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学びの庭にて
30.
しおりを挟む美味しくて甘くて綺麗なものを一度に摂取できた俺は、すっかりご満悦で食堂を出た。午後からは2講義分全てを使って、学園の敷地内にある『闘技場』で実技訓練をするらしい。
広大な学園内を移動するために各地に用意されている馬車の停留所に向かい、俺とノアは翡翠階級用の馬車の傍に立つ馭者に指輪を見せて乗車した。
他にも食堂から出てきた数人の翡翠階級の生徒が乗車したところで、馬車がゆっくりと出発する。
ご丁寧にも、馬車にさえ階級ごとに違うものが用意されているらしい。
紫や赤、白の馬車は翡翠や透明に比べて大きさこそ小さいものの、非常に豪奢な装飾が為された見栄えが良い馬車だ。翡翠はそれよりは質素であるものの、耐震構造もしっかり徹底されていて、乗り心地は非常に良い。白になるとその辺の構造がダメダメらしく、揺れるわ酔うわで大変なんだとか。大人数を一気に運べるように適当に大きく粗雑に作られたそれは、馭者も新人が割り当てられ、乗り心地も最悪とのこと。
鈍色には、馬車を使う権限すらない。馬鹿王子の体力も少しは鍛えられるだろうか。
隣に腰掛けているノアは先程の食堂での出来事を上司に報告しているらしく、ずっと通信魔具に語り掛けている。その顔は非常に険しく、形の整った眉は限界まで顰められ、眉間にはくっきりと皺が浮いてしまっている。毒の話をする声はいつもの数倍低く、しかし馬車内によく響いていた。
この馬車にいる生徒たちは事情を見ていたからか、車内で通話するノアを特に咎めることはしない。とはいえ車内を充満する憤怒の気配には耐え難いのか、ノアの対面に座る生徒はずっと天井を睨みつけて現実逃避し、他の人も居心地悪そうに目を逸らしている。
俺はと言えば、ノアが全然構ってくれないので、非常に退屈していた。かといって他の生徒に喋りかけて交流を深めるほど俺は人付き合いに積極的ではないし、そもそもその有用性が見いだせない。外の風景も、王子を引率した初日に基本把握しておいたため、目新しさもクソもない。
時折ノアの制服の裾をくいっと引いてみたり、じっと顔を覗き込んで「飽きた」と主張してはいるものの、彼は陽だまりのような目で俺を見つめ、宥めるように頭を撫でることしかしてくれなかった。畜生、気持ちいいな。
『―――――』
「ッッはぁ!?だから殺人未遂を無罪ってどういう、」
『―――――』
「既に心神喪失状態?なんで……」
通信魔具の向こう側からの声にノアが目を見開いて声を荒げる。同時に対面の生徒の目からつぅ、と涙が流れたのを俺は見逃さなかった。俺にとっては可愛い殺気でも、彼らにとっては相当の者らしい。なんだか可哀想になってきた。
どうやら食堂で俺のパンケーキに下剤を盛ったクソ野郎は、この度無罪に処されるらしい。ノアの発言から俺がフィオーレ王国の人間だからではなく、既に精神を激しく摩耗しているから。ノアが訝し気に首を傾げた。
大方、俺の可愛い部下たちの誰かがあの後乗り込んだのだろう。恐らく隠密行動に特化しているセスと――ユズあたりか。2人とも俺の事大好きだから仕方ない。寧ろ、よく殺さず生かしたと褒めてやらなければ。
特に、褒められることに慣れていないセスは、頭を撫でられると美しい青色の目をきゅうっと細めて俺の手に擦り寄ってくるのだ。控えめに言って滅茶苦茶可愛いから覚悟してほしい。逆に褒められ慣れしているユズには、抱きしめてやるのがいい。嬉しそうに「あったかいヨ~」って眉を下げて……ああ"~~~~たまんね~~~~~。世界中に自慢して回りたい。
二人のことを考えてニヨニヨしている俺を、生徒達が変なものでも見るような目で見てくる。対して未だ料理人への処遇に納得いっていないらしい彼は、暴漢も顔負けの恐ろしい顔つきになっていた。
「ノア、俺の部下がやりすぎちゃったっぽい。ーー別にいいよ。想定内だったし」
「…………飯を食うたびに不信感を味合わせたくねぇ」
「じゃあこれからノアが全部作ってよ。俺ノアのご飯好きだよ」
晴れた日の午後のようにポカポカするノアの料理なら、俺は毒の心配なんてしなくて済む。そう言って笑いかける俺を、ノアはひどく驚いたように目を見開いて見つめた。そして、通信魔具に素っ気なく数言囁くと相手の返事を待たずに切断した彼は、先程までの優しい黄金色の目をとろりと緩ませ、頬を染めて嬉しそうに微笑み返してくれる。
