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とある町外れの一角で、少しきつめな顔の年老いた細身の女性と、昔は可愛らしかったと思える喉に虹色の痣がある女性の二人がとても懐かしむかの様に会っていた。
「コラリーさん、ご無沙汰しております」
「まあ、マリカ。ご無沙汰です。お加減はいかがですか?」
「よろしくありませんね。おばあちゃんと呼ばれる年齢にもなりましたし、もう間もなくだと思いますよ」
「そんなこと言わずに……」
「ラウリ様も同じような気持ちだったんだと今なら理解できますよ」
アールトネン奴隷商で一緒だったコラリーとマリカの二人は今、共同墓地に来ていた。
単なる共同墓地ではなく、とある日に起こった奴隷解放運動という多くの死者を出し、亡くなった人のための慰霊の墓地だった。
その時の死者は主に奴隷を扱っていた者達だったが、それ以外に所有した奴隷の解放を拒否したものや、主人を守ろうとして亡くなった奴隷、奴隷の仲買人、商人や、暴動を止めようとした一般市民達も犠牲になった。
奴隷解放運動を指揮していたレクスと呼ばれた男は絞首刑にされ、そしてその者達を手引したパレン伯爵の娘、スティーナは斬首、そして1ヶ月首を晒されることになった。
父であるパレン伯爵や婚約者であるビロネン子爵はこの手引には全く関与していないことが判明する。だが、かくまっていた屋敷がパレン伯爵家縁の物とわかり、パレン伯爵は爵位を没収される事になった。
騒乱を起こし、国家転覆を実行した者達を招き入れた事を考えれば寛大な処置だっただろう。
騒動の首謀者であるレクスは絞首刑であり、手引きした者が斬首の上、晒し首と差が出来た理由だが、これはスティーナの匿っていた者がある貴族の逆鱗に触れたのである。
ヘルミネン伯爵と、カルナ男爵、この両名である。
スティーナが匿い、そして死を隠蔽しようとしていた者の中に、ヴェステルが居た事が明るみに出てしまい、急遽この両家と、カルナ男爵家を不憫に思っていた王家が捜査に乗り出し、結果スティーナがヴェステルという存在を理解しながら匿っていたことがわかり、上記の刑に処されたのである。
ここ数年来、スティーナの行動は多くの者に知られ、目に余る状況だったようだ。
そのため、周りからも特別養護することは無く、関わった者達から簡単に情報が聞き出せてしまった。
そして、この騒動により、アールトネン奴隷商は当主を失い、アールトネン男爵家は断絶、奴隷商は解体した。
資産を全て受け継いだコラリーが全ての奴隷販売した先に直接出向き、同じ騒動で奴隷商を閉めることになった魔法の使える奴隷商人を引き連れ、奴隷達を解放していった。
ラウリが育てた奴隷達以外は、7割の奴隷が解放を望んだ。残り2割は既に亡くなっており、残り1割はアールトネン奴隷商というブランド力で幸せに暮らしていた奴隷達だった。
ストックの名を継ぐ者達は、コラリーからラウリの訃報を聞くと、全員取り乱し、そして暫く泣き止むことは無かった。配偶者となった者達はここまで取り乱す事を見たことが無く、全員狼狽する結果になった。コラリーは人が変わる度に何度もその訃報を伝えるが、少しも慣れることが無く、毎回心が切り刻まれるような気持ちであった。
そして解放に関しては、全員が解放を望んだ。はじめは拒む者も居たが、ラウリの意思と聞くと奴隷紋の解放を受け入れる事になった。
奴隷を解放し、王政を廃止させたコランダム国だが、今に至るまでまともな国が興ることは無かった。
自らの利権を追求し続けた初代頭領であるリクハルドは、重税や自らに賄賂等を渡してくる者を重用し、直ぐに政治は腐敗していった。
そして、新たな国を起こしたい者達にあっけなく暗殺され、数年で再度国が崩壊する。
しかし、暗殺した者達も、政治のことを良く理解しておらず、結局貴族のまねごとをし、暗殺され、時には追放されていった。
その為、中央が腐敗していくことが懸念材料だった村や町は、近隣の国々へと要請し、吸収されていった。
結果、現在旧コランダム国として残っている領地は旧王都だけになっている。
だが、その中でも特権意識を持った者達が町を占有し、旧コランダム国より酷いスラムのような国になっていた。
