ダンジョンのコンサルタント【完】

流水斎

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ダンジョン攻略編

嵐の前の静けさ

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 フォレスタニア地方にあるダンジョンは天然物である。
それゆえに大半が地下洞穴にあるのだが、その入り口は盆地の向こう側にある。雨が降っても浸水しない場所に面した場所が『第二層』、つまるところその盆地自体が第一層にあたる上層であった。

要するにエレオノーラの一族は地表部分しか管理できていない。
広大な面積の土地から受け取れる魔力だけでも十分と判断し、危険を避けたのだろうと思われる。だが、肝心の地下階側の方が効率が良く、また守り易い場所なのでそこを支配している連中が何をしているのか判らないのが不気味であった。

「元はグノーシスが居た拠点と伝えられているわ」
「神代だか上古だかの地霊戦争だっけか? で、負けた側がコボルトになって雑多な亜人種の手下に成っちまってると。見当もつかない昔だな」
 グノーシスは妖精が居た頃の古い名前である。
大地の精霊に近いノームと亜人種である知恵あるコボルトに別れ、今ではどちらも見かけない。ノームは完全に精霊になって消えたとも言われているし、コボルトも知恵あるコボルトを経て、その辺で適当な亜人種たちのしたっぱをやって居た。元が知力重視の種族だっただけに、その賢さが失われると見る影もない。俺としては肩をすくめて観光案内に載ってる知識で応じるしかなかった。

なお、同じ発端で経緯が異なったのがドーヴェルグである。
勝った方は良く知られるドワーフになり、器用で頑丈な亜人種として鉱山でよく見かけられる。負けた方はその道具作成能力にしがみつき、ドーヴェルグのまま姿を消してしまったそうだ。神秘の技術から工芸技術に移行したドワーフは、そこそこ栄えて居る亜人種だったりする。

「確認するが、この盆地を見下ろしてモンスターの流入をシャットアウト。その上で中層に出入りしているということで良いか?」
「その認識で間違いないわ。今回の『演習』も代わりをしてくれれば良いって」
 盆地そのものが上層なので結構広い。
だから入り込むモンスターは多いし、そいつらを借りながら中層から漏れ出す魔力を吸い上げる。ただそれだけでかなりの収入を得ているのだから、そりゃあ無茶は住まい。ダンジョンの中は危険だが、この上層までは管理し易いのだ。同時にエレオノーラの一族が持つ『手持ちの部隊』が目減りしていたのも原因だろう。

本来ならば上層から中層を維持するのに使う戦力だが、他所への援軍に駆り出されてすり減った時に、最深部を奪われたそうなのだ。計画的な犯行ならばダンジョン自体が乗っ取られていただろうが、今もって名乗り出た貴族は居ない。事故のような物だと片付けられて居るそうだ。

「なら予定通りに恐れず行くとしよう」
「中層に辿り着いた前後で戻ると思われてるが」
「洞穴の様子を見て適当に戻るのではなく、本格的に攻略を開始する」
「気が付いた時にはエリアの一つも制圧し、このままやらせた方が早いんじゃないかと思わせる。そうすれば俺達が帰還するか、あるいは全滅したとしても、その成果を奪い取れば済むからな」
 極論を言うと成果を奪われるのは構わない。
元からエレオノーラの一族が管理している場所だし、親族衆の誰かが発言権を得るのは構わないのだ。重要なのは本家の娘であるエレオノーラが次の管理者になる事、そこに余所者なり親族の誰かが、彼女の意志を無視して入り込む事だ。

なので一定以上の成果を上げる事、そして一族が結束すればその後も順調に再制圧なり再攻略が可能だと示すことである。

「フィリッパは盆地の上に拠点を作り、クロスボウを構えた量産型で抑えとけ。牽制攻撃よりも矢文で情報を知らせることを優先。リシャールは拠点周囲の警備と相談役な。俺たちが上層の中間拠点を完全に押さえたら、そこに移動してもらう」
「了解っす! 頑張るですよ!」
「足手まといに成らない様に頑張ります!」
 この二人は戦闘面では未熟なので拠点を任せる。
量産型のホムンクルスを使って陣地を築き、そこで治療したり補給する場所にするわけだ。探索する時は何処かで休息が必要になるし、一度そこまで戻ってまた出るというサイクルを見せれば、こちらが無理をせずに地道にやって居ると思わせられるだろう。

