ダンジョンのコンサルタント

流水斎

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天然のダンジョンへ向けて

そして準備は整った

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 伝手の中でエレオノーラ以外のダンジョンへ訪問予約。
そこのダンジョンマスターに幾つかのポーションを用意してもらい、こちらが協力するにも関わらず報酬を支払った。まあ、当たり前の話だが天然のダンジョンに向かう前に偽装の予定を組み入れただけだ。もし乗っ取りを考えている親族が居たとして、警戒されても面倒だしな。

用意してもらったポーションは戦意高揚など能力強化系。
基本的に使用しないので少量だが、誤魔化し易いようにという配慮でもある。どちらかと言えば付与魔法と一緒に併用して、戦闘力が拮抗している相手に対して押し切るための物である。勝たなければならないので必勝の精神とか、正しい者は最後に勝つとか妄想とは言わんが美しき幻想だからな。

「魔剣の類はまだ要らないのかい?」
「先生の御言葉はありがたいのですが、ホムンクルスでは使いこなせませんしね。これから合流する予定の傭兵に合わせます。その時はお願いしますよ」
 アカデミー時代の教師が一人引退し、ダンジョン経営をやって居た。
特に政治色の無い人だったので事情を話し、協力してもらったわけだ。ここで演習をして一度戻り、次は別のダンジョンでまた演習と言う段取りで、そこでエレオノーラが自分の実家にあるダンジョンを使えと申し出る流れであった。だから食料・燃料の類は特に用意しておらず、移民の為に用意する物の他、元からの保存食や道々買っていく物を合わせて少しずつ調達する予定である。

これが自意識過剰で誰もダンジョンを狙っていなかった……だと笑い話だが、この手のは考え過ぎるくらいに想定して置いて良いだろう。それこそ笑い話無しで済むなら笑って済ませれば良いのである。

「……なかなか目を覚ましませんね?」
「お前さんもそうだったぞ? あの時はエレオノーラも一緒にいたが、起きないんで事務作業に戻ったしな」
 ダンジョンに戻ればエルフの娘たちを起こす作業。
真実を全て語る必要はないので、リシャールから見た視点で問題ない範囲で話して置いた。これで予定事項の一つが方付き、残るはブー達との合流を待つだけである。正確にはその合流もそろそろの筈なので、戦力とすべく戦法やら装備の話し合いをするだけなのだが。

ともあれ今は目の前の事を片付けていこう。
どうせ大した用事ではないし、リシャールの時よりも見知ったエルフが居るだけまだやり易いだろう。

「知らない顔が居たら安心できないだろうから席を外すぞ」
「何かあれば呼んでくれていいし、精神的に危険だったらその旨を伝えてくれ」
「その必要がないなら落ち着くまで話してくれて良い」
「こちらとしてはそちらの意思を尊重する。そのまま森で暮らしても、他所の部族と合流しても、他所の部族をこちらに呼んでも良い。離れる場合でも食っていけるだけの最低限の訓練は施すし、他所の部族を呼ぶ場合も移民と喧嘩しなきゃ良いさ」
 俺は以前にリシャールに伝えたことをそのまま繰り返した。
森はエルフの物なのだからそこで暮らすことになんの問題も無い。その森の恵みを生きる為に使っても、部族の再建に使っても良い。何処かに言っても良いし、他所から招き入れても良いと伝える。出来れば移民たちといざこざを御こなさない様にお願いして。

まあエルフが壊滅するまでは開拓民も移民も居なかったんだけどな。
リシャールがその事に気が付いているかは別だ。しかし、後に森のリーダとなった時、気が付いたとしても文句を言わないだろう。何しろ目覚めた時には部族の仲間はみんな死んでおり、権利を主張するような根拠はもう何も残っていないと言っても良いのだから。その上で尊重し続けて居るこちらを嫌悪する理由はないし、暮らしていくならば協力せざるを得ないのだから。

「これで一見落着? 何の問題も無ければ良いのだけれど」
「ああ。後は混乱が収まった所で森での暮らしを教え込むくらいだな。家を何処に作るのかとか、どう安全に暮らすのかもあるが……。薬草の管理は一番に教えるつもりだ。連中にしか扱えない物がるとしたら、追々判るだろうよ」
 様子見をしていたエレオノーラに報告をする。
エルフたちに同情心が無いでもないが、エレオノーラが依頼主であり、そもそも起こすための魔力はこのダンジョンから汲み上げたものだしな。エレオノーラにとって利益となるポーションの材料である薬草がらみの話は優先すべきだろう。エルフたちにとっても生活の糧であり、何処へ行っても役立つ技術でしかない。

もちろん森を奪わないのは管理なんかしきれないからだ。
エレオノーラは領主になりたいわけでもなければ、あくせく金を溜めて富豪になりたいわけでもない。あくまで故郷にあるダンジョンを確実に管理する為の戦力を集めたいだけなのだから。

