上 下
93 / 124
4.

93.太極拳と気功

しおりを挟む
「それにしても……」

 丞相は私を悩ましげな顔で見つめます。
氷の麗人らしからぬ笑い上戸ですが、今はそれっぽく見えますね。

 私はコン爺から再び横からそっと差し出された蒸籠せいろを開け、胡麻団子を確認すると、アチチとしながら頬張りつつ、そんな彼を見返します。

大雪ダーシュエの件は了承しましょう。
少しもそんな素振りを見せませんが、長年探していたあの者の妹とあのような形で袂を分かつ事になり、気落ちしているでしょうから、会わせてあげてくれませんか?」

 1度何かを言いかけて口を噤んだ丞相は、苦笑し、ため息を吐いてからそう願います。
何か別に言いたい事でもあったのでしょうか。

「もちろんですよ。
仕事と個人の自由時間は分けるべきですし、小雪シャオシュエもずっとあの者を探しておりましたから」
「ありがとうございます」

 ほっとした顔になるのは、丞相なりにダーシュエへの情があるからと判断しておきましょう。
もちろんそれだけではないのは分かりきった事。
あわよくば兄妹の交流で、私の情報を得たいのも本音でしょうが。

「そういえば貴妃の先程の瞳は、今よりずっと濃かったですが、そちらが元の色なのですか?」

 どことなく互いに黒い微笑みを浮かべ合っていたのを察してか、皇貴妃が話題を変えました。

 胡麻団子も食べ終えたので、心の中で御馳走様をしてから、お茶を一口すすって答えます。

「いいえ、今の淡赤桃色ですよ。
流石に化粧のように瞳の色を常時変え続けるのは難しいですし、そうする利も特にありません。
陛下方のように多くの魔力を持ち合わせているなら、魔力を眼に纏わせ続けて濃く保つ事はできるかもしれませんが、元より濃い色をお持ちの方なら意味はないかと。
私ができるのは魔力を操作して、一時的に一部の身体能力を上げる事だけです」
「そのような事が……」
「威圧や覇気と大して変わりません。
魔力を外に向かわせるか、内に向かわせるかの違いです。
私に威圧や覇気が大して効かないのは、物心つく頃から鍛錬して、魔力操作に長けているからです。
まあ慣れも大きいかもしれませんが。
武人なら無意識にされていたりしますよ」
「そういえば……」

 思い至る事があったのでしょう。
今でこそ陛下は帝国の主として守られる立場ですが、皇子時代は血生臭い争いの火中にいた方。
それに今でも鍛えた体躯をされているので、剣技には長けているはず。

 とはいえ魔力があるからと、疾風の如き速さで走ったり、馬や牛を持ち上げる怪力になったりはしませんよ。
火事場の馬鹿力を起こしたり、対峙する相手の動きを見切りやすくするだけです。

「魔力操作に長けているから、身体能力を少し上げたり、ついでに自分の顔に乗せた化粧を汗や水で流れて消えぬように定着させたりできる程度。
先程は気の流れや魔力の残滓、その他諸々の痕跡を視る必要がある為、眼に魔力を纏わせるのに集中しておりました。
なので化粧を定着させる事までできずに、あの雨で剥がれてしまったのです」
「あの舞でも魔力を使って身体能力を上げておったのか?」

 陛下の疑問は当然かもしれませんが、そのようなズルはしておりませんよ。

「いいえ、あくまで眼に魔力を纏わせた程度で、複数ヶ所の能力を底上げする程の魔力は持ち合わせておりません。
舞も含めて、本来の芸事とは自他の心を慰めるもの。
次に周りの者達の互いの想いを届け合い、心安らかにするもの。
或いは邪気を祓うもの。
そして更に鍛錬を行って、万物に宿る神々へと感謝を天に捧げられるようになるものなのです」

 初代ではご贔屓さんの1人に、気功を扱うという清国からの商人がいて、太極拳という武術と合わせて気功を習いました。

 あのご贔屓さんは真の達人。
魔法などない初代の世界なのに、離れて立つ者を気でコロンと転ばせるなんて事をやってのけてらっしゃいましたからね。

 私も猛特訓しましたが、流石にそこまでの域には達しませんでしたよ。
残念。

 ですがこちらの世界に転生し、気功と魔力の相性の良さに気づいた2代目の私は、それも芸事の1つとして技を磨き、舞に取り入れる事ができるようになったのです。
しおりを挟む

処理中です...