ダンジョンのコンサルタント

流水斎

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森での演習編

無様な初陣

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 フィリッパに壮大な計画があり、リシャールには部族の復讐がある。
だがどちらも現時点では妄想レベルに過ぎず、初動段階としてこれから森での狩りを行う。自分達を守り攻撃の援護を行う様にホムンクルスへ指示し、森で活動出来るだけの下地と自制心があると見なされれば第一段階の終了だ。

「今回の目標は間伐してある外延部の探索だ」
「このエリアに侵入したら危険だと思わせる為だな」
「何回かで成功すればこの辺りで作業をする事も可能になる」
「もちろん此処を通って村に行こうとは思わなくなるだろうし、少し戻った何も無い所で休憩すれば、森の深い場所に進むことも出来るという寸法だ。リシャールはこの過程で何体かを仕留め、フリッパは暴走させずに援護や護衛を行えれば成功になる」
 俺は二人に出来るようにゆっくりと説明した。
今回の目的、その意図、何を期待できるか、そして何を持って成功とみなすか。それらを周知させ、確実に覚えさせておく。一人ずつに説明しないのは、全員が知っていると判れば、問題が出た時に他の者が説得できるからだ。『これは自分が任された事だから口にするな』と言う否定は愚かしいからな。専任者の言葉は尊重すべきだが、明らかなミスに陥っている時まで強硬されるのは問題である。

だからこそ目的と、成功すると見なすための条件は主要メンバー全員が知っておく必要があるのだ。

「数回行うつもりだ。二人とも、一度でやろうと焦るなよ」
「はい、師匠!」
「了解っす!」
 最初の返事というものはいつも元気が良い。
しかし、それは何時までも続かない。成果を得られず焦れば焦るほどに、その余裕は失われていくものだ。だから小さな一歩を成功と見なして次へ進もうと考えられるか、成功を計画的に得ようとするかで人は異なって来る。起き得ることが一つか二つしかないとか、時間が推移すれば何も考えずに成功する事でもないしな。

「では先行しますね。合図をしたら付いて来てください」
「あ、最初は付いてっちゃ駄目なんすね。少し待ってください、支持し直すっす」
 当たり前だが森歩きを習っていないホムンクルスは目立つだけの存在だ。
あんな連中が居たら寄って来る者も寄って来ない。だから後方待機の指示は妥当だし、気が付けた分だけリシャールはマイナスを回避した。もしかしたらブーの教えかもしれないが、近くに居ても朝から特に発言はしていないので、指示を覚えている分だけ良い生徒と言えるだろう。

一方でフィリッパは戸惑っているが、特にマイナスではない。
そんな事を知らないのだから当然であり、あえて言うならば、注意事項を事前に聞くと言うプラス項目を捨てただけだ。他に候補者が居たら……例えばリシャールが森で暮らさずにダンジョンマスターになると言ったらライバルにポイントを渡してしまったというところだろう(後輩であり、先約分だけ先行しているが)。

「も、もう大丈夫っすよ。動いて良い時は合図をお願いするっす」
「はい。ではまた後でお願いしますね」
 リシャールが先行し、ブーが保護者を兼ね追随。ホムンクルスは後方。
ここまでは問題ない。森の中を進軍する訳だし、遠目ならホムンクルスも見つかり難く、仮に見つかったとしても囮にはなるだろう。俺はフィリッパの保護者を兼ねて同行し、もどかしいとは思いながらも口を出さずに付いて行った。

それからしばらくは試行錯誤しながら移動を続ける。
合図されて距離を縮める時に移動するホムンクルスが上手く止まらないとか、尺取り虫の様にゆっくり移動と停止を繰り返している。特に成果は何も無く、近い分だけフィリッパが焦るのが見える。

「先輩は今日、煙草とか吸わないんっすね?」
「そりゃな。森の中で煙草なんぞ吸ったら怪しいだろうが。蛇避けになるって話だから、蛇が多い森に行くなら吸うけどな。先に言っておくが、二人とも今はマイナスじゃないから焦らなくてもいいぞ」
 煙草吞みの俺が吸わないのがヒントになったようだ。
俺達一向の臭いを風下に居る獣が感知した可能性がある。体臭のきついゴブリンはそこまで気が付いていないと思うが、もし狼か何かを家畜にしていたら気付いたかもしれない。とはいえ今回はこの周囲が連中にとって危険だと思わせる事なので、気が付かれて警戒されたとしても問題ない訳だ。マイナスではなく、プラスを得られなかっただけとも言える。

