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65.ある純粋な願い
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「ど、どどどうしたら……」
泣き崩れたファビア様に、かろうじてハンカチを渡したものの、何も言葉を発せられなかった。
だって……だって……。
「口が臭えんですのよぉ……」
モワリと口臭が鼻から抜けるのを感じて、ギリリと歯を食いしばって、吐き出した空気を臭いごと鼻から吸引する。
緊張して、喉がカラカラになったのに、出されたお茶は飲み干していた。
朝から飲まず食わずで、ファビア様を突撃したのがいけませんでしたわ。
せめて朝に一杯の水だけでも飲んでいれば……。
脂は溜め込むくせに、水分が枯れ気味だなんて、マルクの体は使えませんわね。
「ん……」
「!?」
腕にすっぽり収まる形で寝入っていたファビア様が、身動ぐ。
初めは肩にもたれていたのだが、完全に寝入ると同時に、ソファからずり落ちそうになってしまった。
慌てて支えたら、抱き締める形になってしまい、今に至る。
ファビア様からは、何となく甘い香りがしていて、胸の奥がむず痒く感じてしまう。
何より、眠るファビア様のお顔が、何だか幼く見えて、可愛らしいんですの。
もしかするとファビア様も、昨日の歌劇のせいで、眠れていなかったんじゃないかしら?
深く眠るファビア様のほっぺを、ついついツンツンしたくなりますわね。
いつもは隙のない、素敵紳士ですのに。
年下の殿方をもて遊ぶ貴婦人の気持ちが、ちょっぴりわかりますわね。
だってファビア様の今のお顔。
少女にすら見える、穢れなき少年顔ですもの。
お姉さんが可愛がって……って、今の私はオッサンですわ!
変態の発想など、淑女にあるまじき……ハッ、この状況、やべえんじゃありません!?
ガルム様は、いつお戻りになりますの!?
今戻ってきたら、変態なオッサンがイケナイ事をしようとしている、やべえ絵面ではなくて!?
焦りながら、エイヤッとファビア様の体を下にズラす。
そのまま、膝枕……太ももの肉がパツパツしてて、枕にしては高すぎですわね?
いえ、今はそんな事を気にしている場合てはなくってよ!
ソファの端にゆっくりズレて、なるべくファビア様の首に負担がこないよう調節。
「んー」
あら、ファビア様が自分から動いてくれましたわね。
私の方へ向いて、横向きに……って、しれっとソファと私のお尻の間に両手を突っ込んで、私の片尻へ両手を添えた!?
破廉恥ですわ!
いえいえ、マルク、落ち着きなさい!
高めの膝枕のせいで、ファビア様はぐらつく自分の体を支えただけ!
そもそもファビア様は、お眠りあそばしてやがりますもの!
「ふー、ふー」
臭え息がかからないよう、上を向いて深呼吸。
先程までの話を思い出して、冷静さを取り戻す。
私がマルクに転生したように、エンヤ嬢がファビア様に転生した事は理解した。
そしてエンヤ嬢がフローネの死後、自分を責めながら亡くなった事も……。
『シャルルはフローネに生きて欲しかったんだ。
フローネの代わりに、自分を殺してくれ。
自分の身代わりに、連れていかないでくれ。
フローネを優しい世界で生かしてくれ。
フローネを大事にしてくれる人と、添い遂げさせてくれ。
フローネと愛し合える人を出逢わせてあげてくれ。
何度も何度も、神に祈りを捧げた。
なのに結局、フローネは処刑された』
ファビア様は、切実な声でエンヤ嬢の後悔を教えてくれた。
その声音に麗しい姿の神様と、初めて相対した時に言われ言葉を思い出す。
『僕は君の世界を創生した神々の内の、一柱。
ある純粋な願いが聞こえたんだ。
声の主を天から探してみたら、ちょうど君が斬首される場を目にしてしまった。
もちろん君にも、顧みるべき点はあった。
けど裏切られ方には、哀れみを感じたよ。
それに君は最後まで、善行を貫いた』
神様が告げた純粋な願いって、エンヤ嬢のことではないかしら?
