって、夫人や嬪の宮ごとに別物と考えるべきではありません。
なのによりによって西の宮ならまだしも、この北の宮を潰してしまった。
挙げ句、手入れもせずに荒れさせたのですから、ここに住まう皇貴妃と魔力の多い陛下に子が出来ないのも納得です。
その上、恐らく当初と違い無駄だと判断して今では完全に消失させたしきたりが幾つか存在するはずです」
「た、確かに」 

 陛下がハッとしたような顔をします。
恐らく数代前から今日の陛下に至るまでに少しずつ廃してきたのでしょうね。

「初代皇帝はそれがわかっていながら何故かそうした理由までは残していないが為にこのような事に陥ったのでしょう」

 もしくは何者かがその理由を隠したか。
もちろん一々口にはだしませんよ。
何代も前に遡ったところで結局お亡くなりになっているのは間違いありませんからね。

「確かに古いしきたりの中には無駄なものもあったと思います。
ただ残さねば陛下のように魔力量の多い子孫に影響を及ぼすものもあったというだけの事です」
「そなたが何故そこまで知っておるのだ?」
「はぁ、堂々巡りです。
信を得ようともせずに最初から失う事ばかりなさっている方にそれ以上教えて差し上げるつもりは毛頭ございません。
嫌なら追い出して下さい。
今ならその者に免じて8割掛けの持参金の引き上げにして差し上げます。
とはいえ数日待てば私が解除できたのですから、これでも最大限の譲歩ですよ」
「解除できた?」

 丞相の訝しげな顔は、さしずめ魔力量が少ないお前が何故できると主張していますね。

「できましたよ。
私、器用なので」

 キリリとした顔で宣言する。

「何故数日後なのだ?」
「本日はかなり使っておりますし、私の魔力量は貴族の中では少ない部類に入りますからね。
解除はできますが、仮に使っていなくても隷属の類の紋は魔力を消費し過ぎて寝こみます。
2日以内には私の雇う者達がこちらにまいりますが、それまでできるだけ魔力は温存しておかねば命がいくつあっても足りませんのに、寝こむなど自殺行為ですから。
本来、皇帝の寵愛を得ない者とはそのように命の危険に曝されるのです。
陛下が気に入らなかろうと、もう少しお考えになられるべきですよ。
私に命を軽んじるなと仰るのならば」
「ふぐっ」

 あら、どこぞの夫からくぐもった声が。
視線が合わなくなりましたね。
もっとしっかり罪悪感を植えつけたいものです。
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