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学びの庭にて
29.
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例えるならば、理想郷。高く3段に聳え立つ塔は、薄黄色の側面がふわふわと此方を誘惑し、知らず手が吸い寄せられてしまう。塔の天辺には品質の良いバターが香りを立たせながら解けて広がり、じゅわりと茶色い焼き目に恋色を残して染み込んでいく。そして紅茶の風味を聞かせているらしいシロップを上からたっぷり垂らせば――
「ほぁ……これが神の食べ物か……」
「何言ってんだ?」
目の前に置かれた奇跡のような食べ物を見つめる俺の目は、今まさにきらきら輝いているに違いない。フィオーレ王国で出てくる質素なそれとは違い、ふわふわに焼き上げられて、高く積み上げられた分厚いパンケーキは、とても見た目に美しかった。横には真っ白なクリームや薄黄色の氷菓、そして様々な果物が美しく並べられた上に香草が飾り付けされていて、色彩も豊か。
緊張と興奮で胸が高鳴る。色々な角度に身体の向きを変えて覗き込む俺を律儀に待ってくれているノア。ええと、ナイフとフォークはどこから差し込めばいいのだろうか。崩れてしまわないだろうか、――あ。
かたり、とカトラリーを机に置いた俺を見つめ、ノアが首を傾げる。先程までの笑顔とは一転、いつもの真顔になってしまった俺を心配してくれたらしい彼は、ビーフシチューを食べ始めようとしていた手を置いた。
「どうした」
「毒、入ってるかなって」
思いのほか静まっていた食堂内に、俺の声は大きく響いた。周囲からは一切の音が消え、目の前に座るノアは、険しい顔になる。自国の食堂のご飯にケチをつけてしまったことを怒っているだろうか。
でも仕方がない。俺はそういう世界で生きているのだから。
周囲の視線が集中するのをひしひしと感じながら右耳に付けてある魔具を外し、掌に乗せて魔力を込める。すると、小さな真紅のピアスの形をしていたそれは、パキ、パキ、と硝子が割れるような硬質な音を立てて形を変容させていく。ノアが驚いたように目を見開いたのが可愛くて微笑むと、何故かペしりと頭を叩かれた。
そして、細長く繊細な装飾が成されたピペットのような形へと変貌を遂げたそれを、パンケーキの真上から翳す。
ーーザワッッ
「……それは、」
「毒……というより下剤かな。腹いせはしたいけど殺しをする程の度胸はなかったんだろう」
パンケーキから空中を介してピペット型の魔具に吸い込まれていく毒々しい緑色の液体に、周囲が大いにざわめいた。完全に吸いきって、液体がパンケーキから溢れなくなったのを確認し、ピペットを机にコトリと置く。ノアがそれを不愉快極まりないとばかりに睨み付けた。
そういえば、ノアの使った朝餉では毒の心配すらしなかった。すっかり忘れていたことを今更思い出す。何故だろう。――卵粥の時点で大した警戒はできていなかったから今更な気もするな。いいや。
それよりも、さっさと目の前の美しい食べ物を食べてしまいたい。意気揚々とカトラリーを持ち上げ、いよいよパンケーキに一刀を入れようとした瞬間、身を乗り出したノアにカトラリーを勢いよく取り上げられてしまった。
「は!?何するん、」
「こっちの台詞だ!毒が入ってるもん何食おうとして――!!」
「勿体ないだろ⁉⁉こんな綺麗な……もう毒は除去したしいいよ別に」
例え毒が入っていたとしても、俺は絶対にこの美しい食べ物を口に入れる。そんな固い意志で立ち上がった状態のまま固まるノアを睨みあげれば、彼は魔物の如き険しい顔から一転、ポカンと口を開けて間抜けな顔になってしまった。その隙に彼の手からカトラリー一式を取り返し、ついでとばかりにノアのパンケーキにも魔具を当てて毒が入っていないのを確認すると、ぱくりとパンケーキを口に入れた。この間わずか1秒。
「レーネ!!!!」
「―――――美味しいッッッ…!」