しかし、この王都が新しく作られた4カ国へと続く道からかなり外れていたため、他の国々から関与されることは無く、衰退の一途をたどっていった。
コラリーは全ての奴隷を5年で解放し終えると、ラウリの意思を継ぎ、奴隷の地位向上を目指そうとした。
だが、その準備段階でとあることが起こった。
怪我をした南征将軍レフトサロに変わり、ヴァロが南征軍を率いて常時攻めてきていた国々を軍事的に平定。
しかし、スピネル国としては各々の独立を許可し、平和的な外交を結ぶことに成功した。
その功績がスピネル国中に巡り、奴隷将軍の地位を否が応にも高めることになった。
そこで、新たな王都防衛将軍に任じられることになった時、ヴァロは辞退した。褒美として報いるにはそれ以上の物がもう無い王家に取って、どうするべきか悩んだところにヴァロが自分の地位を捨てても良いので、奴隷を解放してほしいと願ったのだ。
王家はヴァロの心を汲み、奴隷の解放を宣言する。
奴隷という立場の者達は居続けたが、アールトネン奴隷商の動きで少しずつだが意識改革され、奴隷を大切に扱うものが増え始めていた。
手放すことは難しいが、そのまま雇い入れるのならばという者達が多く、その奴隷解放宣言は短い間に国中に広まり、今では奴隷将軍の事を知る多くの国々に支持され、奴隷を所有している国が近隣ではもう無いと言えるくらいになっていた。
「学校はどうですか?」
「もう後進に譲ろうと思ってるのですけど、いまいち頼りないのでねぇ……」
「コラリーさんほど優秀な人はいらっしゃいませんよ」
「そういうマリカも大豪商に嫁いで色々とやっていたではありませんか」
「ラウリ様の遺言ですからねぇ。しっかりと守りましたよ」
「子は7人でしたっけ?」
「ええ、もう孫も10人越えました」
「私はずっと独り身でしたけどね」
コラリーは奴隷の地位向上が出来なくなったことで、悩んでいたが、周りから教えだけでも再会できないかと打診されていた。
そこで、以前の教師陣を呼び寄せ、貴族、平民関係なく教える場、学校を開いた。
数十年経つと、総人数600人を越す大型の学び舎になっていた。
子を産めない体でも、一緒になりたいと言うものも中には居たが、全て断り、学校一筋に生きてきた。
マリカは商家の元へと嫁ぎ、ラウリの遺言通り子を生むことを決意した。
農作物を扱う商家であったため、農作物の出来が気になり、色々な所で手を差し伸べる。すると、マリカの手助けがほしい所は自然と商家の専属になっていった。そのおかげで農作物の収穫は増え、扱う量も増え、今では大豪商と呼ばれる存在になっていた。
そして、その役目はスピネル国だけでは無く、西隣のロバライト国でも行っていた。
そう、マリカの両親の元へも。
マリカが生きていることを信じていたが、会えるとは思ってなかった両親は涙を流してマリカを迎え入れ、無事再会することが出来た。
弟は既に嫁を貰い、2人ほど子を儲けていた。妹たちは既に二人とも嫁いでおり、この村には居ないと言うことで、再会することは出来なかったが、その村はマリカの居る商会が手がける予定になっている村であるため、いずれ再会することが出来るだろうと安心できた。
両親は涙ながらに謝罪し、そして弟も姉が戻ってこなかった事を心の傷にしており、再会した日は涙が止まることが無かった。
そして後々、マリカと商会の協力で、この村は大きな富を得るようになっていった。
「パウリーナさんの所、ヴィルヘルム男爵領の増収はマリカ、あなたがやったことね?」
「さあ、どうでしょう? ヴァロさんの活躍はコラリーさんが送り込んだ人達だって噂ですけど?」
「あら、そんなことあったかしら?」
お互いに向かいながら笑い合う。
久しぶりに合うということで、話は尽きない。だが、今日の目的は別の場所にあった。
「ラウリ様。1年ぶりですね」
「ラウリ。今年も来たよ」
今日はあの悲劇の日から数十年経った後の、ラウリの命日だった。
アールトネン奴隷商で育った者達は来られる者は毎年ここに来ていた。だが、会えば悲しい思い出を思い出すために、この日だけは自然と時間をずらして。
その為、今日はマリカとコラリーは時間を定めて会うことを決めていたのだ。
