奴隷の花嫁

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第15話 未来

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「ラウリ、コランダム国で民衆が武装蜂起して国王、王妃、カール王子、ミスカ王子他宰相等貴族達20名が処刑の名の下に殺されたそうよ……」

「それは本当か?!」

「ええ、間違いないわ。民衆の行っていた演説会という集会に貴族がちょっかい入れたのが事の発端みたい。その貴族が私兵をけしかけて解散させようと武器をちらつかせて、反発した民衆がそのまま蜂起したと言うところみたいだわ」

「そこまで鬱屈していたのか……」

「先の戦争奴隷を買ったことによって多くの貴族から金を巻き上げてたみたいなのよ。そして、買い戻した自分達の兵士は、金を出したからと自分達の所有物にしようとしたって。そして、それでも足りないから増税したそうよ」

「なんと愚かな……」

「その武装蜂起したときの中心が反王政団体と奴隷解放団体の連合で作られた、救国民連合という組織らしいわ」

「また理想を無理に押しつけそうな名前だな……」

「反王政団体側はこちらの国に手を出すことはまだ出来ないと思うわ。国内を平定しなくてはならないからね。ただ、奴隷解放運動側は初めから国境関係なく奴隷は解放するべきと言っていたそうよ」

「そうなるとこの国にも来るか……」

「そうね。貴族達と一緒に捕まることの無かった兵士達は別口で奴隷となっているから、それらの解放をさせるために行動を起こすでしょうね」

「何か対処する方法は無いか?」

「たぶん無理ね。普通の商人や民衆に化ける、いや、そのものなんだから、紛れ込まれたらどうすることも出来ないわ」

「そうか……。だが、他の奴隷商には注意喚起だけはしておこう」

「そうね。当家から奴隷を購入した人達にも注意喚起した方が良いと思うわ」

「そうだな。それと、王城にも注意喚起した方が良いだろう。ソニヤの時にお世話になったヘルミネン伯爵を通して伝えて貰おう。それと、行商人達だな。レナルドは今どこに居るのか……。どうにか連絡付けたいのだがな……」

 結局、事が起きてからの対処しかする事が出来ず、悶々とした思いでラウリはコラリーとの会話を終えた。



 次のオークションを終え、またもや満足いく結果、5人が5人ともに嫁ぎ先を決め、各々が下地のしっかりした貴族達だった為、現状の流れと彼らの能力を考えれば、そうそう酷い扱いになることは無い事が想像でき、そして、今まで嫁いでいった者達からも幸せに過ごすことが出来ていると言う手紙も貰う事が出来た。
 普通の使用人で買われた者や、北の国境近くでの民兵を育成する為に買われた者、妾として買われた者、等々。
 教師陣と考えて作っていた酷いことをされている場合の隠語だが、今のところ一人もその言葉を手紙に付け加えることがなく、順風満帆と言ったところにさらなる一報が入る。



「例の救国民連合の一部が王都に入り込んだわ」

「武装蜂起するつもりか?」

「今のところ、王都の外れで変な演説会しかしていないそうよ」

 その演説会の内容は、戦争中に捕虜にされた者以外の、部隊崩壊後、勝手に離脱していった者達、後から捕まった者達の奴隷解放を民衆に唱えていた。
 実際に武器を持った越境を許可されてない者という扱いなので、盗賊として処理されるのは当たり前だろうと言う声もあった。

 しかし、当事者にとってはそれでも家族なのだからと、他の奴隷達は帰ってきたでは無いかと屁理屈の様な返還要求、解放要求を唱えていた。コランダム国では奴隷が開放されたのだから、当然スピネル国もならうべきだとも。
 ラウリ達も今その時の奴隷達がどこに行ったのかは把握できていないし、出来ている者も殆ど居ないだろう。
 演説を聴きに行った者達にとっては襲撃者が奴隷になって売られただけという事である。
 全く話にならず、直ぐに散り始める。そして、衛兵達が呼ばると、慌てて悲鳴を上げて逃げていった。



 幾度もそのような演説会が行われると、自然と民衆は無関心になっていき、衛兵でさえ、その滑稽な様子を楽しむようになり、呼ばれても特に追いかけることが無くなっていった。
 更に、次第に衛兵さえ呼ばれなくなり、朝から晩まで演説を続ける様になっていった。
 そしていつの間にか、町中を練り歩きながら奴隷解放を叫ぶ様になっても気にしないようになっていった。



