「中途半端な都市」伝説は、桜の花と共に風に散った

ウサギテイマーTK

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『県民の命と安全を守るための何でも相談できる事務所』

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プロローグ


 こんな言い伝えがある。

 とある商家に、姉妹がいた。
 姉が婿を取り、家を継ぐ。
 当たり前のしきたった。

 しかし婚礼の夜、婿は逃げた。
 妹の手を取り、逃げたのだ。
 婿は妹に懸想した。
 妹も満更ではなかった。

 月明かりのない暗い夜、二人はどこまでも逃げて行った。


 残された姉は泣いた。
 泣いて泣いて、妹も婿も恨んで泣き濡れた。

 姉は桜の木の下で、自害した。
 桜の木は、姉が流した涙と血を吸い、より鮮やかに毎年花を咲かせる。

 ただし、桜の木も泣いてしまう。
 新月の晩に泣いてしまう。

 妹と婿が逃げたのは新月の夜。
 それを恨んだ姉の魂が、桜の木を泣かせるのだ。


 S県七不思議より






◇事件編◇




 最寄りの駅から徒歩十分。
 県庁の敷地から道路一本挟んだ場所に建つ、プレハブの事務所がある。
 事務所の看板にはこう書いてある。

『県民の命と安全を守るための何でも相談できる事務所』

 略して「何相」。
 分かりやすいが、ベタである。

 事務所には、所長兼事務職員が一人いる。
 電話相談がメインだが、時折、直接訪ねてくる人もいる。
 よって事務所での接客も、所長の業務の一つである。

 所長の石田優至いしだゆうじ五十代アラフィーだが、年齢よりはだいぶ若く見える男性だ。
 前職は警察関係とも、教員だったとも言われている。
 柔和な表情で、お悩み相談の電話を受けているところなどは、確かに学校の先生のようだ。

 ただ、急を要する事例に遭遇すると、眼光が増す。
 その稀な、春雷のような石田の視線を小池が見たのは、桜が散った後のことだった。



◇噂◇


 小池蒼汰こいけそうたは警察事務職員である。
 ドラマの刑事に憧れていたが、体力には自信がなく事務職を選んだ。
 所属は県警情報分析課。新人の小池に与えられたのは、県民から寄せられる情報の真偽確認、である。

「よく分からない情報の確認だったら、石さんに聞け」

 着任してすぐ、先輩の職員に言われた。

 そして本日、『よく分からない情報』を一つ抱え、小池は初めて「何相」に出向く。
 一見チャラそう。
 中身もチャラい、今風の小池だが、まあ、それなりに緊張していた。
 相手は自分の父よりも年上らしい、デキるタイプの男なのだ。

 こういう時は、笑いを取る!
 そういう発想自体、学生気分が抜けていない小池である。
 ともかく決意して、彼は「何相」のドアを開けた。

「はじめまして! 都知事と同じ名前の小池でえす!」

 石田はデスクから顔を上げる。

 やだ、イケオジ!
 柔らかそうな髪には、年齢相応の白髪が少々混じっているが、青年の趣すら感じられる清潔な顔立ち。
 
 石さん、なんて呼ばれているから、てっきり髪の薄い、石部金吉だと小池は思っていた。

「この県の知事の名前、君は知ってますか?」
 
 唐突に石田が訊く。

「く、クロイワさん?」
「それは神奈川」
「も、モリタさん?」
「それは前の千葉県知事」

OH!オーー NOOOO!ノーー

「あ、当たり」

 目尻を少し下げ、石田は手を差し出す。

「所長の石田です。はじめまして、小池さん」

 小池も慌てて、石田と握手。
 ついでに手土産を渡す。

「おやおや手ぶらで来てください。お仕事ですから」

 そう言いながらも相好を崩す石田であった。


「小池さんは、情報分析課でしたね。何か分析不能な情報でも入りましたか?」

 石田は小池にお茶を出す。
 問われた小池は、名刺を出していないことに気付く。
 なぜ、こんなペーペーの所属まで知っているのだろう。 
 しかも丁寧な話し方。
 
 緊張が和らいだ小池は、その情報とやらを話し始めた。

「実はこのところ、南区の公園で、枝垂桜しだれざくらの下に、夜な夜な女の幽霊が現れるという噂が、何回もSNSに上がってまして……」

「ほお?」

「幽霊はともかく、そんな噂が立つ裏に、何か事件の臭いがする、と」

「ああ、警務課の課長さんが言ったのですね。『女の幽霊』がポイントでしょう」

 くすくすと石田は笑う。
 少年のような笑顔である。
 つられて小池も笑った。

「それで、石さ、石田さんに聞け、と言われました。美味しいですね、このお茶。マスカットティーですか?」

「いいえ、杜仲茶とちゅうちゃです。小池さん、資料はお持ちですか?」
「あ、はい!」

 小池は資料の入った再利用封筒を石田に渡す。

「小池さん」
「はい!」

「これからわたし、資料を読みますので、あなたは『杜仲茶』を五回連続言えるように、練習しててください」

 と
 杜仲茶?
 五回?