「ラウリ。今はあんたのおかげで順調だよ。学ぶことも、そして隣のホールで表現することも。そのホールはまた建て替えることになったよ。今度はあんたの名前、ラウリホールって名前を付けてやる。文句はあの世で聞くから、それまで貯めときなよ」
「ラウリ様。私は本当に幸せです。元々奴隷という立場を気にしない、そして私の愛はラウリ様にあると言うことを理解してくださった方に嫁げて、そして多くの子に恵まれて。今では10人のおばあちゃんになっていますよ。下から2番目の男の子なんてようやく話せるようになったんですから。今日も久しぶりに合うんでちょっと楽しみです。首の奴隷紋、綺麗だねって言ってくれる子達で、私は本当に幸せですよ。でも、この幸せはラウリ様と一緒に感じたかった。貴方にもこの幸せを感じてほしかった。今でもそう思いますよ」
二人はラウリの墓に向かってしゃがみ込み、そう言葉に出し、祈る。
ラウリと行ってきた今までの辛い出来事、父から売られた事、アールトネン奴隷商での初めての仕事、ラウリの後始末、奴隷達の死、そしてソニヤの死。
そして幸せだった出来事、ソニヤとの再会、売られたが笑顔になっていくソニヤ、ラウリの事を相談してくるソニヤ。
マリカのラウリを追いかける仕草や、花壇の手入れを笑顔で手助けしている所。
他の仲間達、そして、戦争、病気、老衰等による仲間たちの死。
色々な思い出が祈っている間に思い出される。
既に遠い過去になってしまったが、あの時が自分たちが一番輝いた時、そして一番苦しんだ時。
悲しいと嬉しいが混在している思い出。
それらが思い出されていた時、コラリーの肩にとん、と何かが当たった。
コラリーは目を開いた瞬間、何か白い羽ばたくものが見え、その飛んでいったかもしれない方向を見るが、何も見えることはなかった。
そして何が当たったのか確認してみると、肩に当っていたのはマリカで、未だに目は開けていなかった。
「マリカ、ほら、お迎え来たわよ」
コラリーは遠くに居るマリカの面影を残した者達から、一人小さな男の子がとても小さな手を振りつつ走り寄ってきているのを、目に涙を浮かべながら眺めていた。
END
おわりに
全15話と短い間でしたが、お読み頂き誠にありがとうございます。
30の魔法使いからご覧になった方には非常に暗い物語だったかと思います。
ポイズンマスターからご覧になった方は、あまり調子が変わらず、つまらない思いをされたかもしれません。
ですが、ポイズンマスターを書くことが出来たので、こちらを完成させることが出来たと思っておりますので、ご勘弁いただければ幸いです。
それと、ハッピーエンドを望んでいた方、ごめんなさい。アンハッピーエンドを望んでいた方、中途半端でごめんなさい。
タグにハッピーエンドやアンハッピーエンドを入れてしまうと、どうしてもネタバレになってしまうと言う不安があり、そこは乗せませんでした。
完成までにとても長くかかってしまい、申し訳ございませんでした。
大まかなプロット自体は2016年12月には仕上がっていたのですが、書いていく都度、この時の登場人物の気持ちを考えていたりすると、筆が止まり、悩んで居た時誘惑してくるモノがあったりと、思ったように筆が進みませんでした。(誘惑ブツに関しては完全に私の心が弱いからですが……13PKげふんげふん)
元々、30の魔法使いの10話辺りを公開した辺りに思いついたプランだったりします。
その為プロットは早く出来上がったんですけどね。今回は悩みました。
それと、この題名が使われてしまわないか公開直前までずっと不安だったりしましたけど。
(アダルト系では一文字追加する事でいっぱい検索が出てきてしまいますが、それとは一線を画したモノになっていると思います。)
公開日については7月1日から随時公開することが出来たのですが、あえて4日にしました。
アメリカの奴隷解放宣言は9月ですが、議会が7月に南軍兵士を解放したこと、そして、解放、独立という意味を含めて、7月4日のアメリカ独立宣言の日に合わせました。(この時期の公開は単なる偶然ですが)
その御蔭で全部文字校正終了後に公開することが出来たのはとても気が楽になりました。
さて、今回のテーマですが、「一方通行」です。
とあるアニメ化された小説の彼ではなく、普通にいっぽうつうこうです。