「そういえばあのオークが戻って来たそうよ。さっき連絡が来てたわ」
「と言う事は今日明日にでもこっちに来るな。待たせることにならなくて良かった」
 予定が判った段階で最初の連絡があるのでそろそろだとは思っていた。
その上で伝えて来たという事は、すり合わせの為に早便を出したのだろう。何も知らないと入れ違いや受け入れへの大幅な遅延も起きるが、早便で教えてくれたら歓待の用意も出来る。俺たちは開拓村に用意してある簡易的な家屋でちょっとした宴をする事になっていたのだ。そこでこっちがまだ出先だったら恥をかいたかもしれないしな。

ひとまず順調に行って良かった。そう思っていたのだが……。
思わぬ人物の登場で、非常に面倒なことになった。ブーから癖のある人物になるかもしれないと聞いていたが、それ以上の難物であったのだ。能力はありそうなんだけどな。

「移民たちの部族の頭、その息子でジャンさんネ」
「貴公らが我が領民を保護してくれる方だろうか? 領民……いや移民たちに変わって御礼を申す。張家の三男で、自分を示す通り名はまだ与えられていない。成人前というところだな。ジャン・サンツアオと言う所だ」
 ブーは『張』というサンドーンで使われている文字で説明した。
発音は似ているがこちらとは別の意味があるのだろう。それは良いのだが、着ている服やら青にも見える美しい黒い髪から見て、どう見ても貴人にしか見えない。オーク帝国が没落した後で栄えた国の貴族なのだろうか? そんな奴を寄こすなよ……と言いたいかったが、何となく察することはできる。

食わせていけなくなったから放り出すが、民は財産でもある。
いずれ土地の力や家の力が蘇った所で、再び呼び寄せる成り、その人脈を使おうと思っているのだろう。あまり褒められたやり方ではないが、移民たちも故郷とのつながりは欲しいので紐付きはかえって安心できることもあるのだ。明らかに自分たちだけで繋がるから嫌われることもあるので、クラウディアの人間はそういう方式を避けるけどな。

「移民たちを保護してくれるならば、その代価でもある護衛役は彼らの腕が上がるまでの間、当面は私が協力しよう。腕の立つ武人を欲して居るのだろう?」
「ジャンさんたちの部族は近隣の部族ともめているネ。腕は保証するヨ」
「……いや、ご丁寧な挨拶、痛み入ります」
 本人はやる気でありがたいのだが……。
要するに移民たちを無下に扱わないか監視するという言い訳で元領民たちへ恩を売り、同時にこっちから資金を稼ごうという話と思われる。場合によってはその金を移民たちの為に使用したり、故郷に送金したりするのだろう。またブーの話を裏読みするのであれば、部族が全滅しない様に、三男に民を預けて避難させたともとれる。リシャールの人数が多い判だな。

以前は腕前があるなら問題無いと思っていたが微妙に成って来た。
傭兵契約の中には不意の危険に対して、『すまんが命を賭けてくれ。生きて戻ったら報酬をはずむ』と言えるだけの権利がある。さすがに無理無茶無謀なことをやらせたりは出来ないが、最前線を任せたり、撤退時に殿軍として使う事も許される訳だ。しかし相手が貴族の息子だと、そういうわけにはいかんぞ。指揮系統に口を挟んで来る可能性もあるしな。

「ありがたいお申し出なのですが、どの様な戦い方をされるのですか? それに合わせてこちらも戦法を修正する必要がありますし、指揮権を預かる以上は知っておかなければなりません」
「見てもらう方が早いだろうな。剣舞でも披露するとしよう」
 とはいえ今更変更も難しいため、最低限の事は切り出した。
指揮権はこちらにあると釘を刺し、戦い方を確認して戦術に組み込む。余計な事をされなければ何とかなるだろうと腹をくくって確認した所、その辺りに関しては素直に頷いてもらった。

重騎士めいた泥臭い戦いだったら良かったのだが、そんな事はない。
嘘だろお前と言いたくなるような華奢で細身の長剣を構え、踊る様に華麗な剣を見せてくれたのだ……まあ本人も剣舞といってたし踊る様な動きはきっと戦場ではしないのだろう。そう思う事で俺は痛む胃を押さえつけることにした。

「……流れるような剣の冴えお見事です。こちらの戦法は最も脅威のある敵に、ホムンクルスという魔法生物を充て、その間に他の敵を倒して行きます。ホムンクルスを盾の代わりに使ってください」
「ふむ、良かろう。強敵と迂闊に斬り合わぬのは基本だからな」
 可能な限り軍隊同士の戦いに近い流れで説明してみた。
実際にはホムンクルスの部隊をぶつけ、俺達が魔法で支援する流れなのだがある種の方便である。好き勝手に動いて一騎打ちとかされても困るしな。軍隊同士の戦いに見立てているとか、指揮権が重要なのだと何度も説明しておく必要があるだろう。

新型もそろそろ完成するので一応は問題が無くなった。
こうして当初の思いとは異なってしまったが、戦力を整えてダンジョンへ挑むことになったのである。
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