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第4話:もう一度会ってみたいメイド(エリクside)
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メイドに別れを告げた後、エリクは近くで休ませていた愛馬に乗り込み、一気に王宮に向かって走らせた。
一刻も早く仕事に取り掛からねばと焦燥感を湧き上がらせるエリクだが、森の中を駆け抜ける爽快感に、先ほど顔を合わせていたメイドの名前を思い出す。
「イリーナか……」
朝日を堪能するメイドの穏やかな表情が、エリクの心に絡まる余計な緊張が解けさせる。
王宮の早朝はをクリアな状態に変える力があると、エリクはイリーナの日課にある種の関心を寄せた。
「また話してみたいな」
彼女との出会いがあってから、自分でも驚くほどに疲れが取れた感覚をエリクは覚える。
清々しい気分のままエリクは王宮に到着すると、洗練された佇まいをしている初老の男性が門前で立っていた。
「遅刻とは珍しいですな」
芸術と呼べるほどに整った姿勢で頭を下げ、揶揄いつつも上品さを感じさせる笑みを浮かべる自身の側近に、エリクは渋い表情を作ってしまう。
「すまない」
「そこまで仕事は溜まっておりませんから、お気になさらず」
エリクの側近として仕えるサンデルは、後ろに控える侍従にハンドサインを出す。
彼らはすぐさま、エリクの背負っているヴァイオリンを受け取り、ここまで運んだ馬の手綱を引く。
「なあ、サンデル。菓子折りを用意してもらえないか?」
「かなりご機嫌の良い殿下と関係が?」
「あぁ。お礼で渡すもので頼む」
「かしこまりました」
執務室に向かう途中で、エリクはニヤニヤとした笑みを浮かべるサンデルに顔をしかめる。
サンデルは飄々とした態度のまま、移動のついでと溜まっている公務やスケジュールについて説明をする有能な面もあるから、エリクは強く不満を口にすることができなかった。
「さて、さっさと進めるか」
執務室の椅子についたエリクは、次々と運ばれてくる書類や報告を素早く捌く
一度集中状態に入ると、止めることなく手を動かすエリクは、完了した案件に関わる書類を積み上がっていった。
「この書類は何だ」
エリクは一つの資料を手に取ると、険しい顔付きに変わり、指が硬直する。
「エラート伯爵は何を考えている」
そこには、法外な重税を民に納めさせて収入を増加させたという旨の報告が抱えていた。
「不法な税を民から取るなと再三伝えたはずだ」
「先王の代から命じておりますね」
「なぜ、民を苦しめる真似をする!」
エリクは手に持つ資料を机に叩きつけ、国を脅かす悪魔を見るような目で書類を睨む。
「エラート伯爵には、厳重な罰則を課せ」
「かしこまりました!」
侍従に命令をしたエリクは、間髪入れずに別の書類を手にとる。
「詰め込み過ぎも毒ですよ」
これを長時間続けるエリクは、サンデルの忠告も聞き流し、お茶を口に含む。
空のティーカップに注がれるお茶は、眠気を無くす作用のある茶葉を大量に使用したエリク特注のものだった。
昨日も皆が就寝した後に、執務室から蝋燭の明かりを見たサンデルは、エリクの健康を憂うような視線を向ける。
「それが王族の責務を果たさない理由にはならない」
サンデルの前に積み上がる書類の数々は、どれも国民の幸せを思って作られたものばかりだった。
先王から続く民に寄り添った政治を厳格に実行するエリクは、他者以上に自分へ厳しくしている。
強い責任感を持つエリクに、サンデルは賞賛を超えて心配を抱き、ため息を吐く。
「それに、今日は十分に休めた」
サンデルの耳に届いた言葉は、エリクの穏やかな声だった。
昨日まではそのまま書類と睨み合っていたエリクから、思いも寄らない台詞が出てきたことにサンデルは信じられないと口にするようにエリクを見つめる。
「幸せそうな民の顔を見れば、自然と力が湧くものだ。過度な心配をするな」
エリクの言葉に、執務室の中に漂う空気感が和らぐ。