 慣れというものは、色々なものを麻痺させる。
 そう、国を転覆させ、王家を皆殺しにした集団だと言うことさえも。

「ラウリ! 東地区の奴隷商が幾つか襲撃されたわ!」

「とうとう来たか。しかし、今から皆を逃がす事ができるか……」

「迎え撃つ?」

「いや、多勢に無勢になるかもしれん。立て籠もって衛兵達が来るのを待つほうが良いだろう」

「だめよ。彼らの演説は話したでしょ。全ての奴隷の解放だと。多分同時多発的に奴隷商が襲われてるわ。衛兵もそれほど人数が居るわけでもないし、辿り着く迄に突破されているわ」

「そうか。なら急いで皆を逃す方に希望を見出そう。まずは使用人達を。彼ら、彼女らは戦闘の訓練をしていない。それに、家族が気にしているだろう。本日やらなければならない事も全て延期させ、まとまって帰らせろ」

「わかったわ。奴隷達はどうするの?」

「今、みなはどうしている?」

「イーナさんの時間で皆固まってるわ」

「ヘルマンニさんも来る時間か……。ヨナさんにイーナさんと、ヘルマンニさんを送り届ける指揮をしてもらおう。ヨナさんが選抜した10名で護衛し、二人を送り届けてほしい。ヨナさんは近所だ。悪いが奥さんも気になるだろうが最後まで付き合ってもらおう。残りは使用人達が居なくなるために出来ない戸締まりだ。それと数人で娼館にも連絡。住み込みの使用人は一緒に逃げた方が良いだろう。そちらも手配を頼む」

「そうね。それが良いわ」

「皆が戻り次第、当家の紋章が無い馬車でカルナ男爵領に移動する」

「やっぱり来ると思う?」

「それ以外に考えられないだろう」

 すぐに行動に移し、皆に指示する。
 使用人達に伝えると、慌てて家族の元へと帰っていった。
 使用人の皆が全員がまとまっているわけでもないために、幾度か伝えなければならない事は手間ではあるが、皆の命のため、惜しまずにしっかりと説明する。
 何回説明したか忘れたが、ほぼ全ての使用人達に説明を終え、一番初めに説明した火を落とさなければならない台所の使用人達の元へと向かう。

「まだ居たのか。使用人達の中ではお前達が最後だぞ?」

「ラウリ様、すいません。これ作ってたもんで」

 そう言うといくつかの包みをラウリに示す。

「今から動いたら夜の準備大変でしょう。途中で簡単に食べられるもの作ったんで、みんなで食べてくだせえ」

 一つ開いてみると、パンに具材を挟み込んだ簡単に食べられそうな物が約40人前は準備されていた。

「こんなに作って……。ありがとう……」

「いえいえ、私はこんな事しかお役に立てないですから。それではお先に失礼します」

 ラウリはそのまま料理長と台所に残っていた使用人を玄関まで送りに行った。
 途中で振り返り、お辞儀をしていく使用人達を見届けてから戸を閉め、他の奴隷達の状況を見に行こうと歩き始める。
 だが、その時、玄関をたたく者がいた。
 料理長達が忘れ物でもして戻ってきたのかと思い、戸を開けると知らない男が立っていた。

「ラウリ=アールトネンだな? 死んで貰おう!」

 返事を聞く前に、その男は体を全力で体当たりしてきた。
 廊下の壁までラウリは体をはじき飛ばされ、背中を強打してしまう。
 背中の痛みに耐えながら、立とうとするが、腹に見覚えの無い物が埋まっていた。

「あははははは!!! ようやく仇を討つことが出来ます! 姉さん!!!」

 そう言うと、その男はラウリにまたがり、腹に埋まっていた物を乱暴に抜き出す。

「さあ、苦しんで死んだ姉さんの痛みを存分に味わってから死んでくれ!」

 男は乱暴に刺し、そしてもう一度乱暴に抜く。

「ぐぅっっっ!!」

「あはははははは!!! 痛いだろう!? 痛いだろう!?! 姉さんはもっと痛みを感じながら逝ったはずだ!! 奴隷商を潰させようとしたけど、こうしちゃえばもっと簡単だったんだよな。さあ、これ位じゃ終わらせないよ!!」

 男は再度、ラウリの腹に突き立てようと振り下ろす。

「ラウリ様っ!?」

 その声が聞こえると同時に、ラウリにまたがっていた男がラウリの視界から消える。

「ラウリ様!! ラウリ様!! ご無事ですか!?! お怪我は……!?!」

 声をかけてきた者はマリカだった。
 顔を見るとすごく不安で、今にも泣き出しそうな表情をしていた。
 ラウリは痛みに耐えているため、声が出ず、マリカに返事も指示もすることが出来なかった。

