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102.椀一杯の塩粥

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「おはよう、お嬢。
もういいのか?」
「おはようございます、左鬼ズォグイ
ええ、知りたい事は知れましたから」

 あれから歴々の法印大僧正となった方々の記録も、それ以外に気になった書物、そして見取り図にも目を通しました。
かなり膨大な量の書物で、2日程かかりましたが、速読ができる性質で、ようございました。

「もうじき右鬼ヨーグイも戻るでしょうし、そろそろ雨も上がります。
本日の朝ご飯も……」

 そろそろ来ますよ、と言いかけたところで小雪シャオシュエが盆に粥を乗せ、部屋へとやってまいりました。

 それにしても……。

「随分と仏頂面だな。
やっぱりまた塩粥か?」
左鬼ズォグイ、ニヤニヤしないで。
まったく、本日も椀一杯の塩粥しかないと平然と言うなど、ありえません」

 憮然とした筆頭侍女は、私が食べる事が好きだと知っています。
流石に数日とはいえ、毎日毎食、主の食事が塩粥を椀に一杯だけという状況に、腹を立てているようです。

「左様ですか。
それで?」
「舐められてるって事だろう」
「左様でしょうね。
もちろん理由は既にわかっているのでしょう?」
「はい。
皇都での噂がここまで調に流れてきた事に加えて、一月前、西の貴妃と嬪がここに参られたそうです。
その際の2人の会話から噂の信憑性を確信したと耳にしました」
「なるほど。
それから、大僧正には本日必ず参拝すると伝えてくれましたか?」
「はい。
恐らくそろそろ……」
滴雫ディーシャ貴妃、よろしいかな」

 扉の外から嗄れた声。
左鬼ズォグイに目配せすれぱ、扉を開けに行きました。

「おや、朝餉の時間でしたか」

 後ろに先日の高僧2人を連れた、大僧正のお出ましです。
高僧達はどちらも目を剣呑としております。
しかし卓の上の盆に3つの椀を見て、目を泳がせました。

「ええ、いつも粥は美味しく頂いております」

 それとなく観察すれば、後ろの面々が少したじろぎましたね。

「ほう、それはそれは。
しかし皇城では豪華なものを食してらっしゃる貴妃には物足りぬのではありませんかな?」

 寺での食事は基本的に質素ですからね。
問題は大僧正が意図してこれを毎食、貴妃である私に出すよう、指示を出していたのかどうかです。

「まあ、それではお気を使われて毎食、椀に一杯だけの塩粥をご用意頂いておりましたか。
てっきりそれ以外を用意できない程、こちらの寺は財政的に困窮してらっしゃるのかと。
心配は杞憂だったようですね」

 のほほんとした雰囲気を醸し出しつつ……食べちゃいましょう。
温かい方が美味しいです。

「な、何を仰るので……」

 すると高僧の1人が、慌てたように前に出ようとしました。

「毎食塩粥のみ、と?」

 怪訝な顔つきとなった大僧正が、スッと手を軽く上げてそれを制します。

「ええ。
ですので私の個人資産より、梅干しや沢庵等の漬物に、海苔や胡麻油を寄与した上で、知り合いの豪商方にもご相談させて頂くつもりでした」
「それは……」
「しかし……」

 寄与の言葉に、もう1人が一瞬顔を輝かせましたが、前に出るのを阻止された方は、それがどのような事か直ぐに気づいたようで、顔色が青ざめました。

「高祖の眠る陵墓を管理する、由緒ある吉香ジシャン寺が、毎食塩粥しか食べられぬ程に困窮するなど、由々しき事態と思ったまでの事。
まだ年若く成長期であり、皇帝陛下の覚えもめでたい私の体に気を遣って頂いていたとは、思い至りませんでした」
「あ、あの……この事を皇帝陛下に……」

 青ざめた方の高僧が、オドオドとこちらを見やります。

「もちろん高尚な方々に気を遣って頂いた事はお伝え致します。
きっと陛下もお褒めになって頂けるはずですもの」

 穏やかな微笑みを浮かべれば、後ろの方々は2人揃って顔色が悪くなっていきます。
どうしたのでしょうか。

「貴妃」

 そう言って大僧正はスッと床に膝を着き、頭を下げると、後ろの者達は慌てふためきます。

「申し訳ございませんでした。
私の不徳の致すところにございます」
「だ、大僧正?!」
「そ、そのような悪妃に?!」

 素直に謝罪する大僧正を囲んで片や驚き、片やさらなる暴言を吐きつつ、どうにか止めさせようとする僧侶達。
しかし大僧正は頭を下げたまま、微動だにしません。



※※後書き※※
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さてさて、お知らせです。
本日よりお休みしていた以下の作品を投稿再開致します。
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