23 / 81
3
23.墨と青柿
しおりを挟む
――グツグツグツグツ……。
「いい感じですわぁ~……ふっふっふっふっふっ……」
青空の下、二番茶の収穫を手伝い、休憩時間を使って大鍋にたっぷりと水を入れた私。
鍋に火をくべ、グツグツと沸騰を始めた水面を見て、ニヤリと笑う。
「さあさあ~、藁を入れましたわよ~」
――グツグツグツグツ……。
あらかじめ用意しいた、裂いた藁束。
これをお湯に浸し、煮込んでいく。
「出せ~、出すのですわぁ~」
藁に訴えかけつつ、鍋に木の棒を突っこんでグルグルと混ぜる。
「お母さん……マルクさんが完全に変……」
「キーナ、しっ。
そっから先は……」
私を遠巻きにして、ヒソヒソと話しているのはナーシャとキーナ。
どうしたのかしら?
キーナが何か言いかけて……。
「うぉいぃ!
俺の妻子の前で、やべえ変態オッサン面を曝してんじゃねえ!」
「へ?」
冷たい緑茶を取りに行ったはずのダンが、私の前に乱入してくる。
ただ作業しているだけなのに、変態オッサン面?
状況がわからずキョトンとしている私に、ダンが言い放つ。
「だーかーらー!
汗だくで頭にへばりついた髪!」
「へ?
か、髪!?
髪は不可抗力ですわ!」
「その湯気で煮立って滲んできた脂!」
「くっ……脂も不可抗力……」
「更には、さっきまでのニヤけた面!」
「そ、それは……藁に声かけをしていると自然に……」
「立派にやべえ変態オッサン面だろうが!」
「!?!?!?」
ダンの弾丸トークに、ピシャーン! と体に稲妻が落ちたかのような、何かが走りましたわ!
「……ひっ……酷いですわー!
本当の事でも、もっと言葉を選んで欲しいですわー!」
思わず鍋の藁を棒でグルグルとかき混ぜながら、泣き叫ぶ。
「酷いですわ!
酷いですわ!
酷いですわぁぁぁ!」
「あーあ、お父さん……」
「ダン、あんた……」
「な、何だよ……」
「「さすがに可哀想」」
「ふ、ふぐっ」
そんな私の乙女心を気遣うキーナとナーシャ。
私を擁護する妻子に、思わず口を噤むダン。
「ほらほら、マルクさん……うっ、臭っ」
「!?」
キーナが私に近寄るも、一歩下がりましたわ!?
「あらら……旦那ばかりか、娘まで……ご、ごめんよ……獣臭っ」
「!?」
なんと!?
獣!?
ナーシャも近寄ってからの、一歩下がりましてよ!?
「うっうっうっ……」
「いや、トドメ刺してんの、お前らじゃねえか……」
ダンのつっこみに、その通りだと内心頷きながら、混ぜていた棒を手放した私。
とうとう地面に突っ伏してしまう。
「ほらほら……とりあえず脂拭こうぜ?
な?
俺が悪かったよ」
「「私もごめん」」
近くに用意しておいた、緑茶を含ませたおしぼりを手に取ったダンが、私の顔をそっと拭いて慰めてくれる。
どうやらダンは、私の臭いに耐性があるらしい。
逆に申し訳なげにする母娘は、あと一歩のところで留まっているから、耐性はないのだろう。
「うっうっ……世知辛いですわぁ……」
「つうか何で、こんなとこで藁なんか煮てんだよ?
陽が差す野外で、湯を沸かしてりゃ、汗も脂も出てくんだろう」
「グスン。
昨日思いついた事があって。
でも、今日も二番茶を収穫するお約束をしてましたでしょう?
どうせなら休憩時間で、やってしまおうと……」
「んだよ。
んなの気にせず、今日は止めとくって言ってくれりゃ良かったんだぞ?
もうマルクがバルハ領主で、色々と領の為に動いてんのは知ってんだからよ」
そう、少し前までダンは私がここ、バルハ領の領主だと知らなかったのだ。
「いえ、私も二番茶の収穫をしてみたかったのですわ。
ついでに、ダンの育てる柿の木に、そろそろ青柿が成っていないか見ておきたかったのもありますし」
「はあ?