「みんな!! 玄関に来て!! それと、コラリーさんを呼んできて!! あとは止血する為に治療用具も!!」

 マリカに続いて赤子を抱えた女性、屋敷に住み込みで働いているカティヤもその場に来ており、大声で指示する。
 その声を聞いた何人かが玄関近くまで来ると、悲鳴を上げ、そして状況を察すると急いで走って行った。
 男性奴隷が二人ほどでマリカが突き飛ばした男を乱暴に捕らえ、床に体重を乗せ押さえつけていた。
 そこまで終わった辺りで声がかかる。

「ラウリ! 大丈夫?!」

 コラリーだった。コラリーはラウリが声を出せないことと、腹の上に赤い液体がたまっていること、そして今にも泣き出しそうなマリカを確認し、他の者にカティヤと同じ指示をする。そして、指示を思いつく限り終わらせた後、捕まっている見知らぬ男を見て驚愕する。

「アレクシス!?」

 そう。このラウリを刺した男は、ラウリの亡き想い人、ソニヤの弟アレクシスだったのだ。そして、ラウリもコラリーも確信を持っていなかったが知っていた。この男がコランダム国を転覆させた救国民連合の主であるレクスだと言う事を。

「なんてことを……」

「まさか、コラリー姉ちゃん?」

「そうよ、アレクシス。ソニヤと一緒に良く遊んであげたコラリーよ。貴方はなんて事をしたのよ!!」

「姉さんの敵を討ったんだ!! 誰にも文句を言われる筋合いはない!!」

「貴方はこの国で数少ないソニヤの理解者を殺そうとしたのよ?! 他が文句言えなくても、私が文句言ってやる! この大馬鹿者!」

「姉さんの理解者……?」

「そうよ! このラウリは貴方の姉、ソニヤを妻に迎え入れるために尽力した人なのよ?! この国で数少ないソニヤの幸せを考え続けた人なのよ?! そして、ソニヤもラウリの事を愛していたのよ?!」

「そんなの嘘だ!! ステルはそんなこと一つも言わなかった! コラリー姉ちゃんはそいつにだまされてるんだ!」

「ステル……。アレクシス、この顔に見覚えないかしら?」

 そう言いながら、入口近くに貼り付けてあったソニヤを殺した指名手配犯4人の顔写しを見せる。

「この4人が、ソニヤ、貴方の姉を犯し、殺した実行犯。この中に一人見覚え無い……?」

「まさか……」

「この中で唯一捕まっていない男、ヴェステル。貴方は何年も、貴方の姉を犯し、そして殺した男と一緒に居たのよ」

「いや、僕は信じない! ステルは僕の大切な友人だ! ずっと探していた姉さんが亡くなった原因、殺した奴はその男だ!」

「好きに考えれば良いわ……。だけど、貴方のその相棒が本当にヴェステルという名前ではないという事が信用できるのであれば……ね」

 その言葉を聞くと、アレクシスは何も言葉を発することがなかった。

 言葉を発しなくなったアレクシスに興味を失ったコラリーはラウリの様子を確認する。
 マリカや他の奴隷達数名が不安な表情で血止めを行っているが、余り芳しくない状況のようだ。

「中が傷つけられているかも知れません! 早く医者に見せなくては!」

「誰か医者を呼びに行ったの?!」

「誰か走って行ったはずだ!」

「こんな危ない中に一人で?! 何で誰も着いていかなかったんだ!」

「それより、医者が来るまでラウリ様をこのままにしておくのか?!」

「そんなわけ無いだろう! 血止めはしておかなきゃだめだろうよ!」

 皆は混乱している。奴隷に落ち、閉ざされた未来を開いてくれた人、そしてこのまま行けば、奴隷に落ちる前より良い生活が出来てしまうかも知れない、明るい未来を示してくれた人。奴隷の地位向上、できれば解放を望んでいたその恩人が亡くなってしまう事に不安を感じ、全員の言葉遣いが荒くなっている。
 その様な中で、ようやく痛みに耐えることが出来たのか、それとも痛みに慣れたのか、ラウリから言葉がかかった。

