ダンジョンのコンサルタント【完】

流水斎

文字の大きさ
12 / 84
フィールドワーク編

思わぬ弟子の登場

しおりを挟む

 前回の計測より幾日かが過ぎ、問題の無い魔力が蓄積されてから実行した。
女の子たちは少年が目を覚ませば見える位置で毛布を掛け、一緒に見つかった雑多な荷物付きで置く。そして彼から少し離れた場所に位置し、中腰の態勢で解除用の呪文を詠唱していった。その結果はもちろん成功、少年は目を覚まして目をこすりながら何が起きているのかを確認し始めた。

「っ……はあ。……ふうっ……はあっ!? ここ……?」
 荒い息を越して激しい呼吸。パニックを起こした者に特有の症状。
その様子を見て声を掛けるタイミングを見計らう。落ち付けるように何かないかと思って、植物系の香料でも焚いて置けば良かったと思う。これはまあ次回に活かそう。この少年も居ればそれほど悪い事には成らないだろう。

とはいえそれは次回、今は目の前の事に集中しよう。

「……状況が判るか? お前たちは俺達が保護した」
「まずは現状を把握してくれ。一緒に居た女の子たちも無事だ」
「そして集落からは離れているし、ゴブリンたちの一部は既に倒した」
「ここは安全だしお前さんが落ち着くのを待ってから説明するし、そちらの説明を聞くことにする」
 ゆっくり、ゆっくりと説明しながら食料と水を置いた。
流石に絶望して自殺して死ぬような性格ではないだろ。そんな奴ならば長老が残さない可能性が高い。まだ大人の中で負傷者でも残した方がましと言う事になるからだ。とはいえパニック自体は仕方がないし、中腰のまま目線を出来るだけ合わせて言葉を続けた。

「……ううう。……ふうっ……ふうっ……。……」
「判るな? 安全が確認したいならもう少し離れるぞ。返事は頷いてくれればいいが、言葉でもペンでも良い。近くにペンと板……そうだな、一緒にあったダガーも置いておく」
 呼吸が落ち着いて、視線もキョロキョロしなくなった。
女の子と俺たちを交互に見つめ、徐々に女の子側へにじり寄っている。こちらの言葉を信じているとか居ないとかではなく、彼自身が不安だし、女の子を守ると同時に身近に抱きしめることで安心したいのだろうと思われた。

「……?」
「その子たちはまだ眠ってる。お前さんを眠らせた長老か誰かの魔法が効いているんだ。今は無理だが時間を掛ければ必ず起こせる。話は判るか? 今何が起きているか判るか? 思い出せるか?」
 俺は繰り返しながら少年が落ち着くのを待ち続ける。
眠る前の記憶が連続しているにせよ、眠ったことで断絶しているにせよ、村が襲われて無く無く落ちのびるなんて状況になって混乱しない訳が無いからだ。何度でも根気よく説明し、そして少年が落ち着くのを待った。

そしてしばらく様子を見て、思ったよりも時間が掛かったが、それでもポツリポツリと話してくれた。

「ぼくはリシャール」
「最初、は、森の主と喧嘩になったんだ。そこ、までは……」
「そこまでは良かったんだけど、森の主を倒した後で、ゴブリンたちが……」
「みんな必死で戦ったけど、里の狩人たちが何人も、けがを、していてて」
 木の板にはRichardと名前が書かれていた。字の読み方が違うのだろう。
板の下の方になるにつれて文字が小さくなるのは、少しずつ落ち着いて来たからか。森の主と言う言葉に大きなバツ印が刻まれ、ゴブリンの話になった時に少しずつ筆が揺れ始めた。暫くそんな調子だったのだが……。

話を総合すると森でのバランスを崩してしまったらしい。
ヒョンな事で森の主と呼ばれる大きな猪を倒した。結果的には倒してしまった……と言うべきか。分厚い皮で無敗を誇っていても、所詮は獣なので罠に弱いし、魔法を使えば倒せないほどではない。その事に気が付いて時間稼ぎをして、一斉に魔法を使って動きを止めた結果、倒してしまったのだろう。エルフにだって被害が出ただろうし、ゴブリンに襲撃を考える程の余裕が出ちまったんだろうな。

