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52.散髪と、どうして!?
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「いいんだね、マル坊」
ハサミの持ち手に手入れ、チョキンチョキンと空を切るエリー婆が凄む。
簡素な木製の椅子に腰掛けた私は、思わずゴクリと唾を飲みこんで、怯む。
エリー婆、恐いですわ。
でも、頼んだのは私!
何より中身は女伯爵、外身は男!
気合いですわ!
「ももももちろんでしてよ!
えいやっとやっちまって下さいませ!」
「その男気たるや良し!
いざ!」
――チョキン。
ひ、ひいぃぃぃ!
心の中で悲鳴を上げるも、口から洩らさないように息を止める。
――チョキン、チョキン。
――ハラハラ。
ギュッと目を瞑ってハサミの音と、顔や肩に触れては下へと落ちる、人によっては命とまで揶揄される物に、哀愁を馳せる。
「マル坊、息止めんじゃないよ」
「っぶはあぁぁぁ!」
私の背後に回って、チョキンチョキンしているエリー婆の言葉で、カッと目を見開き、一気に吐き出す。
一瞬、モワリと鼻腔をくすぐる臭え息も、今では随分と落ち着いた。
試行に試行を重ね、時にはゴリーやダンと相談しながら、適量を探り続けた柿渋まみれの日々。
ゴリーは水虫が改善してきたとかで、私が編んだ五本指靴下と、愛娘サリーが編んだ足袋型靴下を併用して足をケアしている。
ダンはそろそろ思春期に入る、愛娘キーナに嫌われないよう、緑茶と柿渋を入浴剤のように使っていたら、足の臭いも体臭も気にならなくなったと喜んだ。
ただ一つ、誤算があった。
それがダンの愛妻ナーシャだ。
ダンの加齢臭が、薄くなってしまったと嘆いたらしい。
なのでダンは柿渋を使うのを、足が最も臭くなる真夏のみに止めると苦渋の決断をしたとか。
ナーシャはダンの加齢臭が好きですものね。
仕方ありませんわ。
加齢臭を超えた、華麗なる愛……ヒィッ、またオヤジギャグを!?
マズイですわ!
ヤバイですわ!
臭え臭いを年齢なりに制圧できたと思ったら、中身が体年齢とマッチングしようとしてますわ!
などと内心、戦々恐々としていれば、カタリとハサミを置いたエリー婆が、背後から私の両肩にポンと手を置いた。
「できたよ!
ほら、鏡!
男前……は、言いすぎか。
だいぶ見れた顔になったんじゃないか!」
男前とは言ってもらえませんのね。
嘘でもちょっと言って欲しかったですわ。
なんてちょっぴりしょげつつ、いつもは顰めっ面の多いエリー婆が、誇らしげに差し出した手鏡を受け取り、覗く。
「確かに頭がさっぱりしましたけれど……心なしかいつもより顔が……丸いですわ」
「そりゃあ、まだまだデブ、んんっ、ふくよかだからね」
エリー婆、デブって言いかけまして?
ふくよかの方がソフトに受け取れますけれど、結局は……デブ。
少しずつお腹も引っ込んで、顔もシャープになったと調子に乗りすぎてましたわ。
短く刈ってくれと頼んだのは、早計すぎたかもしれない。
「へえ!
