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第2章 騎士と少年

2ー17 望むこと

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 2ー17 望むこと

 俺たちは、それぞれ使用人たちに案内されて部屋へと通された。
 屋敷は、どうやら新築のようで木のいい香りがしていた。
 俺を案内してくれたのは執事のトラディスだった。
 トラディスは、黒淵メガネをかけた黒髪の油断ならない雰囲気の俺と同年代ぐらいの男だ。
 俺が通されたのは、この屋敷で1番いい部屋のようだった。
 重厚だが、使いやすそうないい家具が配置されている。
 大きな窓からは明るい日差しが差し込んでいる。
 俺は、窓を開くとベランダへと出た。
 眼下には、花の咲き誇る美しい庭が広がっている。
 「ロイド!」
 隣の部屋の窓が開いてチヒロが駆け寄ってくる。
 「僕の部屋、すごいんだよ」
 俺は、チヒロに手を引っ張られてとなりのチヒロの部屋へと向かった。
 そこは、子供部屋のようだった。
 美しい家具が置かれていて、チヒロぐらいの年の子供が喜びそうな本が置かれている。
 そして。
 なによりもそこここに飾られたきれいなレースが目をひく。
 「僕、この部屋、気に入ったよ」
 チヒロが俺におずおずと告げた。
 「でもこのレース飾りは、やめてほしいんだけど」
 「かしこまりました、お嬢様」
 さっきの年配の女性がすぐに他のメイドたちに指示を出して部屋からレース飾りが撤去される。
 「それから」
 俺は、メイド長らしいその女性に小声で話した。
 「この子は、訳あって女の子として暮らすことになっているが本当は、男の子だからそのつもりで」
 「はい?」
 メイド長は、目をぱちくりさせていたがすぐに返事をした。
 「かしこまりました、旦那様」
 夕方までは、それぞれ部屋で荷解きをした。
 俺の荷物は、執事であるトラディスが片付けてくれた。
 俺は、ティールームでマイヒナとお茶を飲みながらこれからの打ち合わせをしていた。
 なんでもこの神都ライヒバーンにも『ヒポクラティス』商会の支店があるらしくマイヒナは、そこの支店長も兼ねているらしい。
 「何か困ったことがあれば支店に連絡していただければすぐに飛んで参りますから」
 マイヒナが俺に言った。
 俺は、頷くと本題に入った。
 「ウルマグライン魔法学園の方はどうなっているんだ?」
 「明後日に入学試験が行われます」
 明後日。
 俺は、少し不機嫌になってきた。
 俺は、もう立派な大人だ。
 ほんとに子供たちに混じって学園生活を送らなくてはならないのか。
 だが。
 これも全てはチヒロのためだ。
 ひいては、俺自身のため。
 やるしかないのだ。
 豪華で美味な夕食をすませると俺は、さっそく部屋に戻って明後日の試験のためにもう一度テキストに目を通した。
 問題は。
 俺のこの外見で本当に受け入れられるのかどうかだ。
 俺は、遠目には人に見えなくもなかったが、やはり近づくと全身をおおう鱗に知らない人間はぎょっと驚く。
 何より、自分より年下の子供たちに溶け込めるとは思えない。
 俺が不安を感じているとドアを誰かがノックした。
 「入れ」
 ドアがゆっくりと開いてチヒロが入ってくる。
 女の子用のひらひらした夜着を身に付けて憮然としているチヒロを見て俺は、軽く笑ってしまった。
 チヒロは、ムッとしながらも俺の側へと近づいてくるとため息をついた。
 「僕、本当に女の子として暮らさないとダメなの?」
 俺は、頷いた。
 チヒロにとっては、奈落の外は危険な世界だ。
 正体がばれればいつ刺客が現れないとも限らない。
 俺は、チヒロの頭を撫でた。
 いつか。
 チヒロが正体を隠すことなく暮らせる世界になればいい。
 俺は、そのためにならどんな苦労でも厭わない。
 それが俺のチヒロにしてやれる数少ないことだった。
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