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落ちているものを簡単に拾ってはいけません

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 ミーヤの住んでいる地域に冬将軍が到来した。
 一晩で、辺り一面雪景色となった。

 それに今日は吹雪いている。
 早めに別邸の周囲を片付けて、鶏も山羊も中に入れ、夕食を摂った。
 ウサギたちと山羊は干し草をたっぷり与え、鶏には麦と大豆も与える。

 ミーヤは自分で挽いた小麦粉に水を加えて丸めて、根菜野菜がたっぷり入ったスープに入れた。丸くてモチモチした食感がお気に入りだ。
 日暮れの頃になると、女性の泣き声の様な風の音と共に、雪が一層激しく降る。

「もう、今日は寝ようか」

 いつものようにウサギたちを毛布に呼びこんでいると、戸を叩く音がする。

 トントン……。
 トントン……。

「まさか、こんな日に、誰も来ないよね」

 トントン……。
 トントン……。

 ふと、ミーヤはこの地に伝わる伝説を想い出す。
 確か……。

 雪の降る夜にやって来る、真っ白い顔をした綺麗な女性。
 長い黒髪が風に舞う。
 そして家の人が叩かれた戸を開けると、彼女はこう言うのだ。

「あたし、キレイ?」


 ぶるっと身震いしたミーヤが、ドアの前で逡巡していると、今度はガツンガツンと音がした。

 妖怪変化の類ではなかろうと、覚悟を決めてミーヤはドアを開ける。

 すると。

 五、六歳の子どもくらいの大きさの、真っ白な生き物がいた。
 耳が長い。
 お鼻もピクピクしている。

 なんだろう……。
 とても、とても大きな、ウサギさん?

 あ、額に角がある。

よ開けろや」

 三白眼になった大きなウサギが、低い声で言った。

「あ、ごめんなさい」
「はあ、やでやで。こんな吹雪いた日は、早く風呂に入って寝たいわ」

 大きなウサギはそう言いながら、ゴロッと横になる。
 大きいし、喋っているし、二足歩行だけど、やっぱりウサギ種のように見える。

「あのお、何かご用でしょうか?」

 大きなウサギは、ハッとして起き上がり、ミーヤに言った。

「わしはこの山の守り神、レミッシュじゃ」
「守り……。まあ、神様なんですね、レミッシュ様」
「もうちょい驚け。まあいいや。よく聞け娘。この小屋の近くで雪に埋もれた男がいる」
「あら、寒くないのかしら?」

「寒いとか、そういうレベル越えてだな、死にかけとるわい」
「えっ! それは大変」
「だから、お前が助けるように。いじょ」

 レミッシュはミーヤに告げた途端、シュッと消えた。

 神様の命により、ミーヤは吹雪もしのげる外套を着て、スコップと木のソリを持って敷地を出た。 
 外套の毛糸は、秋の果物を発酵させた液で染め、防水効果も高い。

 だが、一面真っ白で、埋もれた人を探すことが出来るのだろうか?
 辺りを見渡したミーヤの目に、雪原に立つ、一本の人参が映った。

「ひょっとしたら、アレかしら」

 ぽこぽこと雪道を進み、人参を引き抜くと、黒い髪の毛が滑り出た。

 人がいる!

 慌てて雪を払い除けると、うつ伏せに倒れている男性がそこにいた。
 かけていたのであろう眼鏡が、顔からずり落ちていたのでそれも一緒にして、ソリに乗せた。

 日々、自給自足的生活をしているため、ミーヤは見た目よりずっと、力持ちだった。



◇魔導士は小動物使いと出会う◇



――ねえねえお母さん。この石像は何?

『こうやって、拝むものよ』

――拝む?