青柿?」
そう。
ダンは茶の木以外に、柿の木も育てていた。
きっと探せば、バルハ領内の山には柿の木も自生している。
ただ思いついたのが本当に昨日だったのと、自生する柿の木を探すより、ひとまずダンから青柿を分けてもらえるか交渉する方が、効率的だと判断したのだ。
「左様ですわ。
青柿と、それから墨を使って麦藁を染めたいんですの!」
「そもそも麦藁は水を弾くよね?
染まらないんじゃ……あ、だから?」
「そうですわ。
余っていた貝灰を浸した上澄み液で煮れば、麦藁の油分が出て、染まりやすいのではないかと思いましたの。
もちろん今日は、思いついた事をやってみるだけでしてよ」
私が藁を煮ていた理由に至ったらしいナーシャに、そうだと頷く。
「何で青柿?
墨はわかるけど、染めるなら山桃とかのが、いいんじゃねえか?」
確かに、ただ染めるだけなら山桃の方が綺麗かもしれない。
けれど私が目指すのは……。
「いえ、これぞ脱臭領地改革に必要な、重要アイテムとなりますのよ。
墨は邸にありましたから、麦藁を煮さえすれば、いつでも染められますわ。
でも青柿は発酵させる必要があるので、今収穫したとしても、二年は使い物になりませんの。
だから今の内にと……」
「発酵?
発酵か……あるには……あるぞ?」
「え?
どこに?」
「家の……貯蔵室?
でもどうなってんのかわかんねえぞ?」
歯切れの悪いダン。
いつもはチャキチャキと喋るのに、珍しい反応ですわね?
「いい感じですわぁ~……ふっふっふっふっふっ……」
青空の下、二番茶の収穫を手伝い、休憩時間を使って大鍋にたっぷりと水を入れた私。
鍋に火をくべ、グツグツと沸騰を始めた水面を見て、ニヤリと笑う。
「さあさあ~、藁を入れましたわよ~」
――グツグツグツグツ……。
あらかじめ用意しいた、裂いた藁束。
これをお湯に浸し、煮込んでいく。
「出せ~、出すのですわぁ~」
藁に訴えかけつつ、鍋に木の棒を突っこんでグルグルと混ぜる。
「お母さん……マルクさんが完全に変……」
「キーナ、しっ。
そっから先は……」
私を遠巻きにして、ヒソヒソと話しているのはナーシャとキーナ。
どうしたのかしら?
キーナが何か言いかけて……。
「うぉいぃ!
俺の妻子の前で、やべえ変態オッサン面を曝してんじゃねえ!」
「へ?」
冷たい緑茶を取りに行ったはずのダンが、私の前に乱入してくる。
ただ作業しているだけなのに、変態オッサン面?
状況がわからずキョトンとしている私に、ダンが言い放つ。
「だーかーらー!
汗だくで頭にへばりついた髪!」
「へ?
か、髪!?
髪は不可抗力ですわ!」
「その湯気で煮立って滲んできた脂!」
「くっ……脂も不可抗力……」
「更には、さっきまでのニヤけた面!」
「そ、それは……藁に声かけをしていると自然に……」
「立派にやべえ変態オッサン面だろうが!」
「!?!?!?」
ダンの弾丸トークに、ピシャーン! と体に稲妻が落ちたかのような、何かが走りましたわ!
「……ひっ……酷いですわー!
本当の事でも、もっと言葉を選んで欲しいですわー!」
思わず鍋の藁を棒でグルグルとかき混ぜながら、泣き叫ぶ。
「酷いですわ!
酷いですわ!
酷いですわぁぁぁ!」
「あーあ、お父さん……」
「ダン、あんた……」
「な、何だよ……」
「「さすがに可哀想」」
「ふ、ふぐっ」
そんな私の乙女心を気遣うキーナとナーシャ。
私を擁護する妻子に、思わず口を噤むダン。
「ほらほら、マルクさん……うっ、臭っ」
「!?」
キーナが私に近寄るも、一歩下がりましたわ!?