「今日は特に調子が良い。とりあえず、終わらせるべき仕事はもう片付いた」
「本当に何があったのですか?」
大きく腕を伸ばすエリクを見て、サンデルは目頭を押さえていた。
「大袈裟な反応をしないでくれ。小っ恥ずかしい」
「それほどに殿下のことを心配しておりましたから」
エリクは大きくため息を吐き、サンデルへ朝の出来事を話し出す。
心地良さそうに日光を浴びるメイドについて楽しげに語るエリクの様子に、サンデルは目を細める。
「殿下がメイドに手を出すなんて珍しいですね。てっきりその手の事には興味がないかと」
「そういう下心は持ち合わせていない」
エリクは、なぜこの手の年代の人間はすぐ色恋沙汰に結び付けると呆れを覚える。
「そういえば、殿下が集中してる際に、用意させた菓子折りを預かりましたが」
「助かる。ついでに、イリーナ・アルトノートの管轄を調べてくれ」
「アルトノート卿のご息女でしたか。確認しておきます」
「あぁ。頼んだ」
これまでの飄々とした雰囲気が崩れ、サンデルは嬉しそうな視線でエリクを見つめた。
「ついにエリク殿下にも春が……」
「そういう相手ではないと言っているだろ」
「殿下が珍しく誰かに気を許しているようなので、舞い上がっているだけですよ」
サンデルは茶化すように笑うと、エリクは深いため息を吐く。
「まあ、一緒にいて心地良い相手と言えば、そういう考え方もできるか」
「では、今から会いに行く用意でもします?」
「たが、仕事が……」
「先ほど殿下は、終わらせるべき仕事を片付けたとおっしゃっていましたよ」
自分の発言に揚げ足を取られたことに、エリクは苦いものを食べたような表情を浮かべる。
それでも、イリーナに会いに行くとなると、分かりやすく表情を明るくするエリクを見て、サンデルは微笑ましいと感じた。
「それでは、エリク殿下が楽しみで仕方ない様子なので、さっさと準備をしてしまいましょう」
「そこまでは言っていない……」
エリクが反論した途端、腹の音が執務室に響く。
「とりあえず、昼食にしましょう。王族が飢えているなんて示しがつきませんから」
サンデルの揶揄いに、エリクは恥ずかしさから目を背けた。
一刻も早く仕事に取り掛からねばと焦燥感を湧き上がらせるエリクだが、森の中を駆け抜ける爽快感に、先ほど顔を合わせていたメイドの名前を思い出す。
「イリーナか……」
朝日を堪能するメイドの穏やかな表情が、エリクの心に絡まる余計な緊張が解けさせる。
王宮の早朝はをクリアな状態に変える力があると、エリクはイリーナの日課にある種の関心を寄せた。
「また話してみたいな」
彼女との出会いがあってから、自分でも驚くほどに疲れが取れた感覚をエリクは覚える。
清々しい気分のままエリクは王宮に到着すると、洗練された佇まいをしている初老の男性が門前で立っていた。
「遅刻とは珍しいですな」
芸術と呼べるほどに整った姿勢で頭を下げ、揶揄いつつも上品さを感じさせる笑みを浮かべる自身の側近に、エリクは渋い表情を作ってしまう。
「すまない」
「そこまで仕事は溜まっておりませんから、お気になさらず」
エリクの側近として仕えるサンデルは、後ろに控える侍従にハンドサインを出す。
彼らはすぐさま、エリクの背負っているヴァイオリンを受け取り、ここまで運んだ馬の手綱を引く。
「なあ、サンデル。菓子折りを用意してもらえないか?」
「かなりご機嫌の良い殿下と関係が?」
「あぁ。お礼で渡すもので頼む」
「かしこまりました」
執務室に向かう途中で、エリクはニヤニヤとした笑みを浮かべるサンデルに顔をしかめる。
サンデルは飄々とした態度のまま、移動のついでと溜まっている公務やスケジュールについて説明をする有能な面もあるから、エリクは強く不満を口にすることができなかった。
「さて、さっさと進めるか」
執務室の椅子についたエリクは、次々と運ばれてくる書類や報告を素早く捌く
一度集中状態に入ると、止めることなく手を動かすエリクは、完了した案件に関わる書類を積み上がっていった。
「この書類は何だ」