『マルク……フローネだった貴女は、いつからマルクだったの?
マルクに生まれかわっても、少なくともファビアである私と会った時の貴女は、優しい世界で生きているようには見えなかった。
しかも天涯孤独で、誰かを愛する余裕すらなさげだったじゃないか……シャルルが死ぬまで望んだ事は、何も叶っていない』
ファビア様はこう言ったけれど、恐らくファビア様の記憶にある、不幸せそうなマルクは、私じゃない。
本物のマルク=コニーとファビア様が、初めて会った時の印象ではないだろうか。
フローネである私とファビア様が初めて会ったのは、その後。
メルディ領に流れる川の中が、初めてだった。
更に言えば、言葉をまともに交わしたのは、もっと後になる。
私の脇肉に若干、顔を埋もれさせているファビア様の頭を、つい撫でてしまう。
まだ午前の早い時間帯だ。
強くはない朝日が窓から入り、ファビア様の髪を青く反射させる。
普段は少し色を入れて、青みを目立たなくしているのかしら。
根本は薄めの金ね。
だからか青い煌めきが、私の記憶にあるエンヤ嬢の髪色とそっくりで、懐かしい。
「エンヤ嬢の願いの内、幾つかはもう叶っておりましたのよ」
私は今、フローネの頃とは比べるべくもなく、優しい世界で生きている。
男女の愛には今のところ縁がなくとも、領民達に愛されているし、私も領主として、一人の人間として、彼らを愛している。
「天涯孤独では、もうありませんのよ。
領民達もそうですけれど……他にも想われていて、幸せですわ」
ファビア様にも想って頂けてますわ。
なおもファビア様の頭を撫でながら、ファビア様を愛おしく思いながら、心で呟く。
きっと私が今、ファビア様に感じている愛おしさは、男女の恋や愛ではない。
シャルルの想いと、シャルルから転生したファビア様に大切にされていたと実感した事からくる……慕情だ。
恋慕ではなく、慕情。
そうであって欲しい。
だって今世の私達は、前世同様に同性ですもの。
何より、そうでなくともファビア様は王子様然とした素敵な紳士。
対して私は、油断するとすぐに臭くなるオッサン。
それも薄毛な太っちょ。
釣り合わなすぎ……。
「誰に想われて、幸せなのかな?」
んん!?
突然のハキハキした覇気満載の、どうしてか背筋を薄ら寒くゾクゾクさせる声が、私の腹を震わせて聞こえましたわ!?
泣き崩れたファビア様に、かろうじてハンカチを渡したものの、何も言葉を発せられなかった。
だって……だって……。
「口が臭えんですのよぉ……」
モワリと口臭が鼻から抜けるのを感じて、ギリリと歯を食いしばって、吐き出した空気を臭いごと鼻から吸引する。
緊張して、喉がカラカラになったのに、出されたお茶は飲み干していた。
朝から飲まず食わずで、ファビア様を突撃したのがいけませんでしたわ。
せめて朝に一杯の水だけでも飲んでいれば……。
脂は溜め込むくせに、水分が枯れ気味だなんて、マルクの体は使えませんわね。
「ん……」
「!?」
腕にすっぽり収まる形で寝入っていたファビア様が、身動ぐ。
初めは肩にもたれていたのだが、完全に寝入ると同時に、ソファからずり落ちそうになってしまった。
慌てて支えたら、抱き締める形になってしまい、今に至る。
ファビア様からは、何となく甘い香りがしていて、胸の奥がむず痒く感じてしまう。
何より、眠るファビア様のお顔が、何だか幼く見えて、可愛らしいんですの。
もしかするとファビア様も、昨日の歌劇のせいで、眠れていなかったんじゃないかしら?
深く眠るファビア様のほっぺを、ついついツンツンしたくなりますわね。
いつもは隙のない、素敵紳士ですのに。
年下の殿方をもて遊ぶ貴婦人の気持ちが、ちょっぴりわかりますわね。
だってファビア様の今のお顔。
少女にすら見える、穢れなき少年顔ですもの。
お姉さんが可愛がって……って、今の私はオッサンですわ!