「ーーッッ…………はぁ…」
ふわふわのパンケーキが口の中でじゅわりと蕩け、消えていく。紅茶の風味が効いたシロップが素材の味を生かしたパンケーキに香りを加え、より複雑で繊細な味を加えている。あまりの美味しさにぎゅっと目を瞑って悶える俺を見て、漸く諦めてくれたらしいノアは、大きな溜息を1つ吐いてどさりと乱暴な仕草で椅子に座った。そして、俺の皿を下げようとしに来てくれた侍従に「大丈夫だそうです」と吐き捨てる。
青ざめた様子で何度も謝罪する男性が何とも憐れに見えて、俺も一応微笑みかけておく。作ったのは彼ではないのだから彼が謝ることはないだろうに。二度とこのようなことがないよう気を付けるらしいし、美味しいし問題ない。彼は平身低頭したまま食堂の奥へと引き下がっていった。
もぐもぐとパンケーキを頬張る俺に、周囲も徐々に関心をなくしたのか視線は寄こしつつも雑談に興じ始めた。ノアはすっかり疲れてしまったようで、自分で頼んだパンケーキに添えられた氷菓のみ食べると、残りの皿を丸ごと俺の方へと寄せてくる。美味しいから有難くいただこう。
「これなら俺毎日食べれる。皆にも食べさせてやりたいなぁ」
「今度作ってやろうか?もう少し甘味を抑えたらご飯としても食べられるぞ」
「マジでか。お願いします」
食べる手を一切止めることなくお辞儀をする俺に何を思ったのか、ノアはしょうがないな、とでも言いたげな様子で眉を下げ、口角を上げた。またどこかで皿が割れた。
ノアの目は、好きだな。兄上か母上みたいで。ビーフシチューを食べ終えた彼が、食事を続ける俺をずっと優しく見守ってくれているのを感じながら、俺は紅茶をこくりと飲んだ。
「美味しかった」
「すげぇ食ったな」
「自分でもびっくり」
布巾で口元を拭ってにっこり笑い、ピペットに吸い込んだままになっていた毒を布巾に染み込ませた。そして魔力の接続を切り、ピアスの形に戻ったそれを耳につける。ノアがすごく物言いたげな顔で此方を見ていたが、結局何も言うことはなかった。
男は、ガタガタと身体を震わせることしか出来ない。
男は根っからの料理好きで、王都に店を構えられるような一流の料理人になるためにこの学園に勤務するようになった。しかし、実際は常に料理長が権力をふるって威張り散らし、男のような平民の新人に与えられる仕事は給仕ばかりで。いつも不満と不安でいっぱいだったのだ。――いっぱいいっぱいだったのだ。
だからといって、料理長が「毒」を盛ったことに気付いていながら、敵国の騎士の少年に出してしまうなど、料理人を志す者として失格である。きらきらと翡翠の目を見開いて輝かせる少年に、穢い毒の色を気付かせてしまったとき、男はゾッと肩を震わせた。
あまりの罪悪感と羞恥心で、あの場で卒倒してしまうところだった。平然と毒が入っていたパンケーキを口にする少年に、料理人としての矜持をズタズタにされた。いっそ「こんなものが食えるか」と捨て置いてくれたならどれほど良かったか。妥協をされてしまったのだ。
もう、こんなことは許せないと、勇気を出して料理長に進言しよう。それでだめならばもう、ここを辞めて自分で自分の道を探そう。――そう決意して調理室の扉を開けた男の目に飛び込んできたものは。
「な――ッ!!!」
「動くな」
本能が危険な人間だ、と男に伝え、彼の身体を硬直させてしまう。
地面に座り込み、失禁してガタガタと震える小太りの料理長。そして、その首に背後から短剣を突き付けている細身の騎士服の青年。色黒の顔下半分を漆黒の布で覆い隠しており、いかにも暗殺者然とした細身の彼は、その光のない蒼い目で男を一瞥すると、冷たく抑揚のない声を静まり返った調理室に響かせた。
「ユズ。見つかったか」
「見つけたヨ~」
単調な暗殺者の声とは反対に、異国由来であろう特徴的な発音で明るく響いた声の主が、死角になっていた調理室の奥から出てくる。暗殺者と同じくフィオーレ王国の女性用の騎士服(かなり改造されているようだが)に身を包み、ミニスカートから覗く美しい足を組んで調理台に腰掛けた糸目の少女は、にっこりと嗤って毒の入った瓶をちゃぷちゃぷと揺らし――料理長の股間を踏み抜いた。
