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番外編
愛する事。愛される事。
しおりを挟む(第3部隊×レーネ)
※王城編よりもさらに前の時空。
本当は騎士になんてなるつもりではなかった。なのに気付けば騎士として訓練を重ね、経験を重ね、近衛騎士となり、第3部隊隊長となって。
正直、やる気もなにもあったものではない。人を従えるのも元々柄じゃなかった。使える王子もびっくりする程横柄で馬鹿で無能。頼れる同期であったアリアを副隊長に出来た事だけが、唯一の救いとも言えた。
だけど。
「隊長きいてくださいよー!ユズが俺のお菓子勝手に食べたんです!怒ってくださーい!」
「アッ!ナヨンのおバカーーなんで隊長に告げ口するのヨ!」
俺の顔を見るや、直様駆け寄って抱きついてくるナヨンと顔を赤らめながら追いかけてくるユズ。彼等が走ってきた方向では、アリアとセスが呆れたようにこちらを見つめている。
俺よりも幾分か背の高いナヨンが俺を抱き込むようにして旋毛に顔を埋め、グスグスと鳴き真似をしてみせた。ユズが殊更嫌そうに口を歪める。
「ユズ、またナヨンに悪戯してるのか?」
「悪戯じゃないヨ!食べられたくないなら名前書いとないとダメなんだヨ~!自己責任だヨ!」
「はぁー!?」
ナヨンの邪魔をするように俺の背中から抱きついてきたユズが如何にも子どもらしい事を言うものだから、思わずクスクスと笑ってしまう。2人分の体温で身体も心もぽかぽかとしてきた。可愛いなぁ。
しかし、当の本人達は俺が真面目に取り合ってくれていないと思ったのか、不満げな気配を隠す事なく「隊長は俺の味方ですよねぇ!」だの「違うヨネ!アタシだよネ!」だの騒がしく喚き始めた。
うーん、全面的にユズが悪い気がしないでもないが。彼等は大部屋で共同生活を送っているのだから、名前を書いておけ、と言うのも一理あるのかもしれない。しかしそもそも自分が買ったもの以外を無断で口にするのは如何な物か。
どうしたものか。この小さな可愛らしい騒動を如何に沈めようか。ーーそう、首を傾げた時だった。
「「無駄喧嘩は他所でやれば」」
「はぁー!?!?」
「無駄なんかじゃないヨネ~?最低だヨネ~?」
「……おはよう、シャル、シャロン」
「「おはようレーネ」」
前方のナヨンにシャロンが、後方のユズにシャルが、それぞれ己の武器を突きつけ、極めて単調に呟いた。そして顰めっ面で反論する彼等を完全に無視すると、俺をその眠たげな血色の瞳で見つめ、ふわりと2人揃って欠伸をした。
その様子があまりにも気持ちよさそうなものだから、思わず釣られるように欠伸を漏らしてしまう。するとすぐに、抱きついたままのナヨンとユズも眠たげに大きく口を開けた。
俺はゆったりと2人の頭を撫でて微笑みかけ、手を離させる。そして、シャルとシャロンを1度ずつギュッと抱きしめてアリア達が待つ大部屋に歩いていく。ちょこちょこと後ろをついてくる4人が可愛らしくて、胸がふわふわする。ーーあぁ、なんて穏やかな朝だろうか。ずっと、こんな微睡みの中にいられたら。
「おはようございます、隊長」
「おはようアリア。セス。エーレは?」
「まだ寝ています。ちょっと調子が優れないようで……あとで、会ってやって下さいね」
もちろん。間髪入れずに頷くと、セスと俺を抜かすようにして室内に入ったユズが、安堵したように微笑んでくれた。いっつも世界一可愛いゆずはともかく、何時も無表情のセスが微笑むとこれがもう。ヨーシヨシヨシヨシ撫でてあげようね!!……彼の癖のある黒髪を撫でてやると、心地良さそうに目を閉じて擦り寄ってくるのだからもう……大丈夫か?誘拐されないか?安心しろ。俺が全てから護ってあげるから。
俺が手を止めれば、「まだ」と言わんばかりに俺の手を掴み、頬に当てるセス。ユズが「可愛いヨ~セス」と言うのに大きく首肯する。シャルとシャロンが嫉妬したように抱きついてくれるのがさらに可愛い。可愛いの宝庫だ。
とはいえ、彼等が出会った当初からこんな風に俺を好いてくれていたかといえば、そんなことはない。彼等も沢山辛いことがあって、苦しんで、人を憎んで、世界を恨んで、それでもなんとか生きてくれているのだ。それを俺は忘れてはいけない。
今度こそ、幸せだけが彼等に訪れるように。そう願って、俺は今の第3部隊を編成したのだから。
キラキラと眩しく輝く美しい世界に、目を閉じる。そんな俺の様子を少し離れて見ていたアリア。真面目で厳しい彼女が口を開くと、直様勝手知りたるとばかりに口を噤む我が子達が本当に可愛い。
「今日のご予定は?」
「ずっと、第3王子の護衛かな。夜は第1王子殿下に呼ばれてるけど」
「……そうですか」
不安そうに目を伏せたアリアに近づく。安心させるようにその長く手入れされた美しい金糸を掬い上げ、毛先に口付けを贈った。
パチパチと目を瞬かせる彼女の為に、たまには甘やかされてあげようか。
「今日は、こっちで、皆と一緒に寝てもいいか?」
「!ーー勿論ですわ」
