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夏休みのドロート子爵領

殿下は燃えている

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side アリスミー殿下 

 荒れた農地を復活させたい。
 それは一貴族の為ではない。
 国の、國民のためなのだ!

 パリトワの呼びかけで、高等部の生徒十数人が、プラウディ子爵領に集まった。
 役員や執行部員も当然の如く集結した。
 ただし、ラリアとルコーダは別行動だ。
 女子は子爵の持つ別邸で寝起きし、男子はテント生活となる。

 泥だらけの奉仕活動だ。
 そこにあるのは純粋な、誰かのお役に立ちたいという精神。
 一文の得にもならない、力仕事だ。
 このクソ暑い季節に。

 泣けるねえ。

 王子として、おとことして、人間として、わたしは泣く。

 泣いてるだけじゃ進まないので、わたしも長靴履いて現場作業を行う。
 率先垂範。
 適性は知らんけど、一応次代の国王、(候補)だからね。

 プラウディ子爵と子息のウルスは、王都で腕の良い医者に行かせた。
 子爵は肝臓の機能低下による腹部膨張だ。
 酒の飲みすぎもあったようだが、飲用していた水に含まれていた、微量の毒成分の影響が大きい。

 ウルスの方は、心身衰弱と診断されていた。
 ストレス過多によるものらしい。
 ただし、医者はこうも言った。

「似た症状を隣国で診たことがあります。鉱山作業に従事していた者たちでした。あくまで仮説ですが、頭の中に、少量の鉄などが張り付くと、神経がやられることがあるようです」

 神経がやられると、いきなり怒りっぽくなったり、簡単な計算が出来なくなったりすると言う。

 とりあえず、子爵とウルスは、解毒作用のある薬を飲みながら、しばらくの間、安静に過ごすことになった。

 早朝から、わたしも子爵の直轄地に向かう。
 子爵の持つ直轄地は、王立学園全体の敷地の倍くらいか。
 元々は、麦類と野菜根菜類を栽培しており、実り多き土地だったはずだ。

 全体の指揮は、アルバストが執る。

「まずは、敷地全域の雑草や切り株などを、全部取り除く」

 生徒らの奮闘により、たった二日間で、直轄地は更地状態になった。


 アルとフローナ嬢は、並んで、何か作業をしていた。
 アルが時折、じっと見つめていることに、フローナ嬢は気付いているのかね?
 そのフローナ嬢。フローでいいや。
 ドロート子爵夫人の指導により、清浄化を行った川の水を撒いている。

 湿り気を帯びた土に、アルは何かを埋めている。
 種蒔きはまだ早いぞ。
 ちょっと心配になって見に行く。

「あ、殿下」

 フローが顔を上げる。にこやかに彼女は言う。

「見てください! こんなに立派に育ったんです! ミーちゃん!」

 え?
 ミーちゃん?

 埋めているのは、わが友アルバスト秘蔵の、太い胴体をしたミミズだった。

「単なる泥状の土だったら、コイツラだけで十分なんだけど」

 ソウナンデスネエ。
 しかし、ここで迂闊に質問などしたら、小一時間ミミズ講義を受けるはめになる。

 わたしは到着したオリギア卿の姿を認め、挨拶に行く。

「これは殿下。自ら農地改善に着手されるとは、素晴らしいですな」

 卿は、蓋付の入れ物を抱えている。

「何をお持ちですか? 卿」
「ドロート子爵夫人からいただいた、牛の乳の加工品です。人間も食することが出来ますが、まあ酸っぱいことこの上ない」
「それを何に使うと……」
「土に混ぜると、土壌内の有害な菌の繁殖を押さえます」
「はあぁ」

 農業は国の根幹と言った、祖父は慧眼だったな。
 祖父の時代は、王家の直轄領で、王族たちが麦やそれに似た穀物を、熱心に栽培していたと聞く。
 現王は、わたしの父だが、農業に直接関わることは少ない。
 

 夕暮れになり、本日の作業も終了だ。

「殿下、遅くなりました」
「おお、メジオン! どうだった?」

 生徒会の執行部員のメジオンは、親父さんがデカい商会をやっている。
 隣国にも販売ルートを持っているので、今回、土の売買に関して、いろいろ調べてもらっていた。

「やはり殿下の読み通りです。プラウディ子爵領に土を運んだのは、隣国デバイオの騎士団らしいです」

 なるほどな。

「しかも、運んで来た土ですが、デバイオの刑場のもの、だそうです」

 刑場の土だと!
 呪われそうじゃん!

 というか、たしか呪術師だか魔術師を、デバイオの王家は抱えていたぞ。

 夕焼けの空を背景に、土壌からは黒い靄でも昇っているように見える。

「殿下、ちょっといいか」

 ミミズ男、もといアルが来た。

「ダメだ。さっき土に入れたミミズが全滅した」

 わたしはアルに、メジオンからの情報である、ここの土は刑場から来たものだと告げる。

「ああ……道理で、見えなくていいものが、あちこちに見えるわけだ」

 何? 見えてるって?
 アルには何が見えているのか、コワイから聞かなかった。
 しかし。
 これではせっかくの土壌改善が滞ってしまうだろうな。

 仕方ない。
 アレをやるしかないか。

 わたしは、生徒会のメンバーだけ呼びつける。

「深夜、この土を完全に浄化する」

 浄化について、アルやパリトワは知っている。
 フローとヴィラとメジオンは、ぽかんとした顔だ。


 深夜。
 他の生徒らが寝静まった頃。

 わたしは、プラウディ子爵の直轄地全体を見据える。
 そして徐に右腕を伸ばし、掌を土に向ける。

「もろもろの凶事まがごと、目に見えぬ穢れよ。消滅せよ!」

 わたしの手から放たれた青白い炎は、いくつもの波のように地を這う。
 これで、この土壌は浄化された、はず、だ。
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