全てにおいてではありませんが、基本的に本編は一方通行になるよう仕向けています。
男女の愛や、親子の愛、人の思惑等。
シナリオ上と言うか、自分の気持ち上、あとは文才上全て一方通行にできなかったのは出来たら温かい目で見ていただきたいと思います。
性表現が多く使われているのは、奴隷、そして幸せと言う両極端なモノを扱うために、より落差をつけたいと思い、書かせて頂きました。
胸が痛んだ方もいらっしゃるかと思います。もしいらっしゃいましたらこの場でお詫びいたします。
ですが、冒頭にも書いた通り、ご理解頂けると信じております。
余談ですが、この小説の中に筆者の体験した事が一つだけ混ざっています。
当てたからと言って何もありませんけどね。個人的には恥ずかしいことなので、返事を求められてもお返事をするかはわかりません。
(息を吸ったとかそういう程度のことではありませんのであしからず)
次ですが、戦闘モノ、放浪モノ、逆異世界モノ、もしくは他の何か。辺りになると思います。
ポイズンマスターはこちらが一段落したので続きを書きたいなとは思っています。大まかな全体プロットは既に頭の中には書いてあります。が、一話完結モノと言うのはコレほど難しいのかと書いて、より実感しております。
プロの方々は短い文章やページ(漫画等)でよくアレだけ説得力を持たせる構成や設定が出来るなと、非常に尊敬しております。
30の魔法使い続編は次のテーマが決まっていないので、多分難しいと思います。
では、また次作でお会いしましょう。
圧縮
「コラリーさん、ご無沙汰しております」
「まあ、マリカ。ご無沙汰です。お加減はいかがですか?」
「よろしくありませんね。おばあちゃんと呼ばれる年齢にもなりましたし、もう間もなくだと思いますよ」
「そんなこと言わずに……」
「ラウリ様も同じような気持ちだったんだと今なら理解できますよ」
アールトネン奴隷商で一緒だったコラリーとマリカの二人は今、共同墓地に来ていた。
単なる共同墓地ではなく、とある日に起こった奴隷解放運動という多くの死者を出し、亡くなった人のための慰霊の墓地だった。
その時の死者は主に奴隷を扱っていた者達だったが、それ以外に所有した奴隷の解放を拒否したものや、主人を守ろうとして亡くなった奴隷、奴隷の仲買人、商人や、暴動を止めようとした一般市民達も犠牲になった。
奴隷解放運動を指揮していたレクスと呼ばれた男は絞首刑にされ、そしてその者達を手引したパレン伯爵の娘、スティーナは斬首、そして1ヶ月首を晒されることになった。
父であるパレン伯爵や婚約者であるビロネン子爵はこの手引には全く関与していないことが判明する。だが、かくまっていた屋敷がパレン伯爵家縁の物とわかり、パレン伯爵は爵位を没収される事になった。
騒乱を起こし、国家転覆を実行した者達を招き入れた事を考えれば寛大な処置だっただろう。
騒動の首謀者であるレクスは絞首刑であり、手引きした者が斬首の上、晒し首と差が出来た理由だが、これはスティーナの匿っていた者がある貴族の逆鱗に触れたのである。
ヘルミネン伯爵と、カルナ男爵、この両名である。
スティーナが匿い、そして死を隠蔽しようとしていた者の中に、ヴェステルが居た事が明るみに出てしまい、急遽この両家と、カルナ男爵家を不憫に思っていた王家が捜査に乗り出し、結果スティーナがヴェステルという存在を理解しながら匿っていたことがわかり、上記の刑に処されたのである。
ここ数年来、スティーナの行動は多くの者に知られ、目に余る状況だったようだ。
そのため、周りからも特別養護することは無く、関わった者達から簡単に情報が聞き出せてしまった。
そして、この騒動により、アールトネン奴隷商は当主を失い、アールトネン男爵家は断絶、奴隷商は解体した。
資産を全て受け継いだコラリーが全ての奴隷販売した先に直接出向き、同じ騒動で奴隷商を閉めることになった魔法の使える奴隷商人を引き連れ、奴隷達を解放していった。
ラウリが育てた奴隷達以外は、7割の奴隷が解放を望んだ。残り2割は既に亡くなっており、残り1割はアールトネン奴隷商というブランド力で幸せに暮らしていた奴隷達だった。