「コラリー……、皆を……ここに集めてくれ……」

「わかったわ。と言っても、今屋敷内にはここに居るのが全員だけどね……」

「そうか……。それと、アレクシスを放してやってくれ……」

「貴方ね! 自分を殺そうとした者なのよ?! いくらソニヤの弟だからといって許す必要は無いわ!」

「良いんだ……。顔を見た瞬間にソニヤの行方不明の弟だって直ぐにわかった。彼女を幸せにすることの出来なかった俺は恨みを受けることしか出来ない……」

 周りの奴隷達からもアレクシスを開放する事への反対意見が飛び交うが、ラウリはゆっくりと首を振り、アレクシスを放すよう促す。
 体重をかけていた二人は渋々アレクシスから体を起こし、そして立たせ、二度と視界に入れたくない気持ちを込め、乱暴に玄関から突き飛ばし、そして、乱暴に扉を閉めた。



 扉から突き飛ばされたアレクシスは、起き上がりゆっくりと屋敷の敷地から出ていく。
 本来であれば敵を討った達成感に浸り、満足する生を終えられる予定だった。

 しかし、あの両親が生きていた暖かい記憶にある、コラリーから自分が信じていたものを全て否定され、そして憎んでいた者が実は姉の想い人であり、生きていれば夫となっていたかも知れない男だった。

 それだけの事実であれば、ここまで衝撃を受けていなかっただろう。
 ここ何年も一緒にコランダム国で鍛冶を修行し、そして奴隷解放運動を陰ながら助けてくれた男のステル、この男が長年探し求めていた自分の姉を犯し、そして殺した者だと言う事実。

 姉と慕っていたコラリーから嘘を言われた可能性もあった。だが、放心している為の遅い歩みでたまたま街角に貼られていた人相覚え書きとその言葉を読み、自分が聞いていたことは全て間違っていたのだと理解した。

「皆の愛した娘、ソニヤを殺した者達」

 だが、長年の友人を全て疑うことが出来ず、その歩みはより重いものになっていた。
 王都での潜伏先として確保した場所、アールトネン奴隷商に恨みを持つ貴族の邸宅に戻り、少し休みたかった。

 屋敷内で使用人にこの屋敷の主、パレン伯爵家のスティーナ様に戻ったことを伝えようと場所を聞くが、奥でお楽しみ会の最中と言われ、伝えておくように依頼する。
 彼女のお楽しみ会というのは、複数人の男性と性を楽しむことだった。以前潜伏先として提供してくれたことに礼を言おうとしたところ、アレクシスは彼女に襲われ、そして無理矢理その会に参加させられた。その時の記憶が思い出され、多少吐き気が上がってきたが、なんとか耐え自室に戻る。
 だが、その自室の扉を開けるとそこには他の奴隷商を襲っているはずのステルが居た。

「ステル……お前はここで何をやっているんだ……?」

「そりゃみてわからんか? 悪い奴隷商の娘を攫ってここで犯してるんだよ」

 そう、ステルは猿ぐつわをされ、両手を縛られた女性と性行為をしていたのだ。それに普段の言葉遣いと違い、乱暴な感じを受けた。

「なんでそんなことをするんだ……?」

「そら楽しいし気持ちが良いからだよ!」

 ステルはその娘の中で果て、満足した顔でアレクシスに向かい、そう言い放った。
 満足し、体を起こし立ち上がる動作のついでにベッドの隙間に隠しておいた短刀で娘の腹を切り裂く。

「何するんだ!」

「言っただろう、楽しいからだよ」

 薄ら笑いを浮かべながらステルはアレクシスに向かい血の付いた短刀を見せつけた。

「俺はよう、女を犯して殺すことが何より好きなんだよ。お前について来たおかげでたっくさんの女を犯し、そして殺してこれた。ありがとうよ」

「まさか、遠くの農村に嫁ぐと言っていた女性達は……!?」

「おうよ、俺が楽しんだ後で殺したのよ。一人暮らしの女なんて楽だったよ」

「朝帰りしてたときもか……?」

「あれはほんとに犯してただけの時や娼婦と寝てたときもあるさ。まあ、その中の何日かは殺してたけどな」

「ステル、お前の本当の名前を教えてくれ……」

「あれ、まだ気づいてないの?アレクシスちゃん。この王都に戻ってからも人相書きいっぱいあったじゃないのよ。ほんと姉以外のことは鈍感だねぇ……」

「いつから気づいてた……」

「レクスじゃなくてアレクシスって? そりゃ、最初っからだよ。顔がすごく似てるもんな。気の強くてちょっと良い女だったの覚えてるわ。確か初めてだって言ってたな。気持ちよかったんだぜ、お前の姉ちゃんはよ。何度も中で出しちゃったわ。いや、2回目やってる時に殺しちゃったんだっけかな?覚えてないや」

