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107.カラクリ亀

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「お嬢、大漁だな」
コン爺に良い土産ができましたね」

 ウキウキと浮足立つ鬼の手元には蠢く麻袋。
蛇酒が好物であるうちの料理人は、蛇の調理もお手の物。
わたくしもウキウキしちゃいます。

「……蛇をまるで塵をすくうかのように……」

 向こうでボソボソ呟く大僧正は無視して、本日の成果に私達はニマリと笑い合います。

 麻袋の口に細工した後、私達はなるべく振動を立てないよう、油に群がっていた蛇の前方へソロリと近づきました。

 三角口の底辺を地に着け、2本ずつ持った紐を互いに左右へと引き合いながら、まるで塵をチリトリですくうかのようにして中腰になってザザザ、と蛇をまとめて袋の口から中に流れ入れたのです。

 左鬼ズォグイが蛇に向かって魔力を乗せて威圧していたので、逃げる蛇はいませんでしたよ。
蛇に睨まれた蛙ならぬ、鬼に睨まれた蛇ですね。

 まだこちらに来ていなかった、水面に待機中の蛇までは捕獲できなかったのは残念です。

 玄武の置物がある暗がりに目をこらせば、あちらの蛇達は、身の危険を察知したかのように再び奥へと戻っていきます。

 ふと、玄武の亀の背中にあった黒塗りの箱が、僅かですが変化している事に気がつきました。

 幾らか下に沈んでいるような?

「お嬢、あの箱はどう……」
「グフッ……グフォ……ふぉふぉふぉ……」

 突然、しわがれた笑いが壁側から放たれ、鬼の言葉が途切れます。

「爺さん、気でもふれたか?」

 怪訝そうに呟く鬼と共に大僧正が座っている方に視線を移せば……本人は何やら戸惑っている?

「なん、ふぉふぉふぉ、なぜ……ふぶっ、ふぉ、ふぉふぉふぉ、はぁーっはっはっはっ」

 手で口元を覆い、必死に堪えようとしているのも見て取れますが、結局堪えきれずに吹き出し、大笑い。

 それを見て、全ての事象が私の中で一瞬で繋がり……。

「おい、爺さ……」
左鬼ズォグイ
命令です!
大僧正を抱えて今すぐ上に上がりなさい!」

 大僧正に向かって一歩踏み出した鬼に、何年ぶりかの明確な命令を発します。
普段は比較的自由に行動する双子の鬼達ですが、私が明確に発する命令だけは無視できません。

「お嬢は?!」
「私は箱を取ってから脱出します!」

 言いながら、闇深い奥へと駆け出します。

「おい!
あー、くそ!
爺さん、暴れるなよ!」

 私の命令は絶対ですからね。
多少の無駄口も、行動を伴っている上でのものなら、至って問題ありません。

 力持ちで瞬発力もある鍛えた体躯の男です。
言うが早いか、数秒後には階段を昇る気配をさせていました。

 私は水が引きつつある水面をバシャバシャと走り、間一髪で亀の背中の箱を取……ろうとしましたが、頭と顔を覆っていた大和の忍者頭巾をバッと取り、それで箱を叩き落とします。

 __カカカッ。

 直後に向かいの壁、天井、雄蛇の口から針束が噴射。
そのまま手を伸ばしていたら、間違いなく私に刺さっていました。
間一髪、蛇の口から覗き見えた針に気づいて良かったです。

「危機一髪でありんした……」

 バサッと顔にかかった髪をかき上げます。
顔が引きつって心臓がバクバクです。

 向かいの壁からの針には気づいていませんでしたもの。
上手く私の横をすり抜けたので結果良しですが。

 転がった箱を素早く取り、来た場所を振り返れば、元の場所に戻る事は、死を意味すると直感します。

 一層闇深いここからだからこそ、一段上がった階段辺りにかなり薄っすらと、白くかすみがかっているのが見えました。

 もちろん目に魔力を纏わせて、強化しているからで、普通なら暗すぎて見えません。
けれど誰もいないからと、灯りを持って移動していれば、気づかなかった事でしょう。
それくらい薄っすらとした霞。

 さて、ここからどう出たものか。
隅々を見回します。

 箱が乗っていたのは盆状の台でしたが、今はそれが奥へ沈んでいき、亀の背中は小さくカタカタと音を立てながら、八角形の鱗を模した板が重なり、元の甲羅に戻っていきます。

 あの箱は下見した鬼が言ったように、普段は無く、カラクリで雨の日に現れる仕組みだとわかりました。

 恐らく亀の本体は空洞。
その下の八角形の台座を突き抜け、更に地下に、そして地下水へと繋がっているはず。
雨で地下の水位が上がると盆が上に押し上げられ、甲羅を構成する板が開いて背中から現れる、比較的簡単な構造をしたカラクリ人形のようですね。

 亀を分解すれば、もっと詳しいカラクリもわかるでしょうが、きっと拒絶されますね。
残念。
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