ストックの名を継ぐ者達は、コラリーからラウリの訃報を聞くと、全員取り乱し、そして暫く泣き止むことは無かった。配偶者となった者達はここまで取り乱す事を見たことが無く、全員狼狽する結果になった。コラリーは人が変わる度に何度もその訃報を伝えるが、少しも慣れることが無く、毎回心が切り刻まれるような気持ちであった。
そして解放に関しては、全員が解放を望んだ。はじめは拒む者も居たが、ラウリの意思と聞くと奴隷紋の解放を受け入れる事になった。
奴隷を解放し、王政を廃止させたコランダム国だが、今に至るまでまともな国が興ることは無かった。
自らの利権を追求し続けた初代頭領であるリクハルドは、重税や自らに賄賂等を渡してくる者を重用し、直ぐに政治は腐敗していった。
そして、新たな国を起こしたい者達にあっけなく暗殺され、数年で再度国が崩壊する。
しかし、暗殺した者達も、政治のことを良く理解しておらず、結局貴族のまねごとをし、暗殺され、時には追放されていった。
その為、中央が腐敗していくことが懸念材料だった村や町は、近隣の国々へと要請し、吸収されていった。
結果、現在旧コランダム国として残っている領地は旧王都だけになっている。
だが、その中でも特権意識を持った者達が町を占有し、旧コランダム国より酷いスラムのような国になっていた。
しかし、この王都が新しく作られた4カ国へと続く道からかなり外れていたため、他の国々から関与されることは無く、衰退の一途をたどっていった。
コラリーは全ての奴隷を5年で解放し終えると、ラウリの意思を継ぎ、奴隷の地位向上を目指そうとした。
だが、その準備段階でとあることが起こった。
怪我をした南征将軍レフトサロに変わり、ヴァロが南征軍を率いて常時攻めてきていた国々を軍事的に平定。
しかし、スピネル国としては各々の独立を許可し、平和的な外交を結ぶことに成功した。
その功績がスピネル国中に巡り、奴隷将軍の地位を否が応にも高めることになった。
そこで、新たな王都防衛将軍に任じられることになった時、ヴァロは辞退した。褒美として報いるにはそれ以上の物がもう無い王家に取って、どうするべきか悩んだところにヴァロが自分の地位を捨てても良いので、奴隷を解放してほしいと願ったのだ。
王家はヴァロの心を汲み、奴隷の解放を宣言する。
奴隷という立場の者達は居続けたが、アールトネン奴隷商の動きで少しずつだが意識改革され、奴隷を大切に扱うものが増え始めていた。
手放すことは難しいが、そのまま雇い入れるのならばという者達が多く、その奴隷解放宣言は短い間に国中に広まり、今では奴隷将軍の事を知る多くの国々に支持され、奴隷を所有している国が近隣ではもう無いと言えるくらいになっていた。
「学校はどうですか?」
「もう後進に譲ろうと思ってるのですけど、いまいち頼りないのでねぇ……」
「コラリーさんほど優秀な人はいらっしゃいませんよ」
「そういうマリカも大豪商に嫁いで色々とやっていたではありませんか」
「ラウリ様の遺言ですからねぇ。しっかりと守りましたよ」
「子は7人でしたっけ?」
「ええ、もう孫も10人越えました」
「私はずっと独り身でしたけどね」
コラリーは奴隷の地位向上が出来なくなったことで、悩んでいたが、周りから教えだけでも再会できないかと打診されていた。
そこで、以前の教師陣を呼び寄せ、貴族、平民関係なく教える場、学校を開いた。
数十年経つと、総人数600人を越す大型の学び舎になっていた。
子を産めない体でも、一緒になりたいと言うものも中には居たが、全て断り、学校一筋に生きてきた。
マリカは商家の元へと嫁ぎ、ラウリの遺言通り子を生むことを決意した。
農作物を扱う商家であったため、農作物の出来が気になり、色々な所で手を差し伸べる。すると、マリカの手助けがほしい所は自然と商家の専属になっていった。そのおかげで農作物の収穫は増え、扱う量も増え、今では大豪商と呼ばれる存在になっていた。
そして、その役目はスピネル国だけでは無く、西隣のロバライト国でも行っていた。
そう、マリカの両親の元へも。
マリカが生きていることを信じていたが、会えるとは思ってなかった両親は涙を流してマリカを迎え入れ、無事再会することが出来た。
