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狩猟祭
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その日の夕暮れ、ティミナは父であるサントス侯爵に呼ばれて、本宅へ向かった。
第一王子と婚約破棄されたティミナは、所謂傷モノとなった。
なまじ高位貴族のため、次の婚約者を見つけることは、難しかったのだ。
父からの説教だろうかと、ティミナは思う。
今年も夜会は欠席か、苦い顔の父に手を引いてもらうか。
『受付のおねいさ――ん!』
毎日のようにやって来る、隣国の若き魔法使いの声が聞こえたように感じ、ティミナは小さく微笑んだ。
「狩猟祭と夜会には、必ず出なさい」
サントス侯爵は、にこりともしないで、ティミナに告げた。
ティミナは一瞬息が詰まったが、返答せざるを得ない。
「かしこまりました」
侯爵は片眉を上げる。
「夜会のエスコートは、わたし以外に頼め」
「はい……」
「もしも……だ」
侯爵は追撃する。
「もしも、夜会までに相手が見つからなかったら、今の仕事を辞めて、届いている釣書から嫁ぎ先を選ぶように」
それは家長の命令であり、決定だった。
狩猟祭まで、あと二週間。
「お仕事、辞めたくないな……」
侯爵邸から、大学校の寮に戻って来たティミナは独り言を漏らす。
婚約破棄されて、激怒した父からティミナは邸を追い出された。
当時在籍していた大学校の校長が、見かねて彼女を寮に引き入れた。
卒業後も大学校の好意により、受付事務職に就けたのだ。
ティミナはとうに、結婚は諦めている。
このまま、大学校で仕事をしながら、一生過ごすのも悪くないと思う。
『おねいさ――ん!!』
せめて、あの帝国からの留学生君が卒業するまでは、受付に居たいと。
窓の外、秋の夜空には、星が瞬いた。
翌日。
朝から大学校の窓口は、混雑していた。
「ねえ、これ何の行列?」
珍しく、マリエよりも遅れて出勤したティミナは彼女に訊ねた。
「ああ、昨日、あなたが退勤してから、急に王宮から連絡が来たの」
「へえ。何の?」
「今年の狩猟祭に、大学校の生徒も参加して良いって。身分問わず」
些かティミナは驚いたが、表情には出ない。
「まあ。そうなの。では、並んでいる生徒さんは、参加希望なのかしら……」
「そうみたいね。褒章狙いで」
例年の狩猟祭の褒章は、国王から下賜される剣やら宝石やらだったが、今年は違うらしい。
『本人もしくはそのグループが、一番希望するものを得ることが出来る』
王宮からの書状には、確かにそう書いてあった。
狩猟祭は、個人か三人までのグループで参加出来る。
使用して良いのは、剣か弓。
魔法は、治癒以外、使用禁止。
狩猟して良い場所は、国王の持つ直轄領である。
「あら、今までと狩猟場所が変わったのね」
直轄領は確かに広いし、潜んでいる獣の数も多い。
だが、魔獣と呼ばれる凶悪な生物の生息地に近いので、狩猟祭で使われたことはなかった。
「おねいさ――ん!!」
生徒らをかき分けて、ベネリスがやって来た。
「ベネリスさん。狩猟祭の申し込みですか?」
「はい!」
ティミナは申込書を手渡す。
「それと、おねいさんにお願いがあります」
「なんでしょう?」
「俺と一緒に、狩猟祭に参加して下さい!」
ベネリスの言葉の意味が頭に入らなかったティミナは、思わず淑女にあるまじき口を半開きにした。
「はい?」
ひとしきり生徒の波が治まると、マリエはニヤニヤしながらティミナに話しかける。
「良かったじゃん。夜会のパートナーも見つかって」
「どうしましょう。狩猟祭なんて久しぶりだし、ドレスもないわ」
困った風のティミナの頬が、薄っすらと紅色になっているのを、マリエはしっかりと気付いていた。
「私は出ないけど、応援に行くからね」
ティミナは苦笑しながら頷いた。
その日の夜。
大学校の寮の自室で、ベネリスは床の上で足をバタバタさせながら悶絶していた。
「やったあ!! 誘えた!! 夜会のエスコートも受けて貰った!!」
ああ、うるさいと思いながら、同室のカイは諦めて付き合っている。
「狩猟祭で傷を負ったおねいさんを、俺は癒したい」
おねいさんことティミナの過去を聞いたベネリスは、いつになく真面目な顔でそう言った。
それから彼は帝国の親に連絡を取ったり、ティミナの父、サントス侯爵に面会を申し込んだりした。
やる時はやる男、なのか。
それとも恋のなせる技か。
まあ、どちらでも構わない。
ただカイも、ベネリスの行動の結果と恋の行く末を、見届けたいと思った。
だから、狩猟祭ではベネリスとティミナのグループに、カイも入った。
「エスコートは良いけど、ドレスは? 普通男が贈るだろ? それと、お前の礼服とか、今持ってる?」
「えへへへ」
気持ちの悪い、ベネリスの笑顔だ。
「勿論全部準備したよ。おねいさんにぴったりのドレス。ああ、もう早く見たい見たい!」
だんだん面倒になったカイは、湯浴みに向かった。
同日、王宮の執務室。
侯爵家との婚約を、一方的に破棄したため、王太子になれなかった男は、王籍を離れた後も実弟の執務を手伝っていた。
今回の狩猟祭の運営は、彼に任された。もっとも、上手くいけば弟である王太子の手柄になる。
本来の彼の性格からすれば、許しがたいことだが。
三年前の屈辱を、晴らす時が来たのだ。