 石田は無言で資料を読みふける。
 小池は真面目に「とちゅうちゃ」を繰り返した。

「ちょちゅうしゃ。違う。としゅうちゃ。じゃない……」

 数分後。
 石田は読んでいた資料を、テーブルの上でトントンと揃えた。

「なるほど」

 杜仲茶のタタリか、小池はとうとう舌を噛んだ。

「にゃにか、分かりましたか?」

 石田は伏し目がちに頷いた。
 やはり
 イケオジだ。

「時系列だと、こういうことですね」

 枝垂桜がぽつぽつと、開花を始めた三月の中旬。
 深夜になると、南区の公園付近では、時折木枯らしよりも悲しい声が響くようになる。
 季節柄、それは風の音だろうと思われていた。

 枝垂桜が五分咲きになると、公園は夜、桜のライトアップを行う。
 二十三時でライトは消えるのだが、不思議と深夜二時過ぎに、再度点灯される。
 すると。
 丑三つ時のライトは辺りを真っ赤な色で染めるのだ。

 その赤いライトの中に、浮かび上がる人影。
 およそ此の世の者とは思えない、白く儚げな女性。
 そして聞こえてくる、木枯らしのような音。

 まるで、女性の泣き声のような……。

 いつしか、枝垂桜の元に、現れる幽霊の噂が広がっていった。

「では小池さん、この中で、事実と噂、識別できますか?」

 小池は悩みながら、資料に赤ペンで丸を付ける。

「僕が思うに、これらは事実ではないかと思います」

 小池が丸を付けたのは「木枯らしよりも悲しい声」「再度点灯」そして「浮かび上がる人影」である。

「そうですね、わたしもほぼ同意です。強いて言えば、『現れる幽霊』も事実でしょう。ただし現れるのは、幽霊でないかもしれませんが」

 石田は自分で「現れる」に丸を付けた。

 「五分咲きの頃とは、三月下旬ですね。南区周辺で、その時期に行方不明の届け出はなかったでしょうか?」

「はい! 調べてあります。あ、調べるように、課長に指示されました!」

「その不明者の中に、桜と関係するような人はいましたか?」

「はい。 え、なぜ知ってるんですか?」

「杜仲茶のご利益ですかね。ふふっ」

 小池は思わず、杜仲茶を飲み干した。
 
「勿論冗談です。わたしも別口で依頼があったので、少し調べていましたから」

 事務所のドアをノックする音が聞えた。

「ああ、依頼主さんが来たようですね。小池さん、あなたも同席してください」


◇姉妹◇


 石田は立って、ドアを開ける。
 そこには、白い肌の上に射干玉ぬばたまの髪を垂らす、妙齢の女性が立っていた。

「お電話でご相談しました、香山でございます」

 石田は慣れた所作で、香山という女性を接客用の椅子に誘う。
 
「ご相談は、お姉さまのことでしたね?」

 石田が尋ねると、香山は睫毛を伏せて首を縦に振った。

 香山家には、紅美くみ紫乃しのという姉妹がいる。
 元々大きな地主の家であるため、どちらかが婿を取り跡を継ぐ。

 姉の紅美は、お見合いをして結婚を決めた。
 お相手は勤務医の今井という男である。
 挙式は三月に決まり、ちらほらと桜がほころび始めた頃。

 いきなり、紅美は姿を消した。
 式で着るはずだった、打掛を切り裂いて。

「お姉さま、香山紅美様の失踪に、心当たりはありますか?」

「いいえ。女性として、一番幸せな時ですから。……でも。
姉は、妹の贔屓目ではなく、大変美人でした。婚約した今井さんだけでなく、お付き合いのあった方は、何人もいた様子です。 なので、何か事件に巻き込まれたのではないかと、両親は心配しています」

 香山紫乃は、バッグから写真を出す。

「姉です」

 真紅のドレスを着た、香山紅美が写っていた。
 確かに、大輪のバラのような、ゴージャスな美人である。

「そしてこちらが、姉が付き合いのあった方の連絡先です」

 石田はそのメモ書きを手に取ると、小池に言う。

「小池さん、香山さんにお茶とケーキを出して差し上げてください。わたし、ちょっと調べてみますので」

「お茶は杜仲茶ですか?」
「いえ、ダージリンを」

 小池の手土産は、美味しいと評判のケーキだった。
 小池は香山紫乃の目の前で箱を開く。

「ここはイチゴのショートケーキが有名なんですが、どれが良いですか?」

 香山紫乃はじっとケーキを眺めた後に、遠慮がちに、チーズケーキを指差した。

「香山さん、お姉さまの知り合いの方々に会ってみます。一両日中にその結果をお知らせいたしますね」

 香山紫乃は頷く。
 黒髪が揺れ、紫乃の頬は白いままだ。白いというより、蒼い肌である。
 姉妹と言っても、あまり似ていないと小池は思った。

「では、よろしくお願いいたします」

 帰り支度を整えた紫乃は頭を下げる。
 
「ああ、香山さん」

 不意に石田が声をかけた。

「桜って、バラ科の花なんですね」

 その一言に初めて、香山紫乃の表情が動いた。


 解決編へ続く
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