 首を傾げながら当時を思い出そうとするヴェステル。しかし、光景を思い出す事で、自らの分身に力が入っていった。

「そういやお前の目的はどうなった? アールトネン奴隷商のラウリ、あいつを殺せたのかよ?」

 その質問でアレクシスは驚き、呆然としてしまった。この真の目的は誰にも話したことは無かったはずなのだから。しかし、根が素直なアレクシスはゆっくりと頷いてしまった。

「そうかそうか。あいつは俺も殺したいところだったんだよ。俺の目的はあと二人。カルナ男爵とヘルミネン伯爵。あいつらは俺の兄弟を殺しやがった。だが、もう少しだ。ここの馬鹿娘を利用して殺してやるよ」

 再度笑いながら独白する。そしていきり立った自分の分身を力強くこすり始めた。

「しかし、信じていた男が大好きな姉ちゃんを犯して殺した男って知ったのってどんな気持ち?」

 当時の光景を思い出し、そしてアレクシスを馬鹿にして大笑いしているヴェステルに対し、アレクシスは腰に隠していたもう一本の短刀を抜き喉を貫く。
 まさか、お子様と思っていたアレクシスがこの様な行動をとれると思っていなかったヴェステルは喉を押さえ声にならない悲鳴をあげそのまま仰向けに倒れ、息を引き取った。

「何騒いでいるのよ」

 扉が開き、裸のスティーナが入ってきた。

「なによ、またやったのね。あら、まだ生きてるじゃない。しっかりと殺してあげなさいよ。以前の子達はちゃんと殺してたのに。と、ヴェステル死んじゃってるじゃない。何仲間割れしてるのよ。レクス、あんたがこの娘を好いていたの?」

 この一人が死に、もう一人が死にかけていると言う本来邸宅内ではありえない状況で淡々と話し、殺した事に何も感じることは無い様子だった。
 しかも、アレクシスもヴェステルと同じ様な性癖を持っているように思われていた。
 さらに、ヴェステルはスティーナに全てを打ち明けてこの場に居たと言うことも理解出来てしまい、貴族の腹黒さに思わず体を折って吐き出してしまった。

「何よ、汚いわねぇ。そうね、今日は隣の部屋で寝てちょうだい。また掃除夫呼ばなくっちゃ」

 そう言い捨てると、何事も無かったかのように、スティーナは部屋から出て行った。





「ラウリ様! お医者様がいらっしゃいました!」

 皆がラウリのことを心配しつつ、だが何も出来ない状況で苛立っていた。その中で今のラウリをどうにか出来るかもしれないという人物が来てくれたという希望で、慌てて道を開けた。
 しかし、その医者はラウリの状態をひと目見ると、渋い顔をする。

「ラウリ様は大丈夫だよな!?」

「治りますよね?!」

「すぐ元気になりますよね?!」

 様々な生を望む声が医者に対して伝えられる。その医者の渋い顔が間違いであって欲しいかのように。
 医者はすぐに答えず、傷の状況を確認していく。
 蒸留したアルコールをかけ、血に隠れた傷を露わにする。そして、深い切り傷をそのアルコールで消毒した金属のヘラで開き、傷の状況を確認する。
 大きく2箇所刺された場所があり、その両方を観終えて口を開く。

「力になれず、すまない……」

 その場に居合わせた全員が医者の言葉を理解できずに固まる。
 だが、麻痺した脳でもしばらくするとそれが理解出来、皆が医者に詰め寄る。

「どういうことだよ!! ラウリ様を治せないのかよ!!」

「なんとかしてよ!! 医者でしょ!?」

 悲鳴に近い叫びが医者に向かって放たれる。しかし、医者も力なくうつ向いているだけだった。



 医者が帰り、講師達を送っていったヨナを含めた奴隷達が戻ってくると、より叫ぶ者が増えていった。

「ラウリ様をこんなことしやがった奴を殺してやる!!」

「コラリーさんがヤツのことを知ってたわ!」

「コラリーさん! そいつの居場所を教えてよ!!」

 ラウリが痛みに耐え、開放を望んだ事を知らない者達はそのように喚き立てる。
 もうコラリーやヨナでは事態を収拾することができなかった。本来であれば、自分もその騒ぎに乗じて叫びたかったのだから。

