ダンジョンのコンサルタント

流水斎

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内なる災い編

以前のおさらいは速やかに

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 別ルートに回った兵士『たち』を案内し、小島を見分させた。
そして色々な派閥の者を混ぜることで、誰かの一人の強弁をさせずに事態を納得させる。盗賊騒ぎを起こすための盗賊であり、エレオノーラの発言力低下を狙った何者かの手先を退治した……と話を締めくくったのだ。

もちろんこれで事件解決ではないが、これ以上は出来ない。
ひとまず事件を解決して盗賊騒ぎを治めただけだし、黒幕が身内の親族衆ならばそいつの手下を始末して、ナニカするような余裕を奪っただけだろう。しかし、これからの目的を考えればそれで十分と言えた。これらの件を雇い主であるエレオノーラに報告し、問題無ければダンジョンへ突入だ。

「報告はまとめておいた。後はそっちで折を見て釘を刺しておいてくれりゃあいい。魔法使いは雇った奴だろうし、直属の腕利き騎士が居なくなった所だとは思う」
「その辺は私の役目でしょうね。心当たりを探ればそれで『判る』でしょ」
 盗賊を構成していた連中の力関係でだいたい判る。
地方の豪族だの貴族だのというのは、何十年も支配者層のメンツが変わらない事はザラなのだ。そこで腕利きの騎士なり取り立てらえれた熟練の兵士が、当然居なくなったらおかしいのだ。もちろん他所の貴族に心変わりして手引きしただけの可能性もあるから確実ではないが、身内の犯行ならば確定は難しくないだろう。

後は派閥工作でそいつを排除するか、それとも排除しない代わりに協力を約束させれば問題は無くなる。戦力としてホムンクルスを提供するという大義名分もあるしな、個別に戦力調査とイヤミを言う機会は幾らでもあるのだ。つまりこの場合の『判る』とは黒幕を見つける事ではなく、黒幕に身の程を判らせるという意味である。

「それと交通が再開したから予定していた物資が滞りなく届くことになったわ」
「そりゃありがたいね。必要最小限は持ち込んでるが、補給ってのは潤沢であるに越したことはない」
 食料にクロスボウの矢に、ポーションの幾らか。
そういった定番の消耗品に関しては、自分たちで持ち込むよりも運ばせた方がスムーズで良い。数日ダンジョンに潜って目的を果たすには問題なかったが、一度安全地帯に下がって休息するとか、そういう余裕は無かったからな。

と言う訳でこれで諸事情は方付いた。
ダンジョン中層の中でゴブリンが住んでいたエリアを調査し、そこに特殊なナニカがあるのか、ただの居心地が良い空間なのかを調査する。ナニカがあればゴブリンを追い出して確保することにしようか。

「盗賊退治の件と中層の攻略でいよいよ管理権がもぎ取れるわ。そしたら計画を用意しといてくれる?」
「……まずは目の前に専念しようや。前回の失態はコリゴリだからな」
 中層まで再管理できればエレオノーラの当主就任は確定だろう。
今管理しているダンジョンはフィリッパに任せ、こっちを攻略するために投入してるモノを各種ホムンクルス生産に充てる。それをエレオノーラが配布する戦力として買取り、お互いに初期投資を行う訳だ。そしてお得意さんになって色々と融通し合う間柄になる。実に有意義な計画だろう。

この手の夢みたいな話を妄想で終わらせないのが俺の仕事である。
馬鹿みたいな研究を始めそうなフィリッパを押さえつけ、どちらかといえば上から目線のお嬢様であるエレオノーラに下地を積み重ねさせる。用意したホムンクルスを反乱されない程度に部下に配布し、お前を信用しているからだと個別に口説いたり、もちろん魔力収支のバランスを見たりとかな。ただ、それも中層を確実に攻略してからの話になるだろう。


 そして俺たちは上層へと再びやって来た。
前回と違うのはおおよその地形を実体験している事と、拠点にすべき場所を把握していることである。中層までの敵と言えるゴブリンの数は減っているし、苦労らしい苦労は存在しない。