「あらら……旦那ばかりか、娘まで……ご、ごめんよ……獣臭っ」
「!?」
なんと!?
獣!?
ナーシャも近寄ってからの、一歩下がりましてよ!?
「うっうっうっ……」
「いや、トドメ刺してんの、お前らじゃねえか……」
ダンのつっこみに、その通りだと内心頷きながら、混ぜていた棒を手放した私。
とうとう地面に突っ伏してしまう。
「ほらほら……とりあえず脂拭こうぜ?
な?
俺が悪かったよ」
「「私もごめん」」
近くに用意しておいた、緑茶を含ませたおしぼりを手に取ったダンが、私の顔をそっと拭いて慰めてくれる。
どうやらダンは、私の臭いに耐性があるらしい。
逆に申し訳なげにする母娘は、あと一歩のところで留まっているから、耐性はないのだろう。
「うっうっ……世知辛いですわぁ……」
「つうか何で、こんなとこで藁なんか煮てんだよ?
陽が差す野外で、湯を沸かしてりゃ、汗も脂も出てくんだろう」
「グスン。
昨日思いついた事があって。
でも、今日も二番茶を収穫するお約束をしてましたでしょう?
どうせなら休憩時間で、やってしまおうと……」
「んだよ。
んなの気にせず、今日は止めとくって言ってくれりゃ良かったんだぞ?
もうマルクがバルハ領主で、色々と領の為に動いてんのは知ってんだからよ」
そう、少し前までダンは私がここ、バルハ領の領主だと知らなかったのだ。
「いえ、私も二番茶の収穫をしてみたかったのですわ。
ついでに、ダンの育てる柿の木に、そろそろ青柿が成っていないか見ておきたかったのもありますし」
「はあ?
青柿?」
そう。
ダンは茶の木以外に、柿の木も育てていた。
きっと探せば、バルハ領内の山には柿の木も自生している。
ただ思いついたのが本当に昨日だったのと、自生する柿の木を探すより、ひとまずダンから青柿を分けてもらえるか交渉する方が、効率的だと判断したのだ。
「左様ですわ。
青柿と、それから墨を使って麦藁を染めたいんですの!」
「そもそも麦藁は水を弾くよね?
染まらないんじゃ……あ、だから?」
「そうですわ。
余っていた貝灰を浸した上澄み液で煮れば、麦藁の油分が出て、染まりやすいのではないかと思いましたの。
もちろん今日は、思いついた事をやってみるだけでしてよ」
私が藁を煮ていた理由に至ったらしいナーシャに、そうだと頷く。
「何で青柿?
墨はわかるけど、染めるなら山桃とかのが、いいんじゃねえか?」
確かに、ただ染めるだけなら山桃の方が綺麗かもしれない。
けれど私が目指すのは……。
「いえ、これぞ脱臭領地改革に必要な、重要アイテムとなりますのよ。
墨は邸にありましたから、麦藁を煮さえすれば、いつでも染められますわ。
でも青柿は発酵させる必要があるので、今収穫したとしても、二年は使い物になりませんの。
だから今の内にと……」
「発酵?
発酵か……あるには……あるぞ?」
「え?
どこに?」
「家の……貯蔵室?
でもどうなってんのかわかんねえぞ?」
歯切れの悪いダン。
いつもはチャキチャキと喋るのに、珍しい反応ですわね?