おまけにぐしゃぐしゃと髪を掻きまわすように撫でてくれる。それがとても気持ちよくて、俺は目を瞑って暫くの間その感触を堪能することにした。
「ごぶふッ」
「?」
「レーネ、見なくていい」
対面から血を吐いたような濁った音が聞こえたためそちらに目を向けようとすれば、何故か止められてしまった。
闘技場へ到着した馬車が、ゆっくりと減速して止まった。先に降りたノアに続いて降り、伸びをする。やはり俺は馬車でのんびり揺られているよりも、ヴィオラの背に乗って大地を自由に駆ける方が向いていると思う。俺はふわりとあくびを漏らして眼前に広がる建物を見上げた。
円形に建てられた闘技場は、中央が巨大な舞台となっている。そしてさらにその舞台を見下ろすように、かつ闘技場での試合での影響を受けないようにだろう、かなり高い位置から階段状に観客席が広がっている構造になっている。
俺たちは他の生徒たちに倣って闘技場の混雑している入り口(クソでかい建物の割に入り口は1つしかない)に向かい、受付を担当しているらしい職員の案内を待つ。
ーーたかが講義の割に生徒の人数が多すぎやしないだろうか。見えるだけでもどう考えても2組の生徒数を超えている。ボソリとそのことを呟くと、ノアも不思議そうに首を傾げた。彼にもよくわからないらしい。
暫くして俺たちの順番が回ってくると、職員が機械的な口調で定型的な説明を始めた。
「学園闘技場へようこそお越しくださいました。指輪を確認いたしますので、此方の認証装置にかざして下さい。――2学年2組のノア・シトリン様と……レーネ・フォーサイス様ですね。シトリン様は入っていただいてすぐ左側3番口から、フォーサイス様は真っ直ぐそのままお進みくださいませ」
「……同時に入ったのに別々なのか」
「今回は座席指定が御座います故、ご了承くださいませ」
部外者の俺にはわからないことであるが、この学園に関しては先輩のノアにとっても、座席指定までされることは初めてらしい。ますます不可解そうに眉を顰めるノアとは反対に、俺は酷く冷めた気分で単調に言葉を紡ぐ職員のことを眺めていた。
果たして真っ直ぐそのまま進んだ先に何があるのか。闘技場の構造内を考えれば簡単に想像できる。そして、同じ実技訓練を受けるはずのノアが俺と同じところに案内されないという事実。
――見世物、かな。
それならば、見慣れない生徒が異常に多いのにも納得がいくというものだ。合同訓練とは予定表に書いていないにもかかわらず、明らかに教室にいた13人以外の人間――さらには透明階級の生徒までもが受付をしていた理由の説明がつく。
恐らく今回の午後ぶっ通しの実技訓練は、俺専用。大方フィオーレ王国の騎士の実力を試そうとでもしているのだろう。
きっと、理事長の指示ではない。彼は俺が学生として過ごすことにこだわっていたようだから。
まだ納得いかない様子のノアを諭して別れ、言われるがまままっすぐ進む。大きな闘技場の長くて薄暗い廊下を一人で進み、俺は闘技場の舞台へと辿り着いた。
円形に美しく造られた舞台の中心へと歩く俺を、四方八方からの喧騒が出迎える。ぐるりと周囲を見渡せば、俺を取り囲むように頭上に広がる観客席が溢れんばかりの生徒や大人たちでひしめき合っている。到底、ノアの姿は見つけられそうになかった。
彼らは、すたすたと淀みない足取りで舞台に現れた俺に興奮したように野次を飛ばす。他にも愉しそうに友人と語らう者、つまらなさそうに俺を観察している者と様々だが、皆、今から行われることへの疑問の感情は無いようだった。
知らぬは俺とノアだけ。ノアは、俺が学園側の想定以上に親密になっていたから、伝えられなかったのだろう。可哀想に。俺に優しくなんかするから。
ぼんやりと立ち尽くしている内に、昼休憩の時間終了を告げる鐘の音が響き渡った。すると、あれほど賑やかだった闘技場内が示し合わせたかのようにしん、と静まりかえる。
俺は、鐘が鳴ると同時に空中に現れた、これまた俺の身の丈以上の『幻影結晶』を胡散臭げに眺めた。ヘイデル王国の騎士団本部で使ったそれよりも遥かに大きなそれは、いったいどれほどの値が付くのだろう。この学園の財力の底がしれない。
どこかで、拡声魔具が起動されたような音がする。
『ーーこれよりぃ、フィオーレ王国近衛騎士団第3部隊隊長殿のぉ、技術を拝見するべくぅ、幻影結晶を用いたぁ、模擬戦闘を行うぅ!!!』
拡声魔具を使ってどこからか放たれた興奮気味の大声に、生徒たちから咆哮の様な大歓声が上がった。
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