変態の発想など、淑女にあるまじき……ハッ、この状況、やべえんじゃありません!?
ガルム様は、いつお戻りになりますの!?
今戻ってきたら、変態なオッサンがイケナイ事をしようとしている、やべえ絵面ではなくて!?
焦りながら、エイヤッとファビア様の体を下にズラす。
そのまま、膝枕……太ももの肉がパツパツしてて、枕にしては高すぎですわね?
いえ、今はそんな事を気にしている場合てはなくってよ!
ソファの端にゆっくりズレて、なるべくファビア様の首に負担がこないよう調節。
「んー」
あら、ファビア様が自分から動いてくれましたわね。
私の方へ向いて、横向きに……って、しれっとソファと私のお尻の間に両手を突っ込んで、私の片尻へ両手を添えた!?
破廉恥ですわ!
いえいえ、マルク、落ち着きなさい!
高めの膝枕のせいで、ファビア様はぐらつく自分の体を支えただけ!
そもそもファビア様は、お眠りあそばしてやがりますもの!
「ふー、ふー」
臭え息がかからないよう、上を向いて深呼吸。
先程までの話を思い出して、冷静さを取り戻す。
私がマルクに転生したように、エンヤ嬢がファビア様に転生した事は理解した。
そしてエンヤ嬢がフローネの死後、自分を責めながら亡くなった事も……。
『シャルルはフローネに生きて欲しかったんだ。
フローネの代わりに、自分を殺してくれ。
自分の身代わりに、連れていかないでくれ。
フローネを優しい世界で生かしてくれ。
フローネを大事にしてくれる人と、添い遂げさせてくれ。
フローネと愛し合える人を出逢わせてあげてくれ。
何度も何度も、神に祈りを捧げた。
なのに結局、フローネは処刑された』
ファビア様は、切実な声でエンヤ嬢の後悔を教えてくれた。
その声音に麗しい姿の神様と、初めて相対した時に言われ言葉を思い出す。
『僕は君の世界を創生した神々の内の、一柱。
ある純粋な願いが聞こえたんだ。
声の主を天から探してみたら、ちょうど君が斬首される場を目にしてしまった。
もちろん君にも、顧みるべき点はあった。
けど裏切られ方には、哀れみを感じたよ。
それに君は最後まで、善行を貫いた』
神様が告げた純粋な願いって、エンヤ嬢のことではないかしら?
『マルク……フローネだった貴女は、いつからマルクだったの?
マルクに生まれかわっても、少なくともファビアである私と会った時の貴女は、優しい世界で生きているようには見えなかった。
しかも天涯孤独で、誰かを愛する余裕すらなさげだったじゃないか……シャルルが死ぬまで望んだ事は、何も叶っていない』
ファビア様はこう言ったけれど、恐らくファビア様の記憶にある、不幸せそうなマルクは、私じゃない。
本物のマルク=コニーとファビア様が、初めて会った時の印象ではないだろうか。
フローネである私とファビア様が初めて会ったのは、その後。
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私は今、フローネの頃とは比べるべくもなく、優しい世界で生きている。
男女の愛には今のところ縁がなくとも、領民達に愛されているし、私も領主として、一人の人間として、彼らを愛している。
「天涯孤独では、もうありませんのよ。
領民達もそうですけれど……他にも想われていて、幸せですわ」
ファビア様にも想って頂けてますわ。
なおもファビア様の頭を撫でながら、ファビア様を愛おしく思いながら、心で呟く。
きっと私が今、ファビア様に感じている愛おしさは、男女の恋や愛ではない。
シャルルの想いと、シャルルから転生したファビア様に大切にされていたと実感した事からくる……慕情だ。
恋慕ではなく、慕情。
そうであって欲しい。
だって今世の私達は、前世同様に同性ですもの。
何より、そうでなくともファビア様は王子様然とした素敵な紳士。
対して私は、油断するとすぐに臭くなるオッサン。
それも薄毛な太っちょ。
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