初心者にとってただ歩くだけでも経験になる。
こうした事を理解し、実体験として次回から共有できればプラスになるだろう。もし俺たちが食料難だったりゴブリン退治を依頼された傭兵ならマイナスだが、今回は貴重な経験として成功無しを享受すべきなのかもしれない。そう思っていたのだが……。

「……どうした?」
「臭いの話、伝えたらダメっすかね?」
「構わんぞ。お前さんのプラスにはならんが、チームとしてはプラスだ」
 フィリッパが殊勝にもヒントの伝達を尋ねて来た。
研究所のチームでやっていたのかもしれんが、こういう情報の周知は重要だ。それこそ試作品を駄目にする情報を共有しないと、何度やっても駄目な時は駄目だからな。とはいえホムンクルスが暴走せず、援護すれば評価という手前、フィリッパの気付きと情報共有はプラスにならない。ただ、先ほどのダンジョンマスター候補としての評価を付けるならば、そっちの方にプラスを多めに付けても良いとは思う。

フィリッパはこっち側から合図がないので仕方なく、少し走って声を上げた。その時に護衛役のホムンクルスはボーっと立ったままだったが、まあこのミスは見なかったことにしてやろう。フィリッパを追い掛けるように指示してたら、派手な音を立てて面倒なことになったかもしれんしな。

「さ、作戦を変更します。一度風下に向かって移動しましょう。何も無ければ今度は風上に向かって行きます。風下から様子を見てるゴブリンが居たら怖いので」
「問題無い。ただ、ブーに確認するが、その辺は教えたか?」
「特に教えてないネ。筋が良いヨ」
 獲物は臭いで感知して逃げ、風上にしか居ない可能性もある。
だが、俺達の方が獲物だと考えた場合、敵は風下から様子を伺っている可能性もあった。その可能性を排除するのに、一度風下に向かうのは良い作戦である。仮に向こうが逃げても『人間が向かって来る!』という脅威を与えることが出来るし、居なければ居ないで良い。後は風上に向かって獲物を探しに行くだけだ。殲滅は出来ないだろうが、脅威の情報を持ち帰らせたいのでプラス評価と言えるだろう。

この作戦変更が効いたのか、単に偶然か風下に延々と進む中で『敵』が居た。明らかに戦闘態勢のゴブリン数体と番犬代わりの狼数匹と言う組み合わせである。やはり暫く歩く程度では無く、根気入れて歩いたのが原因であろう。おそらく連中のテリトリーまで踏み込んだのだと思われる。

「やはり居ましたね! 倒してしまいましょう!」
「了解っす! リシャール君が攻撃した奴を狙うっすよ!」
「ワタシ、様子見るヨ。ひとまず二人に任せておくネ」
 まずは指揮を任せたリシャールが攻撃の口火を切る。
ホムンクルス二体がリシャールの放った矢を追い掛けるように射撃を始めた。しかしダンジョン内の戦闘と違って位置関係とタイミングがチグハグである。ダンジョン内はタワーディフェンスという概念もあるので、『ここを通った時に手前を打てば当る』なんて感じで簡単に命中するのだが、流石に森の中ではそう上手くはいかない。リシャールの放った矢は掠っただけだし、ホムンクルスたちはとっくに通った場所を狙って居たりする。

この援護に残っていたのがブーの奴で投げナイフを巧妙に使った。
当てるというよりは目の前へ突き刺さる様に投げ、そのまま直進すれば危ないぞと驚かす。同時に未熟な二人へ予測射撃の重要性を教えるような丁寧な立ち位置である。俺? 俺は後ろから挟み撃ちに合わない様にバックアタックを警戒しているだけだな。もっと危険に成ったら演習が非効率になるのを承知で攻撃呪文を詠唱することもあるが。