むしろ浮かれずにそこまでの過程を計画通りに行かせることだろう。

「今日の目標は物資の輸送ルートを確定させることだ」
「前回に拠点を立てた場所を確保し、その周囲を一掃する」
「明日は中層入り口だが脇道は攻略せず、中層内部の入り口を抑える」
「基本的には前回までの流れを圧縮しつつ、この間まで顔を合わせていた兵士の連中が物資を運び込めるようにするのが目的だ」
 捜索するような場所は無く、数の管理も必要ない。
重要なのは拠点として定めた場所を守り切れるかどうかであり、その道中を普通の兵士が往復できるかどうかだ。兵士たちは基本的に大集団でなければゴブリンでも確実に勝てるので、俺たちで中層の入り口を抑えておけば問題ない。

前回と同じことを踏襲しつつ、前回には無い事を行う。
戦力も前回より充実している事だし、問題なく実現できるだろう。ただ、それを過信するのは愚か者のすることだ。

「問題があるとすれば、前回は暴走したゴブリンの群れが脱出の為に襲って来た。あれが下層にいる支配部族の決定とは思えんが、そうだと仮定して対処は用意しておく。ほぼ、同じ流れだが注意しておいてくれ。残るフィリッパは偽者兵士に注意な」
「了解っす!」
 正直な話、戦力的には問題ないのでサクサク進める。
ここで心配なのは兵士が裏切ってフィリッパを暗殺する事だ。それさえなければサッサと移動して拠点を確保し、往復する形で周辺を攻略して行けば良い。後はフィリッパも中間拠点に進軍して本日の業務は大体終了だ。

盆地の上から観察するリシャールの方を見て、特に合図が無ければ予定通りである。

「ふむ。言われてみれば少し弱いな。赤ん坊とは言わんが」
「巣分けで出て来ただけで、連中からしてみれば安全な場所だからな。同族で殺し合う以外は腕を磨くなんぞしないんだろうよ」
 フーが訝しげに拳を見ている。俺には分からんが当たりが弱いのだろう。
どちらにせよフーから見れば一撃だと思うのだが、こればかりは専門家でなければ分からぬ事なのだと思われた。まあ人間、拳だけで撲殺って体験を百も二百も積み上げねえからな。

ともあれ中間拠点に辿り着き、前回用意したマーカーとリンクを確かめる。
循環器が接続されたままで、魔力を汲み出すことも、何かの魔法陣を挿し込むことも出来た。特にトラップみたいな『障り』も特には感じないので、し掛け直す儀式魔法は必要ないだろう。

「ブーとフーの兄弟はここの確保を頼む。俺達はフィリッパを迎えに行ってくるよ」
「了解した(ネ)」
 オーク二人を残し、今来た道と離れた別の場所を経由する。
また戻って来る時は、最初の道を挟むようにまた別の道を通る。『Ⅲ』と言う感じの流れを作るような物だが、これでゴブリンたちはこの辺りに暫く近寄らなくなるだろう。

本当はエレオノーラを残したかったのだが、流石に傭兵しか居ない所へ雇い主を置いては置けない。まあ俺も同じようなものかもしれないが、旧友と言う事でそれなりに信用くらいはされていると思いたかった。

「明日の件だが、もし前回に近い事が起きたら、火を扱い易くする結界を張る。炎の付与と火球の魔法、どっちを先に使うかはその場で支持するんで気を付けてくれ」
「どっちかの呪文を連発して倒してしまう訳ね。了解」
「そう言う事なら注意しよう。まあ数が出ても、今度は問題ないがな」
 今回用意した対策は、簡易結界の道具だ。
火の魔法を使い易くなるので、簡略詠唱を唱えても問題ないし、魔力の消費自体が少なくなる。つまり速度重視であやふやな呪文を唱えても失敗しないし、連発できるという事だ。そして自分が危険だからこそジャンも注意してこちらの言う事を良く聞くという訳だ。

そしてジャンがしみじみと眺めるのは、彼への報酬とした魔剣である。
暫くは貸出しではあるが、今回の中層攻略を果たせば報酬として正式に渡すことになっていたのだ。魔法使いというか、ダンジョンマスターが魔力を豊富に用意できない砂漠では、魔剣持ちはステータスなのだろう。感慨深いのも判る気はする。

「リシャールからの矢文は無し……か。この様子ならあいつもダンジョンの中で鍛えるかな」
 こうして俺たちは拠点の再確保に成功した。
道中の安全を確保し、中層入り口も抑え直す。これでようやく続きの探索を始められるという事だな。
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