人違いです。

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青空の下にて

9.

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『レーネ君、今日から配置が決まるまで、僕が君の同室。よろしくしたいけど、公爵家の君と伯爵家の僕じゃ、身分が違いすぎるかな』

『ふふ、嬉しいな。レーネといると僕も頑張らなくちゃって思うよ。これでも年上だからね。騎士は矜持を大切にするだろう?』

『今日、君の兄君に釘を刺されたよ。君に恋心を抱こうものならって。僕は騎士団長くらい年上が好きなんだって言ってやったら趣味悪いなって言われたけど』


『レーネは近衛かー、最後まで勝てなかったなぁ。じゃあ、騎士団長に僕の話さり気なくしといてよ。戦場から帰ったら絶対捕まえてやるんだから』




『僕は早く死んでしまいたいよ』




『リリアナの戦いにてーーーー消息不明。遺体残らず。殉死と認定』










「ーーーーーー!!!!…は、ぁ、はぁ、は…」


 ガバリと身体を持ち上げ、胸に手を当てて荒くなった呼吸を整える。身体中から吹き出した冷や汗で、真っ白なガウンはじっとりと濡れてしまっている。頬を伝って流れ落ちてくる汗を拭い、これまた真っ白な上掛けを握りしめた。

 久しぶりに見たな。この夢。
 ここ半年くらいは落ち着いていたのだけれど。精神的疲労から来ているのかもしれないし、後でアリアに安定剤でももらーーーー


 ガウン?上掛け????


「目覚めたか」


 ガチャリと見慣れない扉が開き、入ってきた男の姿に、俺は自分が置かれている状況を思い出した。そうだ。お茶会でクソみたいな契約を結ばれて、それから気絶して、ーー記憶が無い。となると、ここは本宮。そして、内装や調度品、入ってきた男からするに客間の寝室か。
 ぐるぐると思考を巡らせている俺に飽きたのか、水差しを持っていた男ーーヘイデル国王はゆったりとした足取りで寝具に近付き、脇に設置された机に置かれたカップに水を注ぐ。


「よく眠っていたな」
「……」
「知らぬ振りの次は無視か?」


 真顔でカップを差し出してくる国王。勿論敵から渡された物を軽々しく飲む訳にも行かないので無視すると、彼は不機嫌そうにその美しい眉を潜めた。逆の立場に立って考えよう。飲まないだろ絶対。
 カップを少し乱雑に机に戻すと、彼は猫足の豪奢な椅子に優雅に腰を下ろす。そして、肘置きに肘をつき、胡乱げに俺を見つめた。


「体調は?」
「……」
「この前のようにされたいか?」
「頗る悪いですね。吐き気はするけどお腹も空いてるし、同意の上じゃない契約のせいで気持ち悪い魔力がぐるぐる身体の中を巡ってる。今すぐここから逃げ出したいけど倦怠感が酷すぎてどうせすぐに捕まりそうなのでしません。つまりは最悪です」
「元気そうでなにより」


 あ"?耳ついてんのか。

 いや、それよりも、じろじろと此方をいつまでも見てくるのはなんなのか。そんなに面白いものでもなかろうに。ーーあぁ。


「セレネ・グラントとは身体の作りも似ていますか?」
「……顔は勿論筋肉の付き方までそっくりだな。双子の兄弟だと言われても誰も否定はせぬだろう。ーー身体だ」


 何故か寒気がしたのでこれ以上この話はしないことにしようと思う。目を伏せた俺に何を思ったのか、王はクツクツと喉を鳴らして笑い、カップの水をこくりと飲んだ。
 
 国王からとりあえず害意は感じられないので、俺も彼から目を離して、大きな窓から覗く広大な風景を眺める。開発され切ったフィオーレ王国の王都とは違い、ヘイデル王国の王都はかなり自然豊かだ。この部屋はかなり高層にあるらしく、街並みが一望できた。
 暫しの間見惚れていると、沈黙を嫌うらしい国王が悠然とした足取りで窓辺に歩く。