そしてここからがグダグダする泥仕合の始まりだ。
護衛を任せたホムンクルスが射撃しているホムンクルスの邪魔をしてしまう。リシャールの矢は当たりこそしたが致命傷には遠いし、アテにしていた援護射撃がない事もあって一体も落とせてはいない。

「た、倒せてない? ど、どうしよう……」
「み、味方が邪魔でロクに攻撃できないっす……」
「落ち着け。まだ目的は維持している。落ち着いて一体でも良いから倒しとけ。あと、回り込まれて攻撃されないようにな」
 護衛役が居るからまだ安全の筈だが慌てふためている。
殆ど実戦経験なしだから仕方がないので、俺は二人に落ち着くように言ってやった。敵は小グループだし一体でも倒せば驚くだろう。狼はともかく、ゴブリンが二体・三体倒されたとなれば壊滅的だ。慌てるのは向こうだし、逃げ始めたら後ろから攻撃するだけでもう少し倒せるはずだろう。

此処が正念場であって、容易く逆転できる状況だし、自分で気が付くまで手放っておけば成果がでかいと思うんだがなあ……。

「ふう……ふう……あ、当てないと……でも……」
「リシャール、護衛用のホムンクルスは狼やゴブリンより強い。一対一なら既に片付いてるはずだ。広く守ろうとするから出来てないだけだな。突破しようとする奴を牽制しろ、それで好転する」
 仕方がないので助け船を出すことにした。
望んで復讐をしようとしているとはいえ、まだまだ少年期の筈だ。十全の訓練期間を受けた指揮官とか熟練の弓兵と言う訳でもない。素人に毛が生えたような訓練しかしていないのだから高望みするべきではないだろう。勝手に期待して勝って失望するのは大人の悪い点であるし、何度でもチャンスはあるのだと思う事にした。

そして意図を汲めずにこちらを見上げる少年に笑みと共に頷いてやる。
まだまだ問題ない、これはヒントであり学習の手助けで、失望したわけではないと言外に示したのだ。偶に妙な方向で勘違いして『失望されて指揮権を奪われた!』絶望する奴も居るのでフォローは必要だが。

「思い出せ。今回の目的は連中に脅威を与えることだ。一体でも討ち取れば成功だし、全滅させる方が困るくらいだ。判ったらどいつを撃つべきか観察しろ」
「はいっ!」
 もう一度今回為すべき事を説明しておく。
最初に調子の良い事を考えたであろうリシャールは、俺が低めの目標を掲げて甘やかしたのではないと思い知るだろう。素人に毛の生えたような連中では、一体か二体ほど討ち取るので精一杯なのだ。戦闘態勢だったし、もしかしたら向こうから襲ってきた可能性もあるが……もし臭いの話を思い付き更に共有しなければ、今日の成果はゼロだった可能性もあるのだ。

自分達が素人同然なのを思い出し、今日の失敗を明日につなげるために生き残るべきだと思い直してもらうとしよう。

「あ……当たった?」
「坊主、その調子アルネ。坊主本来なら死んでたヨ。ゆえに今の人生は皆オマケの心ヨ。そう思って勝ちを拾えば人生、何とでもなるネ」
 こっちに向かって来ようとするゴブリンに牽制の矢を放った。
すると突っ込んできたところに突き刺さり、続けてブーが別の個体に足止めの投げナイフを放つ。それでゴブリンたちの構成は一時停止し、その間に護衛役のホムンクルスが剣を振い続ける。そして足が止まってチャンスが来たことで、射撃役のホムンクルスもようやく命中させ始めたのである。

そこから戦線が逆転し、やがて護衛役がゴブリンと狼を倒した。
死んでこそ無かったが矢も刺さり始めたこともあって、ゴブリンたちはホウホウの態で逃げ出していく。追撃で狼をもう一体を射貫くことに成功した。運が良ければ巣まで逃げてる最中にもう一体ゴブリンくらいは行けたかもしれない。

「よくやった。初陣としちゃあこんなもんだろう。反省もあるだろうが、次の機会に活かせばいい」
「勝った……んですか?」
「き、き、緊張したっす!」
 こうして最初の出撃を締めくくり、それぞれの反省は次回の出撃までにやらせることにした。今回はもう少し森で粘る予定だからな、経験を活かして少しずつ成長して行けばいいさ。
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