弟は既に嫁を貰い、2人ほど子を儲けていた。妹たちは既に二人とも嫁いでおり、この村には居ないと言うことで、再会することは出来なかったが、その村はマリカの居る商会が手がける予定になっている村であるため、いずれ再会することが出来るだろうと安心できた。
両親は涙ながらに謝罪し、そして弟も姉が戻ってこなかった事を心の傷にしており、再会した日は涙が止まることが無かった。
そして後々、マリカと商会の協力で、この村は大きな富を得るようになっていった。
「パウリーナさんの所、ヴィルヘルム男爵領の増収はマリカ、あなたがやったことね?」
「さあ、どうでしょう? ヴァロさんの活躍はコラリーさんが送り込んだ人達だって噂ですけど?」
「あら、そんなことあったかしら?」
お互いに向かいながら笑い合う。
久しぶりに合うということで、話は尽きない。だが、今日の目的は別の場所にあった。
「ラウリ様。1年ぶりですね」
「ラウリ。今年も来たよ」
今日はあの悲劇の日から数十年経った後の、ラウリの命日だった。
アールトネン奴隷商で育った者達は来られる者は毎年ここに来ていた。だが、会えば悲しい思い出を思い出すために、この日だけは自然と時間をずらして。
その為、今日はマリカとコラリーは時間を定めて会うことを決めていたのだ。
「ラウリ。今はあんたのおかげで順調だよ。学ぶことも、そして隣のホールで表現することも。そのホールはまた建て替えることになったよ。今度はあんたの名前、ラウリホールって名前を付けてやる。文句はあの世で聞くから、それまで貯めときなよ」
「ラウリ様。私は本当に幸せです。元々奴隷という立場を気にしない、そして私の愛はラウリ様にあると言うことを理解してくださった方に嫁げて、そして多くの子に恵まれて。今では10人のおばあちゃんになっていますよ。下から2番目の男の子なんてようやく話せるようになったんですから。今日も久しぶりに合うんでちょっと楽しみです。首の奴隷紋、綺麗だねって言ってくれる子達で、私は本当に幸せですよ。でも、この幸せはラウリ様と一緒に感じたかった。貴方にもこの幸せを感じてほしかった。今でもそう思いますよ」
二人はラウリの墓に向かってしゃがみ込み、そう言葉に出し、祈る。
ラウリと行ってきた今までの辛い出来事、父から売られた事、アールトネン奴隷商での初めての仕事、ラウリの後始末、奴隷達の死、そしてソニヤの死。
そして幸せだった出来事、ソニヤとの再会、売られたが笑顔になっていくソニヤ、ラウリの事を相談してくるソニヤ。
マリカのラウリを追いかける仕草や、花壇の手入れを笑顔で手助けしている所。
他の仲間達、そして、戦争、病気、老衰等による仲間たちの死。
色々な思い出が祈っている間に思い出される。
既に遠い過去になってしまったが、あの時が自分たちが一番輝いた時、そして一番苦しんだ時。
悲しいと嬉しいが混在している思い出。
それらが思い出されていた時、コラリーの肩にとん、と何かが当たった。
コラリーは目を開いた瞬間、何か白い羽ばたくものが見え、その飛んでいったかもしれない方向を見るが、何も見えることはなかった。
そして何が当たったのか確認してみると、肩に当っていたのはマリカで、未だに目は開けていなかった。
「マリカ、ほら、お迎え来たわよ」
コラリーは遠くに居るマリカの面影を残した者達から、一人小さな男の子がとても小さな手を振りつつ走り寄ってきているのを、目に涙を浮かべながら眺めていた。
END
おわりに
全15話と短い間でしたが、お読み頂き誠にありがとうございます。
30の魔法使いからご覧になった方には非常に暗い物語だったかと思います。
ポイズンマスターからご覧になった方は、あまり調子が変わらず、つまらない思いをされたかもしれません。
ですが、ポイズンマスターを書くことが出来たので、こちらを完成させることが出来たと思っておりますので、ご勘弁いただければ幸いです。
それと、ハッピーエンドを望んでいた方、ごめんなさい。アンハッピーエンドを望んでいた方、中途半端でごめんなさい。
タグにハッピーエンドやアンハッピーエンドを入れてしまうと、どうしてもネタバレになってしまうと言う不安があり、そこは乗せませんでした。
完成までにとても長くかかってしまい、申し訳ございませんでした。