エリーは相変わらず髪切るの美味いね!」
ちょっぴり後悔し始めた時、ミカ婆が明るく現れる。
「薄毛のオッサンが見苦しく髪を伸ばして誤魔化してるより、諦めて短くした方が、むしろ清潔感が出ていいんじゃないかい」
リリ婆、優しげな顔で毒を吐くのは止めて下さいまし。
「そうだろう!」
やっぱり誇らしげなエリー婆が、うんうんと頷いた。
「それにしてもマル坊が、お貴族様のマナー講師なんて……」
いつもは明るいミカ婆が、珍しく顔を曇らせる。
「「「グロール伯爵は、チャレンジャーだね」」」
かと思えば、バルハマダム三人衆が声を揃えながら、気の毒そうなかおを私に向けた。
「それは……まあ、そうですわね」
とは言え、私も不安そうな面持ちになってそうだ。
そう、事の発端はバルハ領が本格的に雪深くなる少し前の事。
※※※※
ヘリーと共に慌ただしく自領へと帰ったファビア様が、今度は先触れを寄越した上で、翌月にコニー邸を訪れた。
どこか仄暗い様子でヘリーを連れて帰ったから、気になっていたけれど、再訪したファビア様は爽やかな紳士に戻っていた。
もしかすると、あの日は疲れていたのかもしれない。
他領へ商談した後、バルハ領産の商品を欲した騎士団に急きょお願いされたとかで、馬で駆けて訪れたと言っていた。
こちらとしては、バルハ領の知名度を上げ、領収に繋げたい。
何とも有り難い申し出だった。
その上、ファビア様は先触れなき来訪を申し訳ないと、お高そうな手土産まで見繕ってくれていた。
むしろ、こちらの方が気を遣わせて、申し訳なかったですわね。
そして今回の訪問。
ファビア様はヘリーではなく、長年グロール伯爵家に仕える執事長のガルム様を伴っていた。
ガルム様は、子爵位をお持ちの貴族で、落ち着いた老紳士。
失礼がないか緊張してしまったものの、何故、執事長を? と思っていた。
「ファ……グロール伯爵が運営する商会の、子爵令嬢達にマナーを?
私が教えますの?」
私の隣に座るファビア様から、訪れた目的を聞き、更に謎が深まったのは、言うまでもない。
ちなみにガルム様は微笑ましげな様子で、私とファビア様の対面に座っていた。
当然ながら私は失礼がないよう、一人掛けのソファを対面に二つ置き、ファビア様とガルム様に勧めている。
私は断りを入れて三人掛けのソファに腰掛けたのに、私の隣にファビア様が移動したのだった。
どうしてこうなりましたの!?
ハサミの持ち手に手入れ、チョキンチョキンと空を切るエリー婆が凄む。
簡素な木製の椅子に腰掛けた私は、思わずゴクリと唾を飲みこんで、怯む。
エリー婆、恐いですわ。
でも、頼んだのは私!
何より中身は女伯爵、外身は男!
気合いですわ!
「ももももちろんでしてよ!
えいやっとやっちまって下さいませ!」
「その男気たるや良し!
いざ!」
――チョキン。
ひ、ひいぃぃぃ!
心の中で悲鳴を上げるも、口から洩らさないように息を止める。
――チョキン、チョキン。
――ハラハラ。
ギュッと目を瞑ってハサミの音と、顔や肩に触れては下へと落ちる、人によっては命とまで揶揄される物に、哀愁を馳せる。
「マル坊、息止めんじゃないよ」
「っぶはあぁぁぁ!」
私の背後に回って、チョキンチョキンしているエリー婆の言葉で、カッと目を見開き、一気に吐き出す。
一瞬、モワリと鼻腔をくすぐる臭え息も、今では随分と落ち着いた。
試行に試行を重ね、時にはゴリーやダンと相談しながら、適量を探り続けた柿渋まみれの日々。
ゴリーは水虫が改善してきたとかで、私が編んだ五本指靴下と、愛娘サリーが編んだ足袋型靴下を併用して足をケアしている。
ダンはそろそろ思春期に入る、愛娘キーナに嫌われないよう、緑茶と柿渋を入浴剤のように使っていたら、足の臭いも体臭も気にならなくなったと喜んだ。
ただ一つ、誤算があった。
それがダンの愛妻ナーシャだ。
ダンの加齢臭が、薄くなってしまったと嘆いたらしい。
なのでダンは柿渋を使うのを、足が最も臭くなる真夏のみに止めると苦渋の決断をしたとか。
ナーシャはダンの加齢臭が好きですものね。
仕方ありませんわ。
加齢臭を超えた、華麗なる愛……ヒィッ、またオヤジギャグを!?