「みんな、話を聞いてくれ……」

 小さな声、だが、皆が聞きたかった人の言葉が耳に入ると全員静かになった。

「すまない。俺はここまでの様だ。皆を導くことが出来ない事を残念に思う……」

 皆が声を上げて反対意見を述べたかった。だが、ラウリの声が小さく、そして皆に聞かせたかった為に一人も声を上げずに首をふることだけしかできなかった。

「これからはコラリー、君に任せる。俺に子が居ない事が災いとなったのか、それとも幸いだったのか……。机の上の引き出し、そこに譲渡権利書がある。男爵家は継ぐことが出来ないが、この土地、資産を全て譲渡する旨を書いたものだ……。誰か持ってきてくれないか……?」

 慌てて奴隷の二人がラウリの部屋に走って向かう。
 そして、息を切らせながらその譲渡権利書と思しき用紙とペンを持ってきてラウリに渡そうとするが、ラウリはそのままコラリーにと指示する。

「確かに譲渡権利書だわ……。私なんかで良いの?」

「ああ……、お前なら皆を導くことが出来る。いや、俺に恨みを持っていて、尚且つソニヤを愛しているからこそ出来ると思っている……」

「私はそんなこと出来ない! あんたに恨みはあるけど、私はあんたに恨まれるような事があるのよ!」

「父からの手紙だろう……?」

「知ってたの!?」

「多分渡してるだろうと思ってたよ……。内容もソニヤの謝罪、そして俺をこの奴隷の世界に連れてきた謝罪、そのくらいだろう……。今ならその考えも理解出来る。当時もらっても破り捨ててただけだろうから、渡さないでくれてありがとうとこちらが礼を言う立場だよ……」

「それだけじゃないわ、今から持ってくる!」

「行かなくていい……、それより、コラリーにお願いと、やらなければならないことがある……」

「お願い?」

「ああ、譲渡した資産でアールトネン奴隷商から買われた奴隷達を開放してほしい……。もちろん、彼ら、彼女らの意思を尊重してな……」

 ラウリが震える手で証書にサインし、腹から湧き出る血で血判を押す。そして、コラリーもその証書にサインし、指に傷つけ血判を押し、それをラウリに見せつつ宣言する。

「わかったわ、私が絶対やり遂げてみせるわ」

「ありがとう……。残った資産は好きに使って構わない……。それと、皆もこれから解放する……一列に並びなさい……」

 解放とは、奴隷紋の消去である。魔法であるため、これが消えることにより奴隷から解放されるという大きな目印となるのだ。
 それを一人ひとり、30人分魔法をかけ、奴隷紋を消していく。
 唯でさえ今際の際であるラウリにそのような事ができるのかとコラリーは不安に思ったが、29人まではそれをやり遂げた。

「マリカ、最後になってすまないな……」

「イヤです!! 私は消しません!! それに、ラウリ様は死にません!! だって、ラウリ様は私と結婚して、子供をいっぱい作って、そしておじいちゃんになるんです! おじいちゃんになったラウリ様と私はテラスで日向ぼっこして、一緒に座っているんです。そして、下から2番目の孫のまだ言葉がうまく話すことの出来ない男の子におじいちゃんとおばあちゃんどうしたの?って聞かれながら召されていくんです!! 絶対そうなるんです!! そうじゃなきゃだめなんですよ……」

 ラウリが倒れてから始終ずっと傍らに居て励まし続けたマリカ。奴隷達を解放中に意識を失いそうになってもマリカが手助けし、意識を取り戻す役割をしていたマリカ。
 雇い雇われ、買い買われ、それらを超越した愛という感情においてマリカは行動していた。
 ラウリを失いたくない。だが、ラウリの最後の死を目前にしても成し遂げたいことを手伝いたい。
 感情は常に揺れ続け、どちらの気持ちも爆発寸前まで高ぶっていた。
 だが、ようやく終わりが見え、自分の番になった時にとうとう爆発してしまった。

「ああ……、良い提案だな……。そんな未来も俺は選べたんだろうな……」

「大丈夫です! まだ選べます!!」

「それなら奴隷紋は消さなきゃな……」

「イヤです! これはラウリ様から初めて頂いたものなんですから! 絶対に消しません!」

「そうかい……。でも、マリカ。君はその夢を是非叶えてほしい……。俺の代わりに……、頼むよ……」

「……」

 マリカは返事はしなかった。だが、小さくうなずき、渋々認めた。
 その様子を見て、満足したラウリは大きく息を吐き、マリカからゆっくりと全員の顔を眺める。

「最後に大好きな人達に……見送られるとは……こういう事か……。ソニヤも……同じ気持ちだったら……いい……な……」



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