途中、帝国から面倒な申し入れがあったが、準備は万端だ。
王太子に返り咲く機会が与えられたのだと、彼は声なく笑った。
第一王子と婚約破棄されたティミナは、所謂傷モノとなった。
なまじ高位貴族のため、次の婚約者を見つけることは、難しかったのだ。
父からの説教だろうかと、ティミナは思う。
今年も夜会は欠席か、苦い顔の父に手を引いてもらうか。
『受付のおねいさ――ん!』
毎日のようにやって来る、隣国の若き魔法使いの声が聞こえたように感じ、ティミナは小さく微笑んだ。
「狩猟祭と夜会には、必ず出なさい」
サントス侯爵は、にこりともしないで、ティミナに告げた。
ティミナは一瞬息が詰まったが、返答せざるを得ない。
「かしこまりました」
侯爵は片眉を上げる。
「夜会のエスコートは、わたし以外に頼め」
「はい……」
「もしも……だ」
侯爵は追撃する。
「もしも、夜会までに相手が見つからなかったら、今の仕事を辞めて、届いている釣書から嫁ぎ先を選ぶように」
それは家長の命令であり、決定だった。
狩猟祭まで、あと二週間。
「お仕事、辞めたくないな……」
侯爵邸から、大学校の寮に戻って来たティミナは独り言を漏らす。
婚約破棄されて、激怒した父からティミナは邸を追い出された。
当時在籍していた大学校の校長が、見かねて彼女を寮に引き入れた。
卒業後も大学校の好意により、受付事務職に就けたのだ。
ティミナはとうに、結婚は諦めている。
このまま、大学校で仕事をしながら、一生過ごすのも悪くないと思う。
『おねいさ――ん!!』
せめて、あの帝国からの留学生君が卒業するまでは、受付に居たいと。
窓の外、秋の夜空には、星が瞬いた。
翌日。
朝から大学校の窓口は、混雑していた。
「ねえ、これ何の行列?」
珍しく、マリエよりも遅れて出勤したティミナは彼女に訊ねた。
「ああ、昨日、あなたが退勤してから、急に王宮から連絡が来たの」
「へえ。何の?」
「今年の狩猟祭に、大学校の生徒も参加して良いって。身分問わず」
些かティミナは驚いたが、表情には出ない。
「まあ。そうなの。では、並んでいる生徒さんは、参加希望なのかしら……」
「そうみたいね。褒章狙いで」
例年の狩猟祭の褒章は、国王から下賜される剣やら宝石やらだったが、今年は違うらしい。
『本人もしくはそのグループが、一番希望するものを得ることが出来る』
王宮からの書状には、確かにそう書いてあった。
狩猟祭は、個人か三人までのグループで参加出来る。
使用して良いのは、剣か弓。
魔法は、治癒以外、使用禁止。
狩猟して良い場所は、国王の持つ直轄領である。
「あら、今までと狩猟場所が変わったのね」
直轄領は確かに広いし、潜んでいる獣の数も多い。
だが、魔獣と呼ばれる凶悪な生物の生息地に近いので、狩猟祭で使われたことはなかった。
「おねいさ――ん!!」
生徒らをかき分けて、ベネリスがやって来た。
「ベネリスさん。狩猟祭の申し込みですか?」
「はい!」
ティミナは申込書を手渡す。
「それと、おねいさんにお願いがあります」
「なんでしょう?」
「俺と一緒に、狩猟祭に参加して下さい!」
ベネリスの言葉の意味が頭に入らなかったティミナは、思わず淑女にあるまじき口を半開きにした。
「はい?」
ひとしきり生徒の波が治まると、マリエはニヤニヤしながらティミナに話しかける。
「良かったじゃん。夜会のパートナーも見つかって」
「どうしましょう。狩猟祭なんて久しぶりだし、ドレスもないわ」
困った風のティミナの頬が、薄っすらと紅色になっているのを、マリエはしっかりと気付いていた。
「私は出ないけど、応援に行くからね」
ティミナは苦笑しながら頷いた。
その日の夜。
大学校の寮の自室で、ベネリスは床の上で足をバタバタさせながら悶絶していた。
「やったあ!! 誘えた!! 夜会のエスコートも受けて貰った!!」
ああ、うるさいと思いながら、同室のカイは諦めて付き合っている。
「狩猟祭で傷を負ったおねいさんを、俺は癒したい」
おねいさんことティミナの過去を聞いたベネリスは、いつになく真面目な顔でそう言った。
それから彼は帝国の親に連絡を取ったり、ティミナの父、サントス侯爵に面会を申し込んだりした。
やる時はやる男、なのか。
それとも恋のなせる技か。
まあ、どちらでも構わない。
ただカイも、ベネリスの行動の結果と恋の行く末を、見届けたいと思った。
だから、狩猟祭ではベネリスとティミナのグループに、カイも入った。
「エスコートは良いけど、ドレスは? 普通男が贈るだろ? それと、お前の礼服とか、今持ってる?」
「えへへへ」
気持ちの悪い、ベネリスの笑顔だ。
「勿論全部準備したよ。おねいさんにぴったりのドレス。ああ、もう早く見たい見たい!」
だんだん面倒になったカイは、湯浴みに向かった。
同日、王宮の執務室。
侯爵家との婚約を、一方的に破棄したため、王太子になれなかった男は、王籍を離れた後も実弟の執務を手伝っていた。
今回の狩猟祭の運営は、彼に任された。もっとも、上手くいけば弟である王太子の手柄になる。
本来の彼の性格からすれば、許しがたいことだが。
三年前の屈辱を、晴らす時が来たのだ。
途中、帝国から面倒な申し入れがあったが、準備は万端だ。
王太子に返り咲く機会が与えられたのだと、彼は声なく笑った。
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