「今後の事は落ち着いてから考えろ。女の子たちはいずれ起こすし、お前さんたちは森に帰っても良いし、他の部族の元へ行っても良いんだ」
「いえ。父さんたちはもういない……でも、仇は取らないと。森で暮らしていくにしても、他に行くにしても、あいつらを倒したって言えないと胸を張って生きていけないからっ」
 この会話は略しているので、実際にはここまで流暢に話してはいない。
ポツポツと悲しみながら、あるいは一気に聞き取り難い言葉で興奮しながら。思ったよりも長い時間を掛けて、リシャールから思った事を聞き出した会話がこんな感じだったと言える。

「魔法が出来るなら俺が教えてやる。他の部族との話し合い方もな。弓やら森の歩き方なら……気は進まんかもしれんがオークで信用が置ける奴が居る。どうする?」
「それでいい……です。出来たら貴方と一緒の方から、先に、お願いします」
 考えた挙句、保護者として俺を選んだようだ。
まあ他に選択肢はないし、ちょっと考えればこちらが下手に出ているのも判るだろう。記憶がよみがえれば村が壊滅したことも思い出すだろうし、女の子たちを起こすためにも俺らから離れるわけにもいかないくらいは判るはずだ。

まあこの辺で渡って歩いて行けるくらいは教えてやりますかね。
エレオノーラとの契約は暫く続きそうだし、そのくらいはしてやってもバチは当らないだろう。何しろ……少年たちのおかげでこのダンジョンへの魔力流入は良くなりそうだからだ。

「では最初のアドバイスだ。他の部族や人間との付き合いからだな」
「重要なのは二つ。お前さんも判っているだろうが、相手の迷惑に成らない」
「そして相手の利益になる事。俺達は森で何が起きたかを知りたかったんだ」
「どんな危険があって、放置したら困って居たのかをお前さんから知る事が出来た。ゴブリン退治に協力してくれたり、もしお前さん達が知ってるなら薬草やら森の恵みを届けてくれれば良い。そしたらお前さんたちを保護して良かったと思うだろう?」
 下世話な話だが相互利益を最初に叩き込む。
相手の縄張りに関して踏み込み過ぎたら嫌がられるとか、敵対種族なら殺されるという事はリシャールにも判っているはずだ。それを再認識させ、取引として初歩的な事から覚えさせる。それだけ覚えて居れば何処ででも話くらいはできる。後はリシャールが何を覚えているか、そしてこれから何を覚えさせるかと言う事だな。

それに……自分が必要とされると判れば安心できるだろうしな。

「助けて……良かった? 本当に?」
「そうだ。知らなきゃ大きくなったゴブリンの部族に襲われていたかもしれん。だが今から何度か討伐を掛ければ、倒せなくとも数は減らせるだろ? それはお前さんが教えてくれなかったら出来なかったことだし、お前さんが狩りを覚えるなら代わりに出来ることだ。もし弓や魔法が苦手なら、薬草を採って来てくれればいい」
 ただより怖い物はないが、代価があれば安心だ。
奴隷として売られる未来では無く、しっかりとした技術を付けて貢献できる。その事が把握できれば、後はリシャールたちで決断できるだろう。俺たちと一緒にこのダンジョンの周囲で暮らすのか、それとも離れて森で三人で暮らすのか。あるいは他のエルフと合流するのかを選べるようになるんだ。なにも出来なければ追い出されるだけだからな。

そして今のところ、俺達が一番おいしい取引を持ち掛けている。
もしかしたら子供不足で困って居る部族も居るかもしれないが、それだって男女比はあるだろう。リシャールだけ欲しくて女は不要な女系の部族もあれば、女日照りの所もあるかもしれない。合流するにせよ、そういった相手を見極めてから合流すればいいだろう。交渉さえできれば条件も付けられるしな。

「それじゃあお前さんは暫く俺の弟子だ。オークの弟子になるかもしれんがな」
「……お願いします。師匠」
 こうして思わぬ弟子を採用し、しばらくの間は面倒を見ることにした。
少なくとも他の二人を起こして色々と覚えさせ、エレオノーラの案件を終わらせるまでは仲良く行こうじゃないか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...