「――――――――!!!!」
「痛いねェ、痛いねェ。でも、隊長はもっと傷ついたよネ~。可愛くて楽しそうだったのに、お前らが水を差したよネ~?」
「ひ、ィ」
「隊長はこの学園で幸せにならないといけないんだヨ。それをお前ら如きが邪魔しないでヨ」
暗殺者の男が手加減していたのだと痛感させられる恐ろしい殺意が調理室を満たす。いっそ気を失えたらどれ程いいだろうに、男はなまじ心が強かった。
糸目の少女は涙でぐしゃぐしゃの料理長の顔を容赦なく爪先で蹴り上げると、ぐるりと周囲を見渡した。
「セスじゃ殺しちゃうから、アタシが怒ってあげてるんだヨ。感謝してよネ。――次はお前ら全員皆殺しだ」
じゃ、アタシは隊長の薬作んなきゃ。
身体を貫通するような殺気から一転、夢見る少女のように可憐に頬を染めた少女は、呆然と固まった周囲の人間を一瞥することもなく、裏口から軽やかに出ていってしまった。
しかし、まだ、セスと呼ばれた青年が残っている。彼はぼんやりと焦点の定まらない目で男たちを見渡すと、鼻血を出して気絶してしまっている料理長を乱雑に投げ出して立ち上がった。周囲から微かに悲鳴が上がる。
彼は鼻まで覆い隠していた黒い布を外すと――頭を下げた。
「手荒な真似をして作業を止めたことは謝罪する。が、今後このような無駄なことはやめて頂きたい。殺してしまう」
では、生徒や教員が隊長に実害を加えようとしたときは教えるように理事長に言われているので。
そう締めくくった彼は、今度こそ少女の後を追いかけるように裏口の扉を開けた。
――退職しよ。
――――――――――――――――――
ユズ・コトノハ(19)
フィオーレ王国近衛騎士団第3部隊隊員。東の亡国出身の少年。薬師として並外れた知識と才能を持っていた少年は、無理矢理幼い頃に宦官にされ、後宮で薬を作り続けた。国が滅びた後、奴隷となって各地を回った結果、レーネと出会う。中性的な体型や高めの声を鑑みた結果、女性としての自分の方が可愛いことに気付いた。滅茶苦茶モテるがすぐフラれる。セスと仲良しで、お揃いの短剣を持っている。
「ほぁ……これが神の食べ物か……」
「何言ってんだ?」
目の前に置かれた奇跡のような食べ物を見つめる俺の目は、今まさにきらきら輝いているに違いない。フィオーレ王国で出てくる質素なそれとは違い、ふわふわに焼き上げられて、高く積み上げられた分厚いパンケーキは、とても見た目に美しかった。横には真っ白なクリームや薄黄色の氷菓、そして様々な果物が美しく並べられた上に香草が飾り付けされていて、色彩も豊か。
緊張と興奮で胸が高鳴る。色々な角度に身体の向きを変えて覗き込む俺を律儀に待ってくれているノア。ええと、ナイフとフォークはどこから差し込めばいいのだろうか。崩れてしまわないだろうか、――あ。
かたり、とカトラリーを机に置いた俺を見つめ、ノアが首を傾げる。先程までの笑顔とは一転、いつもの真顔になってしまった俺を心配してくれたらしい彼は、ビーフシチューを食べ始めようとしていた手を置いた。
「どうした」
「毒、入ってるかなって」
思いのほか静まっていた食堂内に、俺の声は大きく響いた。周囲からは一切の音が消え、目の前に座るノアは、険しい顔になる。自国の食堂のご飯にケチをつけてしまったことを怒っているだろうか。
でも仕方がない。俺はそういう世界で生きているのだから。
周囲の視線が集中するのをひしひしと感じながら右耳に付けてある魔具を外し、掌に乗せて魔力を込める。すると、小さな真紅のピアスの形をしていたそれは、パキ、パキ、と硝子が割れるような硬質な音を立てて形を変容させていく。ノアが驚いたように目を見開いたのが可愛くて微笑むと、何故かペしりと頭を叩かれた。
そして、細長く繊細な装飾が成されたピペットのような形へと変貌を遂げたそれを、パンケーキの真上から翳す。