1
あなたにおすすめの小説
追放された令嬢ですが、隣国公爵と白い結婚したら溺愛が止まりませんでした ~元婚約者? 今さら返り咲きは無理ですわ~
ふわふわ
恋愛
婚約破棄――そして追放。
完璧すぎると嘲られ、役立たず呼ばわりされた令嬢エテルナは、
家族にも見放され、王国を追われるように国境へと辿り着く。
そこで彼女を救ったのは、隣国の若き公爵アイオン。
「君を保護する名目が必要だ。干渉しない“白い結婚”をしよう」
契約だけの夫婦のはずだった。
お互いに心を乱さず、ただ穏やかに日々を過ごす――はずだったのに。
静かで優しさを隠した公爵。
無能と決めつけられていたエテルナに眠る、古代聖女の力。
二人の距離は、ゆっくり、けれど確実に近づき始める。
しかしその噂は王国へ戻り、
「エテルナを取り戻せ」という王太子の暴走が始まった。
「彼女はもうこちらの人間だ。二度と渡さない」
契約結婚は終わりを告げ、
守りたい想いはやがて恋に変わる──。
追放令嬢×隣国公爵×白い結婚から溺愛へ。
そして元婚約者ざまぁまで爽快に描く、
“追い出された令嬢が真の幸せを掴む物語”が、いま始まる。
---
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?
灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。
しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?
答えられません、国家機密ですから
ととせ
恋愛
フェルディ男爵は「国家機密」を継承する特別な家だ。その後継であるジェシカは、伯爵邸のガゼボで令息セイルと向き合っていた。彼はジェシカを愛してると言うが、本当に欲しているのは「国家機密」であるのは明白。全てに疲れ果てていたジェシカは、一つの決断を彼に迫る。
白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活
しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。
新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。
二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。
ところが。
◆市場に行けばついてくる
◆荷物は全部持ちたがる
◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる
◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる
……どう見ても、干渉しまくり。
「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」
「……君のことを、放っておけない」
距離はゆっくり縮まり、
優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。
そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。
“冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え――
「二度と妻を侮辱するな」
守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、
いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。
乙女ゲームっぽい世界に転生したけど何もかもうろ覚え!~たぶん悪役令嬢だと思うけど自信が無い~
天木奏音
恋愛
雨の日に滑って転んで頭を打った私は、気付いたら公爵令嬢ヴィオレッタに転生していた。
どうやらここは前世親しんだ乙女ゲームかラノベの世界っぽいけど、疲れ切ったアラフォーのうろんな記憶力では何の作品の世界か特定できない。
鑑で見た感じ、どう見ても悪役令嬢顔なヴィオレッタ。このままだと破滅一直線!?ヒロインっぽい子を探して仲良くなって、この世界では平穏無事に長生きしてみせます!
※他サイトにも掲載しています
婚約破棄されましたが、辺境で最強の旦那様に溺愛されています
鷹 綾
恋愛
婚約者である王太子ユリウスに、
「完璧すぎて可愛げがない」という理不尽な理由で婚約破棄を告げられた
公爵令嬢アイシス・フローレス。
――しかし本人は、内心大喜びしていた。
「これで、自由な生活ができますわ!」
ところが王都を離れた彼女を待っていたのは、
“冷酷”と噂される辺境伯ライナルトとの 契約結婚 だった。
ところがこの旦那様、噂とは真逆で——
誰より不器用で、誰よりまっすぐ、そして圧倒的に強い男で……?
静かな辺境で始まったふたりの共同生活は、
やがて互いの心を少しずつ近づけていく。
そんな中、王太子が突然辺境へ乱入。
「君こそ私の真実の愛だ!」と勝手な宣言をし、
平民少女エミーラまで巻き込み、事態は大混乱に。
しかしアイシスは毅然と言い放つ。
「殿下、わたくしはもう“あなたの舞台装置”ではございません」
――婚約破棄のざまぁはここからが本番。
王都から逃げる王太子、
彼を裁く新王、
そして辺境で絆を深めるアイシスとライナルト。
契約から始まった関係は、
やがて“本物の夫婦”へと変わっていく――。
婚約破棄から始まる、
辺境スローライフ×最強旦那様の溺愛ラブストーリー!
転生公爵令嬢は2度目の人生を穏やかに送りたい〰️なぜか宿敵王子に溺愛されています〰️
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リリーはクラフト王子殿下が好きだったが
クラフト王子殿下には聖女マリナが寄り添っていた
そして殿下にリリーは殺される?
転生して2度目の人生ではクラフト王子殿下に関わらないようにするが
何故か関わってしまいその上溺愛されてしまう
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる