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番外編
流れ星に染まる。
しおりを挟む(王様×レーネ)
※王城編のどっかです。
なんだかんだ仲良しな2人。室内でマーヴィンはニコニコしなから見守っています。
王城の最上階に位置する執務室。大きな硝子窓を全て無警戒に開け放ち、麗かな風が室内を駆け巡る涼しい空間で、俺はぼんやりと地上の風景を見つめていた。
海から山まで、自然豊かなーーしかし適度な開発によって自然との調和が取れた美しいフォスフォフィライトの街並みは、敵国の身分である俺からしても、まさに理想郷とも呼べるような輝かしさである。
外のテラスに立っていた俺は、首だけで振り返ると執務室の机に腰掛ける王様を一瞥した。そこには心なし穏やかな表情を浮かべて数枚の書類を見比べては何事かを呟き、小さく息を吐いた王様が座っていて。そのすぐ側には宰相であるマーヴィン・ロッド殿が優しげに皺を深めてくすくすと笑っている。
きっと、貿易関係で何か良い知らせが舞い込んできたのだろう。つい先日まで、関税がどうのとか品質がどうのとかで険しい顔をしていたから。俺に聞かせるなっての。
俺は彼等からするりと視線を逸らし、再び目の前の絶景を眺める。きっと、ここがヘイデル王国で、王様が治めているからこそ、この国は此処まで美しさを保っていられるのだろう。フィオーレ王国が王家を滅ぼしこの国を植民地にした所でこの美しい景色が手に入るとは到底思えなかった。
『王様はねぇ!とーっても優しいのよ!』
街に連れて行ってもらった時、小さな子どもが内緒話をするように囁きかけてきたことを思い出す。
甘いお菓子が好きだと言った俺の為にわざわざ、王様は街の甘味処へと連れて行ってくれたのだ。席に座って甘い糖蜜に漬けた団子を頂いたのだが、あれは絶品だった。しかし、あまり甘いものが好きではないらしい王様は、目の前にわらわらと集まってきた子ども達に己の団子を分け与えていて。俺が気まずくならないように自分も購入だけはする辺り、無駄に紳士的である。
その時に俺の横に座ってきた少女が、教えてくれたのだ。
「……」
そうだね。確かに君達の王様はすごく優しくて素晴らしい王だと思うよ。ーー俺の国とは違って。
白い柵に頬をつけ、身体の力を抜く。そして小さく疲労の篭った息を吐いた。
この国に来てから、自分の国とのあまりの差異に頭がおかしくなりそうだ。自分が信じようとしてきた事は、本当に正しかったのか。自分は、正しい事をしているのか。そんな疑問ばかりが頭を駆け巡って離れてくれない。全部、王様の所為だった。俺が描いていた理想の王のような姿を、見せないで欲しかった。今になって。
ギュッと手を握りしめたその時。背後に近づいて来た人の気配に、俺はだらしなく伸びた体勢を素早く立て直す。そして振り返ればちょうど、王様がテラスの扉を開けて出て来たところであった。彼は無言で俺の隣までやってくると、その凪いだ金色の瞳で美しい街並みを睥睨した。
西日に照らされてキラキラと煌めく彼の瞳から何となく目を逸らせなくなって、俺は呆然とその顔を見つめる。
「ーーどうした」
「……え、何がですか」
「随分、落ち込んでいるようだが」
俺は、落ち込んでいるのだろうか。
横からの視線に耐えきれなくなったのか、チラリと此方を一瞥してきた王様は、低く美しい声で言葉を紡ぐ。夕日と混ざったその音色は涼やかに俺の耳へと染み込んでいった。光をそのまま閉じ込めたかのような美しい金色を見て狼狽えたように目を泳がせた俺に、彼はクスクスと優雅に笑う。
「……別に、ただ…これが停戦協定終了後俺たちのものになる風景かぁ、なんて思っていただけですが」
「口の減らない……」
「ーーでも、あまり、嬉しくないかもしれない」
ボソリと呟いた俺の言葉を、王様は茶化すでも罵るでもなく静かに聞いてくれている。そんな些細なことすら、俺の承認欲求を満たす材料になるのだから……ああ嫌だ嫌だ。本国の王家はもうちょっと俺の話を聞いてくれても良いと思う。ちなみに話を聞くっていうのはただ耳に入れることじゃないから。耳に入れて、しっかりと飲み込んで受け入れることだから。
というのはどうでもよくて。俺の顔をじっと見つめる王様を見上げる。整えられた漆黒の髪と髭が、彼の厳格そうな顔に良く映えている。自分を美しく魅せる術を知っている人は、素敵だと思う。
この人を、いつか殺す日が来るのだろうか。
「美しい民、美しい風景。それら全て、貴方が王だからこそ築き上げられたものだと、ここ数週間で理解しました。我が王ではこの光景は生み出せない」
「ほう。お前に賛美される日が来るとはな」
「うるさいですね」
わしわしと乱雑な仕草で頭を撫でてくる王様に眉を顰めて蹴りを入れようとするが、難なく避けられてしまった。それでも全く怒ったり殴ったりしないのだから不思議で仕方がない。
前に、何故俺に手を上げないのかと聞いた事がある。王様は大きく目を見開いて、次いで不愉快そうに唇を噛み、「普通はそうだ」なんて言っていたっけ。違うよ王様。普通は、気に入らないなら手を上げるんだよ。
しかしまあ、殴られないなら都合がいい。ということで俺は王様相手にそれなりに好き勝手やらせて頂いている。
最終的に王様に抱き締められる様な形で拘束されたところで、俺は彼への理不尽な攻撃をやめた。しかし、この不愉快な拘束は外される事はない。畜生。
外の風景を眺める俺に後ろから覆い被さるような形で両手を拘束し、俺の旋毛に顎を乗っけてきた彼は、そのままぼんやりと同じように外を見つめる。
西日は海の底へと沈み、神秘的な星空が姿を現そうとしていた。
「……綺麗」
「ああ」
「フィオーレ王国は曇り空が多いですから、こんなに星が見える事はないんです」
「……開発が進み過ぎているのも関係があるだろうな」
「そうなんですか?」
コテン、と首を傾げると、頭に乗った王様の顎がゴリッと動く。その感触が面白くてクスクスと笑えば、彼も少しだけ楽しそうに体を揺らすのを感じた。感情表現があまり豊かではないからこそ、彼の些細な心情の機微が面白い。俺は更に口角をあげ、上にある男の顔を見上げた。
冷涼な金と、目が合う。
「魔具灯の光が多すぎると、それに邪魔されて星の光が見えづらくなる」
「確かにフィオーレ王国は街灯も多いですね」
それに、星空を楽しもうとする心の余裕も、きっと失ってしまった。
俺は王様の筋肉質な身体に体重を預け、ぼんやりと星空を見上げる。美しいこの星空は、同じ様にフィオーレ王国にも広がっているはずなのに。それを大切にしようとするかしないかで、こうも違う。
柄にもなく涙が出そうになって、俺は思わず俯いて唇を噛む。ぶわりと湧き上がった感情のやりどころが、見つからなかった。
きっと俺如きの事など全て分かっているだろうに。何も追求する事なくただ俺の頭を優しく撫でる王様に、怒鳴りつけてやりたいような気分になる。けれど、俺は騎士だから、そんな風に感情のまま喚いたりはしない。
「……」
「言いたいことがあるなら口にすべきだ。伝わらねば何も出来ん」
「……は、……俺は、騎士で、貴方は王じゃないですか」
「ああ」
すぅ、と息を吸う。
「俺は、正しいことをしていますか」
王様の動きがピタリと止まる。
俺は吐き捨てる様な自嘲の笑みを浮かべ、ブラリと足を揺らした。こんなこと、敵国の王に聞くことではないのだけれど。聞かずにはいられない自分の弱さに嫌気がさす。
本当に、このまま信念を貫き通すのが正しいことか。本当は、もっと違うことをすべきなのではないか。そんな葛藤ばかりが浮かんで、その度に契約の鎖が俺を締め上げて戒めるのだ。びきり、びきり、と不気味な音を立てて。
騎士とはなんだ。王とはなんだ。国とはなんだ。頭の中はそればっかりだ。
暫くの間、重たい無言の時間が続く。すると、そんな暗闇を切り裂くように、身体を傾けた王様の金色が俺を貫いた。真っ直ぐに俺を見据えた彼は、重厚な声で俺を揺さぶる。
「何が正しいのかは、人次第だ。私が決める事ではない」