ーーザワッッ
「……それは、」
「毒……というより下剤かな。腹いせはしたいけど殺しをする程の度胸はなかったんだろう」
パンケーキから空中を介してピペット型の魔具に吸い込まれていく毒々しい緑色の液体に、周囲が大いにざわめいた。完全に吸いきって、液体がパンケーキから溢れなくなったのを確認し、ピペットを机にコトリと置く。ノアがそれを不愉快極まりないとばかりに睨み付けた。
そういえば、ノアの使った朝餉では毒の心配すらしなかった。すっかり忘れていたことを今更思い出す。何故だろう。――卵粥の時点で大した警戒はできていなかったから今更な気もするな。いいや。
それよりも、さっさと目の前の美しい食べ物を食べてしまいたい。意気揚々とカトラリーを持ち上げ、いよいよパンケーキに一刀を入れようとした瞬間、身を乗り出したノアにカトラリーを勢いよく取り上げられてしまった。
「は!?何するん、」
「こっちの台詞だ!毒が入ってるもん何食おうとして――!!」
「勿体ないだろ⁉⁉こんな綺麗な……もう毒は除去したしいいよ別に」
例え毒が入っていたとしても、俺は絶対にこの美しい食べ物を口に入れる。そんな固い意志で立ち上がった状態のまま固まるノアを睨みあげれば、彼は魔物の如き険しい顔から一転、ポカンと口を開けて間抜けな顔になってしまった。その隙に彼の手からカトラリー一式を取り返し、ついでとばかりにノアのパンケーキにも魔具を当てて毒が入っていないのを確認すると、ぱくりとパンケーキを口に入れた。この間わずか1秒。
「レーネ!!!!」
「―――――美味しいッッッ…!」
「ーーッッ…………はぁ…」
ふわふわのパンケーキが口の中でじゅわりと蕩け、消えていく。紅茶の風味が効いたシロップが素材の味を生かしたパンケーキに香りを加え、より複雑で繊細な味を加えている。あまりの美味しさにぎゅっと目を瞑って悶える俺を見て、漸く諦めてくれたらしいノアは、大きな溜息を1つ吐いてどさりと乱暴な仕草で椅子に座った。そして、俺の皿を下げようとしに来てくれた侍従に「大丈夫だそうです」と吐き捨てる。
青ざめた様子で何度も謝罪する男性が何とも憐れに見えて、俺も一応微笑みかけておく。作ったのは彼ではないのだから彼が謝ることはないだろうに。二度とこのようなことがないよう気を付けるらしいし、美味しいし問題ない。彼は平身低頭したまま食堂の奥へと引き下がっていった。
もぐもぐとパンケーキを頬張る俺に、周囲も徐々に関心をなくしたのか視線は寄こしつつも雑談に興じ始めた。ノアはすっかり疲れてしまったようで、自分で頼んだパンケーキに添えられた氷菓のみ食べると、残りの皿を丸ごと俺の方へと寄せてくる。美味しいから有難くいただこう。
「これなら俺毎日食べれる。皆にも食べさせてやりたいなぁ」
「今度作ってやろうか?もう少し甘味を抑えたらご飯としても食べられるぞ」
「マジでか。お願いします」
食べる手を一切止めることなくお辞儀をする俺に何を思ったのか、ノアはしょうがないな、とでも言いたげな様子で眉を下げ、口角を上げた。またどこかで皿が割れた。
ノアの目は、好きだな。兄上か母上みたいで。ビーフシチューを食べ終えた彼が、食事を続ける俺をずっと優しく見守ってくれているのを感じながら、俺は紅茶をこくりと飲んだ。
「美味しかった」
「すげぇ食ったな」
「自分でもびっくり」
布巾で口元を拭ってにっこり笑い、ピペットに吸い込んだままになっていた毒を布巾に染み込ませた。そして魔力の接続を切り、ピアスの形に戻ったそれを耳につける。ノアがすごく物言いたげな顔で此方を見ていたが、結局何も言うことはなかった。
男は、ガタガタと身体を震わせることしか出来ない。
男は根っからの料理好きで、王都に店を構えられるような一流の料理人になるためにこの学園に勤務するようになった。しかし、実際は常に料理長が権力をふるって威張り散らし、男のような平民の新人に与えられる仕事は給仕ばかりで。いつも不満と不安でいっぱいだったのだ。――いっぱいいっぱいだったのだ。