『お祈りするの。石像を通じて神様に届くから』


――でもこれ、ウサギみたいな形してるよ

『ウサギさんは、神様にお仕えする生き物なの』

――そうなんだ。じゃあ、僕も拝むね


「メエエエエエ!!」
「コケコッコー!!」


 強烈な泣き声でフィーザは目を覚ました。
 がばっと起きて辺りを見回す。

 確か……。
 最後に見た景色は雪一色。

 しかし、今彼の目の前には、山羊と鶏と、モコモコと動く毛玉たち。

 此処は何処?
 俺は一体……。

「あ、目が覚めましたのね。良かったあ!」

 一人の女性がお毛玉様の間から現れた。

 茶色の髪がふわりと揺れ、木の実の色した丸い瞳は小動物の様だ。
 その女性の笑顔につられたのか、毛玉のようなウサギたちと山羊や鶏までもが、彼女にまとわりつく。

「えっと、あの……俺は一体……」
「雪の中で、倒れていらっしゃいましたので、ここ、ゴーシェ家別邸までお連れいたしました」

 別邸?

 物置小屋か、小動物飼育小屋ではないのか、とフィーザは思った。
 ゴーシェといえば、確か由緒正しい伯爵家。
 ではこの女性は、別邸管理をしているゴーシェ家の使用人だろうか。

「かたじけない。俺はフィーザ・パドロス。王国魔導士団に属している」

 雪の中で見つけた時は気付かなかったが、肩よりも長い黒髪と、煌めく赤い目を持つ魔導士と言えば、確か魔導士団の副団長さん?

「恐れ入ります。わたくしは、ゴーシェ家の長女、ミーヤと申します」

 なんとご息女だった。
 だが、なんで伯爵令嬢が、こんな僻地で暮らしているのだろう。
 ああ、それよりも、眼鏡眼鏡……。

 ミーヤが簡易の礼を執りながら、ふと見ると、そのフィーザ、寝ていたブランケットの周囲を手でペタペタ触っている。

「お探しの物は、これでしょうか」

 おずおずとミーヤは眼鏡を差し出す。

「あ、ありがとう。これを掛けないと……」
「ああ、良く見えないのですね」
「いや……」

 フィーザは首を振る。

「俺は黒髪で赤い目なんだが、先輩の団長から『お前の髪と目の色は、生物的におかしい』って言われてしまって。目の色を誤魔化すために、眼鏡に色彩変調の魔力を流して使っているんだ」

「まあ……」

 ご自分の目に直接、魔法をかけないのかしら、とミーヤは疑問を抱いた。
 いやそれよりも、だ。

「そんな綺麗な瞳を、隠してしまうなんて勿体ないですね」

 フィーザはポカンと口を開けた。
 この王国では金髪に碧眼か青眼が美しいとされ、赤や茶色系の瞳は一段か二段、低く見なされている。特に赤い目は気味が悪いと言われることもあるくらいだ。

 それを目の前の女性は、「綺麗」と言ってくれた。
 隠してしまうのは「勿体ない」と言ってくれた。

「そ、そう言われたのは、家族以外では初めてだ」
「あ、ご、ごめんなさい。外見に触れる話題、はしたないですね」

「違う違う! 初めて、だから、嬉しくて……」

 俯いたフィーザの顔は、少し赤くなっていた。

「見てください、この子たち」

 ミーヤは「おいで」と毛玉たちに声をかける。

 フィーザの前にピョコピョコと寄ってくる生き物の耳は長い。
 一、二、三、とフィーザはウサギを数える。

 七匹もいる!

「パドロス卿の左から、毛の色が白色、黒色、濃い緑色、紫色、茶色、橙色、そしてピンク色のウサギたちです。目の色も、ちょっとずつ違います。でも、どの子もカワイイでしょ? ウサギとしては、ちょっと変わった色の子もいますけど」

 邪気なくニコニコ笑うミーヤに、フィーザの頬も緩む。

 ウサギと。
 同じ扱いか。

 でもまあ、いいや。

 本当は目の色を誤魔化すだけでなく、外見だけで寄って来る、面倒な女除けの為にもかけている眼鏡であるが、素顔を見たはずのミーヤは、態度も気配も清浄だ。
 じゃあ、素で綺麗と思ってくれたんだ。

「あ、忘れていました」

 ミーヤは小さくパンと手を叩く。

「お腹、空いてませんか? 朝ご飯、食べましょう」
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