途端、嬉しそうに頬を染めてはにかむ彼女。釣られて嬉しそうに笑う部下達にもみくちゃにされながらも、俺は。
大丈夫。彼等が一緒なら。
今日もこれからもきっと、生きていられる。
ーーこん、こん、こん、
『入るよ、エーレ』
「……」
ずっと、心に杭が突き刺さっているようにズキズキと痛む毎日に、嫌気がさしている。けれど、透き通った、闇を祓うような美しい声がいつも、エーレの心を癒してくれるのだ。
無言を肯定と正しく認識してくれた愛する隊長が、静かに扉を開けて部屋に入ってくる。そして、寝具の上で踞るようにして世界を遮断していた俺を見るや、ふわりと表情を和らげてくれた。直様己の冷たい氷が溶けて行くのを感じて。エーレも微かに笑みを返すことができた。
寝具に一定距離を空けて座り、静かに天井を見つめている隊長。こうやって、無理に踏み込むことなく待ってくれる優しい隊長が、エーレは好きだった。人の心を土足で踏み潰す【ーー】とは、大違いだ。
ズキリと痛む頭を抑え、浅い息を吐く。
「……エーレ。今日は皆で一緒に寝ような」
「ーー」
「今日俺はお前達とずっと一緒にはいられないから、何が楽しかったか、幸せだったか教えて欲しいな」
お前達が幸せなら、それが何よりの幸せなんだ。
そう言って宝石のような翡翠をとろりと揺らす隊長。自分と名前の響きが似ていることを、以前ナヨンに羨ましがられたなあなんて、どうでも良い事をふと思い返してしまう。こんな所で1人蹲る自分と、他者に心を寄せられる隊長が、一緒のはずがないのに。
おずおずと彼のそばに近づき、彼の背後から包み込むようにして抱きつく。するとーーほら、優しく手を握ってくれるのだ。知らず笑みが浮かんでいく。
隊長は知らないのだろう。自分達がどれ程隊長を愛しているか。体調に興味すら持たれない有象無象と自分達を比較して、悦に入る汚い自分達を。
彼の身体に服越しに触れ、怪我がないことをこっそり確認し、目を閉じる。するとふわりと鼻腔を擽る甘いお茶菓子と紅茶の香り。
「……隊長、俺、頑張ってますか」
「ああ、エーレは頑張ってるよ。えらいよ。生きてくれてありがとうな。エーレが生きてくれて、本当に嬉しい」
隊長も、頑張ってますよ。もう、十分に。
そう言っても届かないと知っているから。寧ろ心配をかけてしまうと知っているから。エーレはただ、願うのだ。
「隊長、ずっと一緒にいましょうね」
「ああ、約束だよ」
言いましたね?破ったらーー。
いつも通り満身創痍で帰ってきた隊長は、部屋に入ってくるなりすぐに薬を飲んで眠りについてしまった。微かな寝息を立てーーしかし、時折酷く顔を顰めて唇を噛む隊長の髪を撫でながら、アリアは唇を噛んだ。周囲には、自分達の愛する彼を囲むようにして第3部隊の仲間が座っている。
『レーネはどうも危なっかしいからね。アリア、宜しく頼むよ』
「……ねぇ、レーネ。私、貴方を宜しくって、カンナに頼まれたのよ」
ぽつり、と憎まれ口のようなものが溢れてしまう。
入隊してからずっと、平民であるアリアにも分け隔てなく接してくれた友人達。いつしか立場は変わってしまったけれど、アリアの愛は一生変わることはないのだ。ずっと、レーネの幸せを願っている。愛している。
周囲に無関心だったレーネが自ら集めた精鋭達。彼等もまた、アリアと同じようにレーネを愛してくれるようになった。邪な感情を向ける王族や上司、貴族なんかとは違う。アリア達のこれは、もっと美しいもののはずだ。
だから、アリアは彼への愛のためなら、なんだってできる気がするのだ。
「……隊長、アタシ達と幸せになろうヨ~」
「ずぅっと、一緒ですよ隊長、ね、隊長?嘘、吐きませんよね……?」
どろ、と澱んだ瞳で愛する人の耳元で囁くナヨンとユズ。いつも喧嘩ばかりの2人だが、それが同族嫌悪によるものであるとアリアは知っている。あ、こらぶつぶつと呟くのはやめなさいレーネが別の意味で魘されているじゃない。
「「隊長、また怪我」」
「……ねぇ、レーネ。隊長」
アリアの落ち着いた声に、憤怒と憎悪が込められている事に気付いたのだろう。全員が息を呑んでこちらを見つめている。だけど、止めることなんてできない。アリアはもうずっとこの先、この国を赦さない。
彼等がアリアを咎めないのは、彼等だって同じ意見だからだ。
「……貴方にはもっと、相応しい居場所があるのよ」
私達は、何処までも一緒なのだ。そのさきに、死が、奈落が、何があろうとも、ずうっと一緒だ。
嘲笑するようにレーネを見下ろし、第3部隊の皆は歪に口角をあげる。そして、各々思うがままに彼の身体に口付けを落としていく。アリア達は、こうしていつも、レーネを箱庭の中に閉じ込めんとする欲求を自制しているのだ。
アリア達を護ろうとしてくれるレーネはきっと、気付いていない。アリア達がもう護られるだけの存在ではないことに。
「レーネ。レーネ。レーネ。ふふ、ずっと、一緒よ」
カレンと第3部隊の皆と全員で、いつか小さな家で一緒に死にましょうね。
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