人違いです。

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学びの庭にて

28.

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 挨拶もそこそこに始まった「魔法学」の講義。実技と座学を兼ねた講義らしいそれは俺としても興味深い講義のひとつだった。「魔法学主任」であるサファイア教授は澱みなく魔法の理論を黒板へと書き連ね、わかりやすく説明をつけ加えていく。今日は座学のみらしい。
 主任を務めるだけあって、彼の説明は余談がなく簡潔で理解がしやすい。生徒達も教科書を見ては首を傾げ、教授の説明を受けて頷く動作を繰り返していて、非常に真面目な印象を受けた。時折手を挙げては的を得た質問をする生徒もいて、非常に雰囲気がいい。

 俺は既に履修済みの内容なので話半分に聞いてはいるが。ーー結構楽しいな。

 講義の内容を自分なりにまとめながら、実際の現場で得た自分の知識をところどころ書き加えていく。その作業がなんとなく楽しくて没頭すると、ふと視線を感じた。俺の様子をノアが興味深げに見つめているのが視界の端に入る。
 ちらりと一瞥すれば、彼は「すまん」と黄金色の目を細めて盗み見た事を恥じるように苦笑した。王様の冴え冴えとした夜闇でも輝く目とは違い、陽だまりの中にいるような、温かみのある彼の目がとろりと揺れるのが面白くて俺も微笑み返す。
 まとめたノートを彼の方へ寄せてやると、彼は嬉しそうに目を見開き、俺の豆知識をいそいそと書き写し始める。


「……これはなんだ?」
「ああ、それは魔法の命令式」
「こんなにごちゃごちゃしてるのか……初めて見た」


 黒板に書かれた魔法理論を命令式化したものを見て、ノアが首を傾げる。『魔法詠み』をできる人間以外見ることの出来ないそれは、複雑な古代文字と数式の羅列なようなもので、見慣れない彼には理解することはできないだろう。眉を顰めながらも素直に書き写す姿がいじらしくてクスクスと笑えば、睨まれてしまった。

 
 魔法には、4つの属性がある。
 まず、人間が文明を築き上げる起源となった「火属性」。寒さに呻く人を温め、食べられるものを増やし、時には人をも燃やし尽くす残酷な業火となる火属性は、人間の文明発達と共に理解され、応用されてきた汎用性の高い属性だ。魔法士にも火属性は特に多く、それだけ人間という生き物に寄り添ってきた魔法と言える。

 次に、人間の命の源となった「水属性」。飢えをしのぎ、砂漠を潤し運河となって物を運び、繁栄を助ける反面、文明を丸ごと飲み込んで消し去ってしまう程の威力を持った洪水を引き起こすそれは、人々に愛され求められ、そして恐れられる畏怖の魔法となった。水属性の魔法士は非常に重宝され、高い身分を得ることができる。

 そして、人間が築いた文化を支えた「土属性」。大地として人の歩みを助け、作物を育てて人間を生かすが、時折人間の思い出全てを破壊する大いなる揺らぎを与えて人の心を育てた土属性は、人間を育て、人間によって育てられ、国への愛を育てた魔法である。土属性の魔法士の多くはギルドに入り、民と共に生きていくのだ。
 
 最後に、人間に未来を見る知識を与えた「風属性」。進むべき道を教え、導き、人に気候を詠む知識を与える反面、人が驕れば全てを巻き込んで塵へと変える恐ろしい刃となる風魔法は、人間の自然への畏れと敬意を護り、世界の均衡を保つ抑止の魔法である。風属性の魔法士は非常に少ないが、強力なのだ。
 王様の前で魔法を出来るだけ使いたくなかったのはこれが原因でもあるが、余談だろう。
 


 ほとんどの魔法士は、理論だけを学んで「魔力」を外に放出するイメージで魔法を使うことしかできないため、大雑把な魔法(炎を噴出するだとか、水をぶっ放すだとか)しか使うことができない。鮮明にイメージを固められる想像力のある人の方がいて、より応用の効いた魔法が使いやすくなる。