マズイですわ!
ヤバイですわ!
臭え臭いを年齢なりに制圧できたと思ったら、中身が体年齢とマッチングしようとしてますわ!
などと内心、戦々恐々としていれば、カタリとハサミを置いたエリー婆が、背後から私の両肩にポンと手を置いた。
「できたよ!
ほら、鏡!
男前……は、言いすぎか。
だいぶ見れた顔になったんじゃないか!」
男前とは言ってもらえませんのね。
嘘でもちょっと言って欲しかったですわ。
なんてちょっぴりしょげつつ、いつもは顰めっ面の多いエリー婆が、誇らしげに差し出した手鏡を受け取り、覗く。
「確かに頭がさっぱりしましたけれど……心なしかいつもより顔が……丸いですわ」
「そりゃあ、まだまだデブ、んんっ、ふくよかだからね」
エリー婆、デブって言いかけまして?
ふくよかの方がソフトに受け取れますけれど、結局は……デブ。
少しずつお腹も引っ込んで、顔もシャープになったと調子に乗りすぎてましたわ。
短く刈ってくれと頼んだのは、早計すぎたかもしれない。
「へえ!
エリーは相変わらず髪切るの美味いね!」
ちょっぴり後悔し始めた時、ミカ婆が明るく現れる。
「薄毛のオッサンが見苦しく髪を伸ばして誤魔化してるより、諦めて短くした方が、むしろ清潔感が出ていいんじゃないかい」
リリ婆、優しげな顔で毒を吐くのは止めて下さいまし。
「そうだろう!」
やっぱり誇らしげなエリー婆が、うんうんと頷いた。
「それにしてもマル坊が、お貴族様のマナー講師なんて……」
いつもは明るいミカ婆が、珍しく顔を曇らせる。
「「「グロール伯爵は、チャレンジャーだね」」」
かと思えば、バルハマダム三人衆が声を揃えながら、気の毒そうなかおを私に向けた。
「それは……まあ、そうですわね」
とは言え、私も不安そうな面持ちになってそうだ。
そう、事の発端はバルハ領が本格的に雪深くなる少し前の事。
※※※※
ヘリーと共に慌ただしく自領へと帰ったファビア様が、今度は先触れを寄越した上で、翌月にコニー邸を訪れた。
どこか仄暗い様子でヘリーを連れて帰ったから、気になっていたけれど、再訪したファビア様は爽やかな紳士に戻っていた。
もしかすると、あの日は疲れていたのかもしれない。
他領へ商談した後、バルハ領産の商品を欲した騎士団に急きょお願いされたとかで、馬で駆けて訪れたと言っていた。
こちらとしては、バルハ領の知名度を上げ、領収に繋げたい。
何とも有り難い申し出だった。
その上、ファビア様は先触れなき来訪を申し訳ないと、お高そうな手土産まで見繕ってくれていた。
むしろ、こちらの方が気を遣わせて、申し訳なかったですわね。
そして今回の訪問。
ファビア様はヘリーではなく、長年グロール伯爵家に仕える執事長のガルム様を伴っていた。
ガルム様は、子爵位をお持ちの貴族で、落ち着いた老紳士。
失礼がないか緊張してしまったものの、何故、執事長を? と思っていた。
「ファ……グロール伯爵が運営する商会の、子爵令嬢達にマナーを?
私が教えますの?」
私の隣に座るファビア様から、訪れた目的を聞き、更に謎が深まったのは、言うまでもない。
ちなみにガルム様は微笑ましげな様子で、私とファビア様の対面に座っていた。
当然ながら私は失礼がないよう、一人掛けのソファを対面に二つ置き、ファビア様とガルム様に勧めている。
私は断りを入れて三人掛けのソファに腰掛けたのに、私の隣にファビア様が移動したのだった。
どうしてこうなりましたの!?
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