この思い込みを利用し、中層への入り口付近における拠点がカギだ。
周囲は二人に背中を任せてちょっと覗きに行くと思うだろうが、実際には中層のエリア一つの制圧を目指す。実際にどの部分になるかはまだ分からないが、中層の地図はあるので問題ないだろう。一番簡単であるとか、中層に潜った者でも判り易い目印になる場所を占拠するだけの事である。

「ブーには先行して簡単な地図を頼んである。終わったら俺らが囲まれない様にだけ気を配ってくれればいいってな。後はホムンクルスを二体ほど押し立て、そいつらを壁にして前進していく。ジャンさんは暫く討ち漏らした敵をお願いします。エレオノーラはひとまず様子見して必要なら魔法での支援を頼む」
「任された。ゴブリン相手に逸る気はないぞ」
「暇だけど雇用主が出向くのだものね。この方がらしい・・・わ」
 当面は全力戦闘ではなく余力を残す。
無理して敵を速やかに倒す必要はなく、安全確実に上層を抜けて行けば良い。所詮はゴブリン、されどゴブリン。対して苦戦などしないが、その数に押されて疲労し、あるいはつまらない攻撃で負傷を喰らっても仕方がない。本来ならば雇用主であるエレオノーラを危険に晒すには失格物だし、貴人であるジャンさんも出来れば鉄火場で戦わせたくない物だ。

ともあれバックアタックを防ぐ準備は既にしてある。
ならば目の前に居る敵を次々に始末すれば良いだけだ、ここは緊張しない程度に気軽に行こうじゃないか。

「あのポイントが中間拠点に最適思うね。上から覗き難く、それでいて死角は判り易いアル」
「理想的な場所なんかないか。なら、そこが今日の寝床だな」
 少しずつ警戒して進みながら戻って来たブーと相談。
簡易地図にはちょっとした窪みがあり、そこを利用すれば背中を庇う程度の事が出来る。後はテントを張って見張りが後ろに立てば、死角なしで休憩できる場所が作れるだろう。もちろん戦闘の為に来ているのだから、屋根さえあれば十分であり、四方を囲む壁など築けるわけもない。

その上で戦闘中の味方を眺めておく。
二体のホムンクルスは愚直にゴブリンを倒している。雑魚は適当に蹴散らせるし、ホブゴブリン程度ならば笑って見ていられる。流石に新型は性能が違うというか、これならば無理して完成を待たずに、指揮個体と一緒に完成した方だけでも良いかと思うレベルだ。

とはいえその時の強化個体は微妙な強さであり、ホブゴブリンに無傷で勝利は保証されて居なかった。何度か戦えば傷だらけに成って、治療に戻らねばならないというのだから仕方がなかったのだろう。

「随分と微妙な場所にテントを建てるのね。もっと安全そうな場所があるのに」
「そういう場所は死角も多いんだよ。ゴブリンは小柄だし、ホムンクルスは発見しても申告してくれないからな。後、魔法陣を刻んで入れ替える準備をしときたい」
 エレオノーラの質問にベストは必ずしもベストではないと答えた。
要塞でも建築しない限りはすべての条件が整った場所など存在しない。ならば何らかの妥協が必要なのだが、この場合は確実にエレオノーラを守りつつ、魔法陣を用意できる場所だった。選んだ地形は寝ずの番が一人居れば確実に周囲を警戒でき、もう一人死角を確認できる要員が居れば安全だろうと言える場所だ。前にも言ったが太陽が嫌いなトロールが隠れる場所がないくらいなので、どうしても安全面は微妙に成らざるを得ないのがあった。他に出来る対策は監視に対する配慮くらいだろう。

そして戦闘に視線を戻すとジャンの戦いが目についた。
ゴブリンを斜めに切裂き、そのまま走り込んで向こうに居る敵へ向かう。横薙ぎ切りつけ、そのまま一回転して追撃。よくもまあこんなに走り込んで刃筋が安定する物だと思ったが、ハッキリいって過剰な動きである。どうしてゴブリンにそこまで暴れ回るのかが不思議でならなかった。

「ゴブリンなどに逸らないとか言ってた気がするんだがな」
「まだ若いし仕方ないんじゃない? 気になるのは……あれで本当にホムンクルスと共同で戦闘できるの?」
 思ったよりも強かったが、それ以上に性格が微妙だった。
自分で言った事も守れないのか、それともこの程度は余裕だから全力で飛ばしても問題ないと思っているのか。とりあえずはフォーメーションに苦心させられるなと思ったのが第一の感想である。

もっとも初日の目標地点は無事に抑えられたので、今は安堵しておこう。
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