だからといって、料理長が「毒」を盛ったことに気付いていながら、敵国の騎士の少年に出してしまうなど、料理人を志す者として失格である。きらきらと翡翠の目を見開いて輝かせる少年に、穢い毒の色を気付かせてしまったとき、男はゾッと肩を震わせた。
あまりの罪悪感と羞恥心で、あの場で卒倒してしまうところだった。平然と毒が入っていたパンケーキを口にする少年に、料理人としての矜持をズタズタにされた。いっそ「こんなものが食えるか」と捨て置いてくれたならどれほど良かったか。妥協をされてしまったのだ。
もう、こんなことは許せないと、勇気を出して料理長に進言しよう。それでだめならばもう、ここを辞めて自分で自分の道を探そう。――そう決意して調理室の扉を開けた男の目に飛び込んできたものは。
「な――ッ!!!」
「動くな」
本能が危険な人間だ、と男に伝え、彼の身体を硬直させてしまう。
地面に座り込み、失禁してガタガタと震える小太りの料理長。そして、その首に背後から短剣を突き付けている細身の騎士服の青年。色黒の顔下半分を漆黒の布で覆い隠しており、いかにも暗殺者然とした細身の彼は、その光のない蒼い目で男を一瞥すると、冷たく抑揚のない声を静まり返った調理室に響かせた。
「ユズ。見つかったか」
「見つけたヨ~」
単調な暗殺者の声とは反対に、異国由来であろう特徴的な発音で明るく響いた声の主が、死角になっていた調理室の奥から出てくる。暗殺者と同じくフィオーレ王国の女性用の騎士服(かなり改造されているようだが)に身を包み、ミニスカートから覗く美しい足を組んで調理台に腰掛けた糸目の少女は、にっこりと嗤って毒の入った瓶をちゃぷちゃぷと揺らし――料理長の股間を踏み抜いた。
「――――――――!!!!」
「痛いねェ、痛いねェ。でも、隊長はもっと傷ついたよネ~。可愛くて楽しそうだったのに、お前らが水を差したよネ~?」
「ひ、ィ」
「隊長はこの学園で幸せにならないといけないんだヨ。それをお前ら如きが邪魔しないでヨ」
暗殺者の男が手加減していたのだと痛感させられる恐ろしい殺意が調理室を満たす。いっそ気を失えたらどれ程いいだろうに、男はなまじ心が強かった。
糸目の少女は涙でぐしゃぐしゃの料理長の顔を容赦なく爪先で蹴り上げると、ぐるりと周囲を見渡した。
「セスじゃ殺しちゃうから、アタシが怒ってあげてるんだヨ。感謝してよネ。――次はお前ら全員皆殺しだ」
じゃ、アタシは隊長の薬作んなきゃ。
身体を貫通するような殺気から一転、夢見る少女のように可憐に頬を染めた少女は、呆然と固まった周囲の人間を一瞥することもなく、裏口から軽やかに出ていってしまった。
しかし、まだ、セスと呼ばれた青年が残っている。彼はぼんやりと焦点の定まらない目で男たちを見渡すと、鼻血を出して気絶してしまっている料理長を乱雑に投げ出して立ち上がった。周囲から微かに悲鳴が上がる。
彼は鼻まで覆い隠していた黒い布を外すと――頭を下げた。
「手荒な真似をして作業を止めたことは謝罪する。が、今後このような無駄なことはやめて頂きたい。殺してしまう」
では、生徒や教員が隊長に実害を加えようとしたときは教えるように理事長に言われているので。
そう締めくくった彼は、今度こそ少女の後を追いかけるように裏口の扉を開けた。
――退職しよ。
――――――――――――――――――
ユズ・コトノハ(19)
フィオーレ王国近衛騎士団第3部隊隊員。東の亡国出身の少年。薬師として並外れた知識と才能を持っていた少年は、無理矢理幼い頃に宦官にされ、後宮で薬を作り続けた。国が滅びた後、奴隷となって各地を回った結果、レーネと出会う。中性的な体型や高めの声を鑑みた結果、女性としての自分の方が可愛いことに気付いた。滅茶苦茶モテるがすぐフラれる。セスと仲良しで、お揃いの短剣を持っている。
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