「……そ、ですね」
「だが。一国の王から見て、お前はーーレーネ・フォーサイスは、魅力的な騎士だ。それこそ、我がものにしたいと思う程にはな」
目を見開いて固まった俺の頬に手を添え、王様は微かに笑みを浮かべた。そして、優雅に俺の額へと口付けると、耳元で小さく囁きかけるように「美しい騎士よ」と呼びかけてくる。
『王』からかけられる称賛が、これ程心地良いだなんて、知らなかった。この国に来て初めて知った。思わず酩酊したように溜息を吐き、頬を染めてとろりと瞳を揺らす俺の顎を摘んで上げさせた彼は、再度俺を美声で震わせる。
ああ、心地いい。ずっと、このままでいたい。
「私のものになれ。レーネ。永遠の愛と称賛をお前にやる」
「ーーぅ、あ…、」
金色の光が、星空の中に一際強く輝いている。
お前は凄いと、強いと、素晴らしい騎士だと、何度も染み込ませるよに降り注いでくる声が、脳内を直接揺さぶって思考を澱ませていく。俺の翡翠の目がどろりと溶けていくのを見つめ、王様がニタリと嗤うのが遠くの方に映ってーー、ガクン、と膝が折れた。しかし、地面に崩れ落ちる前に王様になんなく支えられてしまう。
ああ、まずい。呑まれる。至上の快楽に。
「…ぁ、…ぅあ、ッ、」
「レーネ。お前は誰のものだ」
『レーネ、お前は誰のものだい?』
美しく透き通った声が、響く。
「ーーーーーーッどわあぁああああ!!!!!」
「ッ"!!!」
バシィイン!!!
と、高らかな音が満点の星空に響き渡る。一瞬で正気に戻った俺は考える間もなく目の前にある顔に強烈な平手打ちを炸裂させ、彼の拘束が緩むやいなや直様距離をとった。頬を打たれた王様は呻き声をあげて頬を抑え、前屈みになっている。
全く油断も隙もあったものではない。ふざけんな人の弱みに漬け込みやがって。俺は人の傷に塩を塗るような人間が一番嫌いなんだよ!!!!
「あっぶな!!!アンタ本当最低ですね!!!」
「チッもうすぐだったのに」
「いやせめてなんでもない顔しろよ何がもうすぐだ」
舌打ちをして三下の様な捨て台詞を吐く王様を塵芥を見る目で見下せば、彼もまた冷涼な瞳で俺を見上げてきた。しかし、葉っぱ型に腫れている頬のせいで全くいつもの威厳はない。
立ち上がった変質者の手が届かない所まで後退りながら憎まれ口を叩く俺に、ジリジリと近づいてくる王様。この野郎全く懲りてない。
終いには再びテラスの柵にまで追い詰められたところで、俺はギッと殺気を込めて王様の顔を見上げた。そして、最強の脅し文句を口にする。
「それ以上近付いたら此処から飛び降りますからね!!!」
「風魔法の使い手が何を言ってるんだ」
「効果がない、だと……!?」
おかしい。大抵の輩は俺がこう言えば青褪めて逃げるか激昂して我を忘れるか(そして生まれた隙をついて倒す)なのに、何故ここまで冷静でいられるんだ。思わず目を見開いた俺のすぐ目の前までやってきた男は、向かい合わせに覆い被さるように柵に両手をつくと、真っ直ぐにーー殊更愉快そうに眉を上げて、俺を見下ろした。
そして、真っ青になった俺を見つめ、くつくつと喉で嗤う。
あれ?さっきまで滅茶苦茶真面目な話してたよな?なんでこんな感じ?
「レーネは賢くて強いが、馬鹿だな」
「はぁーーーー!?!?聞き捨てならないんですけど!!これ程有能な俺相手に正気ですか!?」
「お前な……」
呆れたように額に手を当てて溜息を吐いた王様は、しかし不満げな顔を隠しもしない俺の頬を優しく撫でると「そういう所だぞ」と苦笑した。そういう所ってどういう所だ。完璧だろうが。
釈然としない罵倒に口を尖らせる。うわ、摘むな。
「お前はどうにも、嗜虐心を擽る節がある」
「物凄く不本意です」
「まぁ、それがお前の魅力だが……俺以外に見せるなよ」
「陛下だけも何も、誰にも見せてませんが」
はああ、と、王様の深い溜息が夜空に響いた。
ため息を吐きたいのはこっちですけどねぇ!!!
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