「『魔法詠み』ができるのか……すげぇな」
「ふへへ、それほどでもある」
「あんのかよ」


 しかし、魔法士の中でも、魔法の「命令式」を詠み解き、それを自在に扱う「魔法詠み」ができる人間が少数いる。
 生まれつきの才能ではなく努力で手に入れるものだが、センスはいるし命令式を理解するには並の努力と時間では足りないため、ほとんどの魔法士はその力を手に入れることを諦めてしまうのだ。
 ちなみに魔法詠みができる人間しか「魔具」は作れないから、魔具はとっても高いし市場には殆ど出回らない。
 フィオーレ王国では、魔具の大量保有は権力の証でもあった。


 最早授業そっちのけで俺のノートを写しに入ってしまったノアとそれをニヤニヤ眺める俺を、サファイア教授が怪しいものでも見るような目で見ている。ノアは新しい知識を得られたのが嬉しいのか全く気付いていない。
 しかし、教授もノアが真面目に取り組んでいることはわかっているのか、特に注意することもなく話を続けた。
 

「……全然違うなぁ」
「――?何がだ?」
「ん――、」


 ぼそりと思わず呟くと、ノアが不思議そうに俺を見上げた。俺は前に立つサファイア教授をぼんやりと眺めながら、追憶に浸る。
 俺が通っていた学園では、教師は知識をひけらかし、身分の高い生徒は無能でも持ち上げて。自らを崇めない生徒は怒鳴り散らして冷遇するような者ばかりだった。俺は早々に授業を放棄し、ひたすら図書塔に引きこもっていた思い出しかない。


「サファイア教授は、怒鳴ったりしないんだな、と思って」
「いい方だぞ。教え方もわかりやすくて生徒に理解がある。理事長が引き留めるのもわかる」
「引き留められてるんだ……」


 彼にも、他になりたかったものがあるのだろうか。
 何となく、彼と話がしてみたいと思った。










 昼餉はほとんどの生徒が食堂で食べるらしい。鈍色階級の生徒以外が利用できる食堂は、食堂としての為だけに1つの校舎を丸ごと利用しているため、非常に広い。そして豪奢。無駄な所に金を掛けすぎではなかろうか。

 食堂の扉に備え付けられた魔具が俺達を感知し、ゴウン、と重厚な音を立てて開く。中は、まるで貴族用の宿のように豪奢で、中央には巨大なシャンデリアがその存在を主張していた。何故か悲鳴が聞こえたが、ノアいわく「いつもの事」らしいので、無視しておく。

 従業員らしき男性に空席を案内してもらいノアと共に着席すると、あちらこちらから視線を感じた。少しばかりの敵意も感じられるが、殺しに来ないのならどうだっていい。俺は机に置かれた黒いメニューに視線を降ろした。
 メニュー表には、学園の食堂とは思えない程豊富な種類の料理が載っている。階級によって選べないものもいくつかあるが、それでも30種類以上はあった。


「え、どうしよう……スイーツ食べたい。甘い物」
「昼からか?……このパンケーキうめぇぞ。ふわふわで」
「ふわふわ!?何それ……それにする。紅茶も飲む」


 ノアが見せてくれた頁には、分厚くて生焼けっぽい色のふわふわした食べ物が載っている。俺の記憶にあるパンケーキは、薄く固く焼かれたもので、正直味の想像がつかない。ノアは加えてビーフシチューのセットを注文し、メニューを侍従に預けた。


「ノアまでパンケーキ頼まなくてもよかったんじゃ……」
「スイーツは一緒に食った方がうめぇだろ。それに、好みに合ったらもっと食べたくなるだろうしな。やるよ」
「え、まじかやったぁ」


 ノアの気遣いが嬉しくて、笑ってしまう。目を逸らして照れたように頬を掻く俺を、頬杖をついたノアが見つめ、彼もまた陽だまりのような温かい目を細めて微笑んだ。
 ーーその瞬間、色んな所でゴフッと何かを吐き出したような音やガシャン!!!と皿が割れたような音が慌ただしく鳴ったが、周囲を見渡しても皆真顔でご飯を見つめているだけだった。


「なんで誰も食べないんだ?」
「……さぁ?、飯と会話でもしてんじゃねぇか?」
「へぇ……???」


 不思議な文化だな。
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