捨てられ姫と偏屈魔法士

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「さぁ、召し上がれ。鶏肉と豆のスープとパンですよ。お口に合うと良いけれど」
「あ、ありがとうございます……手当に加えてご飯まで頂いてしまって……」


 イルザと緊張した様子で話す少女を見つめ、俺も神父に渡されたお盆を受け取る。小さく礼を言えば、柔和に笑んだ神父は俺の頭をポンポンと軽く叩き、俺の隣の椅子へと腰掛けた。
 俺は湯気の立つスープにパンを浸し、掻き混ぜる。くたくたになったパンを木匙で切って口に入れると、じゅわりと染みたスープが広がった。美味い。

 少女は渡された木匙を暫くじっと見つめ、恐る恐るスープを掬って口に運ぶ。流石王都の人。上品で美しい所作にイルザが感心した様子で息を吐いている。次いで「見習え」と言わんばかりに此方を睨みつけられたので、俺は魔法書に伸ばしていた手を止めた。イルザ的には禁止らしい。――普通か。
 

「とっても美味しい……」


 あたたかいスープのお陰か血色の良くなった顔を緩ませる少女に、イルザも神父も微笑む。俺はというと、少女の木匙の持ち方を真似しようとして苦戦していた。王都に行くのならば、少女が当然のようにしている所作くらいは出来るようになっているべきだと思うので。
 少なくとも、残りが少なくなったからといって皿を両手でもって搔っ込むのは駄目だということは理解した。もたもたと食べる俺の姿がさぞ滑稽なのだろう。神父が噴き出すのを必死にこらえている。ムカつくので足を踏んでおいた。

 少女が最後の1口まで食べきり、木匙を置いて食後の祈りを捧げるのを確認すると。今まで傍観の姿勢を見せていた神父が神妙な顔を繕い、言葉を紡ぐ。少女もまた、今から大切な話が行われるのだと理解しているようで、真っ直ぐに神父の方を向きなおり姿勢を正した。


「ご自分の事を説明できますか?」
「……自分が王都の貴族の出であること。気付けばここにいたこと。どうしてここにいるのかは全く覚えていないこと、家族や使用人が私を捜索することはないであろうことくらいしか、説明は出来ません。ごめんなさい」
「…………そうですか。では、まず貴女の名前から教えてください」


 神父の質問を聞いた少女は、何故か俯いてしまう。真っ白な前髪に隠れてその表情は伺い知れないが、少なくとも彼女にとって有難い質問ではないのかもしれない。

 名前を言えばそれだけで身元が特定されてしまうような身分の人だとか?
 家族に嫌われていて、恥ずかしい名前を付けられて言いにくいとか?

 少女の隣にいるイルザが今まで見た事のないような表情で神父と視線だけの応酬をしているのを何となく見つめながら、俺は好き勝手に思考する。しかし、絵本の挿絵に登場する天使のような美貌の持ち主である少女に相応しい名前がいまいち思いつかなくて首を傾げた。


「……」
「答えられない理由があるのですか?」
「神父様……?」


 神父様らしくない語気の強さに思わず名前を呼べば、俺の方を向くことなく頭だけを撫でられた。『罅割れたような――』と言うのが正しい表現だろうか。固い声質に、少女の肩がびくりと震えて。

 緊迫した礼拝堂。先程よりも数度気温が下がったような気分になって、俺は小さく魔法式を組んで暖炉に火を付ける。ぱち、ぱち、と木が燃える音が嫌に耳に響いた。


「…………エル、です」
「珍しくもなんともねェじゃねぇか!!何をんな躊躇ってんだ!!」
「――ぁ、……あは、何だか緊張してしまって」


 ずっこけてしまった俺は何も悪くないと思う。『エル』なんて、俺の『レイ』とそう変わらない位普通の名前だ。想像していた名前全部が外れていた事に頬を膨らませると、少女は苦笑して「ごめんなさい」と囁くように呟いた。

 しかし。

 不満を隠しもしないまま神父の顔を覗き込んだ俺は、未だ硬い表情を崩さない彼に目を見開いた。「神父様……?」と呼びかけて漸く、彼はハッとした様子で俺をいつもの優しい顔で見下ろしてくれる。
 どうにも拭えない違和感に、怖気のようなものが走る。ーーなんか、嫌な感じだ。

 エルが『エル』だった事が、なにか不味いことなのだろうか。俺には彼女が恐ろしい人物のようには見えないのだが。
 エルもまた、何処か警戒した様子で神父をじっと見つめているのが不思議で。


「……そうですか。ではエル。それにレイ。今日はもう遅いから休みなさい」


 しかし、神父はそれ以上何かを言及することはなく、静かに微笑んでそれだけを告げた。




◇◇◇



 「夜道は危険だから」という神父の言葉で教会に一泊することとなった俺は、ぼんやりと寝具に寝そべり、先程までの事を思い出す。

 隣室で眠っているはずの少女『エル』は、どうやって王都からこのミカニ村までやってきたのだろう。家族は自分を探さない、と言うことは少なくとも愛されていたわけではないということにならないだろうか。つまり、捨てられたとか?
 そこまで考えて、俺は首を傾げる。美醜に疎い俺でも目を見張るほどの美貌を備えた少女を、愛していないからと言ってみすみす手放すような愚かな人間がそうそういるだろうか。愛していないならばいないで、それこそ奴隷商人に売るのではなかろうか。それはそれは高値が――俺なんかが想像も出来ないような高値が付くだろうに。


「……」


 しかし、名の知れた貴族であればそう簡単に娘を売る事は出来ないだろう。身内を売ったことがバレれば、それがどんな我儘で愚かであろうとも家名に傷が付くことに変わりはない。俺は貴族じゃないから貴族の価値観は分からないが、普通は『娘を奴隷に堕とす家』なんて異名は嫌なはずだ。
 傷だらけだった少女は、追放されたことに間違いはないはず。けれど、『探さない』と言ったということは家族は事が前提だ。

 分からない。少女が王都を追われるような罪を犯したとして、その追放先を監視しないなんてことがあるのだろうか?

 ――となると?


「……追放は意図的ではない?逃亡?…………でも、」


 こん、こん、こん。


 静かなノックの音が、部屋に響いた。



 
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