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一章:出会い

1.見慣れぬ銀髪の男

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「君は綺麗に馬に乗るんだな」

 ある冬の日、人を乗せる訓練を開始したニ歳馬に乗っているとそんな事を銀髪の綺麗な男の人に言われた。

 銀色の長い髪を一つに纏め、やや鋭い目には薄紫の瞳が収まっているその人は、僕の住んでいた村では見かけた事のない人だった。

 その時、僕はまだ十の誕生日を迎えたばかりの、ようやく家の牧場を手伝い始めた何も知らない子供で。

 この辺りではあまり見かける事のない明るい髪に僕やその家族の黒髪とは違う綺麗な髪だと思いながら……それが貴族に見られる特徴だと気づく事もなく、ただいつものように言葉を返した。

「えっと……綺麗かは、わからないけど……僕、馬に乗るのは好きで……」

 牧場の柵越しに馬に乗ったまま答えた平民の子供に、銀髪の男は無礼だと怒る事もなく笑い……。

「そうか。私も馬に乗るのは好きなんだ」

 と、答えた。

 家族は仕事だから馬の世話や調教をしているだけで、好きと言うような人がいなかったから初めてあった同じ趣味の人に出会えたのは嬉しかった。

「ほんと!僕、馬に乗るのが好きって人初めて会った!」
「ジャン!お前は、何と言う事を!」

 そんな僕が興奮して銀髪の男と話すのを遠目に発見した父さんが慌てて駆けてきて、僕を叱り飛ばして馬から降ろす。

「申し訳ございませんシルヴァン様!まだ口の利き方もわからない子供でして……」

 僕が下りた馬が解放されたと放牧場を駆けていくのに、地面に頭を擦り付けるほどに平伏させられた時、この人は自分とは違う存在なんだと初めて理解した。

「気にしてないからいい。それよりその子が乗っていた馬はいい馬だな。近々、兄が訪れる。その時に進めさせてもらおう」
「ありがとうございます!」

 父さんに頭を抑えられたままの自分の頭上で交わされる言葉。何かいけない事をしたのだと理解し始めた僕に、彼が口を開いた。

「あの馬の世話は誰が?」
「えっと、僕だよ」
「ジャン!喋るんじゃない!」

 彼からの問いに答えたら、また叱られて父さんが謝る。質問されても気軽に答えていけないのだと思った。

「構わん。それよりジャンから話が聞きたい。お前は馬を戻してこい」

 放牧場をゆうゆうと駆けていた馬を指さし、彼は父さんに指示を出す。

「は、はい……わかりました。ジャン、くれぐれも無礼な事をするんじゃないぞ」

 彼から指示されれば、逆らう事が出来ないのかそれだけ言い残し、父さんは走り回る仔馬を呼び、厩舎へと連れて行った。
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