大まかなプロット自体は2016年12月には仕上がっていたのですが、書いていく都度、この時の登場人物の気持ちを考えていたりすると、筆が止まり、悩んで居た時誘惑してくるモノがあったりと、思ったように筆が進みませんでした。(誘惑ブツに関しては完全に私の心が弱いからですが……13PKげふんげふん)
元々、30の魔法使いの10話辺りを公開した辺りに思いついたプランだったりします。
その為プロットは早く出来上がったんですけどね。今回は悩みました。
それと、この題名が使われてしまわないか公開直前までずっと不安だったりしましたけど。
(アダルト系では一文字追加する事でいっぱい検索が出てきてしまいますが、それとは一線を画したモノになっていると思います。)
公開日については7月1日から随時公開することが出来たのですが、あえて4日にしました。
アメリカの奴隷解放宣言は9月ですが、議会が7月に南軍兵士を解放したこと、そして、解放、独立という意味を含めて、7月4日のアメリカ独立宣言の日に合わせました。(この時期の公開は単なる偶然ですが)
その御蔭で全部文字校正終了後に公開することが出来たのはとても気が楽になりました。
さて、今回のテーマですが、「一方通行」です。
とあるアニメ化された小説の彼ではなく、普通にいっぽうつうこうです。
全てにおいてではありませんが、基本的に本編は一方通行になるよう仕向けています。
男女の愛や、親子の愛、人の思惑等。
シナリオ上と言うか、自分の気持ち上、あとは文才上全て一方通行にできなかったのは出来たら温かい目で見ていただきたいと思います。
性表現が多く使われているのは、奴隷、そして幸せと言う両極端なモノを扱うために、より落差をつけたいと思い、書かせて頂きました。
胸が痛んだ方もいらっしゃるかと思います。もしいらっしゃいましたらこの場でお詫びいたします。
ですが、冒頭にも書いた通り、ご理解頂けると信じております。
余談ですが、この小説の中に筆者の体験した事が一つだけ混ざっています。
当てたからと言って何もありませんけどね。個人的には恥ずかしいことなので、返事を求められてもお返事をするかはわかりません。
(息を吸ったとかそういう程度のことではありませんのであしからず)
次ですが、戦闘モノ、放浪モノ、逆異世界モノ、もしくは他の何か。辺りになると思います。
ポイズンマスターはこちらが一段落したので続きを書きたいなとは思っています。大まかな全体プロットは既に頭の中には書いてあります。が、一話完結モノと言うのはコレほど難しいのかと書いて、より実感しております。
プロの方々は短い文章やページ(漫画等)でよくアレだけ説得力を持たせる構成や設定が出来るなと、非常に尊敬しております。
30の魔法使い続編は次のテーマが決まっていないので、多分難しいと思います。
では、また次作でお会いしましょう。
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事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
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退会済ユーザのコメントです
読めて良かった、しばらく胸に残ると言ってもらえて非常にうれしいです!
最終話とエピローグは同日に上げたのですが、
やはりすぐ読めた事が良かったですかね?
最後は思ったよりスラスラ書けましたけど、
ここまでたどり着くのは本当に大変でした。
読んでいただくのも大変だったかも知れませんがw
ともかく、最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございます!
筆者体験はご想像にお任せしますw
退会済ユーザのコメントです
連続でありがとうございます!
すれ違いの悲しさ。
上手く書けたか不安でしたが、悲しいと思ってもらえるのはとてもうれしいです!
退会済ユーザのコメントです
14話読んでいただいてありがとうございます!
人の欲望、それを利用してのし上がる人、利用される人。
その黒い所を表現するのは苦労しました。
その様な所を読み慣れた方には少々物足りなく感じるかも知れませんけど。