「美しいだろう」
「えぇ」
「この地を美しくするまでに、どれ程の血と涙が流れ、死体が積み上がったか、私は想像もつかん」


 ヘイデル王国は、フィオーレ王国を含む大国に囲まれている。海も山もあり、資源や特産物が非常に豊かな立地の良い場所にあるため、フィオーレ王国以外の国とも常に戦争を強いられていたらしい(世界史の授業曰く)。あわや滅亡か、というところまで行ったときに、一気に勢力を盛り返したのが、今の国王の前の代ーー『』と呼ばれた王。
 それからは、一時は世界一の強国とも謳われたフィオーレ王国すらも退かせる強国へと変貌した。「ヘイデル王国に生まれたかった」と零していた騎士も少なくない。それ程、彼ら王族の指揮は悔しいが素晴らしかった。

 だけど、俺はこれからもヘイデル王国の人間を殺し続けるのだろうし、逆もまたそうで。そこに同情や憐憫はない。


「それを敵の俺に言って何になると?同情しろと?」
「……」


 声は震えていなかろうか。


「残念ですが、どちらかが滅ぶまで戦争は終わりませんよ。お互いが友情を育むには血が流れすぎました。憎しみは消えない。風化なんてしない。相手が死ぬまで――いいや、死んでも消えることはない」


 戦争なんてそんなものだ。ただひたすら目の前の敵を殺し、後から自分のしたことの重さに発狂して。そしていつしか殺すことに慣れて、自分の生を諦める。


『レーネ。僕は早く死にたいよ。もう誰も殺したくない。目の前で友が死んで、憎んで殺して、憎まれる。怖いよ。もう生きていたくない。子どもの頃に戻りたい。陛下は僕達のことを知ってくれているかい。勝利を信じてくれているかい。僕の死がフィオーレ王国の栄華を築くなら、それ以上の幸せはないって、思っていたいよ』


 字が綺麗で、礼儀や作法を重んじていた親友。そんな彼から思いのままに書き殴ったような文字で戦場から送ってきた手紙が、俺たちの最期の会話だった。彼はヘイデル王国との最も苛烈な戦いともいわれている『リリアナの戦い』で、消息を絶った。戦争なんてそんなものだ。人一人の命が、塵のように消えていく。

 ぼんやりと自分の手の甲を見つめていると、いつの間にか俺の傍に寄っていたらしいヘイデル王が、寝具の上に腰掛けた。その目は俺を真っ直ぐに見つめている。――この人は、目を逸らさないな。


「友が死んだか」
「ええ、何人も。陛下も大切な人が死にましたか」
「あぁ、何人も」


 嗤う。


「敵国の王が苦しんでいることを喜んでしまう俺はもう、救いようのない人間ですね」
「いい。お前なら」


 国王が徐に手を伸ばし、俺の髪に触れる。恐る恐る、という言葉が丁度いいその触り方に、思わずクスリと嗤ってしまう。すぐに真顔に戻しはしたが、彼は俺が笑ったことがひどく意外だったようで、驚いたように目を瞬かせている。


「セレネ・ブライトに似てるだけで、随分優しくなるんですね。陛下」


 冷たく吐き捨ててやる。残念だが俺はレーネなんで。そうやって男を誑かしてきたのか知らないけれど、俺には通用しませんので。なんてったって俺は最強の第3部隊隊長(自称)なんで。
 ふふん、と余裕ですよ俺、みたいな感じで鼻で笑って見せると、瞬きを繰り返していたヘイデル国王は、何故かニッタァ――と、悪魔のような笑みを浮かべた。そして、徐々に距離を詰めてくる。え、ちょ、ごめんて。

 慌ててじりじりと後ろに下がると、その距離すら詰めるように身を乗り出してくる男に、俺もさらに後ろに下がる。

――トン、


「そういえば先程、知らぬふりをしてくれたな」


 とうとう、背後の壁に背中をぶつけてしまう。上から覆いかぶさるように壁に手をついたヘイデル国王は、俺を見下ろして楽しそうに嗤う。完全に足は寝具に乗り上げ、まさに籠の中に閉じ込められたかのような圧迫感。――なんて実況している場合ではないのでは。
 とは真逆の体勢に、思わずびくりと震える。窓から差し込む日の光は大きな男の身体のに遮られ、影が差す。



「お仕置きの時間だ」



 


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