エリクは一つの資料を手に取ると、険しい顔付きに変わり、指が硬直する。
「エラート伯爵は何を考えている」
そこには、法外な重税を民に納めさせて収入を増加させたという旨の報告が抱えていた。
「不法な税を民から取るなと再三伝えたはずだ」
「先王の代から命じておりますね」
「なぜ、民を苦しめる真似をする!」
エリクは手に持つ資料を机に叩きつけ、国を脅かす悪魔を見るような目で書類を睨む。
「エラート伯爵には、厳重な罰則を課せ」
「かしこまりました!」
侍従に命令をしたエリクは、間髪入れずに別の書類を手にとる。
「詰め込み過ぎも毒ですよ」
これを長時間続けるエリクは、サンデルの忠告も聞き流し、お茶を口に含む。
空のティーカップに注がれるお茶は、眠気を無くす作用のある茶葉を大量に使用したエリク特注のものだった。
昨日も皆が就寝した後に、執務室から蝋燭の明かりを見たサンデルは、エリクの健康を憂うような視線を向ける。
「それが王族の責務を果たさない理由にはならない」
サンデルの前に積み上がる書類の数々は、どれも国民の幸せを思って作られたものばかりだった。
先王から続く民に寄り添った政治を厳格に実行するエリクは、他者以上に自分へ厳しくしている。
強い責任感を持つエリクに、サンデルは賞賛を超えて心配を抱き、ため息を吐く。
「それに、今日は十分に休めた」
サンデルの耳に届いた言葉は、エリクの穏やかな声だった。
昨日まではそのまま書類と睨み合っていたエリクから、思いも寄らない台詞が出てきたことにサンデルは信じられないと口にするようにエリクを見つめる。
「幸せそうな民の顔を見れば、自然と力が湧くものだ。過度な心配をするな」
エリクの言葉に、執務室の中に漂う空気感が和らぐ。
「今日は特に調子が良い。とりあえず、終わらせるべき仕事はもう片付いた」
「本当に何があったのですか?」
大きく腕を伸ばすエリクを見て、サンデルは目頭を押さえていた。
「大袈裟な反応をしないでくれ。小っ恥ずかしい」
「それほどに殿下のことを心配しておりましたから」
エリクは大きくため息を吐き、サンデルへ朝の出来事を話し出す。
心地良さそうに日光を浴びるメイドについて楽しげに語るエリクの様子に、サンデルは目を細める。
「殿下がメイドに手を出すなんて珍しいですね。てっきりその手の事には興味がないかと」
「そういう下心は持ち合わせていない」
エリクは、なぜこの手の年代の人間はすぐ色恋沙汰に結び付けると呆れを覚える。
「そういえば、殿下が集中してる際に、用意させた菓子折りを預かりましたが」
「助かる。ついでに、イリーナ・アルトノートの管轄を調べてくれ」
「アルトノート卿のご息女でしたか。確認しておきます」
「あぁ。頼んだ」
これまでの飄々とした雰囲気が崩れ、サンデルは嬉しそうな視線でエリクを見つめた。
「ついにエリク殿下にも春が……」
「そういう相手ではないと言っているだろ」
「殿下が珍しく誰かに気を許しているようなので、舞い上がっているだけですよ」
サンデルは茶化すように笑うと、エリクは深いため息を吐く。
「まあ、一緒にいて心地良い相手と言えば、そういう考え方もできるか」
「では、今から会いに行く用意でもします?」
「たが、仕事が……」
「先ほど殿下は、終わらせるべき仕事を片付けたとおっしゃっていましたよ」
自分の発言に揚げ足を取られたことに、エリクは苦いものを食べたような表情を浮かべる。
それでも、イリーナに会いに行くとなると、分かりやすく表情を明るくするエリクを見て、サンデルは微笑ましいと感じた。
「それでは、エリク殿下が楽しみで仕方ない様子なので、さっさと準備をしてしまいましょう」
「そこまでは言っていない……」
エリクが反論した途端、腹の音が執務室に響く。
「とりあえず、昼食にしましょう。王族が飢えているなんて示しがつきませんから」
サンデルの揶揄いに、エリクは恥ずかしさから目を背けた。
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